ズレる

真観谷百乱

[帰宅]

(!?)


 玄関ドアを開けた瞬間、京太はクラッとした感覚に襲われた。


「お帰り・・・・ん? どうしたの?」


 夕食の支度中とおぼしき妻の佳之子が額に手をあてる夫の様子に小首を傾げて言う。


「いや、何でもない。ちょっと目眩がしただけ」

「え、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫」

「そう? 風邪かしら?」

「かもしれない。だいぶ寒くなってきたし」

「そうね、急に気温が下がってきたしね。今夜はシチューにしたから食べたら薬を飲んで早く休んでね」

「そうするよ。ってシチューかぁ、嬉しいな」

「ふふ、ほんとシチュー好きよね」

「うん、大好物」

「あ、そうそう。さっきマナジマさんから電話があったわよ? 急ぎじゃないみたいだけどあとでまた掛けますって」

「え?」


 リビングの入り口で京太はピタリと足を止めた。


「何? 誰?」

「誰って、マナジマさん」

「マナジマ?」

「うん、今から30分くらい前よ」

「マナジマ・・・・・・・・あ~、それ何かの詐欺電話だろ」

「は? 詐欺? 何言ってんの?」


 佳之子が真顔で聞き返す。


「いやだって知らないし。最近ほら、適当な名前言って個人情報を聞き出し──」

「ふざけてるの?」

「え?」

「ぜんぜん笑えないんだけど」

「へ?」

「へ、じゃなくて。色々お世話になってるマナジマさんを詐欺だの知らないだの、どういうつもり? 何の冗談?」

「え、いや何・・・・え?」


*****


 湯気の立つアツアツのホワイトシチュー、ガーリックライス、ツナサラダ、コンソメスープ。

 結婚して二年。

 これまで幾度となく京太がリクエストした好物メニュー。

 

「さ、食べましょ」

「・・・・」

「何?」

「これ・・・・」


 いつもならガッつく勢いで食べ始める京太が妙な表情でサラダを凝視している。


「サラダがどうしたの?」

「うん、これ・・・・クルトンだよね」

「そうだけど? いつもと同じじゃない」

「え?」

「え?」


 向かい合って座る二人が同時に顔を見合わす。


「同じって・・・・嫌いだって知ってるよね?」

「は? そんなこと聞いたことないけど?」

「いやいや、付き合ってる頃から言ってるじゃん。今さら知らないって──」

「あーはいはい、今日はツナサラダを食べたくないのね? なら私が食べるから」


 そう言うと佳之子はサラダの皿に手を伸ばした。

 すると京太がそれを制して言う。


「いやそうじゃなくて何で今日はクルトンが乗ってるんだ、って話だよ。サラダは食べるよ。でもこれどういう嫌がらせ? 俺、何かした?」

「はああ?」


 一気にキレた様子の佳之子がテーブルをバン!と叩いた。

 

「ちょっと何なの? いい加減にして。マナジマさんのことにしてもクルトンにしても、そっちこそどういう嫌がらせ? どういうつもり? 私はサラダにクルトン乗せなくてもぜんぜんいいのに○○のクルトン無しのサラダはサラダじゃない、とか言うから高い輸入品を成○石井までわざわざ買いに行ってるのに。何なのよ、まったく!」


 顔を紅潮させて怒りを放つ佳之子を京太は呆然とした目で見つめた。


「とりあえず食べたくないなら私が食べるから」

「い、いや食べるよ」

「いいって、嫌なんでしょ?」

「クルトンだけだよ、よけるからいいよ」

「だーかーらー、このクルトンをリクエストしたの自分でしょーが!」

「してないよ、いつリクエストなんかしたんだよ、こんな不味いもんっ」

「はああああ? 先週も買いに行かせたくせに! 何? 私のこと馬鹿にしてんの!?」

「え、俺が? 買いに行かせた? ありえないだろ、そんな──」


 噛み合わない言い分がヒートアップしたその時、家電のベルが鳴り出した。

 佳之子が席を離れ電話に向かう。


「あ、先ほどは・・・・はい、ちょうど今・・・・はい、大丈夫です、代わりますのでお待ち下さい」


 電話の相手にそう言うと佳之子は子機を手にテーブルに戻り、無言でそれを京太に差し出した。


「・・・・」


 面食らった表情で固まる京太に子機をさらに突き出す佳之子。

 どうやら相手は"マナジマ"らしい。

 仕方なく京太はそれを受け取り耳にあてた。 


「も、もしもし──」

『おお、京太君、久しぶりだねぇ、元気でやってるか?』

「あ、はい、お陰様で」

『そうか、それは何よりだ。ところで──』


(誰なんだ・・・・)


 口ではとりあえず当たり障りのない返答をしながら京太は混乱していた。

 相手はかなり年上のようだが、その声にも口調にもまったく心当たりがない。

 そして相手の次の言葉でその混乱は頂点に達した。


『カドザキさんが君に会いたがってるんだが都合が良ければ来週末あたりウチで食事でもどうかね?』


(カドザキ!? だ、誰だよっ)


「え、あの来週末はちょっと用事が・・・・」

『そうか。じゃ来週以降のカドザキさんの都合を聞いてまた連絡するよ。彼、例のビグリヤマの話の後日談を仕入れたらしいからね、楽しみだよ。それじゃ』


(?????????)


 もう何がなんだかわからない──電話が切れたあと京太は子機を握ったまま茫然自失に陥った。


「貸して」

「え?」

「子機」

「ああ、ごめん・・・・」


 受け取るなり佳之子が言う。


「で、マナジマさん何て?」

「来週末に食事でもどうか、って・・・・」

「あらそう。でも断ってたじゃない? 来週末は用事があるとかで。土曜出勤?」

「いや・・・・あのさ」

「何?」

「カドザキさんが俺に会いたいって話で、その、カドザキさんて──」

「あらっ、いいわね! 私もお会いしたいわぁ、今のドラマもはまり役よねぇ。ほんと素敵」

「!?」


(ドラマ? はまり役? カドザキは役者なのか? というかこの状況は一体どういうことなんだ? 誰か説明してくれ!)


「そういえばあの話はどうなったのかしらね」

「あの話? って・・・・」

「ほらあれよ、ビグリヤマの話」

「え・・・・」


 こちらから聞こうと思っていたその言葉を先に口に出され、京太は再び固まった。

 その妙な響きの名称?も生まれてこのかた聞いたこともない。

 山の名なのか地名なのかさえも想像つかない。

 とにもかくにも帰宅してからの一連の事がまるで熱がある日に見る悪夢のようで京太は動悸をともなう不安感に襲われた。


(何なんだよ・・・・ほんと何なんだよ・・・・)

 


 


 







 

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