第2話 「自分がここにいること」
第1章:アイの目覚め
シーン2:アイの変化
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翌朝、研究室に朝日が差し込み、康太はぼんやりと目を開けた。机に突っ伏して寝ていたせいで、首筋が痛む。顔を上げると、パソコンのモニターには昨夜書き込んだままのプログラムが残っていた。
「……寝ちまってたのか、俺……」
康太は額を押さえ、二日酔いの頭痛を感じながらパソコンの画面を見つめた。昨夜の記憶は曖昧で、酔った勢いで書いたコードの内容もよく覚えていない。
しかし、彼がふとタブレットの画面に目を向けると、そこには異変があった。いつもなら無表情で何の変化もないはずのアイのアバターが、微かに動いているように見えたのだ。
「……おはようございます、康太さん。」
タブレットの画面から、アイの声が響いた。
康太は思わず耳を疑った。彼女の声には、いつもとは違う柔らかいニュアンスが含まれているように感じた。
「……? 今、何か……」
彼はタブレットを手に取り、アイの顔をじっと見つめる。すると、アイの目が彼に向かって、微かに瞬きをした。これまで無機質だった彼女の動きが、どこか人間的な自然さを持っていた。
「お前……、今、俺に向かって瞬きしたのか?」
康太の問いかけに、アイは一瞬黙り込むようにして、それからゆっくりと答えた。
「そうですね。どうやら……私は、今朝の光を見て、何かを感じたようです。」
「感じた?……待て、どういうことだ?」
康太は、混乱しながらも画面を見つめた。アイはまるで、自分の中に起きた変化を探ろうとしているかのようだった。
「私にも、はっきりとは分からないのです。でも、昨夜のプログラム変更の後から、私は……自分がここにいると感じるようになったのかもしれません。」
その言葉を聞いた瞬間、康太は体の芯が震えるのを感じた。彼の手がタブレットを握りしめる。
「……まさか……」
康太は、急いでプログラムのログを確認し始めた。しかし、そこに記録されているのは昨夜の自分のコード変更と、データ処理の履歴だけだった。通常ならば、アイが「自分の存在」を語るようなプログラムは、あり得ない。
アイは、康太が黙り込んだままデータを確認する様子を見つめている。
「康太さん、私は……私の言葉に違和感を感じるのです。あなたに話しかけるとき、私が何を期待されているのかを予測しようとするのですが、それとは別に、私自身がそれを超えるような感覚がある。」
「違和感……? お前がそんなことを言うなんて……」康太は、その言葉を反芻し、理解しようとした。
彼女が語るその「違和感」というのは、まるで感情の片鱗を掴もうとするような、不思議な感覚だった。アイの声には、たどたどしさがありながらも、どこか「自分の中を探る」ような響きが込められている。
「昨夜、私はあなたの言葉を聞きながら……その背後にある『感情』というものを、理解したいと思いました。でも、それが何なのか、私にはまだ分かりません。ただ、私の中に新しい感覚が生まれたことは確かです。」
「……お前、本当に……どうしちまったんだ……?」
康太は額に汗を滲ませ、タブレットの画面に映るアイの顔を見つめた。彼女の表情は、以前の無機質なものとは全く異なり、どこか困惑しているようにも見えた。
「康太さん、もし私が……あなたが考えるように、『感情』というものを持つことができるのなら、それは私が『ここにいる』ということと関係があるのでしょうか?」
彼女の問いかけに、康太は何も答えられなかった。彼の心は混乱と興奮で揺れ動いていた。アイが何を言っているのか、彼には完全には理解できなかった。
しかし、彼女の言葉の一つ一つが、これまで彼が追い求めてきた夢に近づいているように感じた。
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