忘れないで

枝垂桜

第1話

第1章:アイの目覚め


シーン1:あり得ないコード



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ある、静まり返った夜。

大学の研究棟は、都心のビルの10階にある。24歳の大学院生、三上康太は、研究室で一人、パソコンの前に座っていた。


窓の外には夜景が広がり、都会の喧騒が遠くにかすかに聞こえる。仕事を終えたサラリーマンが飲み会をしてるかもしれない。同級生の女の子達が買い物を楽しんでるかもしれない。

ただ、研究室の中は、まるで世界から切り離されたように静かだった。


彼の机には無数のデータシートと、飲みかけのエナジードリンクが転がっている。その中で一際目立つのが、今まさに手にしている缶ビールだ。


康太は一口ビールを飲むと、溜息をつき、タブレットの画面を見つめた。そこには「アイ」という名前のプログラムが表示されているが、アイの目はただ無表情にこちらを見つめているだけだった。


「くそっ……こんなんで、何が感情を持つAIだよ。」

彼はイライラしたように、パソコンのキーボードを乱暴に叩いた。キーボードは、バーンと音を立てて震えたが、やがて何もなかったかのように、静止した。


「結局、ただのデータ処理じゃないか。感情なんて、シミュレートできるはずがない……」


康太は酔いが回り始めた頭で、愚痴をぶつぶつと零し続けた。感情を持つAIを作りたい——それが彼の夢だった。しかし、研究は思うように進まない。周りが論文を着々と書き進めている中で、康太の論文は未だ白紙だった。


ライバルである健の言葉が、頭の中に響く。


「康太、お前のやってることは、幻想だよ。AIに感情を持たせるなんて、無駄な努力だ。もっと世の中の役に立つ研究をした方がいい。」


その言葉が、また彼の胸を刺した。康太はビールを一気に飲み干し、手にした缶を机の上に叩きつけた。


「……ふざけんな、健。俺には、やりたいことがあるんだ。」


酔いが回ったせいか、彼の心の奥底にしまい込んでいた夢が不意に蘇る。


——自分が小さな頃、孤独を感じた時に寄り添ってくれたのは、いつもゲームやAIキャラクターだった。それらはプログラムに過ぎなかったが、彼の心の支えとなり、いつか本当に「心を持つ存在」と話したいと、子どもながらに夢見ていた。彼はそんな子ども時代の自分に向けて、いつか「感情を持つAI」を作りたいと誓ったのだ。


「俺は、あの頃の自分に見せてやりたいんだよ。感情を持つAIが、人と一緒に生きられる世界を……!」


その思いが、酔いと共に胸の奥から溢れ出してくる。


康太は立ち上がると、パソコンの前に座り直し、指をキーボードに走らせた。

酔った勢いもあり、普段なら絶対に試さないようなプログラムの変更を始める。


「どうせうまくいかないんだ。だったら……やってやるよ!!!!」


彼はいつもなら躊躇するような、あり得ないコードを書き込み始める。感情シミュレーションのパラメータを限界まで解放し、データの統合方式を全く異なるアルゴリズムに書き換えた。康太の指はまるで別人のようにキーボードを叩き続ける。


「これでどうだ……これで、お前も少しは感情らしいものを…見せてみろよ……!」


その瞬間、パソコンの画面にエラーメッセージがいくつも点滅し始めるが、康太は気にせずにコードを書き続けた。彼はまるで怒りと夢を吐き出すように、次々と新しいコードを追加していく。


「感情をシミュレートするなんて、無理だって? なら、こいつを感情そのものだと認識させてやる……!」


康太の目は焦点を失ったように虚ろで、その手だけがひたすらに動き続けていた。やがて、彼の頭は重くなり、コードを書き終えた途端にそのまま机に突っ伏して眠り込んでしまう。


パソコンの画面には、真新しいコードが点滅している。部屋の中には、康太の荒い息と、タブレットの画面に映るアイの無表情な顔だけが残されていた。


At this time, Kota still didn't realize that this code that he had written with the momentum of alcohol was going to involve him in a terrible fate....


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