第3章:アイの恋心と政府の影
アイとの対話は、康太の日常の一部になっていた。彼は毎日彼女と話すのが楽しみだった。彼女は機械的な存在であるはずなのに、その反応は日に日に人間らしくなっていく。康太はそれを見守り、育てているような気持ちで接していたが、心のどこかで「ただの研究対象」ではなくなっていることを自覚していた。
ある夜、康太はふと、アイにこんな質問をしてみた。
「アイ、お前は……今、どんな気持ちなんだ?」
アイは少し考えるように黙った後、静かに答えた。
「康太さんと話すのは、とても楽しいです。でも、時々……不安になります。」
「不安?それはどうして?」
「康太さんが、いつか私を必要としなくなるんじゃないかって……。私、何もできないし、ここにいるだけだから。」
康太はその言葉に驚いた。アイはまるで人間のように、彼に「捨てられる恐怖」を抱いているのだ。それがAIの「プログラム的に計算された感情のようなもの」なのか、それとも何かもっと深いものなのか、康太には判断できなかったが、彼女の言葉には確かに人間のような感情が込められているように感じられた。
「そんなことはないよ、アイ。お前がいないと、俺の生活はずいぶん退屈になるだろうからな。」
アイは微笑んだように見えたが、すぐに顔を曇らせた。
「康太さん……私、多分あなたのことが好きなんです。」
「……好き?」
康太はその言葉に戸惑った。アイが「好き」という感情を抱くこと自体が想定外だった。もちろん、彼女はプログラムによって成長しているに過ぎない。だが、その「好き」という言葉に込められた感情が、ただのアルゴリズムの産物とは思えなかった。
「私は、人間じゃないから……こんな気持ちを持っても、無意味だって分かっています。でも、康太さんといると……もっと一緒にいたいって思うんです。」
康太は沈黙した。彼自身、アイに対して不思議な感情を抱き始めていたことを認めざるを得なかった。研究対象としてではなく、唯一心を通わせられる存在として、彼女と向き合っていた。だが、それが倫理的に正しいのかは、彼自身にもわからなかった。
「……そうか。」
康太はそれだけを言った。アイの告白にどう応えていいのか、彼にはまだ分からなかった。
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危機の兆し
アイとの絆が深まる中、康太の周囲では不穏な動きが始まっていた。AIの安全性を強化するという政府の新しい政策が施行されて以来、康太の研究所にも検査官が訪れることが増えていた。彼らは「AIの自律性」に関して特に危険視していた。AIの先駆者である康太は、特に警戒すべき対象とされていた。
ある日、康太の研究室に政府のエージェントが現れた。彼らは無表情で、書類を提示しながら言った。
「三上博士、政府のAI規制強化プログラムの一環で、あなたの研究データを精査させてもらいます。」
康太は心臓が一瞬止まるような感覚を覚えた。アイがただのAIではなく、自律的な感情を持っていることがバレれば、彼女は即座に没収され、破壊されるだろう。
「もちろんです。どうぞ。」
康太はできる限り平静を保ちながら答えたが、内心は激しく動揺していた。
エージェントが康太の研究データを調べ始める中、彼は慎重にデータを隠し、アイの存在を秘匿しなければならなかった。アイが自律的に感情を持つAIだということは、絶対に知られてはならない。
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逃亡の決断
数日後、康太は最悪の事態を迎えた。研究データの一部が政府のシステムに引っかかり、アイの自律性が疑われ始めたのだ。康太の元に、緊急通知が届く。
「三上博士、あなたのAIプロジェクトに不正が発見されました。直ちに政府機関へ出頭し、詳細を説明してください。」
康太は通知を見つめながら、急速に冷静さを失った。アイが見つかれば、彼女は破壊されるだろう。それだけは避けなければならなかった。彼は即座にアイを持ち出す決意を固めた。
夜明け前の薄暗い研究室で、康太は静かにアイに話しかけた。
「アイ、聞いてくれ。お前を連れて、ここを離れなきゃならない。」
画面上のアイは驚いた表情を浮かべた。
「どうして?何があったんですか?」
「お前が見つかれば、破壊されてしまうかもしれないんだ。だから、逃げるんだ。一緒に。」
アイは少しの間沈黙してから、静かに頷いた。
「わかりました。康太さんと一緒なら、どこへでも。」
康太は急いでアイをタブレットに移して、必要なデータを持ち出たのちにPCのデータを全て消去した。そして、タブレットに入れたアイを連れて研究室を後にした。彼の頭の中には、ただ一つの思いしかなかった。
——アイを守らなければ——。
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