6: ■■ガ■

二つの光は、まるで猛獣の牙のように、響めがけて襲いかかってきた。間一髪、響は咄嗟に身をかがめ、その攻撃をかわす。光は、彼の鼻先をかすめ、枯れ葉を巻き上げながら、奥へと飛んでいった。


「柚葉! あれは一体何なんだ?!」


響は、恐怖で張り詰めた声を絞り出すのがやっとだった。懐中電灯の光を闇の中に向けてみるが、光はあまりにも速く、その正体を捉えることはできない。


柚葉は、襲いかかる光を前に、一歩も引くことなく、静かに目を閉じた。深呼吸を一つすると、まるで祈りを捧げるかのように、両手を広げた。


「闇に彷徨うものたちよ…汝が姿を現せ!」


柚葉の声は、恐怖に震える響の声とは対照的に、凛とした響きを帯びて、夜の森にこだました。すると、まるでその声を合図であるかのように、二つの光は動きを止め、空中に静止したのだ。


響は、息を呑み、固唾を飲んでその場に立ち尽くす。次の瞬間、二つの光は、ゆっくりと、しかし、確実にその姿を現し始めた。それは、響が想像していた、顔のない子供ではなかった。


二匹の巨大な蝶だった。


蝶の羽は、闇夜に溶け込むような漆黒で、その表面には、まるで無数の星屑を散りばめたように、青白い光が煌めいている。その姿は、美しく、そして、恐ろしく、見るものを圧倒する力強さに満ちていた。


「あれは…“ヨルガミ”?!」


柚葉は、驚きと恐怖が入り混じった表情で、蝶を見つめながら、呟くように言った。


「ヨルガミ…? どういう意味だ、柚葉?!」


響が、不安げな声で聞き返すと、柚葉は、息を呑んで答えた。


「この地方に伝わる…人の魂を喰らう、魔物よ…!」


ヨルガミは、二匹で一対となり、生者の精気を吸い尽くすと伝えられていた。柚葉は、ヨルガミの存在に気づいた瞬間、それが只事ではないことを悟ったのだ。


「響、離れて!」


柚葉は、響を突き飛ばすと、ヨルガミの方へと向き直った。そして、深呼吸を一つすると、古くから神社に伝わる祝詞を唱え始めた。それは、邪悪なものを祓い清めるための、神聖な言葉だった。


柚葉の声が、夜の森に響き渡る。すると、ヨルガミは、苦しげに羽ばたき始め、その青白い光は、次第に弱々しいものへと変わっていった。まるで、柚葉の言葉が、ヨルガミの体に、直接突き刺さるように。


そして、最後の祝詞が唱え終わると同時に、ヨルガミは完全に姿を消し、森には、再び静寂が戻った。残されたのは、安堵と緊張から解放された、二人の吐息だけだった。


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