5: 森

闇が、全てを飲み込もうとするかのように、深く、重く、森を覆っていた。木々の隙間から差し込む月明かりさえも、その闇の深さの前では、か弱い光点に過ぎない。懐中電灯の明かりが、そんな闇を切り裂くように、木々の間を不規則に照らし出す。その光は、まるで、暗闇の奥底に潜む何かを、刺激するかのように、不気味な影絵を作り出していく。


空気は重く、生暖かい湿気を帯びており、響の肺を、じっとりと湿った布で覆い尽くすかのようだった。時折、生暖かい風が吹き抜け、木々の枝葉を揺らし、まるで誰かのささやき声のような、乾いた音を立てる。その音は、響の鼓膜を揺さぶり、理性を少しずつ、しかし、確実に蝕んでいくようだった。


響は、胸騒ぎを抑えながら、柚葉の後をついて、森の奥へと進んでいった。柚葉は、まるで闇に溶け込むように、静かに、しかし、迷うことなく歩を進める。時折、目を閉じて深呼吸を繰り返し、何かを感じ取ろうとしているようだった。


「柚葉…何か、感じるのか…?」


響は、不安と緊張で張り詰めた声で、尋ねた。柚葉は、ゆっくりと目を開き、響の顔を見つめずに、静かに答えた。


「ええ…ざわめきが、強くなっているわ…あの子たちが…すぐ近くに…」


柚葉の声は、普段の穏やかさを失い、張り詰めた糸のように、今にも切れそうだった。


その言葉が終わると同時に、二つの光が、暗闇の中で揺らめいた。それは、まるで人間の子供と同じくらいの大きさで、白くぼんやりと光る、二つの球体だった。二つの光は、ゆっくりと近づいてきて、響と柚葉を取り囲むように、彼らの周りを回り始めた。


その異様な光景に、響の背筋を、冷たいものが駆け上がった。息が詰まりそうになるのをこらえながら、響は、恐怖に震える声で、柚葉に尋ねた。


「あれが…“顔のない子供”なのか…?」


柚葉は、懐中電灯の光を、二つの光に当てようとはせず、首を横に振った。


「違う…あの子たちは…もっと…違う…」


柚葉の言葉が途切れた瞬間、二つの光は、今までにない速さで動き出し、響と柚葉に襲いかかってきた。

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