4: 失踪

神隠しの事実と、それが幼い頃の自身の体験と繋がっている可能性に、響の心は激しく揺り動かされる。恐怖と不安が渦巻く一方で、民俗学を専攻する大学院生としての血が、騒ぎ出すのを感じた。神隠しは、いつかは解き明かしたい、と心の奥底で温めていた、謎の一つだったのだ。


「詳しく教えてくれ、柚葉。いつから、誰が、どんな風に…?」


響の声は、いつになく真剣で、その眼差しは、まるで獲物を追う獣のように、鋭く光っていた。柚葉は、そんな響の姿に、一瞬たじろぐような表情を見せたが、すぐに、覚悟を決めたように、口を開いた。


「一週間前…この町の高校に通う、佐伯エリカさんという女の子が、行方不明になったの」


柚葉は、白い指先で、畳の目をなぞるようにして、言葉を紡ぎ出す。


「彼女は、美術部の生徒で、よく風景画を描くために、あの森に出かけていたらしいわ。事件当日も、イーゼルと画材を持って、森に行ったまま…帰ってこなかったのよ」


響は、じっと柚葉の言葉に耳を傾けながら、心の中で、あの鬱蒼とした森の姿を思い描いていた。


「警察も、捜索願が出た後、森の中をくまなく探したそうだけど…結局、エリカさんの行方は分からなかったらしいの」


柚葉は、小さく息を吸い込むと、続けた。


「そして…エリカさんの使っていた画材バッグの中から…こんなものが見つかったの」


そう言いながら、柚葉は、傍らに置いてあった、小さな風呂敷包みを開いた。中には、使い古されたスケッチブックが入っていた。柚葉は、スケッチブックを一枚一枚丁寧にめくり、一枚の絵を、響の前に差し出した。


それは、木炭で描かれた、森の中の風景画だった。鬱蒼と生い茂る木々。苔むした石段。そして、その先に…ひっそりと佇む、小さな祠。


響は、絵に見入りながら、息を呑んだ。それは、紛れもなく、彼が幼い頃に迷い込んだ、あの森の中心部にあった祠だった。そして、その祠の周りには…。


白い服を着た、顔のない子供たちが、まるで手招きするように、こちらに迫ってくる姿が描かれていた。


「これは…!」


響は、驚きを隠せないまま、絵から目を上げ、柚葉の方を見た。柚葉は、静かに頷きながら、こう言った。


「響、あなたも感じているでしょう? あの森には…何かがある。そして、エリカさんの失踪には…あの森が、深く関わっている」


窓の外は、完全に夜の帳が下り、不気味な静寂に包まれていた。響は、柚葉の言葉に、抗いがたい魅力と恐怖を感じながら、ゆっくりと立ち上がった。二つの影が、まるで何かに導かれるように、闇に沈む森へと、足を踏み入れていく。

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