3: 顔
響の脳裏に、ある記憶が蘇る。それは、彼が幼い頃に体験した、奇妙で、そして、恐ろしい記憶だった。
小学校に上がる前の、蒸し暑い夏の日のことだった。蝉時雨がやかましく響く中、響は祖父に連れられて、裏山の神社へと続く森へ分け入った。木漏れ日が差し込む、薄暗い森の中は、昼間だというのに、どこかひんやりとした空気が漂っていた。
祖父は、慣れた足取りで、細い山道を進んでいく。幼い響は、そんな祖父の姿を必死に追いかけながら、生い茂る草木をかき分け、歩を進めた。
どれくらい歩いただろうか。響は、前方を歩く祖父の姿が見えなくなると、不安な気持ちに駆られ、立ち止まった。その時だった。
木々の間から、白いものが、ゆらりと揺れているのが、響の目に映った。よく見ると、それは人の姿をしていた。子供だった。一人で、大きな杉の木の下に腰を下ろし、何かブツブツと呟いている。
響は、好奇心と、かすかな恐怖を感じながら、子供の方に近づいていった。
「…こんにちは?」
響は、小さく声をかけた。しかし、子供は、響の声に気づかないのか、顔をこちらに向けることはなく、ただ、うつむいたまま、何かを呟き続けている。
響は、さらに数歩近づいてみた。そして、息を呑んだ。
子供は、真っ白な着物を着ており、その顔は、まるで白い粘土のように、のっぺらとしていたのだ。目も鼻も口もない。ただ、白い肌が、不気味なほどに滑らかで、まるで生きている人間とは思えなかった。
恐怖に駆られた響は、その場から一目散に逃げ出した。祖父の姿を探すのも忘れて、ただひたすらに、森の中を走り回った。
息を切らし、ようやく祖父に追いついた時には、既に日は傾き始めていた。響は、恐怖で震える体で、祖父に、森の中で見たものを、必死に説明した。
すると、祖父は、神妙な顔で、こう言ったのだ。
「それは…森の守り神の使いじゃ。決して近づいてはならん…」
それ以来、響は森に入ることを極度に怖がるようになった。そして、あの時の「顔のない子供」のことは、忘れようとしていた。
しかし…
「響、どうしたの? 顔色が悪いわ」
柚葉の声に、響は我に返った。響は、柚葉に、幼い頃に森の中で奇妙な子供を見かけたこと、そして、その記憶が、柚葉の語る神隠しの話と重なって、今になって恐ろしくなってきたことを打ち明けた。
柚葉は、響の話を黙って聞いていたが、彼が全てを語り終えると、青白い顔で、静かに口を開いた。
「響…実は…最近、また神隠しが起きているの」
柚葉の言葉に、響は息を呑んだ。
「しかも…その行方不明になった人が、最後に目撃された場所が…あの森なの」
響の脳裏に、再び、「顔のない子供」の姿が浮かび上がった。それは、ただの子供の頃の記憶違い、あるいは、単なる恐怖の産物ではなかったのかもしれない…。
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