2: 柚葉

響が振り返ると、そこには、白いワンピースを身に纏い、長い黒髪を風になびかせた柚葉の姿があった。数年ぶりの再会にもかかわらず、彼女はまるで昨日の続きを語るように、自然な笑顔で響を迎えた。しかし、その白い肌と漆黒の瞳は、写真の中で見た少女の姿そのままに、時の流れを感じさせない、不思議な魅力を湛えていた。


「柚葉…?」


響は、驚きと戸惑いを隠せないまま、その名を呟いた。柚葉は、くすりと微笑むと、響の手を取り、家の中へと招き入れた。


「お帰りなさい、響。大きくなったわね」


柚葉の手は、まるで氷のように冷たく、響の胸に、言いようのない不安がよぎった。しかし、響はそれを、古い家の冷気によるものだと、自分に言い聞かせようとした。


柚葉に勧められるまま、響は幼い頃によく遊んだ縁側へと腰を下ろした。夕暮れ時、縁側から眺める景色は、どこか寂しげで、それでいて懐かしい、美しさがあった。周囲の山々から伸びる影が、家々をゆっくりと覆い隠していく様は、まるで、この霞峰という町全体が、深い眠りに落ちていくかのような、錯覚を覚える。


柚葉が淹れてくれた温かいお茶を、一口含む。お茶の香りが、疲れた体に染み渡るように感じられた。


「この町も、昔と変わらないな…」


響は、静かな口調で呟いた。すると、柚葉は静かに首を横に振りながら、意味深な言葉を口にした。


「響、この町はね、昔からずっと変わらないわけじゃないの。ただ、変わっていくものを、人々は見ないようにしているだけ…」


その言葉は、謎めいた響きを帯びており、響の心に、奇妙な引っ掛かりを覚える。大学院で民俗学を専攻している響にとって、柚葉の言葉は、単なる郷愁を漂わせるものではなく、もっと深い意味を含んでいるように思えた。


「どういう意味だ?」


響は、お茶碗を静かに縁側に置き、柚葉に問いかけた。すると、柚葉は、少し間を置いてから、語り始めた。


「霞峰はね…古くから“神隠し”の伝説が残る町なの。この山々に囲まれた盆地は、外界から隔絶され、異質なものが入り込みやすいと言われてきた」


柚葉の声は、まるで古い書物を読み上げるかのように、淡々としていた。しかし、その言葉の一つ一つが、響の心に深く突き刺さる。


「神隠し…?」


響は、思わず身を乗り出した。


「ええ。この町では、昔から、人が忽然と姿を消す事件が、後を絶たないのよ。そして…誰一人として、その行方を知るものも、その理由を知るものもいない」


柚葉の言葉に、響は背筋に冷たいものを感じた。霞峰は、響にとって懐かしい故郷であると同時に、どこか不気味な影を落とす場所でもあった。幼い頃、響は森の中で奇妙な体験をしたことがあった。それは、ただの子供の頃の記憶違いに過ぎないと思っていたが、柚葉の話を聞き、再びその記憶が鮮明に蘇ってきたのだ。

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