第一章 出会い

第1話 週末の過ごし方と部室の訪問者

 今日は土曜日。


 このかは基本、毎週末は自宅の中でクール毎のアニメを全作品視聴することを日課している。


 それに加えて自前のノートパソコンを使ってウェブ小説を執筆している。代表作である『異世界に行った陰キャ女子は、何故かそこで英雄扱いされていた』は、毎日欠かさず最新話をアップしている。常に週平均で百万プレビューを獲得しており、異世界部門のランキングでも一位を保持している。


 すなわちこのかは、友達と仲良くワイワイガヤガヤ、渋谷や原宿といったオシャレタウンに足を運ばず、自宅の部屋に引きこもってはアニメや漫画とラノベの熟読、ウェブ小説の執筆と完全に同年代の女子とはかけ離れた週末を過ごしている。


 それ以前にこのかは基本友達がいない、いわゆるぼっち。それでも二次元を中心とした多く趣味を持つ彼女にとっては、そんなことなど無関係。


 趣味が充実しているからこそ、寂しさなんて忘れてしまいそうだ。


 それが顕著に出ているのが、ウェブ小説のコメントだ。


「おっ!きのうの夜アップした最新話がもうコメント来てる!」


 超がつくほどの人気作品が故に、一日に百件以上のコメントが寄せられる。幸いにも批判や誹謗中傷性のコメントはなく、個性的なキャラクター設定やバランスの取れたストーリー性など称賛する声が多い。


 特にそんなコメントを連日のように送っている一人のファンがいる。


『サヌコノ様!本日も最新話をアップしていただきありがとうございます!ヒロインのコヒーが仲間のために前に出て闘うその勇姿に心打たれました!引き続きコヒーたちの冒険を楽しみにしています!』


 このかがウェブ小説に使用するペンネーム(由来はこのかのフルネームを略したもの)を用いて熱の入った感想を伝えるのは、シオリという名のユーザー。


 初回から一貫してコメントを寄せている唯一のユーザーであり、時に千文字程度の長文がくることもある。


 それでもこのかはドン引きもせず、一文字も漏らすことなく読んで返信する。この熱の入ったコメントこそが、このかのウェブ小説家としての励みになり、そしてかてになる。


「こうして文字にして応援されることが何よりも嬉しいもの!これのおかげで作品が楽しく書けるし!だけど――」


 一人ずつのコメントを読んでいくうちに、このかはふと思ったことがある。


「初回から欠かさずコメントをしてくれているシオリさんって誰だろう?気になるなぁ……」


 このかはふと、そんなことを脳内にそんなことを考える。


 是非とも会ってみたい。会ってたくさん話してみたい。そう考えてしまう。


 しかしこのか、「あっ!」と自身の性格に気づく。


「自分はコミュ障だから、私が話し相手になっても、かえって迷惑になるんじゃないかな?それで嫌われて、SNSで悪口でも書かれたりでもしたら――」


 このかは、陰キャ特有のネガティブ思考を脳内で巡らせ、ガクガクと身体からだを震わせる。


 ここはそっと、創作者とファンの関係性ということで会わない方が先決だ――そう判断したこのかは、執筆中のエピソードのページを開いてそのままキーボードに文字を打ち込んだ。


 ☆☆☆


 それから数日後。


 このかのお昼休みは他の生徒のような過ごし方をしていない。


 教室内でキャッキャウフフと集団で談笑しながらお昼ご飯を食べる様子を見ると食欲が失せるので、二次元同好会の部室で一人黙々とアニメを観ながら食べている。


 こういう時間帯は、いわゆる飯テロアニメを観て食欲をかき立てるのが、このかにとって大変有意義なお昼休みを過ごしている。


 このかは正直な気持ち、学校へ行くのは基本的に苦である。しかしそれでも登校するという努力を出しているのは、全ては部活のため。勉強についてこれなくて萎えてしまっても、自ら創部した部活のおかげで何とかメンタルを保っている。


「あっ、もうこんな時間……」


 楽しい時間は、あっという間に過ぎるもので、すぐに部室を出ないと出たくない午後の授業に間に合わない。


 何せ次の授業は、体育だからだ。


 急いで着替えないと間に合わない。このかは慌てて部室を出た。


 そして放課後。


 今日も苦の時間である授業が終わり、このかはウキウキ気分でいつもの部室へ向かう。


「……あれぇ?」


 部室の鍵を鍵穴に差し込み、回そうとしたら、いつも耳にする解錠音が聞こえてこない。


(ちょ、ちょっと待って!私、お昼休みここへ出る際に鍵をかけるのを忘れたっ!?ヤバいヤバいヤバい……)


 このかがここまで慌てるのも無理ない。


 天ノ宮あまのみや高校の部室は、使用可能時間である朝のホームルーム前と放課後の最終下校時刻までを除いて原則使用禁止。セキュリティの観点上必ず施錠しなければならない。


 もし怠ったら、部室の使用の無期限禁止というペナルティが課される。


 が、しかし、A4用紙一枚分の反省文を書けば、内容次第でおとがめなしとなる。


 いくら文章力がけているとはいえ、フィクションとして物語を創る文章と反省の弁を述べるお堅い文章とでは、構成や内容も違いは大きい。


 絶対……絶対にペナルティは嫌だ!――そんな思いを込めて、このかは鉄扉てっぴのドアノブをゆっくりと開ける。


「あぁ……」


 ドアのすき間が少し空いているからにして、やはりお昼休みの時に施錠していないと言っているようなものだ。大緊張のあまりこのかは、喉の奥で詰まっていた唾を力強く飲み込む。


 いつもは重さもあって開けるにも力がいる鉄扉も、今日ばかりは特に重い。そしてドアノブを握る手が汗だくだ。季節は夏じゃないのに身体中に熱が帯びている。


 次第に大きくなる心臓の鼓動を片方の手で押さえながらドアのすき間を大きくさせる。


「あらぁ。ようやく来たのね?」


 部室内で聞こえるはずがない声が聞こえ、このかは動揺してしまう。


 部室の前からずっと俯いていた顔をゆっくりと上げると、ソファーにスタイルのい美女が、腕組み脚組みこちらを向いている。


「せ、生徒会長……」


 このかの不安が意外なところで現れてしまった。


 この場にいないはずの生徒会長――栞奈かんながそこにいるのだから。


「あっ、あの……。どういったご要件で……?」


 このかは顔中に滝のような汗を流しながら、なぜ自分だけの聖域に生徒会長がいるのかたずねる。


「決まってるじゃない。あなたに一つ伝えたいことがあって――」


 やっ、やっぱり!――このかは、栞奈の氷のような表情を見つめながら予想通りの展開に血のが引いた。


「あのねぇ」

「あっ、はいっ!」


 重々しい栞奈の一言に怯えながら返事をするこのか。


 それと同時に覚悟はできた。もうこれで学校内唯一の憩いの場が廃れてしまうことを。登校する目的も消え、どうすることもできない、ただの陰キャ女子へと格下げになることを。


 しかし、次に発した栞奈の言葉に、このかは目を丸くする。


「わたくしもこの部活に入らせてください!」

「……え、えっ?え――――――――っ!?」


 あまりにも予想だにしなかった展開に、このかは人生で一番の大声を出す。


「ちょっと!いくら誰も目の届かない部室だからとはいえ、大きな声をだ出さないでちょうだい!」

「……………」


 すみませんと謝罪したいのだが、栞奈の手がこのかの鼻や口を覆うものだから、それができない。


 しかし、流石は生徒会長。薔薇ばらのようなの甘い香りが鼻腔に伝わり、心地良いほどにくすぐったい。


 自分にはない香りと格闘しながら、このかは涙を浮かべながら耐える。


「ごめんなさい。あまりこの学校の生徒の皆さんにお話していないから……」


 栞奈の神妙な面持ちに、このかは不思議と感じた。


 それはまるで隠しごとをしている子どものような態度だった。


「聞いてほしいことがあるの讃井さぬいさん」

(そ、そんな目つきで見られたら怖いんですがぁ……)


 栞奈の鋭利な目つきに気圧けおされるこのかは別方向へ視線を向ける。


 しかし、そんなのお構いなしな栞奈次なる言葉に、このかはやっとこ彼女の顔を見つめる。


「わたくしも、あなたと同じ趣味を持っているのよ」

(続く)

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