生徒会長は隠れオタクでした〜陰キャ女子と生真面目女子のオタ活日誌〜

本宮 祈里

第一部

プロローグ

プロローグ 県立天ノ宮高校

 ここはとある県のとある市にある県立天ノ宮あまのみや高校。


 県内屈指のスポーツ校であるこの高校は、ありとあらゆる競技から有名スポーツ選手を輩出している。


 海外で様々な活躍やオリンピック選手を輩出し、ニュースでよく見るあのスポーツ選手も実は天ノ宮高校出身ってことが多々ある。


 それ故に秋に文化祭では年間千人ほど日本各地から多くの学生が来校してくる。


「硬式野球部でーす!メジャーで活躍しているあの山野井選手は天ノ宮高校出身ですよぉ!」

「バドミントン部でーす!十年連続国内大会優勝してまーす!」

「バスケ部は七年連続インターハイ出場してまーす!」


 だからこそ文化祭となると、天ノ宮生はいち早く有望な中学生を獲得したいという思いが一層強くなり、血気盛んに招致活動に熱が入る。


 しかし文化祭に来ている学生も部活生も全く知らない部活がある。


 その名も――二次元同好会。


 その名の通り、アニメやラノベ、漫画好きなら大歓迎な部活であると同時に、スポーツ系の部活が盛んな天ノ宮高校にとっては唯一の文化系の部活と言ってもいい。


 ――とはいうものの、スポーツ系の部活に特化した高校ゆえ、入部希望者のほぼ全員がそちらへ入部するものだから入る者すらいない。


 もっとも、この部活は文化祭の勧誘だけでなく、新入生歓迎会の部活紹介すら参加していないから誰も入部しないのは当然と言えよう。


 なぜ文化祭も新歓も参加していないのか?それは準備が間に合わなかったとか時間の都合上とかという大きなトラブルに遭遇したからではない。


 この部活の部長が陰キャつコミュ障だからだ。


 ☆☆☆


 二次元同好会の部室は、校舎の奥まったところにある。さびだらけの鉄扉てっぴで埋め込まれたそこは、元来体育倉庫として使用されたものだが、新たに作られたこの部活のために部室に改装された。


 しかしほぼ全員の生徒は、その部室を部室だとは思わず、諸事情により使用禁止になった開かずの扉として認識している。


 極めつけは、近寄りがたさを物語る異様なオーラ。


 黒と紫が混ざった、とっても禍々しくい空気が鉄扉の隙間から漏れ出し、一度吸ったら命を落としかねないような重苦しさが伝わってくる。


 その扉の向こうでは、一体どんな生徒が入り浸っているというのか。


「うぅ〜……。どうしてこんな展開にぃ……」


 悔しさあふれる言葉を漏らす彼女の名前は、讃井さぬい このか。


 白ブラウスの上に紺色のジャケットを羽織り、チェック柄のスカートを穿いている一人の生徒。ところどころ寝癖によって跳ね上がっている黒のショートヘアーが特徴的な彼女。


 あかり一個もかない真っ暗な部室の中で、唯一の光と言ってもいいノートパソコンに映っているアニメを観ては感動の涙を滝のように流していた。


 このかが観ていたのは『魔法少女ピュアミクロン』――通称『まほミク』という題名のアニメ。


 なんの変哲もない日常を過ごしていたミクという名のヒロインが、イミテという名の謎の生物に魔法少女に任命され、仲間との絆やトラブル、バトルを通して魔法少女として、そしていち女の子として成長する魔法少女アニメである。


 始めはあまり話題にはのぼらなかったが、繊細なストーリーやキャラクター設定が時代とマッチしているとSNS上で話題となり、そして日本のアニメ文化を発展させたアニメとして、今や海外からも絶大な知名度を誇るアニメにまで成長。今はテレビシリーズも五期まで放送、劇場版もこれまで三作上映している。


 このかは、その『まほミク』の二期の最終回を観て大号泣していたところだ。


 ミクロンのライバルキャラであるモニエが、敵幹部の必殺技に襲われそうになったその時、モニエが庇って命を落とす――という場面だ。


「はぁ〜。いつ観てもまほミクは神がかった展開が多くていいねぇ〜。時折鬱展開あるけど、それもまたいいのよ……」


 ノートパソコンの画面いっぱいに「第二部 完」という文字が現れると、このかは呟きながら電気のスイッチのある壁まで移動し、そのまま押す。


 部屋全体が明るくなったと同時、部室内の全容が明らかになる。


 壁にくっつくように設置している本棚はギッチリと漫画やライトノベルがレーベルごとに五十音順に収蔵され、更に別の方向に設置している棚には、多数の人気アニメのフィギュアが置かれている。


 ここまで来たら、部活専用の教室改め、このかの趣味部屋だ。


「エヘッ。エヘヘヘヘヘ……」


 このかは誰もいないことをいいことに、不敵な笑いを声に出す。


 そんな笑いを平然とするのも理由がある。


 この二次元同好会の部員は、このかただ一人だからだ。


「この聖域は私だけの世界。この聖域には誰一人足を踏み入れることなんて絶対に許さないのよ~!落ち着くし窓もないから視線を感じることも監視されることもないから居心地いいのよねぇ〜。それにこの部室は内側からも鍵をかけられることが可能なのも嬉しい……」


 このかは部室からは誰にも目をつけられないことをいいことに、一人ぶつぶつと部室の様々なメリットを語る。誰もいないからこそ、ここまで生き生きと話している。


「私のために、こ〜んな素晴らしい部活と部室を用意してくれた担任に感謝感激雨あられよぉ!」


 そもそも二次元同好会は、このかが担任に勇気を持って懇願して、天ノ宮高校初にして現状唯一の文化系の部活が誕生した。そのいきさつもあってこの部活の顧問は担任が務めている。


「エヘッ。エヘヘヘヘヘへへへ……」


 このかは再び不敵な笑い声を出すけど、それは次第に小さくなっていく。


「あぁ……。やっぱり誰かいないと、かえって静かだなぁ……」


 何せ部室は元・体育倉庫。広さもスポーツカーが縦列二台分あって、このか一人だけでは広過ぎるくらいだ。


 それだったら文化祭を利用して新入生を勧誘すればいい。そう思う人もいるだろう。


 しかし、部長にして唯一の部員であるこのかは、そんな勇気なんぞ微塵もない。何故なら――


「……でも私が陰キャでコミュ障だから、あの血気盛んな世界の中で騒ぐなんて、さらなるエネルギーが必要だし、それに初対面の人に話かけると緊張してしどろもどろになっちゃうし、必ず言葉の頭に『あっ』ってつけがちだし――」


 そう。このかは究極の陰キャ女子だ。


 対人的なコミュニケーションもまともに取れず、それが原因でなかなか前に出ることができない。


 更に言えば集団に関する行事となると拒絶反応を起こしてしまう。故に文化祭の勧誘の際も一切顔を出さなかった。そのため今年度の新入部員は誰一人こなかった。


 自業自得と言ったらそうなのだが、会話下手なこのかにとってはハードルが非常に高いのだかられ致し方ない。いな、超高層ビルほどの高さだ。


 でも、それはそれで本人の中ではいい方だ。


 人と会わず、そして部室に多くの趣味を詰め込んだこの部室こそ、このかにとっての数少ない学校内での癒しの空間だ。


「今日はどのラノベを読もうかなぁ~」


 おのれの不甲斐なさを棚に上げて、棚から一冊のラノベを取り出す――その時だった。


「ひぃっ⁉」


 何の前触れなく鉄扉の外から重いノックの音が響き、このかは目玉を引ん剝くほど驚く。


「二次元同好会部長、讃井 このかさん!」

(お、怒ってらっしゃる……)


 このかは鉄扉の向こうの相手の口調から怒り心頭なのを理解し、動揺してしまう。


(ど、どうしよう……。ここは居留守使って時間を過ごそうかなぁ。そうすれば相手もそのうち――)

「讃井さん!」

「ひぃっ!」


 あれだけ重そうな鉄扉も何のそのと言わんばかりに勢いよく開けた相手は、鋭利な目つきでこのかを見て睨みつけてくる。


 それ以前になぜ彼女が鍵を開けることができたのか、このかはそれがむしろ不思議に思った。


 サラサラとした淡い紺色のストレートロング、スラリとした腕と脚はモデルのようなで立ちだ。


「あ、あの……、どちら様でしょうか?」

「ちょっと!生徒会長であるこのわたくしめを知らないなんて――。まぁいいわ。わたくしは天ノ宮高校生徒会会長――湯ノゆのくち 栞奈かんなよ!しっかりと頭に叩き込みなさい!」

「あっはい……」


 眼前の女子生徒は生徒会長だったことに、このかは小さく返事したとともに小さく萎縮をした。


 話し相手がまさかの生徒会長だなんて、このかは夢にも思わなかっただろう。


「讃井さん、本日は各部活の部長会議があるのをお忘れなの?もうとっくに開始時間二十分も過ぎているわよ?」

(はっ!そうだった。今日は各部活の部長会議があるのをすっかり忘れていた……)


 このかは自身が部活の部長であったこと、そしてどうせ自分の存在などほとんどの生徒がしないだろうと、記憶から消去していた。


「あ、あぁ……、これから行きますので、はい……」

「はぁ〜……」


 このかが慌てながら出る準備をしていると、栞奈は大きなため息をつく。彼女の感情からこのかは更に慌てる。


「あなたね、いくら部員があなた唯一だからといって、部長も兼任しているのだから少しは部長らしく堂々としなさいな。そんな様子だからクラスメイトだけじゃなく後輩からもあまり尊敬されないのよ」


 栞奈はこのかが一番気にしているをズバッと言い放つ。当のこのかも心臓がえぐられるほどの大ダメージを負ってしまい撃沈する。


「はぁ〜……。まぁいいわ。今回だけ病欠のため欠席扱いにするわ。来月から気を付けること。いいわね」

「あっはい……」


 栞奈はこのかに厳重注意を受けてからきびすを返し、そのまま鉄扉をゆっくりと閉めた。とかくこのかは、栞奈の説教が効き、溶けるように倒れた。


(ちょっと待って。あの子もそういう趣味を持っているの!?もっと早く出会っていれば仲良くなれたのに……)


 この時、このかは知らなかった。


 自身の通う学校の生徒会長も実は二次元に興味を持っているのを。

(第一章へ続く)

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