第2話 生徒会長とは、趣味が共通していました。

 趣味が一緒――栞奈かんなの口から、信じられない言葉が飛び出して、このかは驚くことすらしない。


 彼女特有の厳格で生真面目な性格から、自身のような趣味を持っているなんて、とても信じられない。


 これってひょっとして、二次元同好会を廃部にしようという新手あらての作戦!?そう思うと、いよいよ現実味を帯びてきた。


「ちちち違うんですよこれは……。わたわた私はこの部室でお昼を食べることがとても心地よくてそのあのどの……」

「ちょっと、少し落ち着きなさい?」


 このかは廃部阻止のため一生懸命に事情を説明するが、久しぶりの他人との会話であることと緊張感のせいで声がまともに出せない。


「……あなた、『まほミク』のファンなんでしょ?」

「えっ……。どうしてそれを?」


 栞奈が口にした作品の名。それはこのか最推しのアニメ――『まほミク』こと『魔法少女ピュアミクロン』だ。


 続けて栞奈は、棚に置かれているミクロンのフィギュアを見ながら、作品の魅力を話す。


「とにかくね、あのミクロンという女の子の清く正しい正義感とか、どんな悲惨な状況でも前を向いて立ち向かう姿とか、そういう性格を持つ彼女の勇姿に心打たれたの。こういう子が、我が天ノ宮あまのみや高校にもいたら、どれだけ素敵なことになるのか……」


 栞奈がまほミクについて熱く語っている。それは同じ作品好きにとっては大変ありがたいこと。


 でも、そういう趣味とは無縁そうだった彼女がここまで生き生きと饒舌になるのは、いい意味で違和感が大きい。


「でもわたくし、こういった性格ですし、加えてスポーツ重視の高校故に、作品の魅力を聞いて貰える方は周囲にいらっしゃらない。それがとても苦痛に感じていたわ……」


 栞奈の言葉からして、きっと、まほミクの魅力を聞いて貰える人が周囲にいなかったのだろう。何せ天高あまこうは、スポーツに特化した高校だ。部活で勤しんでいる生徒にとっては、アニメや漫画、ラノベに時間を費やすよりも、部活でいい成績を残すために専念する生徒が多いのも事実。


 語り場が皆無な天高に、栞奈はやきもきしていたに違いなかったのだろう。


「しかし、救いの手を伸べてくれたのは、讃井さぬいさん、あなたよ!あなたがこの同好会を創設しなかったら、今頃私は誰にも趣味として語り合うご学友に会わぬまま卒業していかもしれなかったわ……」

「えっ?ご、ごがくゆう……?」


 このかは、栞奈が口にした言葉の意味が分からず、その箇所のみをオウム返しする。


「すなわち、お友達よ。お友達」

「と、ともだ――」


 栞奈がご学友の意味をたった一言で説明すると、このかは敏感に反応する。


「い、今からでも間に合いますので、私と友達になってくれませんか!?」

「な、何よいきなり……?」


 このかが何を思ったのか、唐突に栞奈の両手を握って催促をする。秒の展開で、栞奈もさぞかし驚いたご様子だ。


「あっ、すみません。友達という言葉につい反応しちゃいまして……」


 このかは先刻の行動を自戒し、即座に握っている栞奈の手を離して下を俯く。顔を赤らめながら一メートルほど距離を空ける。


 栞奈はこのかの反応を見て、あることを見抜く。


「その反応からして、あんまりご学友がいらっしゃらないご様子で?」

「あっはい……」


 このかは仕方なく肯定する。何せぼっちなのは事実だから。


「何せ不思議と思ったもの。同好会と冠しているのもかかわらず、部員たるものが誰一人いらっしゃらないもの……」

「ブゥーッ!」

「あら?あまり触れてはいけない話題?」

「えっ、えぇ……。それがコンプレックスですので……」


 栞奈が無駄に広い部室を見渡しながら呟いたその感想は、ぼっちこじらせ気味なこのかにとって大ダメージだ。それが衝撃波となって彼女は倒れた。


「あ、あぁもちろん人集めとかはちゃんとやっておりますので!ただ普通に人が全然集まらないだけで、こちらとしても最善を尽くしますので!」


 人の少なさに違和感を覚えているかもしれないと、栞奈の心情を推察したこのかは、慌てながら逃れ言葉を口にする。


「その必要はないわ」

「な、ない……⁉」


 栞奈の口から発したその一言。それはこのかを更に不安に陥れる。


(や、やっぱりこの憩いの場を潰すために来たんだ……。何せ生徒会長の表情が怒っているように見えるもの……。ヤバい!このままじゃ私の数少ない心のオアシスが、生徒会という手によって再開発されちゃうよぉ~!)


 いつもの被害妄想が更に大袈裟おおげさえがくこのかは、頭を抱える。


「何を悩んでいるのよ。あなた、何か勘違いをしていない?」

「えっ?」


 栞奈の呆れ混じりな言葉に、このかは小さく驚く。


 そして栞奈は、このかの驚きを更に大きくさせる宣言をする。


「わたくしがこの二次元同好会の副部長兼あなたの『ご学友』になればいいだけの話じゃない?」

「えっ⁉そ、それってどういうことで――?」


 このかは栞奈の言葉に処理が追いつかず、その混乱を一言で問うた。


「つまりね、今日からあなたと友達になり、そしてわたくしの特権で、この二次元同好会を二次元部に昇格させるのよ!」


 右手で鎖骨辺りを触れながら凛々しくも高らかに宣言する栞奈に、このかは目を輝かせる。


(トモダチ……。部の昇格……)


 このかが目を輝かせたのは、栞奈の凛々しさではなく彼女がが発した宣言の一部に魅力を感じただけだった。


「あ、ありがとうございますぅ‼」


 このかはひたいに床をぶつけながら栞奈に感謝の土下座をする。


「あ、あなた、大丈夫なの?というか、あんまり校舎を破壊しないで……」


 床を破壊せざるを得ないような、とても痛々しい「バーンッ!」という大きな音が静かな部室内に響いた。その姿と音で栞奈はドン引きする。


 それでもこのかは、一つの懸念をいだく。


「し、しかし大丈夫でょうか?生徒会と兼任でもしたら、大変なんじゃ――」


 このかは額に血を流しながら顔を上げ、不安を栞奈に問う。


「大変とはどういうことなの?」

「ひぃっ!」


 冷たさのある栞奈の口調に、このかは目を見開きながら怯える。


「そ、その、……生徒会とか色々と忙しそうですから、この部活に毎日顔を出すのは――」


 栞奈の本職は生徒会長。この部活に毎日のように参加するのは生徒会の運営に支障をきたすのではないかと、このかは心配のようだ。


「いい?讃井さん。別にこの部活内で共に過ごすとは言っていないわよ」

「……と言いますと?」


 このかはまたしても栞奈の言葉に処理が追いつかず、更に具体的な説明を求まる。


「讃井さん。この二次元同好会の主な活動内容は?」

「えっ?か、活動内容……ですか?」


 創部してから一貫して一人で活動してきたが故に、具体的な活動なんて考えていなかった。


「基本的にアニメ鑑賞や漫画やラノベの熟読程度それ以外は……」


 このかは目を逸らしながら、その場で思いついた活動内容を栞奈に説明する。


「そういうのは全部部室内でもできることじゃない」

「そ、そうですけど……。えっ?それってつまりは――」


 前を見つめながら部活以外でもできることだと考える栞奈にこのかは肯定するも、彼女の考えに一抹の不安を覚える。


「活動範囲を広げるのよ!一緒にあなたの家でアニメ鑑賞したり作品を語りあったり、あとそれだけでなく、アニメショップでお買い物とか夏コミ冬コミ参加、三月末にのアニメイベントの参加もするのよ!どうよ?これで部活らしさある活動内容になったでしょ?」

「あっはい。そうですね……」


 栞奈が天高外でもできる二次元同好会での活動の提案を出してくれた。そのことには感謝をする――が、しかし、このかは複雑な心境の中で肯定した。


(う~~~ん……。学校以外で外に出るのは、インドア派な私にとって拷問のようなものよ……)


 このかは基本、登下校時を除いては外出なんてしない。気になるアニメグッズなんて通販サイトから購入するし、夏コミも冬コミもアニメイベントも人混みが苦手という理由で一度も参加したことがない。


「何?悩みでもあるの?」

「い、いえ!もちろん参加したいという気持ちはあります!でも、そのような場所に行ったこともないのでそのぉ――」


 栞奈がこのかの態度に不満を覚えたのか、少々イラッとした口調で問いかけてきた。相手の感情を読み取るのが早いこのかは慌てながら言い訳する。


「大丈夫よ。これからは、このわたくしがご一緒なんですから、そこまで心配する必要ないわよ」

「あっはい……」


 腕を組みながらこのかに、鋭くも優しい言葉をかける。


「そ、それでは、今後ともよろしくお願いいたします……」


 このかは恐縮しながら、新たな部員にしっかりとお辞儀をし、新生二次元同好会のスタートに嬉々ききするのであった。


「あ、そうだ。今回来たのはそれだけじゃなかったわ」

「えっ⁉」


 もう終わりかと油断したこのかがソファーにゆっくりと腰を下ろすと、栞奈は急に立ち止まる。彼女の口にしたもう一つの目的に、このかは今日一番の驚きを見せる。


「はい。これ、今週中に書いて私に提出ね」

「あっはい……」


 けたかったペナルティ――A4用紙一枚分の反省文は、結局課されることになった。

(続く)

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