魔術の踊り方-1
学院における講義形態は様々であり、座学はもちろん、とりわけ〈魔術科〉には実践を主とする科目も多数存在している。賢人ドルマレク・アニスクが原型を開発し〈
そんな〈魔術科〉でも更に〝実戦〟を重視しているのが、武術及び魔術戦闘についての講義だった。魔物の脅威が日常的に意識される関係から中級までは必修であり、アルベリスは通常と異なる動機で力を注いでいた。
魔術加工の施された練習用革鎧を身につけ、屋内運動場で対面する。魔物に対する対応を中心に扱う中級以下と異なり、上級講義では一対一での対人模擬戦闘が主となっていた。
一方は自然体で練習用の魔術杖を緩く構え、もう一方は籠手に包まれた両拳を鋭く構えている。冷徹で悪辣と噂のアルベリス・ユーティライエと、実直で精悍なカーディウス・ダルディオ。受講者の間では、ある意味注目の一戦だった。
――始め!
「【
講師の声と同時に、極限まで短縮された付加魔術が籠手一面を炎で覆う。敵に最速で圧力をかける、カーディウスの十八番。
「【
【
対するアルベリスは杖を短剣に変え、重ねた
「シッ」
鋭い呼気が空間を裂く。影による高速の連打を回避し、回避の叶わぬものだけを最小限の動きで弾いていく。
瞬きの内に間合いが詰まる。アルベリスが杖先を僅かに持ち上げると、迫るカーディウスの軌道に影が突き立つ。「【
「【
防御魔術。放たれた左拳を短剣が打つ。続く右の拳がアルベリスの胴を捉える。「【
――幻影。攻撃を避けた実体が、首筋目掛けて刃を突き出す。「【
左肘に生んだ爆発で拳を急加速。アルベリスの右腕を突き上げたところで、体勢を崩しながら放たれた蹴りがカーディウスの腹部を捉えた。
共にもつれて倒れ込み、爆発の煙が完全に晴れると、カーディウスの拳はアルベリスの頭部寸前で止められており、アルベリスの杖はカーディウスの心臓を射抜くように据えられていた。
「そこまで!」
合図と同時にカーディウスが立ち上がる。炎を消して差し伸べた手をアルベリスが握り、身体を持ち上げる。
「ダルディオは最小限の魔術のみで肉薄し、ユーティライエは多彩な魔術で迎え撃つ、と。流石は
歩み寄る講師の言葉に軽い会釈のみを返し、アルベリスは待機所の端へと足を向けた。カーディウスはそのままいくらかやり取りをして、見学者の列に迎えられる。
階段の最下に腰を下ろして、アルベリスはそっと息を吐いた。同世代において、カーディウスの攻撃は最速と言って差し支えない。数多くの術を習得し、それを使い分ける魔術的な器用さが強みのアルベリスに対し、カーディウスは使用する魔術を絞ることで高速戦闘を可能にしている。訓練として、決して悪いものではない。
問題は、
こんな時に脳裏を過ぎるのは、長姉ヴァロナの存在だった。彼女は存命の魔術師の中で唯一、六術種すべてを扱うことができた。どの術種にも精通しているため、
いずれは対面する必要があると理解していた。しかしこのような形で頼るというのは、いささか不本意であると言わざるを得ない。他に方法があるのならそちらを選びたいところだった。
「おう、冷血女」
頭上から声が投げかけられる。「……何」鬱陶しげに眉根を寄せるが、カーディウスは意に介することなく、やや距離を空けて階段に座った。次の試合が始まったらしいが、見学者を構成する女学生の視線のいくらかはカーディウスへと注がれている。アルベリスへと向かう囁きも、半ば公然と交わされているようだった。
「迷惑なんだけど」
「はぁ? なんでだよ。別にいいだろ」
不服も露わに口を曲げるのには毎度呆れる。カーディウスがアルベリスに対して謎の対抗意識を燃やしていることは周知の事実と言っていい。ただ、それが
「さっきのやつだが」ぎこちない他の試合を眺めながらカーディウスが言う。「戦場なら、死んでたのは俺の方だな」
「そうかもね」適当にあしらうつもりでアルベリスは答える。「なんで戦場にこだわるのかはわからないけど」
「実際の戦闘じゃ何があるかわからんだろ。そう考えると、同世代で一番脅威なのはお前なんだよ」
思うんだが、とカーディウスは続け、「お前のおっかないのは、追い詰めたところで次の手がポンポン出てくるところだ。
「好き好んで血を流す人間がいると思う? 少なくとも私は違う」
「そうかよ。いざとなりゃ、躊躇はしなそうだけどな」
視線の先では試合が終わり、次の組が向かい合うところだった。長剣と長杖。長引きそう、とぼんやり思う。
一年前、必修になっていた魔術戦闘の授業で、テレスタシアはどういうわけか見学をするばかりだった。結局最後まで一度も魔術を使うことはなく、そのため彼女がどんな触媒を使うのかも判然としない。
アンナリーゼなどはそもそも自身が前衛に立つわけではないため、必要最低限を習得してからはかなり適当にこなしていた。それでも充分なのは、時間が錬金術師に味方するからだ。彼女は常に防御の護符を手放さない。
「そういえばお前、最近彼女と親しいらしいな」
「……誰?」
脈絡のない台詞に困惑していると、カーディウスはじれったそうに、
「彼女だよ! わかるだろ。テレスタシア・ノキア。最近並んで街を歩いてたって聞いたぞ」
「は?」思わぬ言葉に表情が崩れる。慌てて手を振って「違う、あれは事情があって……」
「例の揉め事だろ。俺がしょっぴいた連中の。彼女はお前を助けたそうじゃねえか」
「だからって……別に、親しくはない」
否定を続けると、カーディウスはやや訝しみつつも「まぁ、なんでもいいが」と追及を諦めた。
「関わる機会が欲しくてな。紹介してもらえるか?」
「他にもいるでしょ。彼女と親しい人なんて」
「だからだよ」どこかバカにした調子でカーディウスは言った。「『気になるから繋いでくれ』なんて言えるわけねえだろ。一瞬で噂になるに決まってる」
「……なるほど。そういうこと」
なんのつもりかと思ったが、得心がいった。彼がわざわざそんな話を持ち出したのは、アルベリスが秘密を口外する性格でないというのが一つ。そして、アルベリスの交友関係が極めて狭いというのが、もう一つの理由なのだ。
「お近づきになりたい、と。いいんじゃない? 案外お似合いかも」
「妙に含みのある言い方だな……」
不満の表明は無視しておく。
考えてみれば、テレスタシアとカーディウスが親しくなれば、いざという時に少しは役に立つかもしれない。彼の家は、ユーティライエ、ダルディオ、サラヴィス、ウーフェン、カイネハイトの
「会ったら直接伝えておく。それでいいでしょ」
「ああ、充分だ」
そう言うとカーディウスは立ち上がり「俺はそろそろ戻る。お前はもういいのか?」
アルベリスは首を振って答える。「他とやってもしょうがないし」
「それもそうか。まぁ、紹介のことだけ頼んだ」
遠ざかる背中を見送りつつ、アルベリスは再び思考の波間に沈んでいく。母が死んでから、ずっと同じことが脳裏に渦巻き続けている。
テレスタシア・ノキアの殺し方。
死の予兆から逃れるための、その方法が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます