間章:碧光の夜 / 魔女の時代
深夜にも絶えず賑わう繁華街を外れ、人目を避けて裏道を行くと、一目ではそれとわからない場末の酒場がある。ごく一部の常連のみを対象とするような目立たない構えで、わずかに身を屈めて扉を潜ると一気に視線が集まった。しかしそれも一瞬で、誰もが行儀良く手元の酒へと戻っていった。
カウンターには明らかに客層でない少女がぽつりと腰掛けている。何を頼むでもなく虚空を見つめ、周囲もそれを気に留める様子はない。
「一番強いのを」
店主は棚からほとんど減っていない瓶を取ると、「お代は既に」と静かに置いた。鷲掴み、蓋を開けて一口呷る。
「どうやっても目立つね、君は」隣に座る少女が言った。「それだけに、カイネハイトの
「あたしに追いつきたきゃ、オルト姉でも連れてこねえと」長身の成人男性も優に超える躰躯で鼻を鳴らす。「それか、極上の火酒を一生涯ぶん保証するか」
「だろうね」少女は肩を竦め、どうあれ、と顔を上げて言う。
「おかえり――カステル」
カステルは視線を交わすと、ん、と短く答え、背負ってきた布袋から厳重に封をされた木箱を取り出した。古びているが、尋常の素材ではないと一目でわかる。少女は滑らかな動作でそれを受け取り、中身を確認することなく「ありがとう。これでまた進展できる」
「今回はなかなか骨が折れたなあ。〝天使の遺物〟なんてさ」
「悪魔の証明は去年手をつけたからね」箱を膝の上に乗せて少女は言った。「趣向を変えようかと」
「国家反逆罪はかなり良かった。法令院の老骨どもにもそんな感性が残ってたとは」
笑って言ってから「そういえば」と思い出したように「母様が死んだって? エリスの〈
「契約の対価でね。わかっていたことさ」
ふうん、と自ら口にした割に関心のないカステルを一瞥し「
「あー。お偉方に動きがあったのと、山の聖獣がそわそわしてたな。聖女選の開始が早まるらしい。あと、
「ふむ」少女は頷いて言う。「まぁ、想定通りかな」
「〝
「彼女は
さて、と少女は椅子から降りる。「私はそろそろ行くよ。君も長居する気質じゃないだろう」
「まぁな」立ち上がり、酒瓶を携えたまま出口に向かう。「次は東もいいな。アリサでも構いに行くか」
夜はまだ深くなる。二人は別れ、少女の姿は闇の中に蕩けて消える。カステルは飲み干した瓶を道端に放り捨て、鼻歌を交えながら
同時刻。
「――というわけだ。此度の決議、それで構わぬな?」
央都行政群塔内部、円形議事堂。
壁面を書物に覆われたその一室で、〈
「もちろん構わないとも。巨大で美しい構造物を、建築することさえできるなら」
〈
「ご随意に。医療物資と人材の確保を優先していただけるなら」
淡々と告げたのは、〈
「私からは、何も」
そして、〈
「なんで平然とお前がいるんだね。人形なんて使って」
本来いるはずのない人物に、ユーデルカは片眉を上げて苦言を呈した。言われた方は王宮に仕える女性衛士の身体で肩を竦め、「重要な議題かと思いましてね。二人も欠けては決定に支障が出る」
「ドロテアがいないのはいつものことだろう」
ユーデルカは呆れたように、決して埋まることのない空席へと視線を向けた。
〈
「〈
「わかっているよ。お前に言われずとも」
リタリエナの言葉にユーデルカは鼻を鳴らし、手元の箱を小さな塔の模型に変形させた。遅延も瑕疵もなく、複雑で精緻。それを都市単位でいとも簡単に成し遂げるのが、ユーデルカの〈
「よいかな」
柔らかで澄んだ声が円卓を撫ぜた。そのひと言で、一同はそれぞれの考えのもと口を噤んだ。
〈
「では後日、
パルグレモは微笑み、幾何学模様の浮かぶ瞳を薄く開いた。
魔術師の最高峰、帝国術理協会。
そこに座す五人の枢機卿を指して、人々はこのように今代を言い習わした。
――魔女の時代、と。
世界の光を殺すまで〜悪役令嬢と七人の姉〜 伊島糸雨 @shiu_itoh
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