第3話 溶けて説けて解けて
果てしなく広がっている海の原。清々しい風が頬を掠めてはまた海へと溶けていく。
別に、江ノ島である必要なんてなかった。そもそも旅をしたいと思ったのは、いつまでも逃げてばっかの私じゃいられない、過去の自分と決別するために、変わるために僕は来たんだ。
…あぁ、また同じだ。結局同じような自問自答…強迫観念に囚われてしまう。どれだけ前を向こうとしても、迷いや後悔を断ち切ろうとしても、また付き纏ってくる。
溶けてしまえばいいのに。もう二度と思い出したくない記憶ばかり、感情ばかり思い出すのならいっそのこと、この命なんて。
違う。何もかも自分が悪いんじゃないか。一人になりたいと思って一人になって、孤独を感じて居場所を求めて、見つからない苛立ちを他人にぶつけて。
気持ちが悪い。男なのに女であるなんて。そのくせ、男の欲には従順だなんて。
女だったら苦しまなかった?やりたくない野球をやらされて、醜い肉体を持つことなく、誰からも愛される?女だったらそんな人生を送れた?
あぁ、何もかもが違う。愛されたいんじゃなくて、満たされたいだけでしょう。何もうまくいかず、逃げて、一丁前に大人ぶって、結局誰よりも子供で幼稚で。そんな自分を認めたくないだけでしょう。
だから女でありたいと願ったんでしょう。いつまでその幻想に浸っているつもり?
また、同じ答えに辿り着いた。毎日のように繰り返した問の、毎日辿り着く同じ答え。意味がないとわかっていても、それをやめることができない。
多分、心の自慰行為なんでしょう。私がそうするように、痛めつけられることに快楽を覚える。
狂っていることを言い訳にするつもりなんてなかった。たとえどれほどに堕落して歪であっても、それでも私は私で、それだけだと。
いつからこうなってしまったのかはわからない。もしかしたら最初からだったのかもしれないし、些細なことの積み重ねで捻くれてしまっただけかもしれないし。
…逃げたいと思っている。逃げ出すことのできない強迫観念の迷宮から。足掻いて足掻いて、苦しんで苦しんで。そして、普通でありたいと。
普通に生きることがどれほどに難しいか、おそらく多くの人はわかっていないし、わかろうとしない。
私も、わかってもらおうなんて思っていない。それすら意味のないこと。全ては、意味のないこと。
決して諦めないと胸に刻んで生きてきたけど、もう限界かもしれない。
【明日は来いよ】
そう樹生から連絡があったのを、僕はついに知らなかった。
海の原に溶けろ 梁瀬 叶夢 @yanase_kanon
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