第2話 南洋幻想
江ノ島に来ていくつか、驚いたことがある。
一つは人の多さ。平日なのに観光客と思われる人がたくさんいるのだ。おかげで、ゆっくり楽しめるかなと思っていた江ノ電も満員電車で苦しかった。
特に外国人観光客が多かったように思える。平日でもフラフラと観光地に来れる暇を作れるのはとても羨ましい。
二つ目は、まるで南国の地に来たかのような感覚を覚えたこと。夏の残暑が残っているのもあるだろうが、それにしても日差しは強く私の肌を突き刺してきて痛かった。
同じ関東なのに、こんなにも差があるなんて思わなかった。私が住んでいるのは埼玉の端っこあたりなのだが、あそことは全然違う。本当に、南洋の島国を訪れたみたいな。
いつだったか、南洋幻想という言葉を聞いたことがある。昔、今のように簡単には遠い地へ足を運ぶことができなかったころ。昔の人たちは遠い南の地に思いを馳せたという。そして、いい子にしていれば南の地へ行くことができた。そう思われていた時代が、本当にあったのだ。
まさに、楽園の地。この美しい景色を見るだけでここへ来た価値は十分にある。昔の人たちが南の地に憧れた理由が、わかった気がする。
さて、もう12時をゆうにすぎている。お昼ご飯を食べるとしようか。
江ノ島には実にたくさんの飲食店がある。屋台のような小さなものもあれば、路地裏の一軒家のようなものもある。
こういうのはだいたい、路地裏の方がいい店である確率が高い。島の入り口にあるような店はありきたりで集客目当ての店が多いが、路地裏は地元の人がやっている店が多くて、その分味も信頼できる。私なりの方程式だ。
観光客の波をかき分けながら、なんとか路地裏へと入りこむ。そこは島の入り口とは一転して、閑静な街が広がっていた。
ここからは自分の直感に頼るだけ。私は路地の角にある店に目をつけて、その店に決めることにした。
本来なら海鮮丼を頼むべきなのだろう。でも、私はあえてそうしない。
だって、海鮮丼が美味しいのはわかりきっているじゃない。ここは、そうね…ミックスフライ定食にするか。
個人的に、味に一番差が出るのは揚げ物だと思っている。熱加減に時間、衣の薄い厚いでも味は大きく変わってくる。店ごとに特徴が出やすいのだ。
店内に他の客が少ないこともあって、料理が思ったより早く出された。
アジフライ、鱈のフライ、エビフライがそれぞれ一つずつのっているのだが、まぁエビフライからいくのが無難だろうな。
…うまい。今まで食べたエビフライの中でぶっちぎりのナンバーワンだ。
続いて他のフライにも箸をつけるが、どちらも最高にうますぎる。衣の感じも一番好きかもしれない。
やっぱり、ここへ来てよかった。学校なんかに行くよりも、こうして旅をしていた方が何倍も心地良い。
ごちそうさまでしたと一言挨拶をして、私は店を出た。とてもいい店に出会えたと燃える反面、滅多には来れないんだよなと思うと惜しく感じた。
さて、次はどうしようか…正直、行き当たりばったりの旅だし、特にやりたいことがあってここに来たわけじゃない。逃げてきただけだから。
少し海を眺めながらぼんやりとしよう。ぼんやりとしながら、どうするか決めればいいか。
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