第1話 私の逃避旅行

北陸に行きたい。そんな途方もないことを思いついたのは、学校の通学路を歩いていたときだった。

今日はどうしようもなく憂鬱だった。いつものように他愛のない妄想でもしようかと思ったが、そんなことをする気力も起こらない。最近嫌なことでもあったっけと考えたけど、それは毎日のことか、といつも通りの答えに辿りつく。

今日も今日とて、代わり映えのない日常。このままではダメだとわかっていても、結局なにもできずにただ同じような時間だけが過ぎていく。

だからいいかげんこの日常に変化をもたらしたかった。のかもしれないし、元々どこかへ旅をしたい気持ちが燻っていて、それが爆発しただけなのかもしれない。

とにかく、私の気持ちは旅へと向かっている。どうせ、学校に行ったとしても苦しいんだったら、いっそのことたまには逃げてしまおう。そう心に決めて、朝のショートホームルームが終わった時点で早退することにした。

学校に着くと真っ先に野球部への部室へ向かう。居心地の悪い教室にいるよりも、こっちにいる方が何倍も楽だから。

野球部の奴らにはある程度心を許している。クラスの奴らとなにが違うのかというと…あいつらはどうにも胡散臭くて嫌いだ。腹の内に何かを隠しているような、そんな感じがする。

小中と裸の付き合いばかりをしてきたからなのかはわからないが、高校に入ってからなんだか、クラスに違和感を感じたんだ。お互いを一定の距離で睨み合っている、みたいな。

まぁともかく、そんなわけで私は旅に出る。その前に、あいつに聞いてみるか。

【今日朝の時点で早退して北陸一人旅行こうと思うんだが、どう思う?】

私が連絡したのは、私が一番信頼している親友の霧島樹生(きりしまいつき)だった。同じクラスということもあって、互いに心知れる仲だと私は思っている。

辛いときとか、苦しいときはよく連絡しあっている。なんだか、落ち着くんだよね。

十分くらいして、樹生から返信がきた。

【は?馬鹿なのか?】

馬鹿を言っているのはわかっている。でももう、結構その気なのよね。

【わりとその気(ワクワク)】

【新幹線で行くの?】

【それしかないだろ。なので検索中】

樹生とLINEしながら北陸までの経路と経費を調べると、なんと一万円オーバーしてしまうことが発覚してしまった。しかも、行きだけで。

いくらいつもお金をほとんど使ってなくて貯まっていると言っても、さすがに一万円オーバーは高校生の懐に痛すぎる。

【行きだけで一万するのかよ…】

【当たり前だろ】

こうなったら、行き先を変更しなければ。

【北陸以外ならどこがいいと思う?できるだけ近いところ】

【知るか】

それもそうだよな。…そういえば、なんで北陸に行きたいと思ったんだっけ。確か、今年の年明けに地震があって、その現状を見に行きたいというのもあったし、後は普通に海鮮を食べたかった。

海鮮といえば大洗が私の中で真っ先が思い付いたが、あそこは行ったことがあるし、新しい場所に行きたい。

…江ノ島。

ぼんやりと私の中でそんなアイデアが浮かんできた。江ノ島、いいかもしれない。

早速ネットで経路と経費を調べてみると、ざっと二千円ちょいであることがわかった。これなら今までの貯金を崩せば行けるかもしれない。

【江ノ島に決めたわ】

それだけ送って私はスマホの画面を閉じた。そうと決まれば、家に帰ってからの準備を迅速に行う必要がある。

父は夜勤で、10時過ぎに帰ってくる。9時半くらいには家に帰れるだろうが、そうすると十分ほどで全ての準備を整える必要があるな。

まずはスマホの充電、着替え、家の鍵にスイカ。それに執筆用の学校タブレットに相棒のメモ帳かな。

脳内で全ての動きを一通りイメージして、忘れ物がないか、無駄な動きがないかを確認する。一つでもミスがあれば、この旅も私の人生も…人生はもう終わっているに等しいからいいとして、旅を失敗に終わらせるのは嫌だ。

予令のチャイムがなった。いつもはこのチャイムが鬱陶しくてたまらないが、今日は真逆で晴々とした気持ちでいる。だって、非日常って素敵じゃない!

溢れるようなワクワクを抑えて、担任のもとへ向かう。大丈夫、今の私の顔は綺麗に青ざめているハズ。


結論から言うと、全てうまくいった。自分でもびっくりするほど円滑に進んで、今私は藤沢へ向かう電車の中にいる。

ほどよい背徳感と緊張。禁忌を犯した時に感じる興奮。本来感じてはいけないような感情が、私を心の底から突き動かしている。

いよいよ、海が見えてきた。さぁ、私の旅はここからだ。

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