第15話 2番Aメロ 2
週末。うちの母親に手を出しそうな幽霊カズフミを除霊するために、朝からパソコンでお祓いをしてくれる神社や人を探していた。
「やっぱり、霊と言えば、いたこに比叡山かな」
「おい、夏奈。何をぶつぶつ言ってんだ」
傍にやってきたカズフミがパソコンの画面を覗きこむ。
「除霊? 夏奈、お前なんかヘンなものでも憑いてんのか?」
「あんただよっ」
とぼけた質問に強い突っ込みを入れたあとは、お互いに言い合いだ。
「私だけじゃ飽き足らず、母親にまで手を出すような幽霊なんて、放っておけないでしょ」
「いやいや、ちょっと待て。お前何言ってんだよ。そもそも、夏奈に手なんか出してねーだろ」
「黙れ、ヘンテコミュージャン幽霊め! だいたい、いつまでここに居る気よ。さっさと成仏した方がいいんじゃないの」
「あのなぁ。俺は、まだこの世を満喫してねーんだよ」
「はい? なん十年間あそこでフワフワゆらゆらしていたか知らないけど、もう充分満喫できたと思うけどっ」
「あそこには長居していたけど、夏奈のところにきてまだ一か月やそこらだろ。あの車しか通らねぇ場所には、随分と縛られたままだったからつまらなかっんだ。けど、夏奈といると行く先々で面白いものを見たり聞いたりできて楽しいんだよ。こんな楽しい世界を俺もまだ体験できんだなーって、嬉しいんだよ」
夢見心地の顔をされたって無駄だよ。私は決めたんだ。カズフミを絶対に除霊する。このエロ幽霊から、断固として母を守らなければ。
「幽霊が、現世を満喫するなっ」
「そう言うなって。初めて目や耳にするものばっかで、楽しいんだよ」
「生まれたてかっ」
カズフミと言い合いをしていると、テーブル脇に置いてあったスマホが着信音を鳴らした。因みに今日の音楽は、ザ・フーだ。不本意ながら、覚えてしまっていることが悔しい。
画面を見ると、宮沢からだった。休日の午前からなんの用事だろう。仕事のトラブルでもあったのだろうか。
「休みの日に悪い。今日は、何か用事はあるか?」
通話に出た私にそう訊ねる宮沢の背後では、何やらどたばたと激しい物音が聞こえてくる。耳を澄ませてみると子供の声のようだ。
「どうしたの?」
「あ、いや、その。なんていうか……。澤木、子供は好きか?」
「え? あ、うん」
歯切れの悪い言葉のあとに出た質問に目が点になった。
「ならよかった。澤木。俺を助けてくれ」
必死に懇願するセリフに、私はカズフミを引き連れて宮沢の家へと赴いた。
単身者用のわりと新しい十階建てのマンションは、エントランスの自動ドアがきれいに磨き込まれていて、ガラスに自身の姿が映り込んでいた。背後にいるカズフミの姿は当然のように映らないけれど、振り返ればしっかりと後ろでフワフワゆらゆらしている。
「別についてこなくてもいいけど」
「邪魔なのか?」
クックッ、ニヤニヤと含みのある笑いを向けるから睨みつけてやった。
「そんな顔するなって。いいところになったら姿消すからよ」
いいところって何よ。とは思ったものの、先日宮沢に送って貰った夜の出来事を思い出せば、ほんのちょっとだけど私の感情に変化があった。今まで同僚として見てきた宮沢相手に、食事の間中何度も見つめられたり、本気で心配されたり。しまいには、抱き締められてしまったのだから、意識しない方がおかしい。その宮沢から、休日に電話がきた上に、助けて欲しいなんて言われたら、自分の気持ちを確認する以前にソワソワとしてしまうのが女というものだ。
部屋番号を押して呼び出すと、すぐさま自動ドアが開いた。入ってすぐ左奥にあるエレベーターに乗り込んで十階を目指す。仕事のできる宮沢らしく、一番天辺に部屋を持っているということが彼らしいなと思った。
部屋の前に行きインターホンを押すと勢いよくドアが開いた。
「澤木~、助けてくれ」
ドアが開いたと同時に情けない声を聞かせた宮沢の背中には、四歳くらいの男の子が背負われていて。いつもならビシッとサラッと整っているはずの彼のヘアスタイルを、満面の笑顔でぐしゃぐしゃにかき混ぜていた。
「宮沢って、子持ちだったの?」
真顔で問うと、さっきまで背負われていた男の子が背中から飛び降りて、部屋中を駆け回り始めた。その子を疲れた表情で振り返る宮沢が力なく首を振った。
部屋に上がりながら、ほんのりと家が放つ独特の匂いに気が付いた。その家々が持つ微かな香りが、宮沢の自宅マンションからもしていた。普段は気にもしていなかったけれど、香水のようにきつくもなく、何か特徴的なものの香りがするというのでもない。けれど、この匂いが宮沢の香りなんだとイコールできるくらいの主張はしていた。
リビングに通され話を聞くと、どうやらこの週末にお姉さんの子供を預かることになったと言う。育児に疲れ気味のお姉さんを気遣った旦那さんが、久しぶりに二人っきりで出かける計画を立てたらしく。だったら、子供はお姉さんの弟である宮沢に見てもらおうということになったのだという。ここまでならまだよくある話で終わるところだったのだが、そのお姉さんの子供が小さな怪獣らしく。お姉さんも自分の子供ながら、かなりてこずっているらしい。
「去年会った時は、こんなんじゃなかったんだよ」
辟易とした顔をしながら、寝室に入り込みベッドの上で跳ねまくっている甥っ子の姿を見て頭を抱えている。
第一反抗期かな?
「人を使うのに長けている宮沢が、四歳児に敵わないなんてね」
笑いながらからかうと「あれは人じゃない。怪獣だ」と小さく息を吐いた。
「この年になって、論理的なものごとが通じない相手に、何を言ったところでどうにもならないと知ったよ」
「子供相手に何を言ってんのよ」
クスクスと笑うと、それは冗談だがと宮沢は苦笑いを浮かべた。それにしても参ったという宮沢は、澤木だけが頼みの綱なんだよと頭を下げる。
「一気に老けたんじゃない」
私自身子供の扱いに慣れているわけではないけれど、宮沢の甥っ子とは波長が合った。
「お名前は」
ベッドをトランポリンのようにして飛び回っている甥っ子の傍に行って声をかけると、少し恥ずかしそうにしながら「翔太」と教えてくれた。
「私は、夏奈。翔太君は、いつもどんな遊びをしているの?」
「友達と戦いごっこ。あとは、鬼ごっことかくれんぼ。砂場でも遊ぶよ」
「お休みの日は?」
「ママが公園に連れて行ってくれる。でっかい滑り台のある所」
手振りをつけて翔太君が説明してくれた。宮沢を振り返ると「流石」なんて口元だけで言っている。多分、宮沢一人を相手にしていた時は、こんな風におとなしく応えてくれなかったのだろう。相手が女性ということもあって、気を許してくれている部分も大きいのかもしれない。
「今日は、私と宮沢のおじちゃんと遊んでね」
「いいよ」
翔太君はニコリと笑顔になったあと、ベッドの上に立ったまま私の手を握りジャンプして降りた。宮沢はといえば。おじちゃんと言われたことに少しショックを受けている。幼児にしてみたら、二十六歳も充分おじさんとおばさんなのだからしょうがない。
朝からどたばたと家中を駆けずり回っていた翔太君に、動物園に行こうと提案すると快く頷いてくれた。
「キリンがみたい」
はしゃぐ姿は、四歳児らしくとても愛らしい。
翔太君を間に挟み、三人で手を繋ぎ並んで歩いた。いつか私にも子供ができたら、夫となる人と三人で、こうして動物園に出かけることもあるだろうか。
宮沢に視線を向ける。まだ少し子供の扱いに戸惑っているところのある宮沢だけれど、彼はいい父親になる気がした。なんだかんだと困った顔をしていても、話す時はしゃがんで目線を合わせているし、けしてイラっとしない。相手の話を最後まで聞いてあげるところも、子供の話に笑ってあげるところも、いい父親をイメージさせるに充分だ。そんな風に考えてからハッとした。
べ、別に。宮沢のことを結婚相手になんて考えながら見ているわけじゃないのよ。一般的な話よ。一般的な。
慌てた脳内で言い訳をしていたら、泳いだ視線の先にカズフミがいた。そうだった、この幽霊も一緒だったのだ。そこでため息が出てしまうのは、少しずつ宮沢との関係の変化に、心も変わりつつあるからなのかもしれない。
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