第13話 間奏

 カズフミが来てからというもの。いや出現してからというのか? まー、どっちでもいいや。兎に角、カズフミのせいで私の生活にはロックな状況が増えていた。今まで私の周りにあった音楽と言えばジャパニーズポップスばかりで、洋楽とはほとんど無縁だった。メディアで耳にすることはあるけれど、それだってサビのワンフレーズくらいであとはよく知らない。そんな私にどうにかすり込もうとして、カズフミはふわふわゆらゆらしながらも、しっかりとロックの世界を展開していた。


 まず手始めに何が起きたかというと。どこでどう手に入れてきたのか知らないけれど、カズフミの手には何故かエレキギターが握られていて、毎朝目覚ましがわりにギュインギュイと鳴らすのだ。この音は、もちろん私にしか聞こえない。要するに、エレキギターも幽霊なのだ。ん? エレキギターには魂なんてないから、幽霊ではないのかな? なんにしても、カズフミが履いているイギリスブーツと一緒で、エレキギターもスケスケだ。


 あとから聞いた話だけれど、そのギターは崇拝するサンタナモデルらしい。スケスケになってしまったギターがサンタナモデルだろうと二束三文の安物ギターだろうと、その辺りに全く疎い私にとってはどちらも一緒だ。しかし、そんなスケスケのサンタナギターなのに、私に聴こえる音は叫び出すほどにやかましい。


「あー、もう。うるっさい!」

「煩いなんて言うなよ。サンタナの泣きのギターだぞ」

「あのね、得意げに言われても泣きのギターなんて知らないしっ」


 カズフミを睨みつけながら、刺激された耳を労わるように押さえた。


「嘘だろ? サンタナだぞ。知らないはずないだろー」


 ありえないと驚いた顔をしているカズフミに溜息を吐きつつ応えた。


「兎に角、知らないものは知らないの。それより、朝からギターで泣かれても煩いだけ」


 爆音で叩き起こされて、泣きたいのはこっちだ。


 ベッドの中から、ムスッとした顔を向けた。


「でも起きられただろ?」


 サンタナを知らないことに納得がいかないカズフミだけれど、それでも少しは役に立っただろ? なんて顔を向けてくる。


 確かに、朝に弱い私にはスマホのアラームを止めてまた寝るという、記憶にない癖が時折り出るわけで。だから、起こしてもらえるのはとても有難い。しかし、毎朝泣きのギターとかいうのをギュインギュイン鳴らされるのは、たまったものじゃない。鼓膜がおかしくなる。


「ねー、何かこう静かで癒される曲にしてよ。ついでに言えば、その電子ギター的なのじゃなくてさ、ほら弾き語りに使うギターにしてよ」

「アコギか?」

「そうそれよ、それ」


 しっとり聴かせるミュージシャンを思い描き、耳心地のいいメロディを脳内で鳴らしたあと、のそりとベッドから起き上がった。


「しっとりする曲なんて弾いたら、気持ちよくなってまた眠っちまうだろ」


 確かにそれは一理ある。思わず納得してしまった。


「それに、俺はこっちがいいんだ」


 そう言ってまた、泣きのギターとやらを気持ちよさそうに弾くのだから、たまったものではない。そんなこんなで、朝からカズフミがギターをギュインギュインいわせるから、本当に煩くて堪らないのだ。私にしか聴こえないことが残念なくらい酷い騒音だ。ここの住人全員に聴こえてくれれば苦情がきて、流石のカズフミだって弾くのをやめてくれるだろうに。


 ギターを弾きながら目を閉じ陶酔しきっているカズフミに呆れつつ、耳に指をさし込んで肩を落とした。


 幽霊対策考えなくちゃ。


「しっかし、よく今まで遅刻しなかったな」


 呆れるカズフミを尻目に、先日新しく購入した今までより少し大きめサイズのスーツに袖を通した。ウエストもバッチリで、姿見の前で満足な顔をする。


「つーか、痩せねーのか?」

「大きなお世話」


 ギターの次は、口が煩い。私の傍でふわふわ浮いているのは最悪よしとしても、余計なことは言わなくていいのに。


「あれだな。宮沢とかいう男のせいだろ」


 バッグの中身を確認し肩にかけると、カズフミが唇を尖らせた。


「なによ、それ」

「ちょっとぷよってる方がいいって言われて、安心してんだろ?」

「ぷよってなんて表現、してないでしょっ」


 カズフミの言い方に文句をつけながら、反射的についお腹周りに手を持っていく。


宮沢が言うように、実際触り心地はいい気がする……。って、違う違う。私だってこの状態は本意ではないんだから。い、いずれ痩せる予定なのよ、いずれ。


 脳内で繰り広げられた言い訳が聞こえてでもいるかのように、カズフミは話を続けた。


「安心しすぎるのもなんだぞ」

「もぉー。いちいちうるさいっ。時間ないんだから黙ってて」


 壁にかかる時計を確認し、慌ててヒールに足を入れているとカズフミによってスマホがユラーンと目の前に現れた。


「忘れもん」


 ふわふわとスマホが宙に浮いているのは、カズフミの能力によるものだ。


「わお、サンキュー。たまには役にたつじゃん」


 目の前に浮いているスマホを手に取りバッグに入れた。


「だから、たまには余計だ」


 事故以来、こんな毎朝を繰り返す羽目になっていた。


 カズフミはいつまで私にとり憑いているのだろう。何か成仏させるようなことをしなくてはならないだろうか。カズフミにとり憑かれたことで体調を崩したとか、祟られたり呪われたり、何か悪いことが起こっているわけではない。けれど、このままずっとこうしてそばにいられるというのはどうかと思う。ペットのように可愛げがあって、もふもふとしていれば癒しにもなるだろうけれど。毎朝ギターをかき鳴らされて、耳を塞ぎたくなるなんていうのは頭がおかしくなりそうだ。お寺に行ってお祓いをしてもらった方がいいだろうか。ん? お祓いをするなら神社かな? あとで調べてみよう。


 次に私の周りでロックな状況になったのは、スマホの着信音だった。どこでどう設定を変える術を得たのか。仕事中に着信があり突然鳴り出した音楽は、キングクリムゾンのIN the wake of Poseidonだった。聴かせる系とでもいうのか、ブルースのようなしっぶい曲が自分のスマホから流れ出したのだ。突然知らない曲が鳴りだしたおかげで、自分の着信音だとしばらく気がつかなくて音の出所をきょろきょろ探したくらいだ。全く迷惑な話だ。因みに、何度元の着信音に戻しても、カズフミによって変えられてしまうのだから手に負えない。


 例えば、ツェッペリンのstairway to heavenや同じくツェッペリンのwhole lotta love。それから、ジミ・ヘンの特殊なギターコードがあるらしいangelに。今朝弾いてた泣きのギター、サンタナのsmooth。ザ・フーのMy generation。とにかく、カズフミの趣味でしかないロックな曲を次から次へと鳴らしてくれている。


 あ、鳴らしてるのは電話をかけてきている相手なわけだけれど、……細かいか。


 なんにしても、今までの私の着信音といえば、再生回数の多いジャパニーズポップスだった。


「澤木、随分と音楽の趣味が変わったんだな」なんて宮沢に言われるくらいだ。


 どう言い訳したらいいのかわからなくて、口籠っていたら「俺もよく、学生の頃に聴いてたなぁ」と話にのってこられて更に困ってしまった。だって、私知らないし。ツェッペリンも、フーも、クリムゾンも。宮沢に質問されたらどうしようと、慌てたったらないんだから。


 当のカズフミはといえば、話にのってきた宮沢に対しテンパっている私をみてニヤニヤしている始末。全く悪趣味だ。


 こんな風にロックな毎日のせいで、最近ちょっとだけ昔のロックもいいわね。なんて思っているのは内緒だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る