星空は綺麗に見えたけれど

のう

星空は綺麗に見えたけれど

「決めた。私北海道に住むわ」

「……ずいぶん唐突だねぇ」

テントで寝袋にごそごそと潜り込みながら、私は気だるげに言葉を返した。

「だってこんなに星空が綺麗なんだよ? 住まないわけにはいかないっしょ」

「まあ、確かに綺麗だよね」

「東京じゃこうはいかないよぉ」

適当に返事をして、うっとりとした声で呟くあなたを、横から見つめる。

あなたは私の方など目もくれずに、一心不乱に星空を見つめている。

……綺麗な星空だとは思うけれど、私は別にそこまで夢中にはなれない。

明日もあるし、正直もう電気を消したいかも。

沈黙に飽き飽きして、私はあなたに疑問を投げかけた。

「てかさ、そんなに星好きだっけ? あんまイメージないんだけど」

「あれ、言ったことなかったっけ」

気の抜けた声を出すあなたに、頷いてみせる。星が好きだなんて、一回も聞いたことがない。

「好きだよぉ、星。ちっちゃい頃は天体観測とかよく行ってた」

「……へぇ」

そういやこいつ花とか植物とか好きだったな、と眠い目をこすりながらふと思い出す。理化系統の点数も、異様に良かったし。

でもそんなに好きなら、教えてくれても良かったのに、なんて思いながら瞼をこする。まあ、今まで星の話とかしたことないか。

いい加減に眠くなってきたので、まだ星を見ているあなたをほっといてランプを消す。

そのとき、あなたがいつになく真面目な声を出した。

「いやでもほんっと綺麗じゃない? まじで大学、北海道の選ぼうかな」

「……え?」

伸ばした指がピタリと停止する。体の熱がすーっと引いていくのを感じた。

「え、今、なん」

「別に行きたい大学とか決まってなかったしさ。北海道、うん、いいかも」

「ちょっと、ねえ」

私は寝袋から起き上がって、あなたをじっと見つめる。

何それ。北海道なんて。ねえ、聞いてないんだけど。

怒りと焦りが体からふつふつと湧いてくるのを感じる。

やだ、そんなの。行かないでよ、北海道なんて。

回らない口を必死に動かして言葉を探る。

何、何を言えばやめてもらえるの?

「……私、東京から出る予定ないんだけど」

口からようやく出した言葉はあまりにも的を得てなくて、私は心の中で舌打ちをした。

「ん?別にそれもいいんじゃない?」

案の定帰って来た適当な答えに、より苛立ちがつのる。

違う。違うの、そういうことじゃない。

なんで伝えられないの?

「……っ」

苛立ちをぐっと飲みこんで、私は無言でもう一度寝袋に潜り込んだ。

仰向けになって、夜空の煌めきをぐっと睨みつける。

……綺麗だよ、たしかに綺麗。それは認める。

それはそうとして、引っ越すってなんなの。

本当に意味わかんないんだけど。

星空から目を背けるように私はうつ伏せになる。

……もう寝てしまおう。全て忘れて。

拗ねた顔を乱雑にうずめる。疲れもたまっていて、すぐに眠れそうだ。

……でも、この問題を放っておけないことも、ちゃんとわかっていた。


キャンプから帰って来てすぐに、私は望遠鏡と星座早見盤を購入した。

ただの暗闇に見える空からどうにか星を見つけ出し、望遠鏡で覗く。

気になった星は本棚から引っ張り出した図鑑で調べた。

寝る間も惜しんで、星空を睨む日々が始まった。

……別に格段好きになれた訳じゃない。

でも、色々学んでいくうちに、愛着ぐらいは湧いたつもり、だ。

多分。少なくとも、夢見ていた進路を捨てる決断ができるくらいには。


あのキャンプから約一年。

教室のすみでSNSを眺めていたあなたに「ねえ」と声をかける。

「ん……何?」

あくびをしながら顔を上げるあなたに、私はキャンプ場のHPを開いた

「行かない?」

「え、何急に」

「去年行ったところ」

表情を変えずに私は続ける。

「行かない? 一緒に」

淡々と続ける私に戸惑っているのだろうか。

あなたは何度も私の顔とスマホ画面を見比べた後、ゆっくりと頷いた。

「わ、わかった……」

「ありがと。じゃあ、〇日の▽時にここ集合ね」

それだけ言って、呆気にとられているあなたを背に立ち去る。


……大丈夫、今度はちゃんと。あなたと同じ景色を見てみせる。



それから数日後、私たちは一年前と同じキャンプ場で寝る支度をしていた。

「ふわぁ……。……そろそろテント入るー? なんか眠くなってきたー」

「わかった。片づけとくね」

顔を上げずに、あなたに返事をする。

4時を過ぎたあたりから、怖くて空が見れない。

どうしよう、綺麗に見えなかったら。

それで、決意が揺らいでしまったら。

「……考えても仕方ない」

溜息をついて、テントに入る。

既に寝袋に入っていたあなたが、「むー」と謎の声をあげた。

「じゃあ寝ますか」

意を決して出口の方を向きながらうつ伏せに寝転がる。

……わかってる。きっと私は星のことなんて好きじゃない。

それだけで進路なんて変えられない。

だから、これは一つの賭けというか、諦めというか――

そんなことを思いながら空を見上げて、思わず私は息をのんだ。

青みがかった空に煌めく数えきれない星々。

淡い色で美しく眩い光を放っている。

あれ? 星空ってこんなに

「綺麗だったっけ……」

自然と言葉が出てきた。

なにこれやばい。綺麗すぎ。

ずっと今まで都会の暗い空を見ていたからだろうか。

ちょっと感動している自分がいる。

住める。私住めるよ、北海道。

綺麗すぎるよ、星空。

「ねえ――」

この感動を伝えようとあなたの方を向く。

ありがとう、私あなたのおかげでこの空の美しさに気づけ――

「え?」

しかし、喉元まで出かかっていた言葉は、一気に消滅した。

「ん? 何?」

「……なんで」

なんであなたは空を見ずに、スマホなんか見てるの?

「え、これ? この人の動画に最近ハマっててさー」

これこれと見せてくるあなたを私はまじまじと見つめる。

「え……星は? 見ないの?」

あなたは一瞬きょとんとしたあと、力の抜けた顔で笑った。

「あーここつい最近フリーWi-Fi入ったんだよねー」

フリーWi-Fi……? Wi-Fiがあったら、あなたはスマホを見るの?

あんなに去年は星について語っていたのに?

……待って、話が違うんだけど。

震える声で、私はあなたに問いかける。

「……あの、覚えてる? 星が綺麗だから北海道に住むって話--」

すがるような私の問いかけに数秒考えたあと、あなたは真顔で答えた。

「そんなこと言ったっけ?」


……ああ。そっか。そんなこと、だったんだ。

薄情なその答えを聞いて、私は妙に納得していた。

そうか、冗談だったんだ。本気にして、バカみたい。

とりあえずよかった。これで進路を変えずにすむ。

「覚えてないならいいの」

あなたに笑いかけながら私はまぶたを閉じる。

よかった。これで何も問題はなくなった。

もとの進路のまま頑張ろう――。


そのまま私は眠りに落ちた。

まぶたを閉じる前に見た、満天の星空の綺麗さを忘れようとしながら。


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