第32話 帰還

 メアリーに帰って来てから二日が過ぎた。

 この日、私はメアリーの近辺にできあがっている村をハムちゃんと一緒に見学しに来ている。

 てっきり犬人たちが住むための家がいくつかできかけくらいの状況であろうと思っていたが、何とそこには村どころか街と呼べるほどの立派な家々が立ち並んでいた。


 おまけに犬人どころかそのほかにも多数の亜人種がこの街で暮らしているように見える。


「……。えっと? 犬人たちの村をつくるって話じゃなかったっけ?」

「はい!! ついでに周囲にいる亜人部族どもにも挨拶して回ったら、どいつもこいつも俺らの配下になりてぇって申し出来た次第ですぁ」

「えぇ……。ちょっと待って、挨拶って何したの?」

「普通に挨拶しただけですが」

「普通? ちょっとそこにいる犬人相手に今やってみて」

「はい」


 ハムちゃんが犬人を相手に、明らかに威嚇しているように牙を見せつけながら、尻尾を地面へと思いっきり叩きつける。


「おれぁハムスター亜種っつーんだ。となりの豚トロ様に仕えし龍帝とは俺のことよ。すぐ近くの『壁に耳あり障子にメアリー』っつぅ遺跡に住んでんだわ。わーってるとは思うが、下手なちょっかいでも出してみろや。部族共々ただで済むと――」


 この辺りで我慢ができなくなって、ハムちゃんの頭をぽかりと叩く。


「完全に脅しじゃないの!! 犬人が恐怖のあまり震えちゃってるじゃない!」

「え゛!? あ、いや、手は出してませんよ、手は。このくらいしておいた方がいいかと思いやして。そしたらどいつもこいつも、どうか自分たちをその庇護の末席に加えて欲しいと申し出てくる始末だったんですぁ……」


 思わず頭を抱えてしまう。

 どうしてこうなった……。


「……それで、今何種類の部族がいるの?」

「全部で二十三種です」

「多いわ」

「ええ。ですが、うまいこと種族特性を生かして分業ができてますぜ。クモの大福がこの辺りをかなりうまく割り振ってくれていて、驚異的なスピードで街もできあがって言ってるって次第ですぁ」


 驚異的どころか、建築びっくりショーを見ているような気分だ。

 少し拠点を空けて、帰ってきたらもう街ができあがっていたのだ。

 別世界に来たのかと錯覚してしまいそうである。

 いや、たしかにここは異世界だけど……。


「はぁ……、まったく。あなたもごめんなさいね、つき合わせちゃって」


 犬人に対して謝罪を述べると、その犬人は恐怖を忘れて我に返り、すぐさま跪くポーズをとってくる。


「……えっと?」

「豚トロ様、もしよろしければ、その犬人に発言の許可をお願いします」

「ええ!? いや、普通に喋ればいいじゃん! 喋るのも許可制なの?! 普通に喋って!」


 そう述べると、犬人が畏まった態度を崩さないまま口を開く。


「犬人の代表を務めている、アリアスと申します。先日はありがとございました」

「先日……?」


 亜人種の顔は見分けが難しいため自信はないが、そういえばこの前メアリーで初顔合わせしたときに喋っていた犬人に似ている気がする。

 犬種で言うと柴犬で、どことなく凛々しさがあるように見える。


「ああ、あの時にいた人ね。よろしく。私はとなりの豚トロって言うの。ごめんねー。なんか巻き込んじゃって」

「滅相もございませんっ! 我らとしてはこのようなありがたいお話を頂くことができ、大変うれしく思っております!」

「前も言ったけどさ、別に上とか下とかじゃなくて、普通にしてくれていいんだよ?」

「いえいえ。元々この地獄の入口――壁に耳あり障子にメアリー近辺は危険な土地であり、好んで住まう者はおりませんでした。ですが、魔族の領土拡大政策に巻き込まれて、移住を余儀なくされた者たちが仕方なくこの周囲で暮らしていたのです。そのため、安全面には不安を伴うこととなっておりました。時には凶悪な魔物に襲われて部族共々全滅したり、あるいは同じように逃げて来た部族同士で食料を巡って殺し合いをしたりと……」

「それで私たちの傘下に入りたくなったの?」

「はい。我々犬人のみならず、他の部族たちも似たような状況です。龍帝様やクモの大福様そして何よりあなた様が支配されているこの地に居を構えられるのは、我々にとっても非常に魅力的な話だったというわけです」

「なるほどねぇ。なら一概に悪い話でもなかったってわけか。よかったぁ」


 てっきりハムちゃんが脅して拉致まがいのことをしているかと危惧していたが、案外相手からしても良い話だったらしい。


「そしたら、これからもよろしくね。一緒に仲良くしてこー」

「はいっ! 今後とも忠義を尽くさせて頂きます!!!!」


 できれば普通に良き隣人となりたかったが、どうもそういうわけにはいかないようで。

 アリアスは用件が済んだとばかりに、こちらへの平身低頭を崩さないまま身を引いていくようだ。


「ところで豚トロ様、その魔族どもの件ですが、ここいらにも密偵と思しき奴らが何人か来てたんですぁ。もちろん捕えて、今は尋問中です」

「変なことはしてないわよね?」

「ええ。まあ……普通です」


 なんだその間は。


「……。まあいいわ。それで? 何かわかった?」

「まだ今のところは何も。メアリー近辺は魔族たちの中でも危険地帯として有名なんだそうですぁ。このままその危険地帯に足を踏み入れて帰らぬ人となったってぇ解釈をしてくれりゃ俺らとしても助かるんですがね。……まあ、魔族のごとき下等種族どもなら、俺が一人で暴れてくりゃぁ壊滅できますが」

「手を出して来ない限り、基本的にはそーゆーことしないの。とりあえず状況はわかったわ。ここにいる亜人たちがそれで幸せになれるんならいいと思う」


 そう述べると、ハムちゃんが畏まった態度で私の前に――たぶん跪いて来る。

 たぶんというのは、龍の跪くポーズというのをあまり知らないからだ。


「その……、豚トロ様。もしよろしければ、豚トロ様が今後どのようなことを成していこうとされているかについて、お教えていただけやせんでしょうか」

「え゛!? な、なによいきなり畏まってっ! 別に今後のことなんてそんな深く考えてないって」

「豚トロ様からするとそうなのかもしれやせんが、馬鹿な俺らはついていくのに精一杯なもので」


 いやいや、そんなわけない。

 設定どおりであるのなら、龍族のハムちゃんやそのほかのPMCたちは、私よりはるかに高い知能指数をもっているはず。


「かつての俺らはこうして豚トロ様と喋ることすらできませんでした。何卒、あなた様のお考えをお教え下さいっ!」

「か、考えってねぇ……」


 うーん……。

 こう真正面から来られると弱い。


 たしかにエクスペディションオンラインだったころ、PMCと会話をする機能は実装されていなかった。

 それが今ではこうして意志を持って生きているのだ。

 ならば、多少は私のことを話しておいてもいいか。


 わざとらしく咳払いをして、恥ずかしさをひた隠しにしながら話し始める。


「えっと、あたしね、リアルでは――エクスペディションオンラインじゃない世界ではすごく空っぽな人生を送ってたんだ」

「なんと! 異世界を生きておられたのですか?!?

「う、うん」


 こっちが異世界なんだけどね。


「愛する人も、友も、家族もない。才能もなければ毎日ブラック労働で使い潰される日々。心も体もボロボロだったけど、ボロボロであることすらどうでもいいと思えるほど空っぽな人生を歩んでたわ。でもね――」


 両の手を広げてみせる。


「この世界は違った。ここでだけは生きていると実感することができたの。すごく楽しかった。どうしても失いたくなかった」


 サービス終了が告知された日、私は世界が終わってしまったかのかと錯覚するほどだった。


「プレイヤーたちとPVPに明け暮れる毎日。イベントランキングの上位に入賞するために死に物狂いで駆け回る日々。ソロでは絶対に勝てないような敵に挑んで、返り討ちにあって対策考えて……。そんな刺激的なこの世界を私は愛していた。まあ、今じゃあどれもできないけどね」

「刺激的な……。もうこの世界は楽しくなくなってしまったのでしょうか?」

「うんん。そんなことないよ」


 とハムちゃんの顔を覗き込む。


「私はまだまだこの世界を遊び尽くしてない。世界中のいろんな人たちと出会って、まだ見ぬイベントやクエをこなしていくつもり。みんなともギルメンっぽくワイワイしながら楽しみたいなぁ」

「世界征服もその御計画の一つなのですよね?」

「は? 世界征服??」


 真面目な空気だったはずなのに、一瞬で訳が分からなくなる。

 なに言ってんのこいつ……。


「いやいや、普通にみんなが幸せならそれでいいからっ!」

「幸せ……。なるほど。俺らからすりゃ武力で他種族を圧倒するのは簡単ですから、人族やら魔族やらの社会をそのままに陰で支配されていくというわけですね」

「違うからっ! 支配いらないから! 現状でもう幸せは達成されてるから!」

「ですが、人族も魔族も亜人どもも各々戦争しまくってる現状ですぜ。幸せからは程遠いように見えやすが」

「うっ! ま、まあ、たしかにそうだけど……と、とにかくっ! 私はしばらくまったり旅行を続けるつもりっ! その過程で他のPMCたちも探していくからっ」

「なるほど、御心の一端を理解致しました。今後とも豚トロ様のために鋭意務めさせていただければと思います!!」

「あ、う、うん。ありがとう……」


 本当に私の話をちゃんと聞いていたのだろうか。

 まあ別にいっか。

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