第33話 幹部会議

 ある夜、メアリーの第九階の特別執務室にて、ここ壁に耳あり障子にメアリーのPMC幹部たちによる会議が執り行われていた。

 出席者はクモの大福、ハムスター亜種、阿修羅マナ、そしてリラぁッくまだ。

 特段喧嘩をするという雰囲気でもないのだが、みなレベルが高いせいか各々から強力なオーラのようなものが発されており、低レベルプレイヤーがいようものなら恐怖におののいてしまうことであろう。


「さて、揃っておるかの。議論の内容は事前にも通達しておったとおり、今後の方針についてじゃ。豚トロ様は今後の方針なんてとくにないと言うておったが、そのようなはずもなかろうて」

「だな。豚トロ様は敢えて軽いノリで俺たちに話されるが、ありゃぁ間違いなく俺らに畏まった態度を取らせないための演技だ」

「であろう。わらわにも、もっと気軽に話してくれてよいと言われたのじゃが、畏れ多くてできもせん。

「わたくしにも友達のように接して欲しいと言ってこられました。さすがに御冗談が過ぎるのではと思いましたよ」


 一同がクスクスと笑っていく。


「それで、今日の議題は豚トロ様が今後どのようなことをされようとしているかについてじゃ。臣下たるもの、主の考えをいち早く読み解き、そのための準備を進めておくのは当然の行いと言えようて」

「その前に少しよろしいでしょうか。わたくしはそこの悪魔がさも当然のごとくこの幹部会議に参加していることに疑問があるのですが」


 阿修羅マナが敵意満々にリラぁッくまを睨みつける。


「わらわが呼んだんじゃ。たしかにこの者の忠義には疑問が残ろう。じゃが、こやつは豚トロ様と出会ってすぐに忠誠を示し、豚トロ様もこの者を進んで起用しておる。豚トロ様のお考えを知る上では議論の場におらねば話が進まんと思おての」

「情報ならば聞くだけでいいんではなくて? わざわざ議論の場に呼ぶ必然性がわからないのですが」

「こやつはレベルも2000近くある。我ら上位PMCとほぼ互角の実力の持ち主じゃ。場合によってはメアリーの組織編制に組み込んでもよいと思おておる。むろん豚トロ様の御許可を頂いてからじゃがの」

「メアリーに組み込むですって……? クモの大福、あなた耄碌したの?」


 棘のある言葉が飛ぶと、ハムスター亜種が威嚇のごとく尻尾を地面に叩きつける。


「おい阿修羅マナ、メアリーを離れるという不忠を犯しておきながら口が過ぎないか? 俺らぁずっとここを守ってきたんだぞ? ここの人員不足は前々から指摘されていたことだ」

「ならばわざわざメアリーに組み込む必要などないのではなくて? わたくしはそのためにポッピン教を用意したのです。外部組織であればいざとなったらいつでも切り離すことができます」

「ああそうだな。当然できることにも大きな制約があるがな」


 今度はハムスター亜種と阿修羅マナが視線をぶつけ合い火花を散らせる。

 そこへリラぁッくまが、手をポンポンと叩いてお互いの自制を促していった。


「皆さん、私がこの場にいない方が良いのであれば退席しますよ。今もっとも豚トロ様に対して不忠となる行為は、ここで内部の諍いを生むことでしょう。私がいなくなることでそれを防げるのであれば、そうすることになんの迷いがありましょうか」


 この呼びかけに二人は敵意を納めていく。


「……。ちげぇねぇな。第一に優先すべきは豚トロ様だ。俺ら個人個人の感情じゃねぇ」

「そうですね。失礼いたしました。あなたが信用にたる人物であるかどうかは今後も目を光らせて頂きます。とりあえずは同席を許可いたします」


 リラぁッくまが肩をすくめることで議論が再開する。


「それで、豚トロ様が今後どのような行動を取られるかについてじゃが、何か情報はあるかの?」


 自然と最近彼女に同行していたリラぁッくまの方へ視線が移るが、彼は首を横に振って見せる。


「ここ数日行動を共にさせて頂きましたが、私は終始豚トロ様から呆れられておりました」

「呆れられた?」

「恐らくは思慮の足りない行動ばかりだったのでしょう。冒険者ギルドでは豚トロ様の偉大さを知らしめようと人間を虫けら呼ばわりしようとしたのですが、殴り飛ばされてしまいました。また、私がゴミクズである人間に何かしようとするたびにため息をつかれ注意を何度もされたほどです」

「人間のごとき低レベルで下等な生き物に対してかの。それはやはり……なにか豚トロ様なりの狙いがあるのであろう」

「ええ。豚トロ様はどのようにしてかはわかりませんが、ポッピン教の拠点をすぐさま言い当て、その後の展開に至るまですべてを見通された行動を取られておりました。そのような御方からすれば、私の行動など幼児のままごとに等しいですからね」

「違いあらんな。まさかこれほど早く阿修羅マナを見つけてくるとは思おておらんかった。これもまた、豚トロ様の知略ゆえであろう」


 そういえば――と今度は阿修羅マナが口を開く。


「わたくしが世界征服などをされてはいかがでしょうかと提案したところ、豚トロ様は否定をすることもなく『ありがとう』と言っておられました」

「つまり世界征服は今後進めるべき案件と考えてよいというわけじゃな?」

「ええ、ただ……。なにかそう、それを述べた時の豚トロ様は酷く苦い顔をされておりましたわ」

「? 世界征服とは少し違う、ということかの?」

「そうではなくて、なにかわたくしが大きな思い違いをしていると言わんばかりの――」


「――世界征服はあくまで豚トロ様の御計画の一端に過ぎない、ということではありませんかね?」


 リラぁッくまの言葉により一堂に雷が走る。

 ややもすると、各々からまさにそれが答えだと言わんばかりの感嘆の息が漏れ出るのだった。


「なるほどの。たしかに豚トロ様からすれば、世界征服なぞ片手でできようて。それはあくまで豚トロ様の御計画の一つに過ぎないというわけじゃ。じゃが問題は、我らがそのお役に立てるかどうかじゃの。かの御方の深遠なるお考えに我らは遠く及ばん」

「だからとて考えるのをやめるわけにはいかないでしょう? 愚鈍は愚鈍なりに出来得る最良を考えなければなりません」


 今度はリラぁッくまが口を開く。


「そういえば、豚トロ様はしきりに人間たちのルールに従い、むやみやたらと殺さないよう私に言ってきました。これは何かのヒントとならないでしょうか?」

「下等な人間をかの……? なぜじゃ。声を発するだけの蛆虫どもになぜそのようなことをするのじゃ」

「考えても見て下さい。豚トロ様がそうされるということは、我々が考えもつかない何か深い思惑があるとは思えませんか」


 ここにいる者たちの知能指数はいずれも世界のトップクラスであるわけだが、その頭脳を千切れんばかりに回転させても答えにたどりつくことができない。


「ふーむ……。難題じゃの……」

「あ! そうそう! これを言うのを忘れてたぜ。豚トロ様は異世界を生きおられたこともあって、そこは酷くつまらない場所だったそうだ。んで、こっちの世界では『刺激を求めている』とおっしゃられていたぜ!」


 ハムスター亜種からの新たな情報により、一同の思考が答えを掴みかけていく。


「……豚トロ様は世界に『刺激』を求めておられる。世界征服の話に苦い顔をされたのも、短絡的な思考で行うな、ということなのでしょうか?」

「たしかに、武力を用いた征服なぞ我らからすれば容易じゃ。じゃが、それでは豚トロ様からして物足りないというわけじゃ」

「納得できる理屈ですね。そういえば以前にも豚トロ様は『称号のためにこんな縛りプレイするなんて、運営マジで鬼畜だよぉ』とおっしゃられておりました。ですがその表情たるや、笑顔に満ちたものでした」

「つまり、豚トロ様は縛りプレイで世界征服を実行されたいというわけじゃな」


 一同がこれに頷いていく。


「すると問題は豚トロ様が一体どのような縛りを設けているかじゃ」

「それは先ほど答えがあったじゃないですか。豚トロ様はあくまで『人間たちのルールに従って』行動されたいのですよ」


 その一言で全員が答えを理解する。


「なるほど。見えてきたぞえ。あくまで奴らの土俵で戦って、しっかりと勝ちをもぎ取りながら世界征服を果たす、というわけじゃな。となると、あとはどのような策を講じるかじゃ」

「そちらに関してはわたくしの方で案がございます。少々時間が必要となりますが、ポッピン教を使って準備を進めて参ります」

「おお、阿修羅マナよ、心強いのぉ。今回に限らず、今後豚トロ様に楽しんでもらうための案は日々出し合っておいた方がよいな。定例会を開催することとしようと思うが、異論はあらんか?」


 全員が了承とばかりに視線を交わす。


「よし。では今後の方針はそれでいこうぞ。このメアリー地上部分にある亜人種の街も発展させていくとなると、いくら手があっても足りんの」

「何をおっしゃいますか。我ら臣下たるもの、主のために死力を尽くしてこそ本望でしょう。むしろこれは望んだことです」

「違いあらんな」


 切実なるその想いを胸に、四者は行動を開始するのであった。

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