第22話 くまちゃんの暴走

 帰って来たくまちゃんから報告を受けて、私は頭を抱えていた。


「えっと、ごめん、もう一回」

「愚鈍な私の稚拙なる説明になってしまい大変申し訳ございません。フランソワが交友を持ちそうな相手を片っ端から洗っていたところ、ポッピン教に多額の寄付を行っている人間を発見しました。その者を尋問したところ、ポッピン教の重要拠点の位置が分かった次第にございます」

「うん。内容は伝わってるの。そうじゃなくて、なんでそんなことしたの?」

「ポッピン教の手がかりを探るためにございます。これを壊滅できれば、より多くの名声を得ることができ、豚トロ様のお役に立てるかと思った次第にございます。人間どもを多少始末しましたが、まあゴミクズが減ったところで問題はありま――」

「大ありに決まってんでしょうがっ!!!!」


 頭を抱えてしまう。

 宿で寝て次の日、今日は山の洞窟探査のクエでも受けようかなーと思っていた矢先、くまちゃんが帰って来て意味の分からない報告をしてきたのだ。


 まずなぜポッピン教を潰すという話になっているのか。

 おまけにその過程でどう考えても多くの方々にご迷惑をかけているらしい。


 ああ……。

 もう、なんでこんなことしちゃうのか……。


「くまちゃんって蘇生系の魔法は使えないのよね。あと、顔とか見られてんの?」

「正体はもちろん隠して行動しております」


 アイテムボックスにある聖女のワンドを彼に手渡す。


「そ。じゃあその始末したって人たちをこの聖女のワンドでこっそり生き返らせてきて」

「な、なぜでしょうか?」

「いいから行く!!! 三秒以内っ!!」


 くまちゃんはなぜそんなことをするのだろうかと首を傾げながらであったが、そのまま言われた通りに蘇生へと赴くのだった。


 くまちゃんの言葉通りなら、この世界において死は原則的に変えられないものなのであろう。

 相手が悪党であるならば命を奪うことにあまり抵抗はないが、何もしていない人に対して死を振りまくというのは明らかにこちらが悪であろう。


「はぁ……。回数無制限とはいえ、こんなことで世界に一個しかない聖女のワンドを使うことになるなんて……」


  *


 帰って来たくまちゃんをジト目で見ながら、仕方はなしに同行を許可することにする。


「それで豚トロ様、今後の行動についてですが――」

「そういうのいい! 私はこれからミラ山のクエに行こうと思ってたのっ!」


 どんな情報を掴んできたのか知らんが、ポッピン教とか興味ないし。


「山の……? なるほど、さすがは豚トロ様です」

「……なにが?」

「私が掴んだ情報もちょうどここセザンヌの近くにあるミラ山のものでして。山の中腹あたりにポッピン教の拠点があるそうです。豚トロ様にはすでにお見通しだったというわけですね。その御慧眼、見事なものにございます」

「……」


 なぜそうなる。

 一体どうやって私がそのポッピン教の拠点とやらの情報を得たことになるんだ。

 意味が分からん!


「いや、うん、違うね」

「違う……? なるほど、まだ奥があるというわけですね」

「……。はぁ……」

「どうかされましたでしょうか?」

「疲れただけ」

「申し訳ございません、私が至らぬ臣下であるばかりに」

「たぶん至らないと思っている部分がだいぶすれ違ってるよね」

「豚トロ様の思考が少しでも理解できるよう、努力してまいります」

「うん。それはぜひ頑張ってほしい。とりあえず、今日はなんだかやる気がなくなったから、クエには明日行くことにするから。今日は自由行動ね」

「お供いたします」

「ついてこないで! 疲れたから一人になりたいのっ!」

「あっ! ちょっ! 豚トロ様っ!! お待ちくださいっ!!」


 私は半分天を仰ぎながら、逃げるように街中へと走っていくのだった。


  *


 となりの豚トロたちがそんなやり取りをしていた頃、セザンヌの冒険者ギルドの最上階にてギルドマスターのトーグナーは顔をしかめていた。


 なぜなら、目の前に先日捕まったばかりの領主の娘フランソワとAランク冒険者のカイオンがおり、おまけにその逮捕に対して責任を持つはずの警備隊長のライメルが不敵な笑みを浮かべながら立っていたからだ。


「ライメル! これはどういうことだ!」

「どうもこうもないぜトーグナー。見ての通りさ」

「くっ! お前までポッピン教につながってたのか! ミスラ! 今すぐ下にいる冒険者たちを連れてこい!」


 受付嬢のミスラへと指示を飛ばすも、入り口近くにいる彼女は動かない。


「ミスラ! どうした! なぜ立ち止まっている! すぐに動くんだ!」

「……」

「どうして、そんな、冷たい瞳でこちらを見つめてくる……」

「だから何度も言っているだろう。『見ての通りだ』と。ポッピン教の根は深い。末端にも協力者は大勢いる。例えば、新米冒険者へのクエスト斡旋をうまいこと誘導してくれる受付嬢とかな」

「そんな、ばかな……」

「トーグナー、これは友人としての助言だ。お前もこちら側につけ。この街は今や住民からうまいこと金を吸い上げポッピン教へと送るエサ場になっている。ポッピン教の聖女様は鬼才な上に実力も相当あらせられる。魔族との戦争の最前線となったここセザンヌに、国から税が投入されるのは必然。聖女様はそれを見込んでこの都市に狙いをつけておられたそうだ」

「お前は……。お前はそれでもこの街の治安を守る警備隊長か!! 誇りはないのか!」

「誇り? そんなものではここセザンヌの街は守れない。ポッピン教の聖女様はこの街を破壊して富を略奪されるか、生きながらに裏金を渡し続けるかを選べと俺に迫って来た。俺は後者を選んだだけさ」

「それでも元王国騎士か!! 戦わずして膝を屈するなど――」

「お前こそよくわかっているだろう!! 『地獄の入口』の唯一の生存者!」


 その言葉にトーグナーは歯を食いしばる。


「いや、逃亡者と言うべきか。元SSランク冒険者のトーグナー・ミルベイル」

「……っ!」

「世の中には絶対に勝てない者が存在する。俺はそれを目の前にして、人々が――いや、俺が最も生き延びやすい選択をしただけだ。お前だってそうだろう? お前があの畏れ多い『地獄の入口』で何を見たかは知らない。だが、人では決して敵わない存在がいると理解したのであろう? 純白のアラクネに既存の龍種を遥かに凌ぐ龍の中の龍をお前は見た。だからあの地に人々が立ち入らないよう厳しく制限したのであろう」

「……くっ! 確かに俺は仲間たちを見捨ててあそこから逃げた。お前の言う通り、決して敵わない存在がいたからだ。だが! だからこうして後進の育成に努めている! いつかは人族の中にもあれらに敵う存在が出てくると信じて!」

「そうかい。そのいつかが人族が滅ぶ前に訪れてくれればいいな。聖女様を前にすれば、お前だってそんな口は叩けなくなるぜ。それに……、聖女以前に、こいつを見てもまだそんな口を利けるか?」


 合図を送ると、扉から一人の少女が首元にナイフをあてがわれたまま連れて来られる。


「エイナっ!!」

「おとう、さん……」

「くそっ! 卑怯だぞ!!」

「褒め言葉と受け取っておこう。ちなみに、俺が聖女様に歯向かった場合、問答無用でこの街の住民は皆殺しにされるそうだ。むしろ救ってやったんだから褒めてもらいたいくらいだぜ」

「詭弁をっ! ポッピン教と戦うこともせずにいるくせにっ!」

「絶対に勝てない相手に戦いを挑むほど俺は馬鹿じゃないさ。さあ、俺たちが欲しいのは冒険者ギルドの総本部にアクセスするためのマスターコードだ」

「マスターコード……だと?」

「ああ、知らないとは言わせないぜ。各支部のものをすべて合わせなければアクセスできない、神が住まう神域へと入るためのアクセスコードだ」

「くっ……」

「お前も選べ。娘の命と引き換えにお前はそれでも正義を口にできるか?」

「俺は……!」

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