我々はりんごで自分たちの記憶を取り戻すことができます

第13章：りんごのお土産

　一番最初のファイルには名前がなく、代わりに日付が書かれていた。それは時代遅れのカレンダーシステムを使っていたが、その日付からこのビデオが何についてのものかを僕は知ることができた。彼女は生まれたばかりだった。

　彼女の母親が彼女を抱っこして、彼女はぐっすり眠ってた。父親が録画してた。

　彼女の母親はこうささやいた、「こんにちは、私の小さなりんご豆ちゃん。いつあなたがこのビデオを見るかわからないけど、お父さんと私は、もし長く親でいられなかった場合に備えてこれを作ったんだ。病気でもそうでなくても、明日が保証されている人はいない。このビデオはあなたのもの。どう使うか、誰に見せるかはあなた次第。他の誰かが見ているなら、こんにちは、どうか私の娘を大切にしてね。いい、よるちゃん、人生で最高のことの一つは、昔の日々を懐かしむことができること、その日々を恋しく思わないこと。そして、その日々の一部にあなたがいたことを忘れないで。」[...]

　林檎森の赤ちゃんの頃や幼児期のビデオがたくさんあったけど、全部見る時間はなかった。彼女は明日退院する予定だったから。スクロールしていくと、ついにタイトルのついたビデオを見つけた。興味があるものだけクリックした。

　『一緒にパンを焼く!』〔10月19日〕

　カメラは母親がキッチンの窓辺に置いたもので、キッチン全体が写っていた。林檎森はおかっぱ頭で、小学校一年生くらいの小さな子供に見えた。初めて母親と一緒に、大好きな特別なデザートを作ろうとしてた。それが僕たちの関係のきっかけだった。[...]

　『初めての友人がやってくる！』〔11月05日〕

　約一年後。彼女の母親は、今では長いポニーテールをしている林檎森を録画していた。林檎森は、初めて友達と一緒に家の前庭や裏庭、そして家の中で遊んでいた。その子供はやんちゃで、常に笑顔が絶えない子だった。しっかりしろ。

　彼女の母親はこう言った、「やるね、私の小さなりんご豆ちゃん。お父さんと私の前では表情豊かだったけど、同じ学年の他の子たちにはいつも遠慮がちだったよね。この子、確かヴィ、ヴィエイラさんって名前だったかな、があなたのこの一面を見られてよかったわ。何百人も友達がいるか、一人しかいないかは関係ないよ、たった一人で、見知らぬ人を友達にする喜びを教えてくれる人がいる限り。」

　彼女はレンズを子供たちから自分に向けた。彼女は同じシナモン色の髪は肩までで、話すときに赤い口紅が真っ白な歯を際立たせていた。

「もし私が将来、人生が私と別れてこれができなくなったら、私の小さなりんご豆ちゃん、あなたが代わりにやってほしい。友達に感謝して、その初めての誰かでいてくれたことを伝えて。どんなことがあっても、彼とずっと仲良くしてほしい。高校を卒業しても親友だったら、結婚しちゃえばいいんじゃない？なんちゃって、ふふ。」[...]

　『合同誕生日！』〔11月07日〕

　林檎森の母親はリビングの窓のブラインドをひとつ下ろした。娘と僕が学校から帰ってきて、僕の父の車がなぜそこに停まっているのかを不思議に思いながら車道を歩いていた。彼女はブラインドを閉じて、部屋の中は暗くなった。

　林檎森がドアを開けると、照明が一斉に点灯した。

「ハッピーバースデー！」とたくさんの声が叫んだ。

「母、父？」

「お母さん？お父さん？」

　僕たちの両親が初めて会った。林檎森の母親は、準備からサプライズまで、彼女と病気の旦那さんが僕の両親と会うところ、そして彼女と娘がみんなで食べるためにもう一度フライパンアップルケーキを作るところまで、全部録画していた。[...]

　他にも林檎森と僕が彼女の家で仲良くしているビデオがいくつかあった。ある時、彼女の母親と僕が交わした会話があった。

　彼女は言った、「ここに結構よく来てるよね？まるでここが第二の家みたい。ご両親に迷惑をかけてないといいんだけど。」

「大丈夫だよ、菜花（なばな）さん。両親は日が暮れるまで仕事だから、学校の後すぐに帰るととても寂しいんだ。ここに来る方がいいんだけど、ああ、でもこんなふうにお邪魔して迷惑かけてないといいんだけど。もしかしたら、訪問の回数を減らした方がいいかな」

「その必要はない、」と彼女は言った。

「あなたもご両親も、いつでもこの家に歓迎されてるよ。家にいるあなたと同じで、私の小さなりんご豆ちゃんも一人で帰ってきたらとても寂しいだろうから。私もいつもいるわけじゃないし、お父さんもすごく具合が悪いから、あなたがいなかったら彼女には誰もいなくなっちゃうの。」

　お互いにお菓子を作ったり絵を描いたり教え合っているビデオを見ているうちに、その頃のことを鮮明に思い出し始めた。あれからほとんど上達してなった。

（うまくいく）と僕は思った。

（これで彼女は思い出すはずだ）

　『さようなら、夫と、そして父。』〔12月22日〕

　彼女の父親は僕たちが八歳の時に亡くなった。両親と一緒に葬儀に参列したことを思い出した。小さな会場だったが、それでも遺族は席を埋めることができなかった。

　式そのものは撮影されていなかったけど、林檎森が母親と一緒に帰宅した後の一瞬が映っていた。彼女は両親の部屋からカメラを持ち出し、一言だけ言うことにした。涙が頬を伝って流れ、鼻水が上唇に垂れていた。彼女の言葉は僕に向けられたものではなかったので、その部分は飛ばして、カメラが再び母親の手に戻るまで早送りした。

「私の小さなりんご豆ちゃん、落ち込んじゃったのね？私もあまり調子がよくないけど、あなたのために強くいられるだけの力はまだある。あなたの幸せは私のものだし、あなたの目を少しでも明るくする方法を知っていると思う。あなたが好きな燐舞selia（ロンゼリア）というバンドがいて、今年のクリスマスにビニールをリリースしたの。亡くなる前に、あなたのお父さんと私でお金を出し合って買ったんだ。」

　悲しみのステージを乗り越えるのには時間がかかったけど、たぶん僕の両親やビニール、それに彼女の母親の助けで、また元気を取り戻せたのかもしれない。もちろん僕も彼女を元気づけようと頑張ったけど、功績は認めないとね。[...]

　何年分ものビデオには、僕たちが一緒に過ごした時間が映っていて、彼女の家の外での場面もあった。彼女は僕が少年リーグでサッカーをするのを見たり、一緒にショッピングモールを歩いたりしたこともあった。動物園に行った時には、ロボットのゴールキーパーのチャレンジに勝って、彼女のためにぬいぐるみの馬を取ったこともあった。

　新しくオープンしたパイ屋、CLARISでの母の誕生日の次の日、林檎森の母親が彼女に僕のことどう思っているか聞いた。

「彼のことがなまら好きよ、」と彼女は言った。

　僕の頬はピンク色に染まった。

「なぜ彼を好きなのか？」

「うーん、」と彼女は考え込んだ。

「答えはたくさんあるよ。彼は、意図してない時でも私を笑わせてくれる。彼と一緒にいるときは、怒ったり悲しくなったりすることはない。でも、彼が帰るときにちょっと寂しくなることはあるけどね。お父さんが亡くなったとき、彼はすごく助けてくれたのだ。暗い時には、彼が私の人生を照らしてくれた。彼は私の人生の光だよ。」

「へえ、それは私がよるのお父さんと初めて会ったときに呼んだ言葉だね。言いたいことはわかるけど、あなたと彼にはもっといい表現があるかもしれないね。こんな言い方はどう？『よるの目のりんご』って。」

　林檎森の目が見開き、口も同じくらい開いた。

「それ大好き！」

　彼女の母親はカメラに向かってこっそりささやいた、「私の小さなりんご豆ちゃんが恋に落ちるのを見たかもしれない。あなたがまだ恋と呼ぶには早すぎるけど、それでも、この関係がどうなるのか楽しみにしてるよ。」

　彼女の娘の甘い笑顔は素朴で純粋だった。物事がこのままでありさえすればよかった。

　そしてあの日が起こった。

　『初めての友達がいなくなる：パート1-7』とというタイトルのビデオが連続してあった。

　僕の事故に関するものだった。最初のビデオでは、彼女が一人で前庭にいた。

　林檎森の母親は言った、「ヴィエイラ家族の事故から数日が経った。あなたは前庭のりんごの木の下でふさぎ込んでいたり、部屋でビニールを何度も再生したりしている。CLARISで彼らの十一歳の誕生日を祝う予定だったけど、その前に家で少しお祝いをしていた。茶丸の家族は、あなたたち二人が土や水で遊んだので着替えるために家に戻り、それからパイ屋で会うことになっていた。彼らは通知なしで十五分遅れたんだ。時間が経つにつれて、私たちはどんどん心配になった。あなたは、彼らが私たちを立たせているのではないかと恐れていると言った。でも、その夜になって何が起こったのかが分かった。彼がわざとあなたを置いていくなんて思っていたことにひどく罪悪感を感じていたよね。」

　別のビデオには、彼女たちが僕の昏睡中にお見舞いに来た帰りの様子が映っていた。

「よる、あなたは忘れられることを恐れるようになったんじゃないかな。大好きな人に忘れられるという最悪の現実が実になるのを恐れているのね。部屋で誰とも話さずにいるのを聞いてたけど、もしかして彼がまだそこにいると想像してたのかもね。毎朝、学校を休んで彼に会いに行けるかって聞いてきたよね。彼のためにもっともっとお菓子を作る練習をしてたね。」

　ここには、林檎森の母親によるナレーションが挿入された。

「丸ちゃんが起きたら、私が作った最高のアップルケーキを持って行くからね！」

　画面には彼女の笑顔が映っていた。彼女の特徴的な笑顔、真っ白な歯と赤く開いた唇。僕の最初の人生で見た笑顔で、数ヶ月前にまた見始めた笑顔。失ってしまった笑顔で、取り戻そうとしている笑顔。

　別のビデオでは、林檎森がトキりんごと抹茶、それにアップルケーキを銀色の台車に置く様子が映っていた。このビデオの日付は僕が目覚めた日だった。彼女が持ってきてくれたものを食べる機会はなかったけど、食べられたらよかったのに。

　次のビデオは、彼女の母親が壊滅的だと表現したものだった。

「私はこの数時間、ずっとあなたを慰めてた。お父さんが亡くなったときと同じくらい泣いてたね。まるで誰か他の人を失ったみたい、まあ、実際そうなんだけどね。茶丸ちゃんはまだ生きてる、ありがたいことにね、でもあなたを覚えてる彼のバージョンを失ったんだ。あなたの最悪の現実が現実になってしまったんだ。」[...]

「あなたはまた彼に会うのが耐えられないよね、辛すぎるもんね。現実を直視したくなくて、否定しているんだね。あなたのことが心配だよ。私もどんどん病気が悪化してて、どれくらい持つか分からないの。」[...]

「茶丸ちゃんはここの近くのアパートから街の向こうの孤児院に引っ越すことになったんだ。それで、違う学校に通うことになるよ。あなたが一人になるのが嫌だって気持ちは分かるけど、私にはどうすることもできないの。あなたは、私たちも引っ越して、彼の学校に転校できるかって聞いたよね。あなたは彼に覚えてもらえるって信じて、頑張って色々と方法を見つけようとしているのは知ってるよ。その決意はすごいと思うけど、それだけに断るのが難しいの。」

　彼女は忘れ去られ、唯一の友人を失った。

　彼女の母親はカメラを置いて、手を合わせた。

「茶丸ちゃん、あなたがこれを見る可能性は限りなくゼロに近いと思うけど、もし奇跡的に見ることができたら、私のお願いを聞いてください。どうか、何週間、何ヶ月、何年かかっても、彼女のことを覚えていてください。私はもう長くこの小さなりんご豆ちゃんのそばにはいられないから、私の代わりにこの子を見守っていてほしい。私は死を恐れているのではなく、娘の将来を心配しているだけだ。あなたは彼女の目のりんごなのだから。」

　その瞬間をもう二回再生した。二回目にはビデオバーの下にリングがあるのに気づいた。そこには、この瞬間は僕が見る前から、ビデオ全体の中で最もリプレイされた瞬間だと書かれていた。そのビデオの後、林檎森の母親が亡くなったビデオの後、林檎森は自分でカメラを使い始めた。

　〜〜〜

『りんごのお土産』は伝記から自作へと変わった。僕は彼女の母親と彼女自身の目を通して、彼女の人生を身をもって体験していた。次のビデオの数々は彼女の孤児としての生活だった。孤独、憂鬱、彼女を取り巻く暗闇、僕は彼女が経験したすべてを知ることができた。

　彼女は前に進めず、新しい友達も作れず、過去を手放すこともできなかった。彼女は僕が今経験していることを経験していたが、彼女の状況はもっと深刻だった。彼女には希望がなかったからだ。彼女の目のりんごが枯れ果て、時の流れが見えなくなっていた。僕にはまだチャンスがあるとわかっていたが、そのチャンスを掴む勇気がなかった。僕の地獄は灰色だったが、彼女の地獄は想像を絶するものだった。

　彼女は今、孤児院の寝室にいた。

「両親の思い出と私の目のりんごのために…私はビデオを録画し続けることにした…伝統を守り続けるために…」

　すでに恐怖と戦っていた彼女は、両親の死を経験して、友達も家族もいない孤独な存在になってしまった。家を出て、母親の火葬費用を払うためにいくつかの貴重品を売らなければならなかった。孤児院での生活も楽ではなかった。養子縁組した家族の期待に応えられず、負担が大きいといつも説教された。学校の成績は依然として高かったが、誰とも関わらず、新しい友達を作ることもなかった。

　これらのビデオは彼女の対処法だった。空っぽの目が果樹園のゆっくりとした腐敗を見ていないと信じ込むための方法だった。彼女の母親が直接彼女に話しかけていたように、林檎森もカメラに向かって話していて、彼女自身の観客がいるように見えたが、誰か特定の人を指しているわけではなかった。

　彼女の更新ビデオは間隔があいていて、些細な内容だった。静子家族が少しだけ登場することもあった。彼女のセラピーはうつ病や恐怖と向き合うためのものだった。彼女は両親の元に行きたいと願い、なぜ自分だけが一番健康でなければならなかったのかと悩んでいた。病院で検査を受けるたびに、自分にも出口があるという知らせを心のどこかで望んでいた。彼女の目には希望が見えず、雨の中で紙が引き裂かれるように心が引き裂かれていた。

　そして彼女は、自分が一番生きるチャンスを与えられた理由の一つを見つけた。その理由が彼女の最初のりんごの豆知識になった。彼女は科学の本を積み上げた机に座っていた。

「いくつかの研究では、りんごを定期的に食べると糖尿病や心臓病、がんなどの致命的な病気のリスクが減る可能性があると示されているのだ。ほら、このページ、りんごに含まれる抗酸化物質、例えばクエルセチンが有害な病気が致命的になるのを防ぐのに役立つってまとめてあるよ。ビデオを見返すようになってから、親がどれだけりんごを好きになって毎日食べてほしかったのかに気づいたのだ。親はこの果物に希望をかけてたのに、私は自分の病気が私を殺してくれるように願って、それを無駄にしていたんだ。私は最悪。」[...]

　暗い寝室で、夕日だけがカメラに向かって彼女の顔を照らしながら、彼女は言った。

「静子先生にうつ病と診断されたの。今は処方された薬を飲んで治療している。正直、診断自体は驚かなかったけど、静子先生が私がお父さんが亡くなったときから診断されててもおかしくなかったって言ったのがびっくりだった。あの頃は対処しやすかったし、そのための人がいたから。」[...]

　彼女は他の情熱や趣味をやめてしまった、誰とも共有できなかったからだ。一年半分の劇的な生活の変化を記録したビデオの後、僕が孤児院に来た時のビデオにたどり着いた。

「彼が…彼がここにいる！私の目のりんごがここにいる！私は…どうしていいかわからない、でも彼がここにいるなんて信じられない！」

　最初に何度かすれ違ったとき、僕が彼女にとってこんなに大切な存在だとは知らなかった。他の孤児と同じようにしか彼女を見ていなかったのは明らかだけど、彼女はそれを確かめようとはしなかった。彼女は髪をかき乱し、ストレスから顔を扇ぎ続けていた。

「勤務時間外に彼と話をしたいけど、もし話をして、彼がまだ私を忘れていることを確認したら、崩れちゃうかも。私の人生はもともと暗かったけど、今はさらに沈んでる。どうすればいいんだろう？忘れ去られる恐怖を悟られたくはないけど、もう一度彼に近づかない限り、私たちは二度と友達になれないし、それ以上の関係にもなれない。」

　僕たちの誕生日が一緒になるまで、彼女の最悪の恐怖が確認されることはなかったけど、それでも彼女は完全に止まらなかった。

「静子先生が、恐怖を乗り越えて彼と友達に戻るために、関係を再スタートさせる気があるかどうか聞いてきたの。彼が五年後の今、記憶を取り戻すのは無理だって私たちは同意したから、これが唯一の選択肢だったのだ。[...] 痛いよ。彼への気持ちを手放したくない自分もいる。だって、痛すぎるから。でも、いっそ全部諦めた方がいいのかも…。彼はそれを知らないかもしれないけど、彼も苦しんでいるって私はわかってる。彼の頭は昔の生活を忘れているかもしれないが、心は忘れていないはずだ。」[...]

「最初は、新しくやり直すべきかどうかで少し悩んだのだ。前の友情が片思いでしかないことを知っているのに、その重荷を反芻するのは怖いし、それに加えて彼と話したとき、自分がまだ彼に恋していることに気づいてしまったのだ。」[...]

「CLARISで会ってから少しずつ話すようになったんだけど、彼はその場所を覚えていないみたいだし、彼もうつ病と診断されていることがわかってから、私の記憶の聖域の中に新しい果樹園を作ることにしたんだ。新しいバージョンの彼について、新しいりんごになる。[...] ただ、自分勝手だと感じることもある、彼と友達になりたいのは、ただ昔のように戻って彼への気持ちがまた有効になるようにしたいから。でも、自分のその自己中心的な部分を捨てなきゃいけない。これは私だけの問題じゃなくて、彼のことも考えなきゃいけないから。彼は私にとって特別な存在だったから、私の目のりんごだ、彼にも誰かが特別な存在である必要があるのだ。」

　彼女は深呼吸をして拳を握った。

「私のゴールは彼に思い出させることじゃなくて、私たちの新しい関係で彼を幸せにすることなのだ。彼も私と同じで、一人じゃないけど孤独で、ユニークな世界の中で誰かと類似がろうとしている。」

　腸が体の中で力強くねじれるような感じがした。

（僕ってなんて情けないんだろう？彼女に比べて、僕はあっさり諦めてしまったのに、彼女は何年もこれに向き合ってきたんだ。僕は自分のほうが辛いって思って彼女に怒ってたけど、僕の最悪の現実も彼女に比べたらマシだった）

　『円山。』〔7月20日〕

　このビデオは以前のビデオよりも長かった。ビデオを二十分ごとに分割していたお母さんとは違い、林檎森はこれらのアウティングを一時間近く、あるいは一時間を超える長さにまとめていた。

　彼女は公園のベンチに座って、手にいくつかのりんごを持っていた。

「彼は相変わらず聞き上手で、ここまでの道すがら、りんごの品種や産地について私がわめくのに耳を貸してくれた。今の彼もこの果物を前と同じくらい楽しんでくれるかな？市場にトキりんごがなかったから、紅玉（こうぎょく）りんごを買ったのだ。山頂に着いたらおやつとして切れるように、いくつかの枕とナイフも持ってきた。今日はこれだけ持ってきた。一緒に出かけるのは初めてだから、多少緊張しているのだ、どうしたらいいか少し迷ってるのだ。」

　彼女は手の中の赤いりんごを見つめた。

「これは私のお気に入りのりんごじゃないんだよね。彼は私のことを――あれ？ヴィエイラさん？」

　背景に自分の声が聞こえた。

「た、ただいま」

　公園を散歩している時の彼女のナレーションで、彼女はこう言った、「ここに一緒に動物園に来たときのことを彼に話したくなったけど、我慢したわ。これをする、難し。やり直してもいいのだって自分に言い聞かせなきゃいけなかった。」

　ビデオの残りは、公園を一周して山に登るまでの様子だった。それから、彼女に気づかれないようにこっそりと僕の絵を見せる瞬間が続いた。彼女の反応はライブだった。

「え？！彼がこれをカメラに見せたの？なんて狡猾な虫だな、これの写真を送ってそう呼んでやろう！[…] ふふ、彼は覚えてないかもしれないけど、彼の行動は小学校二年生の時と似てるね。」

　『アリオ札幌モール。』〔8月05日〕

　ビデオは僕たちが一階を別々に見て回るところから始まり、それから彼女が花売り場にいる場面に切り替わった。花屋の店員が彼女に近づいた。たぶんこの時、僕は彼女に連絡しようとしていたんだろう。

　花屋の店員は「一人で来ているのか、それとも誰かと？」と尋ねた。

「あの花をやけに近くで見ているようだが？」

「わ、私は今、誰かと一緒にいます。好きだった…誰かと。」

「えー、そうなの？花を買うなら、そのオレンジのが一番いいよ」

「ああ…いえ、今日は買い…ません。」

「えー？俺が彼だったら、ここれ、君に買ってあげるよ。他に二人だけの特別なものがあるなら別だけど。そんなの持ってるの、彼は君にとってどんな存在なの？」

「私は…私は…」

「林檎森さん！」と僕は遠くで叫んだ。

　カメラが振り向くと、僕が彼女に向かって急いでいるのが見えた。

「茶——ヴィエイラさん！あなた…私を見つけてくださったのですね。」

　彼女はその後、僕たちがゲームセンターに入る瞬間を録画した、そこで彼女が僕と同じバンドを聴いていることを知った。

「この場で、彼にバンドを紹介したのは私だって言いたかったのだ。でももちろん言えなくて、その不安が消えることはなかった。一日中隠そうとしたけど、彼が何かおかしいと気づくことに気づくべきだった。」[...]

「フードコートで食べた後、彼がオレンジチキンが好きだって言ったんだ。それまでお気に入りの食べ物はないって言ってたのに。何かを思い出したから気が変わったって言ってたけど、これは偶然なのか、それとも事故の前のことを本当に思い出したのかな？もし後者だとしたら、困ったことになる。もし彼が好物を覚えているのなら、私のことも覚えているのだろうか？でも、もしそうなら、彼はなぜ私が彼に言わなかったのかと疑問に思うだろうか？彼は私に不満を抱くだろうか？今言うべきだろうか？彼に嘘をつき続けたくないが、もしかしたら、彼に言わないことで、私は彼を守ることになるのだろうか？そうだよね？」

　次のビデオには九月の日付がついていた。静子家族とのピア・アウトィングについてのものだった。彼女はちょうどりんごの豆知識を終えたばかりで、数日前の夜に戻っていた。

「ヴィエイラくんが、友達が燐舞selia（ロンゼリア）のビニールを手に入れたって言うんだ。私のだろう、と思わず漏らしそうになったが、認めるべきかどうか迷った。彼と一緒にいるたびに、私たちの過去を公表したいと心から思うのだが、彼と一緒に星を眺めるためにそれを我慢した。もし彼に真実を話したら、今の私たちの関係にどう影響するのだろう？」[...]

「もし私が彼にそれを伝えても、彼がまだ何も覚えていなかったら、私との人生の半分を覚えていないと知って、彼はどう行動するだろうか？」[...]

「以前の私の方が今の私よりずっと良かった。もし彼がそれを覚えていたら、今の私にがっかりするかな？」[...]

「うう、もっと混乱してきた。彼が怒ったらどう反応するか怖い。私は…私はただ何もしないよ。自分勝手だよね。彼が怒っても責められない、全部私のせいだから。本当のことを言うチャンスがあったのに、それを逃しちゃったのだ。」[...]

「おっと、雰囲気を本当に悪くしちゃったね。こんなふうにビデオを作っちゃダメだよね、次はもっとちゃんとやるから。もう寝る。こんなことを誰も経験しなくて済むといいな。」[...]

　『運動会。』〔10月09日〕

　最初の数分は僕たちのイベントと彼女のそのまとめだった。このビデオは、僕たちのアウトィングの映像がほとんどなく、唯一のイベントだけが撮影されている最初のビデオだった。ビデオの大部分はアウトィングの後のもので、彼女の寝室での様子だった。

「ヴィエイラくんの学校で、前述の原さんと彼の優しいお母さんに会ったよ。新しい人たちに会うのはいい感じだった、彼を大事に思ってる人たちだしね。彼と彼らの間にちょっとした親近感を感じたよ。ヴィエイラくんも、原さんと彼のお母さんは私たちと同じように家族を失った経験があると言っていた。それでもお互いをしっかり支え合っているのを知って嬉しいよ。」[...]

「ヴィエイラくんのことだけど、今日のサッカーすごく良かったよ。彼が今日やったプレーは、昔子供の頃によく見たのとほとんど同じだった。今振り返ると、すごく大きな声で応援しちゃったけど、彼は気づいてたかな？」[...]

「私の学校では、初めて彼に私が体力チャレンジするところを見てもらったよ。最近になって、うつと戦うためにランニングを始めたばかりだから。」[...]

「実を言うと、またうつで崩れそうな気がする。中に溜め込んでるものが多すぎて、毎日何かしら心配してる。何か悪いことをしてるような気がして、苦しい。と、とにかく、今日のりんごの豆知識は実演付きだよ。」

　彼女は黄色いりんごを持ってきてカメラに見せた。

「トキりんごの皮の色は全体的に黄色だけど、日光が当たると薄いピンク色になることがあるんだ。これは親が王林（おうりん）とふじだからだ。王林（おうりん）は薄い緑がかった黄色で、そばかすみたいな点々があるよ。それはよく見てたから覚えやすかった。」[...]

　タイトルもなく日付だけの短いビデオがあった。彼女は目が腫れていて、頬が赤く、バラ色の鼻をしていた。

「もう真夜中を過ぎたけど、今日は良い日でもあり悪い日でもあった。ヴィエイラくんが私の部屋を出たばかりで、寝る前にカメラにこれを言っておきたかった。今日は感情が爆発しちゃって、本当はそんなことになるはずじゃなかったんだけど、彼が私に怒鳴った瞬間があって、それで限界を超えちゃった。でも彼のせいじゃないわ、怒鳴るつもりもなかったのだ。ただ、私が過去の嫌な記憶を思い出してしまって、崩れちゃったのだ。彼のせいじゃないのに、彼を悪くさせちゃった。彼も何かで悩んでいるように見えたけど、もしかしたら記憶に関係してるのかな？とにかく、お互いに謝って今は大丈夫みたい。一緒に大きなアウトィングを計画したから、それが楽しみで、今は幸せな気分だ。」[...]

「旅行の計画を立てているときに、あることに気づいた。このヴィエイラ茶丸は、前に知っていた彼とは違うけど、新しい私と似ているんだ。今の私たちはお互いにとって同じだけど、前は違っていた。彼を見たり、話を聞いたり、彼の温もりを感じたり、一緒に物を嗅いだり味わったりするたびに、新しい彼を見ていた。私はまだ彼に恋しているんじゃなくて、また彼を愛してしまったのだ。今回は違う、今回は彼はただの目のりんごじゃない。彼にはもっとふさわしいタイトルがあるはずで、次のアウトィングがそれを作る手助けになることを願ってる。」[...]

　『青森！』〔11月07日〕

　フェリーに乗ったり、公園を散策したりするときの彼女の解説は、それぞれの場所のプロモーションビデオを見ているようだった。彼女の内面的な感情はあまり伝わってこなかったが、だからといって彼女の恍惚とした声を聞くのが嫌いだったわけではない。

　彼女はついに、なるべき少女になったのだ。りんご園を自由にさまよう少女に。次の興味深い瞬間は、彼女が女性の店員と一緒にパン屋でアップルケーキを焼いたときだ。彼女の同意を得て、林檎森はその全過程を録画していた。今まで知らなかった。

　彼女がケーキを焼いているのを見ている間、店員が林檎森に「このデザートに、効果を高めるための秘密の材料とか入れてるべか？」と聞いた。

「はい…ございます。タイミングです。生地のタイミング、りんごのタイミング、すべてのタイミングが重要です。完璧を知る唯一の方法は、それを見ることです…目で見るのではなく、他の感覚で見ることです。最も重要なのは、愛の感覚で見ること…です。これが我々【彼】に何かを目覚めさせることを願ってい…ます。」

「なして？」[...]

　彼女は僕のアップルケーキへの反応を録画するつもりだったので、カメラは意図せずホテルの部屋での「口論」を撮ってしまった。僕が臆病になって部屋を飛び出した後、彼女は一人でに残り、声に出して考え込んでいた。

「私のせい、」と彼女は言った。

　彼女は頭を手に埋めて、床でふさぎ込んでいた。

「私の揺らぎと弱い決意が、彼の怒りに満ちた混乱を招いた。もし彼に話していれば。私の恐怖、孤独、憂鬱、それは私だけに影響していると思っていたけれど、彼にも影響していた。私の選択が彼にこうさせたのだ。最悪の結果は、彼が再び孤独になることだ。孤独になるべきなのは私であって、彼じゃない。彼は無実だ。彼を再び孤独にさせないことが正しいことで、たとえ彼が私を許さなくても、彼が新しい生活を諦めないように伝えなければならない。」

　カメラは僕たちの仲直りも撮っていたけど、この部分は無編集だった。彼女はこの夜の出来事を振り返りたくなかったのか、たとえうまく終わったとしても、そのままにしておいたんだろう。カメラは彼女がそれを発見するまで録画し続けた。

　映像が終わる直前にナレーションがあった。

「プライバシーに配慮して、私たちが寝たり起きたりする様子は録画していなかったけど、これだけはシェアしたいのだ。一緒のベッドで寝たのだ、もちろん私たちは純粋すぎて何もしなかったけどね。でも、私が眠りに落ちる直前に、彼が私におやすみってささやくのを聞いたのだ。そして、朝も彼がおはようって言うのを聞くためにちょうど起きたけど、すぐにまた寝ちゃった。」

（この狡猾な虫）と思った。

　懐かしむために、札幌への帰りの旅の残りも見た。

　僕は終わりに近づいていた。罰の期間に一緒にお菓子を焼いたり、絵を描いたりしているビデオを見た。彼女はどんなに楽しかったかを常に話していた。彼女も次のピア・アウトィングを楽しみにしていた。僕は次に進みたかったけど、ビデオはそこで止まっていた。

　最後のビデオが終わり、画面が黒くなった。顎を下げると、シャツに目がいった。それは濡れていて、水滴で覆われていた。手を頬に持っていくと、自分がどれだけの間泣いていたのかわからなかったが、泣いていたことに気づいた。過去の現実に長く没頭しすぎて、現在の現実に戻されたときに一抹の悲しみを感じた。

　これは彼女が経験した苦悩なのだろうか？これが、彼女が一生懸命ビデオを作るたびに感じていたことなのか？それでも、彼女にはそれを耐え抜く胆力があった。たくさんのハードルがあったが、彼女は鹿のように機敏にそれを乗り越えた。

　僕が彼女を置いて行った選択は彼女に影響を与えた。そして、彼女を取り戻すためには、自分の勇気を使うことを選ばなければならなかった。そうすれば、彼女の母親が望んでいたように一緒にこれらのビデオを見ることができる。

　彼女の母親だ。

『いい、よるちゃん、人生で最高のことの一つは、昔の日々を懐かしむことができること、その日々を恋しく思わないこと。そして、その日々の一部にあなたがいたことを忘れないで。』

　僕たち二人は似た者同士だったけど、記憶を失ったせいで同じページにいることはなかった。僕が人生を送る間、彼女は現実と記憶の聖域の間をさまよい、僕も同じだった。彼女の記憶を取り戻すことは、僕たちが未来に向けて生きていくためのあらゆる必要性を手に入れ、その存在を思い出すためだけに聖域を訪れることができるようになることを意味していた。

　僕はノートパソコンの隣にあった彼女のカメラ、すべてを録画していたカメラを見て、それを開いた。ボロボロで、もう使えないかもしれない。

　〜〜〜

　＊　ケーキ生地を作る。ボウルに卵3個を割りほぐし、砂糖大さじ4とインスタントコーヒー大さじ1を加える。手早く混ぜ、サラダ油100ミリリットルを加える。ホットケーキミックス200グラムをボウルに入れ、よく混ぜる。

　＊　りんごを2個むいて、トキを使ってみて、16個のくし形に切る。

　＊　フライパンにバター30グラムと砂糖大さじ3を入れ、中火にかける。バターが溶けたら、りんごを隙間なく並べる。底面がきつね色になったら裏返す。

　＊　十分に混ぜた生地を外側から内側に向かってくし形のりんごの上に流し込む。流し込んだ後、フタをして弱火で約15分焼く。

　＊＊　タイミングがすべてだ。愛という感情があればそれを利用する。

　＊　焼き上がったら、竹串をデザートに刺してみる。生地がついていなければ、火を止めて、慎重にフライパンを皿の上にひっくり返す。

　完璧。

　僕はデザートを段ボール箱に入れて、彼女のノートパソコンを他の物と一緒に学校のリュックに入れた。面会時間は朝十時からで、その時間に病院に着いた。箱を伊藤医者に渡してから、林檎森の病室に入った。彼女のそばには見覚えのある顔が座っていた。

「抹茶ちゃん〜！」

「ごきげんいかが…ですか、茶丸さん？」

「この数週間訪ねられなくてごめん。ちょっと、あの、問題があってね」

　彼女は不快そうだった。

「そう…ですか。さて、あなたは今ここにい…ます。」

「君に渡したいものがある。」

　僕は彼女のノートパソコンを取り出して、彼女に渡した。

「ああ、ノートパソコンだ！長い間見ていなかったから、忘れていたなんて信じられないわ。」

　彼女はそれを点検し、そして僕に視線を戻した。彼女は眉をひそめた。

「待って、どうしてこれを持ってきたの？」

　悦子が、「やすみちゃん、見てもいいの？」と口を挟んだ。

　僕は彼らに数歩近づいて、「青森に行ったときに、僕は全部の記憶が戻ったって言ったの覚えてる？君が子供の頃の話をしたいけど、怖くてできないって言ってたよね」と言った。

　彼女の瞳孔が開き、両手で口を覆った。

「君は僕たちの関係を再スタートして、それから真実を知ったら俺が怒るんじゃないかって怖くなったんだ」

　彼女はハエを追い払うように必死に腕を振り回し始め、それから何度か頭を下げた。

「ごめんなさい！本当に…ごめんなさい！私は——」

　もしそのままにしたかったら、彼女の慌てている様子が可愛かったから続けさせたかもしれない。

　でも、僕は彼女を止めて「怒ってない。その状況はもう解決したから」と言った。

「そうですか？あの…そのことを覚えていればよかったのですが。」

「まあ、覚えられるかもしれない。君はピア・アウトィングの間にした大事なことをほとんど全部録画して、ノートパソコンにアップロードしてたんだ。忘れたこと全部、もう一度見てほしい」

「そうですか。それで私の記憶が戻るのでしょうか？」

　僕は彼女の質問に答えなかった。それは彼女自身が答えなければならなかった。

「抹茶ちゃん、一緒に見ていいの？」

　僕はちらっと少女に目を向けた。

「いいよ、どうせ彼女一人じゃ全部食べられないと思うし」

「食べる…？」

　僕は少しの間部屋を出て、カットしてお皿に盛り付けたアップルケーキを載せた台車を押して戻ってきた。女の子たちはその香りをすぐに認識して、甘いものが食べたくなったようだった。

「このケーキを食べながらビデオを見るんだ。君の基準に合うように頑張って作ったから、きっと気に入ると思う」

　林檎森はベッドで楽な体勢をとり、悦子は彼女のそばに寄り添った。悦子はすでに最初の一切れを半分食べ終えていた。林檎森は最初のビデオを再生し、優しい目と柔らかな笑顔で僕を見た。僕はできる限り彼女の姿を映してから、病室を出てドアを閉めた。彼女が自分の五感で記憶のりんごを取り戻せるように。

　彼女がビデオスを見ている間、僕は急に早くなった心臓を落ち着かせるために新鮮な空気を吸いに病院の外に出た。一人になりたかったけど、最近はそれが珍しくなっているようだった。でも、それは悪いことではない、むしろ付き合いが楽しかった。

「うまくいくかな？」と伊藤医者は尋ねた。

　僕は素直な目で彼女を見た。

「間違いないと思います」

「なんで一緒にいないの？君が思い出したとき、彼女はそこにいたよね？」

「悦子ちゃんがそこにいる方がいいです。彼女は自然な感情支援の役割を果たしてくれます。失礼な意味ではありません」

「それが子供の役目だよ。親だって感情的なサポートが必要なんだ。ところで、そのケーキは何のため？」

「彼らは我々【僕】の記憶を取り戻した魔法のりんごを持っている。彼らは自分たち【彼女】にも同じことをしてくれるでしょう」

「うまくいくといいね。あの子は多くのことを経験してきたんだから、勝利に値するよ」

「先生、彼女とは長いお付き合いになるのですね。彼女のビデオを見ているうちに、先生と彼女の絆の深さに気づきました。それで、お聞きしたいことが浮かびました」

　僕は深呼吸をした。

「静子様のご家族が彼女を養子に迎えることは可能でしょうか？」

　その質問に伊藤医者は戸惑い、返事に詰まってしまった。

「伊藤先生と静子先生は、彼女にとって一番親に近い存在であり、それは僕にもよくわかります。さらに重要なのは、彼女と悦子ちゃんがお互いを姉妹のように見ていることです。彼女はすでに家族同然ですが、法的にはそうではありません」

　彼女がそれについて考え込んでいるのがわかった、もう少しでいけるかもしれない。

「彼女は今年で孤児院のプログラムを卒業し、自立しなければならなくなります。大学の寮に入る可能性もありますが、静子の家族は彼女が自立するまでご自宅に滞在させてくださるのではないかと存じます」

「要するに、彼女を養子にしても負担は増えないってことから、もう娘のように接しているか？」

「その通りです。先生がおっしゃったように、彼女は多くのことを経験してきましたので、もし彼女が記憶を取り戻せば、その報いとして何かを得るべきです」

　伊藤医者は、僕が伝えた情報を理解するのに少し時間を取った。彼女が林檎森を拒む理由を考えているとは思わなかったが、それを実行することがみんなにとってどういう意味を持つのかを考えているのだと思った。

「ヴィエイラくんの言うとおりかもしれない。私はずっと娘として見てきたのかもしれないけれど、彼女の亡き母の代わりにはなりたくないとも思っている」

　僕は彼女の前に歩いて行き、しっかりと立った。

「許してください、先生、それは無意味です。先生は彼女の母を取って代わるのではなく、引き継ぐのです。彼女の母が教えた価値観はいつも彼女と共にあり、それを置き換えるのではなく、その上に先生自身の価値観を加えることになります。子供は建物のようなもので、親は建設会社です。ほとんどの場合、一つの会社が全てを担当しますが、不運にも建物が放置され、別の会社がプロジェクトを完了しなければならないこともあります。異なるブロックですが、同じ構造です」

　彼女は白衣のポケットに手を入れて、ニヤリと笑いながら僕を見た。

「あなたみたいな鬱屈した子が、どうして他人のことをそんなに楽観的に考えられるの？」

「うつ病になる前は、彼女の付き合いがありました。これからの人生でどちらか一方と付き合うことになるのですが、今のところ、自分たち【彼女】の記憶を取り戻す方が有力な選択肢です」

　伊藤医者が「両親の人生を記録するための単純なカメラが、彼女自身の人生も守ることになるとは思わなかった」と言ったとき、僕の耳がピクッと動いた。

「そうだ、カメラ。」

　僕は学校のリュックを探した。

「何を探しているんだ？」

　僕はボロボロになった装置を取り出した。

「あれはまだ動いている？」

「彼女と同様に、このカメラはバスで大きな損傷はありませんでした。ノートパソコンにアップロードされていない追加のビデオがいくつかあります。これも彼女に見てもらう必要があります」

「なんで？何が映ってるの？」

　➼ ➼ ➼

　彼女のノートパソコンでビデオスを見た後、カメラがまだ動くかどうか調べてみた。驚いたことに、動いた。ビデオライブラリを見てみると、ほとんど空っぽだった。

（彼女はたぶん、ビデオをノートパソコンに保存した後、メモリーカードを取り外しているんだろう。じゃあ、メモリーカードを何枚持っているんだろう？）

　そこにはまだ二本のビデオが残っていて、どちらも日付は12月31日だった。それを見た。

　最初のビデオは、林檎森が病院を出てバス停で待っている様子だった。風邪で入院して以来、外に出るのは初めてだったため、彼女は何枚もの暖かいものを身にまとい、ベンチに座っていた。

「あら、見てこれ、」彼女は言った、カメラを膝の上に置いて。

「茶丸ちゃんが猫の写真を送ってきたよ、ほとんど見えないけど。何？私を猫と取り替えるって！このバス、早く来てほしい。」

　彼女は返信を送ってから、カメラを手に取り、画面を使ってはみ出た髪の毛を直した。

「絶対に自分の家を持ったら猫を飼いたいな。猫ってりんご好きかな？そういえば、彼に話したい特別なりんごの豆知識があるの。新年の鐘が鳴ったら伝えよう。」

　彼女はカメラの焦点を自分の顔に合わせ、レンズを見つめた。

「今年はクレイジーなジェットコースターだったけど、少なくともスムーズに終わるわ。」

　彼女は手の親指と人差し指の間を顎に当て、目を空に向けた。

「うーん、私の今年を一言でまとめるとしたら、なんて言うだろう？もちろん茶丸ちゃんが関わってくるよね。彼の返事も気になるな。ちょっと聞いてみよう。」

　カメラを膝に戻しながら、彼女は質問を打ち込んだ。

「もし彼が私のことに触れなかったら、アニメのツンデレみたいに無視するって誓うわ。冗談よ、私はそんな性格じゃないと思う。」

　彼女はバスが到着する時にあれの質問を送った。彼女は最初に乗るつもりだったが、立ち止まった。僕の返信を読んだ彼女の目から涙がこぼれ、それが持ち上がった唇に落ちた。僕はそれを見た；彼女の反応を見た。

　一歩横に寄り、他の乗客を先に乗せてから、彼女は僕のメッセージをカメラに向かって声に出して読み返した。

「すごい、彼は私を超えたね。彼は我々の内輪のジョークを使ったけど、それなしでも十分通じる。あんなに特別な言葉、私には即興で思いつけない。ふふ、それでもやってみる。」

　彼女は最後にバスに乗った。他の乗客は前の席を占めていて、真ん中は完全に空いていたが、彼女だけが後ろの席を選んだ。彼女は座って、携帯電話を膝に置き、カメラを近くに持っていた。

　彼女はささやいた、「私はこの前も、この間も、彼にたくさんの感情を抱いてきた。二つの違うけど似た彼のバージョンに恋をさせるなんて、彼は本当にすごい人だと思う。彼が私のことをどう思っているかはわからないけど、もし我々が同様にユニークなら、彼も同じ気持ちでいてくれるといいな。」

「私は…いや、言葉を間違えた。我々は…」

　僕は彼女と同じ言葉を繰り返した。

「「我々は我々を愛している。」」

　遠くでサイレンの音が聞こえ、ビデオが突然終わった。画面が消え、僕の顔が映った。彼女のまとめを聞いて、彼女が僕についてどう感じているのかを知った。僕は自分の梨のようなパステルグリーンの目をじっと見つめた。

　桃と梨。それが誰にとっても一般的な考えだろうけど、僕たちには違った。僕たちにとっては、もっとトキと王林りんごだった。