第10章:「僕」でも 「君」でもない
僕は目を閉じ、手を合わせていた。
(…孤児院に戻ってから、僕たちがやったことを話したんだ。母、父、彼らはなまら怒ってた)
(僕たちは残りの年内ずっと外出禁止になったけど、幸いあと七週間しかない。ただ、学校やセラピー以外の外出はできないし、ピア・アウトィングもお互い一緒には行けない。でも、それはあまり気にならない。僕は学校に秋夫くんがいるし、彼女には静子家がいる。それに、孤児院では一緒にいられるから)
(僕たちのスマホは一ヶ月取り上げられて、代わりに連絡を取るための仮の携帯を渡された。でも、それもそんなに気にならない。唯一のデメリットは、D4Dreamのイベントをいくつか逃して、音楽が聴けないことくらい。まあ、それでも犯罪は価値があった。ただ、一番嫌なのは、仕事が倍になったことだ)
(だいたいそんな感じかな。介護士たちがここに来るのを許してくれて嬉しいよ。今はっきりと二人のことを覚えてるよ、前に来たときよりもね。母、君は絵を描いてキャンバスを売るのが仕事だった。父、君はピアノがとても上手で、プロになれたらよかったのにね。二人ともお菓子が大好きだったよね。たぶんこの瞬間をずっと待ちわびてたんだろうね、こんなに長く待たせてごめん。僕の新しい人生の過ごし方で、二人をがっかりさせてしまった)
(まだ混乱してるんだ、誤解しないで。いくつかの日をかけて細かいところを分析したけど、それでも、次のセラピーで少しはっきりすることを願ってる。話せてよかった、ありがとう)
僕はお供え物の青森のトキりんごを見ながら、墓から立ち上がった。
「そうだ、よるの両親にメッセージを伝えてくれる?謝りたいって伝えてほしいんだ。僕が作って後回しにした問題が爆発しで彼女を傷つけてしまった。彼女は僕の両方の人生の幸せの理由なのに、それに感謝していなかった。彼女の両親に許してもらえることを願っている。彼女を守ることで償うつもりだ。僕が彼女をどれだけ愛しているか、気持ちを伝えたい」
同じ週の土曜日だった。僕は静子医師の家に向かうために墓地を出たが、まず先に別の目的地に行った。厳密には行ってはいけない場所だったが、朝食のためにパイ屋に入った。原がレジを打っていた。旅に出てから彼に会うのは初めてだった。
「ヴィエイラ先輩!」と彼は叫んだ。
「旅はどうだった?どこにこっそり行ってたんだ?何を持ってきたんだ?元気か?最近どうしてる?」
彼はまるで、誰かが帰ってきたのを見る子犬のようだった。
「注文はいつも通りでいいよね?」
「はい、ありがとう。元気だ。今セラピーに向かってるんだ、旅行の話をしに。話したいことがいっぱいあるけど、学校でお土産を渡すときに話す。きっと気に入るよ」
しばらく待つと、持ち帰り用のキーライムパイと抹茶ラテが手渡された。
「ありがとう。またね、秋夫くん——」
僕は彼の顔色が少し変わったのに気づいた。
「どうした?」
彼は沈痛な面持ちで床を見ていた。
「お願いしてもいい?ちょっと頼みすぎかもしれないけど」
僕は好奇心が強くなった。後輩が何かに困っていて、それを助けるのが僕の役目だった。
「僕に任せてくれ、全力で手伝うから」と言った。
彼は尋ねる言葉を探していた。一旦、深呼吸をして、咳払いをした。
「一緒にセラピストに会いに行ってもいい?俺…も話さなきゃいけないかもしれないんださ」
僕はびっくりして目を見開いた。
「うわぁ、予想外だ。あ、あの、母親は大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。ただ…愚痴をこぼせる場所が欲しいだけで、彼女には…話せないんだ。彼女も俺がセラピストに会うべきだって言ってるから、探してるんだ」
僕は、家族はお互いにすべてを話すものだと信じていたが、何かがちょっと壊れたら、他の部分も崩れやすくなるのかも。だから彼は慎重なんだろう。時間を見ると、もうすぐ遅刻しそうだった。
「秋夫くん、今仕事を切り上げられるなら連れて行くよ。僕のセラピストは信頼できる人で、僕のために通ってきてくれるんだ」
「本気か?よし!」
彼は迷わず二階に上がった。
僕は数分間、ガレージのドアの外で彼を待った。やがて彼は普段着で出てきた。昼休みのラッシュ前だったので、叔父と母親が何とかしてくれると言ってくれたのだ。僕は彼を静子医師の家に案内した。
「俺たちはもっと人を雇えばいいのにね。この時期はいつもパン屋が忙しいから。ポップロックス?」
僕はキーライムパイを食べ終わって、残りのラテをすすっていた。
「もうお腹がいっぱいだから、遠慮しておくよ」
「了解」
家に着いて、彼を待合室に案内した。そこには静子医師がすでに待っていた。
「また会えて嬉しい、茶丸くん。誰を連れてきたんだ?」
彼は原と握手をしようと歩み寄った。
「俺は原秋夫と申します、高校二年生です。最近気になることがありまして、ヴィエイラ先輩にお願いしてこちらに連れてきてもらいました」
「なるほど。俺は静子
「パパ?」と、部屋に入ってきた四人目が口を挟んだ。
「もう仕事を始めたのか?」
原と僕は振り向いて、まだ朝のパジャマを着ている小さな悦子を見下ろした。左腕にぬいぐるみのアライグマを抱えて、初めて見る男の子に釘付けになっていた。
「パパの新しい患者さん?」
彼女は目をこすりながら彼に尋ねた。視界がはっきりすると、彼女は彼の体格に気づいた。
「わあ、大きい!抹茶ちゃんより大きいなの!」
彼は片眉を上げて少し楽しそうな笑顔で僕の方を向いた。彼女の見解については何も言わず、僕のあだ名についてだけ疑問を持った。
「『抹茶ちゃん』だ?俺もそう呼ぶことにするよ」
「なんですって~!」と彼女は喘いだ。
「それはあたしの名前わ、自分で考えてなの」
彼は一歩前に出て、彼女と目線を合わせるためにしゃがんだ。見つめ合ううちに、楽しそうな笑顔が本当に嬉しそうな笑顔に変わった。彼は彼女の頭を撫でて、今以上に髪を縮ませた。
「了解お嬢様、ルールを決めるのは君だ。」
彼は立ち上がり、僕に向き合った。
「先輩、ヒンディー語でお茶って何か知ってる?」
「チャイ?」と僕は答えた。
「その通り。分かると思ったよ、チャイ丸先輩」
悦子も彼女の父親はその名前を聞いて鼻で笑った。静子医師を笑わせるなんてすごいことだ。僕も、原が期待してた笑みをこらえきれなかった。
「いい名前だね〜!ねぇ、他の友達の名前も考えてくれない?」
「そうしたいところだが、君はベッドから出たばかりで何も食べていないようだ。お腹が空くだろうから、今食べさせてあげたらどうだ。名前は後で話そう」
「オーケー!」と彼女は歓声を上げた。
「パパの仕事は素晴らしいから、パパと話して後悔することはないなの!後で話そうなの」
彼女は部屋を出て行き、僕たちは静子医師の方を振り向いた。彼は細めた目を原に向けた。
「君は彼女をうまく扱った。普通、初対面の相手に対する興味は、空腹など他の優先事項よりも優先されるものだ。茶丸くんだって、最初は彼女のしつこさに慣れるのに苦労していたよ」
僕は「それは驚くことじゃない」と言った。
「静子先生の娘さんは、俺の妹に似ている。同じようにおしゃべりで、人に興味津々だった。人と話すときの彼女の明るい態度は、彼女の一番いいところだった」
「『だった』、と君は言う」
静子医師は僕に視線を移して、僕は残念そうに唇を突き出してうなずいた。
「そうか、秋夫くん。スケジュールに少し空きがあるからね。俺が茶丸くんとセッションしている間、ここに座っていてくれ。終終わったらまた会おう」
原は満面の笑みを見せ、お辞儀をした。
「ありがとうございます、静子先生」
〜〜〜
セッションのほとんどの時間、僕は静子医師から青森旅行について、そして起こりうる危険な「もしも」について説教を受けた。しかし、介護士たちの講義とは対照的に、彼の言葉はなぜか僕の心に響いた。救いようのない独白の後、彼はギアを切り替えた。
「正直言って、ピア・アウトィングが始まってからのこの五ヶ月間で、君がすごく変わったことをとても誇りに思うよ」
「変わったのでしょうか?もし変わったのであれば、最初のアウトィングに誘ってくださった女の子のおかげです」
僕たちは旅行の良いところについて話した。例えば、日本の新しい一面を見たり、人々がある果物に対して持っている知識や情熱についてもっと深く知ったりしたことだ。もっと大事なことは、僕の記憶が戻ってきたことや、林檎森に対する気持ちについて話したことだ。他の感覚を使って、状況を一番純粋な形で見たからだ。彼女について、セラピストに確認したいことがあった。
「彼女との過去をご存知だったのでしょうか?」
静子医師は椅子に寄りかかって、顎をさすった。
「その通り。守秘義務があったから言わなかったんだけど、もし君が自分で気づいたら話していいって彼女に言われてたんだ」
「守秘義務ですか?それでは、あなたが彼女と話したことは僕のことについてだったのですか?彼女のことをどれくらい前から知っているのですか?」
「彼女の父親が病気になった頃、俺の妻が彼女のかかりつけ医だったので、彼女のことは知っていた。彼女と知り合ったのは、俺の家か病院のどちらかでよく顔を合わせていて、父親を亡くした状況や『大切な友人』について時々話していたからだ。彼女は君の名前を教えてくれなかったが、その時点で俺は君を二、三年治療していたから、君の境遇の時系列から点と点がつながったんだ。両親と親しい友達を失うのは本当に辛いことだから、彼女が孤児院に入ったときに俺の患者にしたんだ。その後、君が彼女のところに移ってきて、二人はお互いを引き合わせたんだ」
僕は頭の後ろを掻いた。
「彼女が僕たちの過去について僕に話さないことを選んだ理由を、先生にお話ししましたか?」
彼は髪に指を通した。
「彼女が自分でそう決めたんだけど、俺はその意見に賛成じゃなかったし、君が早く気づけるように手伝いたかったんだ。でも、彼女は君の過去を俺らの話し合いの大きな部分から、俺が法律に従って君に言えなかったんだ」
「だからこそ、僕に他の感覚を使って世界を見なさいとおっしゃったのですね。プルースト効果で僕の記憶を呼び戻そうと期待していたのですね」
「部分的には。」
彼は背筋を伸ばし、深呼吸をした。
「俺も以前は君と同じ目をしていた。すべてを灰色に見る目だった。新世界の再建に参加した戦争生存者のスピーチが、視覚以上のものを見る方法を教えてくれたんだ。たとえ君の記憶が戻らなくても、五感をフルに使うことで、新しい人生に感謝できるようになればと思ったんだ。どうだった?」
「その五感こそが、僕が彼女に改めて惚れ直した理由です」
「彼女にしかできないことのようだ」
僕は彼の返答に考え込んだ。
「静子先生、彼女を娘のように思ったことはありますか?」
彼は困惑した様子を見せた。それは僕の質問に対してか、僕の急にこのセッションに興味を持ち始めたことに対してだった。彼の目は僕たちの間にあるガラスのテーブルに釘付けになり、指は膝に置いたタブレットの画面をリズミカルにタップしていた。そして、彼の頭の中では彼女との思い出を再生しながら答えを考えていたのだろう。
「彼女は間違いなく悦子にとって姉みたいな存在だよ。俺はすべての患者と親しいけど、ほとんどが君たちよりずっと年上だから、話していて親のような気持ちが芽生えることはない。でも君たち二人は違うね、特に彼女は妻とのつながりがあるからね。ああ、その質問は妻に聞いてみなよ。きっと俺のためにも答えてくれるだろう」
僕のセッションが終わった。僕たちは待合室に行ったら、まだ原が待っているはずだった。彼はソファに座って、悦子と話していた。悦子は朝食を終えてすぐにデザートに行ったみたいで、手にポップロックの袋を持って、口の中で弾けるのを聞いて大笑いしていた。原はデザートのレシピ本を読んでいた。彼がこんなに笑っているのを見たのは初めてだった。
「原さん」と静子医師が呼んだ。
「今から俺のオフィスで会おう」
原は悦子の横に本を置き、鋭く立ち上がって頭を下げた。
「はい、静子先生、向かいます。」
彼は悦子に向き直った。
「楽しかったね、機会があったらCLARISで再現するよ」
「やった~!早く味見したいの!ポップロックもありがとうございます、次回はもっと持ってきてください」
「了解。やっと誰かが受け入れてくれたんだ」と彼はゆっくりと僕に視線を向けながら言った。
「聞くタイミングがなかったんだ」と僕は抗議した。
「とにかく、僕はもう帰る。ここからの道は知っているはずだから、頑張ってくれ、秋夫くん」
「そっか。チャイ丸先輩、連れてきてくれてありがとう。君には大きな借りができたよ」
僕はみんなに別れを告げて、玄関に向かった。後ろから小さな、しかし大きな足音が疾走してきた。振り向くと、悦子が僕を追い越して先に玄関に到着していた。
彼女はホテルの従業員みたいに開けて、「やすみちゃんは後で来るの?」と聞いた。
「はい」と僕は確認し、彼女の愛らしい小さな頭を撫でた。
孤児院に向かう途中で、彼女が恋しいと気づいた。
彼女だけ。僕が恋しくなる唯一の女の子。
彼女にはすぐに会えるが、それは軽薄な仕事のためだけだ。罰が終わったら、次のピア・アウティングを心待ちにしていた。その時、僕は彼女にすべてを話すつもりだった。
林檎森は夕食が始まる前に孤児院に戻った。僕たちは仕事をこなして、他の孤児たちと一緒に夕食を食べた。その後、僕はその日のゴミ出しを任されて、戻ってくると林檎森が部屋に上がっていくのを見た。僕も自分の部屋に行った。旅行以来、あまり話していなかったけど、こっそりと携帯の連絡先を交換した。僕たちの交流は限られていて、ほとんどできなかったから大変だった。ほとんど。
〜〜〜
日曜日の朝。朝食前のスナックを取りにキッチンに行った。驚いたことに、普段はよく寝て遅く起きる林檎森がすでにそこにいて、自分で作ったスナックを食べていた。彼女は小さなガラスのカップに入ったりんごのレンチンコンポートを持っていた。
彼女が二人分の料理を作ったことは、僕が快く受け取った同じデザートの入った二つ目のカップが証明していた。僕たちはシンクのあるカウンターのそばに立ち、デザートを作るのに使った汚れた道具を見た。彼女は自分で洗うと言ったけど、僕は洗うよと言った。僕はデザートを少しずつ食べながら洗い物をしていると、彼女は静子家を訪れた時の話をしてくれた。
「青森で私が作ったお土産を気に入ってくれたようだ。静子先生の事務所を出た後、悦子ちゃんと伊藤先生はそれらを全部飾った場所を見せてくれた。悦子ちゃんが特に喜んでいたのは、自分の部屋に飾ってあるろうそくだった。彼女が、どうして何もくれなかったのか君に聞いてほしいって。」
僕はタオルで手を拭いた。
「ポップロックスをくれる友達をあげたんだから、感謝してほしい。もしかしたら、何か絵でもプレゼントしようかな」
「それはいい考えだ。彼女の写真でも、彼女にとって特別なものでもどちらでもいい。彼女の部屋の天井にも貼るに違いない。」
僕はコンポートをスプーンで少しすくった。
彼女を見ていると、僕は考え、(この二人の絵はその基準にぴったりだね)
「茶丸、お土産はもう渡したか?」
「明日に」
彼女はデザートを食べ終えて、カップとスプーンを僕に渡した。僕も同時に自分のを食べ終わった。ガラス食器を洗っていると、林檎森がカウンター越しに頭を寄せてきて、視線を感じた。水を止めて、彼女に注意を向けた。
彼女は、「真面目な質問をしてもいいかしら?」と言った。
「う、うん」と無意識に言ってしまった。
不意を突かれ、胸の中がざわざわしていた。もし僕が犬だったら、耳が立って頭が四十五度傾いていただろう。人間の僕も同じだったかもしれない。それを否定して至福の無知なままでいるよりも、僕は首をかしげた。
彼女は数歩近づいてきて、もう少しで鼻が触れそうなほど近くなった。ただ、身長の違いで触れずに済んだ。
「まだうつ病だと思う?」
彼女の目を見つめた。その目は輝いていて、魂が宿っているようだったが、まだそれを見せてくれた。彼女の目に映る自分の目が見えた。その中には不安な疑いがあった。
僕は彼女との視線を外し、体の向きを変えて後ろのカウンターに手を置き、背もたれにもたれかかった。
「僕と同じ五ヶ月を過ごした人なら、誰でもうつ病からは遠ざかってるはずだし、それが当然だ」
彼女は僕の姿勢を真似し、カウンターに肘をついて正面を向いた。
僕は続けて言った。
「ゼロから始まれば、その経験はプラスにしかならない。でも僕にとって、いや、僕たちにとって、旅はマイナスの深いところから始まったんだ。その経験は素晴らしかったけど、過去六年間僕が感じてきたことのバランスを取ってくれただけのような気がした。なんか…ずるい気がする。もっと何かを感じるべきなのに、こういう瞬間を十分に楽しめないから、これを享受する資格がないような気がする。それがうつ病の苦しみなんだ。うつ病じゃない人には分からない。決定的な満足感はないけど、常に疑念が残るんだ」
キッチンの外からは、年少の孤児たちがリビングルームを走り回り、笑い、喜びにあふれているのが聞こえた。
彼女は言った。
「ここにいるのは、異常なうつ病の問題を抱えた私たちだけでよかった。あの子たちは、まだ不運ではあるけれど、心配することなく、今この瞬間の楽しみを経験することができる。」
「はあ」と僕は笑顔で顔を向けて言った。
「僕たちも楽しめるんだよ。でもね、確かにいつも迷ってると楽しむのは難しいよね」
言おうとしていることを考えながら、前を向き直して、頬がピンク色に染まるのを感じた。
「面白いよね、最近になって、僕の楽しみ方はいつも君と一緒にいることになった。どちらかというと、『僕』と『君』って感じじゃなくて、『我々』って感じだよ」
そう言うと、林檎森が「それだ!」と叫んで前に飛び出した。
僕はびっくりして手が震え、ガラス瓶を倒しそうになった。彼女が突然すごく元気になったので、理由を聞いた。
「もう一つアイデアがあるよ。」
バランスと集中力を取り戻すと、彼女は言った。
「私たちはよくメッセージを送り合い、『ご両親に加わらないで』と言い合うけど、それは私たちだけに当てはまるからだよね?それに、覚えやすくするために、わざと変な時間に会うことにしたのだよね。知らない人をちょっと混乱させる特典もあるし。」
「それが理由だ」
「それをやるのは楽しいからだよ。私たちにだけ当てはまるから特別だと思うのだ。私たちのユニークな共通点は、私にとって特別なものなのだ。だから、少なくとも私たちにとっては、『彼女』とか『彼』とか『私の』とか『君の』みたいな単数の代名詞が好きじゃないのだ。だって、それは自分の経験や欲望を指しているから。でも、私たち二人はそのような経験や絶望的な欲望をお互いに、そしてお互いにしか共有していないのだから、私は何かを提案したい。」
「何?」
彼女は僕の前に立ち、僕は背中をカウンターにつけたままだった。
「私たちがお互いに、あるいはお互いのことを他の人に話すときは、代わりに複数の代名詞を使うの。」
「じゃあ、単数の代名詞ではなく、『我々』とか『自分たちの』を使うってこと?」
彼女は大きくうなずいた。
「ふむふむ。これはみんなを混乱させるわ。私たちだけが理解できるジョークよ!」
何度か瞬きをして、自分の興奮に追いついた後、元の自分に戻ったようだった。
「もし面倒だと思ったり、バカげた考えだと思ったりしたら、言ってくれていい。」
彼女の目には、彼女の提案に対する情熱が見えた。僕は今ここで彼女に自分の気持ちを伝えたかったが、彼女がそれに応えてくれるかどうかも怖かった。このような提案をすること自体がひとつの指標なのだろうが、カヌーに乗った彼女の本心を見抜くには、もう少し観察が必要だった。
「やろう」と僕は宣言した。
彼女の唇が開いて、白く輝く光が見えた。
あの笑顔は、他人が見ることのないけど、僕にはいつもいろんな意味で安心させてくれた。罰のおかげで残りの一年はちょっと暗かったけど、この新しい内輪ネタで最後まで気分を上げてくれた。
「じゃあ、」僕は言った。
「我々【君】が我々【僕】と一緒にいなかったとしても、我々【僕】はこうする」
僕は精神が真っ白になった。
(これで合ってる?)
彼女はわかりやすく混乱しながら僕を見つめたが、すぐに笑い出した。それはくすくす笑いではなく、僕たちの内輪ジョークを使おうとした僕の稚拙な試みに対する本物の笑いだった。彼女がどうするか見てみたい。
彼女は言った。
「そう、我々【君】はそうするね。指を使うともっと簡単になるかも。こんな感じで。」
自分か僕を指差した。
「今日は我々【君】忙しくないよね?忙しくなければ、我々【私】と一緒に遊びに行かない?」
どうやら、内輪の冗談は突発的なアイデアではなかったようだ。
「これは本当に複雑になりそうだ」
「ふふ、」と彼女は笑った。
「とりあえず、他の人と話すときはこれを使おうか。我々のことについて話すときだけね。少なくとも今はね。」
「タイミングが合えば、お互いにやってもいい。例えば、面白い瞬間や思い出に残る時とか」
「タイミングが合えばね」と彼女は繰り返した。
満面の笑みが続いた。
僕たちは一緒に残りの一日を過ごした。
〜〜〜
月曜日は、旅行後初めての登校日だった。クラスのみんなは、楽しかった思い出を振り返り、見た景色やアクティビティについて話していた。確かに僕も同じようなことをしていたが、唯一の違いは、旅行の場所とその中での経験だった。また、昼食までその話をする相手もいなかった。
僕はベンチで原に会い、青森での修学旅行について、ホテルでの出来事など関係ないことは省いて要約した。適切なところで複数の代名詞を使って話すと、彼はとても混乱していた。
「ほら」と僕は彼のお土産を手渡した。
「祭りで自分で彫ったんだ。バニラの香り」
「すごい、りんごの形で全部。キャンドルはあまり使わないけど、バニラの香りはすごく好きなんだ。これからの冬の季節にはぴったりだよ。二階は寒くなりやすいから、心地よく使えそうだね。ありがとう、チャイ丸先輩!」
彼が受け入れてくれるとは思っていたけど、こんなに興奮するとは思わなかった。彼が満足そうに笑っているのを見て、安心した。
「原さんの分もあげる」
「いや、自分で渡してさ」
「できない。処分の結果、少なくとも今学期は、学校が終わったらすぐに孤児院に戻るよう命じられているんだ」
「他の島に行くために逆らったんだろ?たった数分の距離にある家が何だ?ちょっと渡すだけだよ」
孤児院が反対するのは分かっていたけど、僕にはあまり反論する理由がなかった。僕の決定だったので、原に賛成した。放課後、こっそりと急いでパイ屋に行って、原の母親にお土産を渡した。僕たちは二階のリビングのソファに座った。
「『オータム・バイブランシー』と呼ばれている。シナモン、カボチャ、りんごなど、この季節を象徴する複数の香りの集大成らしい。りんごのロウをカービングして、楓の葉のように見せてみたんだ」
「あら、」と彼女は言った。
「これは素敵で丁寧なデザインだね。この表面には他に傷や突起が全くない」
「まあ、僕のカービングの腕試しに秋夫くんのキャンドルを使ったんだけど、どっちもうまくいったと思いたい」
「美しいわ、お茶くん。」
なんとなく予想していたけど、彼女が寄ってきて僕を抱きしめた。事故以来、親として抱きしめてくれたのは彼女だけだった。彼女が僕に使うあだ名も、息子に使うものと似た感じだった。
「旅の途中で私たちのことを考えてくれてありがとう。君がいてくれて本当に幸運だよ」
僕の心臓はうずくまった。音声言語って面白い概念だったよね。人間だけが特定のリズムで音を出して、それが話すことを可能にしていた。そんな音が人間の感情の震源地に影響を与えるなんて不思議だった。家族がいるってどういうことか思い出すと、この二人がその絆に一番近い存在だと思いたかった。数ヶ月しか知らなかったけど、もし正式なものだったらよかったのに。
僕は一時間近く滞在し、主に原が苦手としている学校の教科の個人指導をしながら、自分の期末試験の勉強もした。もっと長くいたかったけど、すぐに孤児院に戻らなければならないと説明して、急いで帰った。孤児院に着いてからは、来月の期末試験のためにもっと学校の図書館で勉強したいから、これからもっとこの時間に帰ることがあると嘘をついた。
それから数時間、僕は林檎森と一緒に宿題をして過ごした。僕たちは学校の関係で二つの異なる概念を勉強しており、必ずしもお互いに助けを求める必要はなかったが、近くにいるだけで十分すぎるほどだった。学校からパイ屋、そして孤児院への移動は週に一日おきに行われた。
金曜日になって初めて、僕は林檎森に放課後すぐにパイ屋に行くように指示した。彼女も同じ言い訳をした。僕たちは勉強したり、教えたり、休憩にゲームをしたり、ビニールで特別な音楽を聴いたり、
罰二週目の火曜日、僕と林檎森はあるアイデアを収穫した。放課後、パイ屋に行く代わりに孤児院に戻り、僕は彼女に絵の描き方を教え続けた:最初は簡単な草原から始め、スタンスを変えていった。
「驚くほど正確にパースが描けるんだね。ビデオ録画がすごく役に立ってるみたいだ」
「それはそうかもしれないけど、比率を考えるのはまだ大変だよ。頭の中ではどう描かれているかイメージできるんだけど、それを紙に置き換えるのが難しいのだ。何かいい方法はないだろうか?」
僕はいくつかの方法を教えて、彼女は次の数時間それを練習した。でも、僕だけが一人の先生じゃなかった。夕食が近づいた頃、彼女はお菓子作りの視覚的なレッスンを見せてくれた。今夜のデザートの作り方を教わったのだが、それは複数のトッピングをした美味しそうなクッキーのプレートだった。
彼女は「これらのビデオを見返すのが待ちきれない。自分たち二人が何回失敗したか、面白いコンピレーションになるわ」と言っていた。
「僕のベーキングの動画は、多分もっと長くなるだろうな。失敗ばっかりだったし。例えば、クッキーの生地を焦がさずに焼くのに十分もかかったんだ」
「そんなに自分を責めないで。驚くほど早く覚えるね。私が絵を描くよりも早いよ。」
「最高の先生から学びたいだけだ。机の上にりんごを置いてお礼する」
「先生にりんごをあげるのは、昔から教育の象徴だからって知ってた?昔のヨーロッパでは、子供たちが給料の低い先生にりんごをあげてたのだ。アメリカのフロンティアでも、先生が生徒の家に住んでいたから、農場の子供たちは感謝の気持ちとして豊富にあったりんごをあげてたのだよ。最近では、アメリカの学校の始まる時期がちょうど収穫期と重なるから、すごくラッキーだと思う。桜も素敵だけど、食べられないしね。」
「静子先生と伊藤先生にもあげるの?それともお医者さんには別のものをあげる?」
「たくさん教えてくれた人にりんごをあげるのは広く伝わる習慣になったのだ。職業が先生じゃなくても、心に残る大切なことを教えてくれた人には、りんごをあげる価値があるよ。」
そうだとしたら、りんごをプレゼントする人がどんどん増えるかもしれない。もっと練習すれば、りんごのお菓子もプレゼントできるようになるかも。
〜〜〜
罰の時間は全部が楽しいわけじゃなかった。毎日のゴミ出しだけでは足りなかったのか、僕は週明けにはトイレ掃除も任された。林檎森も同じような仕事があって、悪い子にだけ与えられる仕事だった。それでも、僕たちは介護士たちに迷惑をかけたから、ちゃんとやるのが正しいと思った。
罰の三週目、十一月の最終週、僕は今月三回目のピア・アウティングに参加した。最低限の基準を超えていたので強制ではなかったが、慣れない相手とも打ち解けられることを示すために行った。
それは、北海道立近代美術館を訪れたいというある男の子と一緒だった。旅は嫌なものではなかったし、二人とも興味を引かれる面白い作品をいくつか見つけた。もちろん林檎森と一緒に来たかったが、いい経験だった。とはいえ、悩んだり不安になったりすることなく、その日を乗り切れたのは達成感があった。林檎森も別の孤児と同じような経験をした。
僕のアウティング後のセラピーは火曜日の朝に行われた。僕はホームルームと一時間目を欠席することになったが、それで何かが失われるわけではなかった。待合室に入ると、悦子がポップロックを食べながら本を読んでいた。彼女の膝の上にはたくさんの包み紙があり、それぞれ違う味だった。
「秋夫くんが君を甘やかしすぎてるんじゃない?」と僕は彼女の隣に座って聞いた。
「どれくらいの頻度で来て、そんなにたくさんあげてるの?」
「抹茶ちゃんはただ
「甘えていいのはアニメと食べ物だけで、あたしはそのどちらでもないなの」
(『楓ちゃん』?秋夫くんの新しい名前の?まあいい)
「そういうことを聞いたんじゃないし、嫉妬してない。そして、その通りだけど、君は甘やかされてるんだ」
彼女は口を尖らせた。
「甘やかされてないなの、だってあたしたちは安定した経済を回してるんだから。ポップロックの代わりにバニラチョコレートカップをあげてるなの」
「そうか、今は嫉妬している。そんなの一度もくれたことないし」
「ええ〜?それを文字通り作れる人が他にいるんじゃないの?」
彼女は正しかった。彼女に悪気はなかったが、僕は片思いの女の子からお菓子をもらう方がずっと好きだった。次回のレッスンでその話をしようと思っていた。
児童養護施設に戻りながら、青森への旅行がなかったら発見できなかったかもしれない多くの賞が、この数週間の罰によってもたらされたのだと思った。毎日、あのピア・アウティングに感謝していた。
〜〜〜
十二月の三日だった。夜通し降り続いた雪がその姿を現し、街を平らでふわふわのマシュマロで覆った。僕は部屋で、林檎森からもらった漫画の最新刊を読んでいた。それはかなり厚かった。
最近彼女に会えなかったのは、彼女が風邪を引いていて、僕や他の誰かにうつしたくなかったからだった。僕は北海道の冬に体が慣れていたため、風邪を引きにくかった。だから、青森の暴風雨にも平気だった。林檎森も体の調子が悪くなければ、僕と同じだったはずだった。
その週の残りは普通のルーティンをこなしながら、彼女を一目も見れなかった。学校、勉強、仕事、寝るの繰り返しだった。階段を降りるたびに彼女の部屋の前を通り過ぎた。彼女はもう青森のリースをドアに掛けていて、それを見るたびに彼女に会えないことが悲しくなった。本当に罰を受けたと感じたのは初めてだった。
金曜日、ベッドから床に転がり落ちて、ナイトスタンドの上の折りたたみ携帯を取った。彼女に漫画を読み終えたことを伝えるメッセージを送ったけど、これまでの十数回と同様、返事はなかった。
(ついに明日、我々のスマホを取り戻せる日だ。やっとD4Dreamをプレイできるし、また音楽も聴ける!あと数週間すれば、すべての罰が終わる)
これまでずっと彼女に告白しなかった大きな理由は、もし彼女が僕の気持ちに応えてくれたら、それを祝いたいと思ったからだ。だから、具体的な結論に至った。次のピア・アウトィング、新年に告白することに決めた。
キッチンの仕事に呼ばれて、彼女以外の孤児院のみんなと一緒に食事をした。部屋に戻って、また折りたたみ携帯をチェックしたけど、彼女からの返事はなかった。彼女が寝ているか、まだメッセージを見ていないんだと思った。机から漫画を取って、彼女の部屋に届けに行った。
彼女のドアをノックしたけど返事がなかった。彼女はいつも通りぐっすり寝ているんだと思った。僕は勝手に部屋に入る代わりに、介護士を探した。たぶん彼女の回復具合を時々チェックしに部屋に入るだろうと思ったので、彼女が親しいことを知っている人に声をかけた。
「すみません、花耶さん、今度我々【彼女】の部屋に行かれるときに、この本をよるに届けていただけますか?」
本を彼女に差し出して、受け取ってくれると思ったけど、彼女はただ本と僕の間を見つめるだけだった。
最初、彼女の困惑した表情は内輪の冗談によるものだと思ったが、彼女は言った。
「今の状況を知らないの?」
僕も彼女と同じ表情をしたけど、もっと心配そうにしていた。それで彼女の質問に答えたことになり、彼女が言おうとしていたことが伝わった。結局、彼女は僕に真実を告げた。無知は至福であった。
「林檎森さんは今週ずっとここにいない。彼女は入院したんだ」
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