我々はりんごで自分たちの記憶を取り戻すことができます

第3章：同様にユニーク

　昨日、僕と林檎森が外出している間に、またしても銀行強盗が発生した。強盗団が都市の一部を襲い、長時間のカーチェイスの末に逃走したらしい。静子医師の家の待合室でそのことをニュースで知った。

　強盗事件があって、お金の大切さについて考えるようになったんだ。ちょうど仕事の手当をもらった時みたいにね。それと、大人になったら事故の賠償金を相続することになるんだけど、大した金額じゃないけど、小さなアパートくらいは買えるかな、一軒家は無理だけどね。

（僕が買いたいと思うものって、世の中にあるかな？）

　派手なことは何も浮かばなかったが、孤独な大人の生活について考えることは少なくなかった。このまま憂鬱な状態が続けば、アルコールや無意味な娯楽、決して満たされることのないあらゆる種類の楽しみにお金を浪費することになるかもしれない。僕はこのままではいけないと思い、考えるのをやめた。僕のセッションはすぐに始まった。

　寝室と学校は別として、僕の新しい生活の大部分は治療室で過ごした。静子先生と過ごす時間は誰よりも多かったけど、僕たちの歴史から考えるほど親しくはなかった。しかし、ほとんどの大人よりも彼の方が好きだった。徒歩で彼の家に通うのは、古い孤児院が閉鎖されたことの数少ない良い面のひとつだった。

　彼のオフィスは典型的なセラピストの部屋で、ラグや織物の壁飾りが目立つ。僕は座り心地のいいコットンのソファに座り、彼は高級な革張りの椅子に座った。僕たちの間には、上質なナプキンで飾られたガラスのコーヒーテーブルがあった。

「ピアアウトィングを一度経験した今、もっと経験すれば、世界を他の色で見ることができるようになると思うかい？」と彼は言った。

「いいえ」と僕は単刀直入に否定した。

「なぜその答えに自信があるのか？」

「そのアイデアは論理的で、うまくいきそうに思えますが、必須であるため僕にはあまり合わないかもしれません。強制的に活動を行うことは、僕のすでに乏しい欲求をますます消耗させるように思いますので、あまり楽しみにしておりません。」

「では、君は彼らに目的が全くないと見ているのか？変化への期待は全くないのか？」

　僕はうなずいた。

「そうだね、それが本当かどうか確かめよう。」

　彼は尋ねた、「昨日のよるくんとのアウトィングの感想を聞かせてくれる？」

　僕は緊張した肩と跳ねた足のいつものコンボで、彼にシンプルな答えを返した。

「まあ、一日中緊張していて、早く終わることをずっと願っていました」

　彼はメモを取りながら言った。

「そっか。では、アウトィング中に見たことを説明してくれるかな？」

「は、はい。あの、公園は緑が多く、木々がなまら高かったです。動物園もあり、思ったより人が多かったです。り、リスが走っているのも見ました。」

「やめろ、やめろ」と彼は口を挟んだ。

「もう一度言おう。視覚ではなく、他の感覚を使って何を見たか話してほしい」

　僕はカメラのレンズのように目を細め、彼の言葉に焦点を合わせ直そうとした。

「どういう意味でしょうか？」

「前回のセッションで話したことを覚えているかい？」彼は眼鏡を直した。

「昨日のことを思い出してほしい。ただし、視覚的な記憶ではない。旅の間、何に触れ、何を食べ、何を嗅いだかを考えてほしい。感情的に何を感じた？」

「そ、それで違いが出るのでしょうか？」

「やってみればわかる。見ているもの、感情的に感じているものに対する本当の気持ちは、他の感覚を一緒に使って初めて完全に理解できるものだ。」

　彼は手を合わせた。

「見ることがすべてではない、協力が必要だ。盲人のことを思い出せ」

　混乱は増すばかりだったが、僕は彼の指示に従い、目を閉じて他の感覚で思い出そうとした。僕の頭は左右に揺れ動きながら、自分が歩いた一歩一歩を再生し、聞いた会話を繰り返した。時折、かすかな上向き加減が表れたかもしれない。

「何か違うものが見える？」

　目を閉じたまま、僕はこう答えた。

「天気は典型的な曇り空で、厚着をしていなかったにもかかわらず、背中を流れる汗をたくさん感じたのを覚えております」

　彼がタブレットに何かを書き込んでいる音が聞こえた。普段は彼が何を考えているかなんて気にしなかったけど、今回は違った。ちょっとプレッシャーを感じた。

　彼は「緊張してたから汗をかいたの？」と尋ねた。

「そう、当然です」

「なぜ汗をかくのが自然だったのか？」

　好奇心で身を乗り出しているのだろうか、彼が姿勢を変えた音が聞こえた。

「まあ、僕は学校以外で人と出かけることがほとんどなかったので、彼女と一緒にいると不安になったのだと思います。彼女のせいではなくて、ただ不慣れだったんです。彼女が僕との時間を楽しんでいないと思い込んでしまいました」

「彼女にそのことをはっきり言ったのか？」

「まあですね。彼女は全体を楽しんだとはっきり言ってくれました」

「そう言われたとき、どう感じた？」

　少し考えてから目を開けると、天井を見つめていた。パイ屋で彼女に同じような質問をされたことを思い出した。単語とその類義語が頭上に浮かび、適切な言葉を見つけなければならなかった。

「安心した…？」

「理解している。ほとんどの場合、今日の君は自信を持って答えていたよ。」

　その言葉の重さに、僕は彼の顔に目をやった。彼は僕に微笑みかけ、僕が彼に話したことが本当の気持ちであることに気づいた。感動的な光景だった。僕の緊張は和らいだ。

　彼は、「アウトィング中に何を食べたの？」と尋ねた。

「彼女はりんごを持ってきて、いくつかを芯まで食べ、またいくつかを小さく切って僕に差し出しました。僕はそれを食べながら街の絵を描いていました。それ以外には、実際には昼食をとりませんでしたが、僕たちのお腹は特に空腹を感じていませんでした」

「味覚で何を見た？思い出せるか？」

　まばたきをするたびに、僕は山頂の開口部に引き戻された。食事中に感じた感覚を思い出そうとして唾液を飲み込むと、舌がしっかりと味蕾を口の上部に押し付けた。

「りんごを食べたとき、ぼ、僕たちは二つの小さなボートに乗って、二人だけで川を流れているようでした。僕たちの周りには静けさがあるように感じましたが、なぜかはわかりません。そして、実際の味に関しては、僕の味覚は役に立ちませんでした」

　僕の嗅覚が壊れているため、昨日の香りをはっきりと思い出すことができなかった。木や花など香りのあるものを見直そうとしたが、それらは無臭だった。味覚は嗅覚と結びついているため、この二つの感覚は劣っていた。すべてはあの事故のせいだ。

「ええ、静子先生、匂いは何もありません」

「よくやった、少なくとも努力はした。昨日の何かと、君の人生の別の時点とを結びつけることができるかい？聞き覚えのある手触りや音、味覚？もしかしたら、一緒にいた人と感情的に何かを感じたのかもしれない」

　彼の抽象的な質問はいつも僕を無言にし、精神的に混乱させた。彼のやり方に疑問を持っても、彼のイデオロギー的な説明を助長するだけだとわかっていたので、僕はただ彼の言うとおりにした。何かしらのつながりを発見できるのではないかと期待していた部分もあったが、結局は同じ結果に終わった。

「静子先生、無理です。」

　僕はがっかりしてため息を吐いた。

「茶丸（ちゃまる）くん、これからの生活で、嗅覚と他の感覚をもっと組み合わせることに集中してみてほしい。視覚は素晴らしいけど、嗅覚にしかできないこともあるんだ。それを見つけてほしい。嗅覚を鍛えて、いい？」

「は、はい」

「言わせてもらうけど、茶丸（ちゃまる）くん、他の人と一緒にいるのが嫌いな割には、結構楽しんだみたいだね」

　彼の言葉が、まるで怖い怪物たちが僕の顔めがけて飛び出してくるかのように、僕は思わず首をかしげてしまった。しかし、その怪物の顔をよく見ると、端から中央に向かって光を放ち始めた。熱を発しているのだろう、頬が熱くなった。

「そうですね、思ったより楽しめたようです」

「へぇ、生まれて初めて新しい土地に行ったから？」

「いえ、でも、林檎森さんがいてくださったので、たぶん楽でした。他の人に比べて、僕のことを少しは理解してくださっていると思いますが、毎回毎回彼女と一緒に出かけることが頼れるかどうかはわかりません。お誘いできるかどうかも」

「他に誰か頼める？」

　僕はためらいながら、セラピストのサファイア色の瞳を、今までのどの試みよりも長く見つめた。

「そうは思いません…でも理由はわかりません」

　僕たちのセッションはこの回を含めて1時間だった。患者は延長をお願いすることもできたけど、僕は今まで一度も頼んだことがなかったし、今回も頼まなかった。僕が立ち上がると、彼も立ち上がり、部屋の奥にある机に歩いていった。出る前に、僕はいつもとは違う質問をした。

「り、林檎森さんは今日の予定ですか？」

　彼はオフィスの椅子に座り、「彼女が今日の最後のアポイントメントだ」と言った。

「昨日のことについてもお話しされるのですか？」

「そうするよ」

　そこでやめてもよかったのだが、もうひとつ聞いてみたかった。

「彼女にも同じように、すべての感覚に関することを行うのですか？」

「いや、しないよ」と彼は僕を見た。

「それは君特有の事情だ。君たち二人は僕の唯一の孤児患者だが、君と彼女には違いがある。彼女は、君が理解できるかできないかわからない部分に対処している。もちろん、患者の守秘義務のため、君には言えない。ごきげんよう、茶丸くん」

「そうですね、ごめんなさい。それではまた、静子先生」

　いつもセラピーを終えると、彼の時間も僕の時間も無駄にしたように感じていた。むしろ、セラピーは僕の昏睡状態から目覚めさせられたのが間違いだったという信念をさらに深めた。それは誰のせいでもなく、自分自身のせいだ。

　しかし、感情の萎縮を感じる代わりに、今日のセラピー後の心境は少し違っていた。孤児院に戻る途中、僕の頭の中は林檎森とセラピーについての考えでいっぱいだった。

（昨日のどの部分を話すんだろう？）

　上空の雲を眺めながら考えた。

　静子医師が言ったように、僕たちは違っていた。しかし、彼女が言ったように、僕たちには似ているところもあった。昨日、彼女が自分自身について話してくれたことから、彼女が僕とこの川にいることが許された事情はなんとなく理解できた。しかし、それ以上に分からないことがあった。それを突き止めれば、彼女が僕に近づく理由を知ることができるかもしれない。結局のところ、僕を取り巻く世界の中で、彼女が最も僕に似ていたのだ。

　僕は孤児院に到着し、誰にも挨拶せずに部屋に入った。昨夜のメッセージ以来、林檎森と僕は何も話していなかった。その日一日、僕はベッドに横たわり、ある疑問について考え込んだ。

　色のない火山が鈍い溶岩の川を形成する単色の地獄の中で、僕は彼女と一緒に小さなボートにいた。それはカヌーで、僕たち二人だけしか乗れなかったからだ。僕たちは背中合わせに座っていた。少なくとも、僕の背中は彼女の背中に向いていた。どちらかが舵を取っているのか、それとも二人ともオールを持って自分のペースで漕いでいるのかは不明だった。アウトィングのこと、セラピーセッションのことがあって、僕は一つの疑問を自分に問いかけた。

（もっと仲良くするべきか？）

　何時間も考えたあげく、答えを出すよりも過去を思い出す方が簡単だという結論に達した。僕が知ることができる唯一の方法は、自分の人生を生き、五感で何かチャンスが僕に訪れるかどうかを確かめることだった。

　〜〜〜

　セラピーのセッションから一週間が過ぎた。社会的に疲れきっていた僕は、他人と一緒にいることが億劫になり、夏休みの宿題を終わらせることに時間を費やした。最後のページにサインをして鉛筆を置き、ストレッチをするために椅子にもたれかかった。アーチを描くと、疲労した背中が何度も割れた。

「やっと終わった。これだけ頑張ったんだからご褒美が必要だよね。部屋に閉じこもってるより、パイを一切れ食べる方がいい。CLARIS（クラリス）はまだ開いてるはず」

　太陽が建物の陰に隠れ始めた頃、僕は孤児院を後にした。到着すると、パイ屋はいつもより忙しそうだった。個々の席はすべて埋まっており、列はドアの外まで伸びていた。

　僕は列の人数を数え、別の日にまた来ようかと考えたが、スマホの時刻を見た。

（いや、他にすることはない。待って、それでも席が空いていなかったら、持ち帰りで注文しよう）

　イヤホンで音楽を聴きながら、ほぼ二十分待った。自分の番が来て、男性の店員がレシートを渡してくれたとき、「あの」と言った。キーライムパイの一切れと抹茶ラテ、サイズも合ってる。これは味を変えろというサインなのだろうかと思いながら、僕は何の疑問も持たずに会計を済ませた。一つだけ修正をしたけど。

「そ、その、お持ち帰りにできますか？」

「もちろんさ、ボース」

　僕が列を離れようとしたとき、彼は不意に僕の注意を引いた。

「そういえば、いつも一緒に座っている女の子があそこのテーブルにいるよ。」

　彼がカウンターの向こうを見ると、僕の戸惑いの目はその少女の後頭部に導かれた。

　林檎森だった。彼女は二人掛けのテーブルに一人で座っていた。

　僕は男性の店員の方に向き直った。

「お、教えてくれてあ、ありがとうございます」

「まだ持ち帰りにする？」と彼が聞いた。

　彼は僕と同じくらいの年か、もっと年上の大学生のようだった。この店は家族経営だから、オーナーの親戚かもしれない。僕とあの女の子の関係を邪推しているのか、にやにや笑っていた。でも、僕が最初の注文を取り消したのは正しかった。

　数分待つと、注文した品がトレイに載せられて手渡された。店内で食べることにしたが、個々のテーブルはまだ埋まっていた。僕は台本をひっくり返し、自分の信条を破って近づく側に回った。

「あの、ここに座ってもいい？」と僕は尋ねた。

　彼女は当然驚いた。僕の身元を目視で確認した後、少し時間をおいてから承認するようにうなずいた。

「突然お邪魔します」と言って、僕はトレイをテーブルに置き、座った。

「邪魔じゃないだろう？」

　彼女は卓上のスマホに目を移した。

「いいえ…大丈夫です、ヴィエイラさん。ビデオを見ていただけですから。」

　彼女のお皿はもう片付けられていて、ゴミも捨てる準備ができていた。残っているのはラテの残りだけだった。彼女が飲み終わったら出て行くだろうと思って、同じタイミングで急いで終わらせる必要はないと思った。

　いつもの静けさが僕たちを包んだ。僕はパイを食べるのに夢中という言い訳で。スマホを取り出して、ゲームの最新イベントの話を聞き始めた。いつの間にか、彼女は左手でノートを取り出してメモを書き始めていて、右手でスマホを持っていた。

（彼女は普段は読書をしているけど、スマホで何を見てるんだ？）

　訊いてみたい気持ちもあったけど、それはほんの些細な欲求だった。月の黄昏が街に沈む中、この店はあと一時間で閉まるだろう。イベントの物語の最終章を読み終えたとき、パイはあと数口しか残っていなかった。沈黙の中で今日の交流を終えて、もうすぐ出発しようと思った。

　それは彼女が「大丈夫…ですか？」と聞くまでだった。

　僕の目は緊張して、閉じざるを得ないほどの痛みを引き起こした。

「痛い。な、何をしてたんだろう？」

　僕は袖で目をこすった。

「私の手帳に…注目しているようでしたが、もしかして…興味がおありですか？」

「ぼ、僕はじろじろ見てた？不快にさせたなら謝るよ」

「心配する必要はありません、」彼女はスマホを回した。

「ビデオ編集のチュートリアルを見ています。もっとクリエイティブになって、自分だけの魅力を加えたいのです。」

「最近忙しそうだね。」

　僕は彼女のスマホとノートを交互に見て、その緻密な研究に驚嘆した。僕のほんの些細な欲求が満たされた。

「まあ、」と彼女は言った。

「前々からやりたいと思っていたのですが、ちょうどいい機会だと思いました。先週の静子先生との面会の後、考えました。うつ病の治療には、心理療法と生活習慣の改善が最も効果的だと先生がおっしゃっていました。」

「本当に？生活習慣の改善は大変だから、セラピーにすべての望みを賭けるよ」

「うつ状態を治療したくないのですか？」

「別に」

　彼女の無害だけど突然の質問に、僕は椅子に縮こまった。僕は自分の人生の支配的な悲しみについて話すのが好きな人間ではなかったから、セラピーの進み具合も遅かった。目の前の女の子に対しても同じようにしただろうけど、彼女だからこそ、完全に反対ではなかったのかもしれない。彼女は他の人よりも共感してくれるから、話しても問題ないと思った。もしかしたら、これはそのチャンスの一つかもしれない。

　僕はこう続けた。

「助けになる資源がたくさんあるのはわかってるし、それを使わない理由もないけど、何のために？結局、大人になって働くようになって、どこかの会社の駒にすぎないんだろう？職場か街中で、たまたま目に留まる女性を見つけようとするだけさ。そんなことばっかり考えてて、将来が憂鬱になるんだ。だから今、うつ病を治すために頑張っても無意味じゃないかって思うんだよね。僕はどうしようもない人間だ」

　彼女はテーブルに肘をつき、あごを支えた。目が合った。

「その気持ちはよくわかります。それは心の奥に居座って、たくさんの眠れない夜を引き起こしますよね？」

「その通りだ。深い無意識の中にいるときは何も感じなかったけど、今感じているすべてのことを考えると、その無の状態が平和だったんだ。時々、目覚めるのは間違いだったんじゃないかと思うことがある。戻りたいよ」

「うわあ、それはかなり病的ですね。普通の人がそれを聞いたら、自殺したいと思っているかもしれないと思うかもしれません。でも幸いなことに、あなたには死にたいという願望がないことを私は知っています。ただ、生きるための願望をまだ見つけていないだけです。」と彼女は穏やかに知ったような笑みを浮かべて言った。

「そ、そうだね、わかるって言ってくれて感謝してるよ。浅い謝罪よりはずっといいから。」

　僕はもう一度、ビデオ編集のテクニックが鉛筆で書かれた彼女のノートを見て、そして彼女の方を見返した。

「好奇心で聞きたいんだけど、どうしてそんなに自分を高めようとしてるの？そ、そうすることが馬鹿なんじゃなくて、ただ…うん」

　僕たちのアイコンタクトは途切れ、彼女は残りの飲み物を飲み干した。僕は、僕の質問がカジュアルな会話にしてはデリケートすぎるのではないかと心配し始めた。しかし、その後悔は彼女が再び僕を見たことで消えた。

「孤児院プログラムに入った時に診断されましたが、私がこのうつ状態の生活に入ったのは、八歳の時にお父さんが亡くなった時からだと思います。」

「じゃあ、半分の人生ずっとこんな感じだったの？そういうネガティブな展開に対処するのは大変だったんだろうね」

「最初は全部が悪いわけではありませんでした」と彼女は言った。

「主にお母さんがまだいたからです。絶望で目が見えなくならないようにしてくれた『私の目のりんご』もいました。」

「『私の…』って何？どういう比喩なんだ？」

「英語の比喩です。自分にとって大切な人、見ているだけでほっとするような人を指します。その人がりんごです。」

「本当か？英語は奇妙だ」

「そうですね。とにかく、そのりんごがやがて腐って、お母さんが亡くなったとき、私は自分の人生にどんな目的があるのか見失い始めました。」

「大切な人を失うってどういうことかわからないけど、それでも彼らがあなたの心の半分以上を占めてたってわかるよ」

「以前、どうして私が一番健康なのか医者に尋ねたことがありますが、もちろん答えられませんでした。だからこそ、両親と一緒になりたいと願う部分がありました。」

「ちょっと病的だね。セラピストに診てもらったほうがいいよ。知り合いがいるんだ」

　僕の反論に、彼女の唇の片角が上がった。

「あなたの質問にお答えしますと、私が自分自身を向上させたいと思う理由は、おそらく、『私の目のりんご』を再び見つけ、その小さな種であっても、私の世話でそれを再生させようとしているからかもしれません。しかし、それは予想以上に難しいことがわかりました。」

「なぜ？」僕は誠意を込めて尋ねた。

「年を重ねるにつれて、そして目の前のチャンスが消えていくにつれて、ますます不思議に思います：もし再生できたとしたら、それは何年も前に私の視力を守ってくれたものと同じでしょうか？」

　僕は彼女に対して、元気のない「そうですか」という返事しかできなかった。

　彼女は指を組み、椅子の背もたれに寄りかかって腕を伸ばした。僕はそのとき初めて、自分がどれほど会話の中に深く根を下ろし、パイ屋という現実に引き戻されているのか気づいた。

「そんな思い出を思い出させてしまって申し訳ない」

　彼女は首を横に振った。

「心配しないでください。このようなことは静子先生にしか話したことがありませんし、先生は卓越したセラピストですが、あなたに話した方が私の気持ちを直接理解していただけるので、有益だと思います。ああ…でも、もし聞きたくないのであれば、かなり憂鬱なことですので……」

「大丈夫だよ、あなたの話を聞くのはかまわない。あなたが話していることを知ることで、僕自身の考えも明確になる。そんなことができる人はほとんどいない」

「本当ですね。」

　彼女は間を置いて、僕に目を上げさせた。

「私を理解したいという気持ちが、今日私と一緒に座るようお願いした理由でしょうか？」

　僕の頭は少し後ろに引いた。顔が赤くなっているのがバレバレだった。

「う、うまく説明できないよ。ぼ、僕がここで初めて食事したときに、一緒に座ろうって言った理由はな、何だったの？」

「私の答えがあなたの答えでもあるかもしれません。」

　彼女はパイ屋をぐるっと見渡し、僕もそれに続いた。人々は好きなように生き、選んだ道を歩んで出入りしていた。僕は何を見ればいいのか混乱していたけど、彼女は集中していた。

　彼女が考えをまとめた後、言った。

「ここにいる一人ひとりにはそれぞれ独自の人生があり、そのためにそれぞれが面白い存在であると言えます。人々が社交を愛するのは、他人のユニークさを探求するためです。しかし、この中で、唯一の二人が、依然として異なる点はありますが、非常に似た人生を歩んでいます。その二人もお互いを知っています。私にとって、このような難解な状況で似ていることは、ユニークであることよりも良いと感じます。なぜなら、私たちが経験を共有する時、完全に理解できるのは私たちだけだからです。私たちはお互いに似ているが、他のすべての人とは違います。奇妙な方法で、それが特別に感じられます。」

「それはいい考え方だね」と僕は彼女の強さに気づいて言った。

「一方で、僕はただの偶然でここにいる人たちと一緒になったって考えてるだけだよ」

「まあ、こうしてすれ違うことができたのは偶然だったとはいえ、努力を重ね、関係を深めていくチャンスをつかんだのは私たちの選択です。忘れないでください、あなたが私と一緒に座りたいと頼んだのはあなたの選択でしたよ、ヴィエイラさん。」

　その時、僕はそれを知った。

　単色地獄の中で背中合わせに漕ぐカヌーの中で、僕たちはお互いのほんの一部しか理解していないと思っていたが、彼女が僕たちの段階に早く慣れたように、彼女もまた僕たちの間に初めてつながりを見出した。僕たちは確かに異なるペースで漕いでいたが、それは僕がゆっくり進んでいたからに他ならない。もし彼女が僕たちの関係について考えることで、彼女の視点が強調されるなら、それは彼女が僕と向き合っていることを意味する。きっと僕の番が来たのだ。

　パイ屋での会話から生まれた、同様にユニークな境遇が僕たちを結びつけたのだという確信が僕の心の中にあった。結論を急ぎたくはなかったが、それを確かめるためには孤児院に入る前の彼女の人生についてもっと知る必要があると思った。しかし、今日は、彼女が話してくれたこと、あるいは僕が話したことで満足した。

　結論として、我々がお互いに話したこと。