めっだぞ
世界に一方的にモブだと突き付けられたすぐ後。
主人公の登場に落胆し、嫉妬し、憤慨して走りだそうとしたがそこで未だに俺の手首を掴む細い指に気が付いた。
振り向くとそこには俺よりも少しだけ低い背丈に俺と同じ高校の制服を着たえらい美少女が立っていた。
モデルのようにすらっと伸びた華奢な足は直ぐに折れてしまいそうな儚さを湛えているのに地面までしっかりと伸びた芯を感じさせる。
そこいらのモデルなんかよりも余程綺麗だ、と少し失礼なことを一瞬でも考えさせるだけの容姿をしている。
「あなた死にたいの?」
クラスは違うし会話したこともないが俺は彼女を知っている。
初めて彼女を知ったのは中学の入学式だった。
凛とした目つきで人を寄せ付けず、孤高を愛しているようでいつもどこか寂しそうにしていた。
俺が知る限りではずっとテストで学年一をキープし続けるような学力をもつ成績優秀者でおまけに類稀なるその容姿から常に周囲から注目を集める有名人。
眉目秀麗、成績優秀、文武両道、おおよそ人を称賛する為に用いられる四字熟語のほぼ全てを投げかけられたことがあるような完璧超人。
俺が好きなライトノベルでしか見ないようなヒロインであり、俺がかつて焦がれた存在。
つまり俺の中二病のきっかけとも言えるべき人物である。
ツンデレ。
世界全てを憎むような鋭く冷ややかな目元と声音。
それでいて他生徒や先生の手伝いを率先して行うその姿から一部男子生徒からそう呼ばれている。
今までただの一度も接点は無し。約四年間同じクラスに通いながらも会話したことすらないのはむしろ奇跡なのではないか。
彼女が俺を知っているのかも微妙だが、クラスメイトだから名前くらいは把握してくれている、と思いたい。
そんな彼女にきりっとした目ですごまれて思わず萎縮してしまう。
「あなたの事情は知らないけれど死んじゃだめよ。たとえそれが誰かを助けるためだとしても」
冷酷という表現がしっくりくる声音で語られた言葉は優しさで満ちているような気がした。
これが彼女がツンデレと呼ばれる所以で、これだけ注目を集めておきながら彼女に敵が少ない理由でもあるのだろう。
真っ白に染まった頭が彼女を見てすぐに明瞭になる。
「やべ、遅刻する」
一秒でも早くこの場から逃げ出してしまいたかった。
信号が変わったタイミングで適当な理由をつけて走り出そうとした俺の服が後ろから掴まれる。
襟が首にくい込み一瞬息が止まった。
「ちょっ、ちょっと待ちなさい。貴方のせいで私まで遅刻するのよ」
そこにいる主人公とでもゆっくり登校しろよ。
お前は
そんな自己を下げるような皮肉が湧いては消えていく。
全て自分の被害妄想で歪んだ思い込みだとは理解できているから余計に辛い。
「っ!」
ガクッと荻野が片足を崩すようにして電柱に手をつく。
「おい、どうした?具合悪いのか?」
「いえ、大丈夫よ」
どう見ても大丈夫には見えなかったが本人が大丈夫という以上は俺に出来る事は無い。
早く助けてやれよ主人公。
振り返るがさっき男子中学生を助けたあの男はもういなくなっていた。
「ごめんなさい。強がってしまったわ。大丈夫じゃないかも」
「どうした?」
「歩けそうにない」
そう言われて彼女の下半身に目が行く。だが、特に変わった様子はない。彼女の足がタイツに包まれているせいで気づけないのかもしれない。
「怪我したのか?タイツ脱げるか?」
俺のかばんには携帯用応急処置キッドが入っている。
足首の辺りに手を当てているのから察するに靴擦れといったところだろうか。絆創膏を貼れば取りあえずは動けるだろう。
「性欲の権化のようなあなたなら言うと思ったわ」
「自分で脱がないなら俺が脱がすぞ」
「・・・救いようがないわ」
荻野がカバンからスマホを取り出し何処かに電話をかけようとする。
「お前一人でも大丈夫なら俺は」
「警察ですか?変態不審者が」
「まてまて!!俺を通報してんじゃねえ!!」
スマホを彼女の手から無理やり奪うとスマホの画面は黒いままだった。
「噓に決まってるじゃない」
「じゃあこれ置いてくから自分でどうにかしてくれ」
「待ちなさい。私を一人にするつもり?私は仮にも貴方の命の恩人なのよ」
立ち上がろうとした所で服の裾をつかまれる。
上目遣いがちに俺の目を見つめて恩着せがましくもそんなことを語った。
「ど、どうすればいいんだよ」
「それくらい自分で考えなさい」
我儘ばかり言いやがって。
「靴擦れなら絆創膏か何か貼れば歩けるようになるだろう。肩くらいなら貸してやるから、」
もう遅刻は確定している訳だが、それでもなるべく早く今のこの状況から脱したかった。
「靴擦れ?それくらいなら我慢して自分の足で歩くわ。軽く捻ったみたいで」
そう言われて彼女がさっきまで抑えていた足首に触れる。
熱を帯びて少し腫れているようだ。
「救急車呼ぶから少し待ってろ」
「そこまで重症ではないわ。保健室で少し休めば大丈夫よ」
その保健室まで行く手段がないから困っている、とは言えず思案していると彼女は両腕を俺に真っ直ぐと伸ばしてきた。
まじで?
「背中貸しなさい」
他に方法を思い付かず仕方なくしゃがんで彼女に背中を向ける。
足元のスクールバックに腕を通して彼女が背に乗るのを待つ。
「勘違いしないで頂戴。私が貴方を助けたのだから貴方が私を助けるのは当然のことでしょう」
そう言うと彼女は俺の肩に手を乗せて体を預けてくる。
「そうですか」
誰も助けてなど言っていない、そもそも彼女が俺を制止しなければ俺が。
横断歩道を渡りきった所で信号が点滅を始めた。
背中では荻野美晴がしがみつくように俺の肩を掴んでいる。
なるべく手のひらでは彼女の太ももに触れないようにしながら、急ぎ足で学校を目指す。
「もう少しゆっくり歩けないの?揺れが酷いのだけど」
直ぐ耳元からきこえてくる声にむずがゆさを感じながら、彼女の我儘過ぎる悪態を無視して歩く。
当然の如く遅刻し、荻野を保健室の先生に預けると始業式の途中に気まずさと申し訳なさから腰を低く体育館へと侵入した。校長先生が何やら長話にふけっているところだった。
体育館入り口横には腕を組んで壁にもたれかかる体育教師が不機嫌そうにそれを眺めていた。
ここは堂々とするべきだろう。声をかけられては叶わない。
睨むような視線を背中に感じながら自分のクラスの最後列へ向かう。
固い体育館の床にあぐらをかくクラスメイトの後ろに腰を下ろす。
背中に感じる殺気を含んだような視線に始業式終了まで冷や汗を垂らしながら耐える事になった。
「寝坊しました」
教室へと戻る他生徒を尻目に職員室へと行くと俺よりも少しだけ早く戻り待っていた蜜柑先生が俺を睨む。
この鋭い眼光で一体何人殺してきたのだろうか。
「す、すみません」
「荻野と二人して進級初日から遅刻とは感心しないな。しかも荻野を背負ってくるとは。まさか不純異性交遊か?朝まで××××でもしてたのか?」
「ちょっ、ちょっと先生!?」
他の先生に聞かれていないかキョロキョロしながら先生にを制止しようとするが止まる事なく最後まで言い切ってしまった。
いつかセクハラとかでニュースに流れてそうだなこの人。
「そういうのはめっだぞ、風見」
「やめてください。普通に引きます」
「冗談だ。足を痛めた荻野を運んでくれたんだろう。保健室の先生が感謝していたぞ」
そう言って先生は一枚の付箋を俺に差し出した。
どうやらこのメモ書きは保健室の先生のものらしく俺が遅刻した理由が多少美化されつつも書かれていて、最後に𠮟らないであげてくださいとまで書かれていた。
「まあ、でも遅刻は遅刻だ。罰が必要だな」
「君はいつからそんなにお人好しになったんだ?彼女に惚れでもしたのか」
名前と遅刻理由を所定の用紙に記入すると、あきれるように溜息をついた先生はそう言って机の隅に雑に重ねられたプリントの束を漁りだした。
「困っている人がいれば助けますよ。今まで俺の前にそういった人が居なかっただけで」
「そうか。流石私の生徒だ。もしも警察に表彰されるようなことがあれば全て先生のおかげです、と言うんだぞ」
「よし、じゃあ罰だ。来週月曜日の放課後にクラス全員分回収して私の元に持ってきなさい」
渡されたのはA 4のプリント。
「簡単なアンケートみたいなもんだ。時間見つけて適当に書いといてくれればいい。他の生徒には朝配ってあるからよろしく頼むぞ」
「アンケート?」
プリントには何人かの名前と職業、経歴などが記載されている。いくつかの名前はどこかで見かけた事があるものだった。
「講演会をするらしい。誰か話を聞いてみたい人を一人選んで書いてくれればいい」
「はあ」
「めんどくさいって思っただろう?こういう事の積み重ねが大人になるということだよ」
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