街宣活動

「みなさんの生活がを守るのが、我らが国民革新党です!」

 男が街頭演説をしていた。

 街宣車の上に立って怒鳴っているが、立ち止まる人はチラホラいるだけで、それほど通行人の関心を引いてはいないようだ。

 立ち止まっている人も、あまりの大音響に何事かという感じで、別に演説内容を聞いている様子ではない。なにせ音が割れるほどのマイクの音量だ。

「我々は、これまで行われてきた政治に断固物申すわけです!」

 演説をしている男は、大柄でかなり威圧的だ。

「みなさんの、生活をよくするために、消費税をゼロに、いや、マイナス十パーセントにします! つまり、買い物をするたびに十パーセントのお金をもらえるということです!」

 男は自分の言っていることに、自らが酔ってしまっているのか、恍惚の表情を浮かべていた。

「マジ、なんかスゴくない? 買い物したら十パーセントもらえるんだって」

 そんな若い女の声が聞こえた。

「あんなの言ってるだけだよ。できるわけねえだろ」

 その彼氏だろう男が言った。

「なあだ。そらそうよね」

 そのカップルは、通り過ぎた。

 岡田は、さっきからその演説を路上で聞いていた。

 いや、正確には聞いていたのではなく、騒音に迷惑していた。

 岡田は、街宣車が停まっているすぐ前のビルで仕事をしている。仕事はデザイナーで、事務所に籠ってデザインをするのが仕事だ。

 だから、こんな風に目の前で演説をされてはたまらない。ましてや、ここは駅前とかではない。普通のオフィス街だ。

「みなさん、いい加減いまの政治には飽き飽きしているでしょう! いまこそ立ち上がるべき時なのです!」

 男は拳を振り上げて熱弁を続けているが、まったく誰の耳にも届いていないようだ。

 それもそうだろう。

 これだけがなり立てれば、演説というよりも単にうるさい騒音でしかない。

 演説をしている本人はわからないのだろうか。

 岡田はそんなことを思った。

 この街宣車は、週に三回ぐらいは来て、いつもこの調子で一時間ぐらい演説をする。

 岡田はそのたびに仕事ができなくなっていた。

 もうかれこれ、そういうことが一か月ぐらい続いているのだ。

「来るべき衆議院選挙の際は、ぜひ我らが国民革新党のことを思い出してください。みなさんのための政党、国民革新党です。みなさんの利便性向上のために頑張ります! 環境保護を推進します!」

 だったら、静かにしてくれ。

 岡田は耳を押さえた。

 仕事は締め切りが迫っているのだ。

 岡田は、これまで我慢をしてきたが、辛抱たまらず街宣車のところへ行った。そして、他でやるように言った。

「なに? うるさい。どういうことですか? 私はみなさんのことを思って、社会をよくしようと活動しているのです。あなたは政治活動を妨害するのですか?」

 演説をしている男は、そんな風に言ってきた。

「いえ、別にあなたがたの活動をどうこう言ってるんじゃないんですよ。ただ、私も仕事しないといけないので、他でやってもらえないかって言ってるんです」

 岡田は腹立たしかったが、冷静さを失わずに言った。

 すると、

「みなさん、この男は私が社会をよくしようと活動しているのを妨害しようとしています。こういう既得権者に負けてはいけません!」

 と、マイクを通して大きな声で言うのだった。

「ちょ、ちょっと、やめてくださいよ」

 岡田は慌てて止めようとしたが、国民革新党のスタッフらしき男が現れて、制止された。しかも、そのスタッフは睨みを利かすようにして、まるで恫喝である。

 岡田はその様子に引きさがるしかなかった。


 翌日、また同じように街宣が始まった。

 岡田は、耳栓をした。しかし、マイクのがなり声は防ぐことができなかった。

 仕方がないので、仕事を中止して事務所を出て静かな喫茶店で休憩をすることにした。

「あれ、岡田さん。こんな時間に珍しいねぇ」

 マスターが声をかけてきた。この店はいつもモーニングを食べに来ているので顔馴染みだ。

「マスター、聞いてくださいよ。前にもちょっと話したことあると思うんですけど、また今日も街宣に来てるんですよ」

「ああ、あれか。しつこいねぇ。困ったもんだよ。うちに来るお客さんでも迷惑がっている人が結構いるよ」

「そうなんですね。ああいうのって警察はなにもできないんですかね?」

「どうなんだろう。でも、政治活動っていう名でやられると警察も手を出しにくいのかもなぁ」

「そういうこともあるのかもしれないですねぇ。もしなにかできるなら、とっくに手を打ってくれてるでしょうしね」

「まあ、そのうちやらなくなると思って辛抱するしかないかもしれないねぇ。辛いだろうけど」

「うーん、でも僕も仕事があるんで、あまり悠長なことも言ってられないんですよ」

 岡田はスケジュールを確認して、納期がいつなのか確認した。


 それからも、たびたび街宣車は来た。

 岡田はそのたびに事務所を出て、休憩を余儀なくされた。

 しかし、もうそろそろ仕事の締め切りが近い。

 それに、そもそも自分の事務所からどうして逃げないといけないのかという思いもある。

 

「みなさん、この国の政治は腐っています! このままでは我々の生活は立ち行かなくなるでしょう! そうなる前に改革が必要なのです! 大手企業の言いなりになってはいけません! マスコミなんて嘘しか言わないし、私以外の政治家も嘘ばかりつくのです!」

 街宣車は今日も騒音を発していた。

 岡田はそれを事務所の窓から見た。

「はぁ、どうしたらいいんだ。このままだとノイローゼになりそうだよ」

 岡田としては、仕事を中断しないといけないのは確かだったが、仕事をする時間を夜にするとかすれば、解決できない問題でもない。

 しかし、あの連中のせいで、そんな風に仕事をする時間を変えるのが腹立たしかった。

 どうして、自分の方がそんなことをしないといけないんだという思いがあったのだ。安くない家賃も毎月払っているのにだ。

 しかし、あの連中にそんなことを言っても聞くような連中でないことは、前のことでわかった。

 それだけに、岡田としては悩ましかった。

 いまは窓から街宣活動をしている連中を、忌々し気に見るしかなかった。だが、そんなことをしていても仕方がないと、椅子に座った。

 その時だ。

「ワアアアアア! な、なんだあれは?」

 と突然、マイクで叫ぶ声が聞こえた。

 岡田はなにがあったのかと立ち上がり、窓から外を見た。

 すると、街宣車の横に巨大なガマ蛙がいた。

「お、おい、なんだ! いったいどうなってるんだ!」

 男がマイクで叫ぶ。

 その軽自動車ぐらいあるガマ蛙は、突然跳ねたかと思うと、街宣車の横に体当たりした。

 すると、街宣車はあっさりと横転した。

 ガシャーンと大きな音を立てて倒れ、窓ガラスが砕けた。

 車の屋根に乗って演説していた男は、道路に投げ出された。

 その投げ出された男を、ガマ蛙はパクッと飲み込んでしまった。

 道路上はパニックである。

 通行人も大慌てで逃げ出した。

 それを岡田は窓から見ていたが、あまりのことに思考が追い付いていなかった。

 ガマ蛙は、男を飲み込むとそのままスーッと消えていなくなった。後には白い煙だけが残った。

 その時、岡田はハッとして警察に通報した。

 しばらくするとサイレンとともにパトカーが来た。

 岡田は来た警察官にあれこれ事情を訊かれたので、見たままを答えた。

 しかし、警察官は岡田の話を信じている様子はなかった。だが、他の目撃者に訊いても同じような内容なので、処理に困っている様子だった。

 街宣車は横転し、男が一人行方へ不明になったが、警察としてはどうしようもないだろう。

 ガマに喰われた男がどうなったのか、どこへ行ったのか、わかるものはどこのにもいない。


 それ以来、街宣車は来なくなった。

 ニュースによると、国民革新党は解散したということだ。党首がいなくなったことで、急にまとまりがなくなったようだ。

 岡田は、また静かに仕事ができるようになった。


 

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問題はガマ蛙におまかせ 散々人 @sanzanjin

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