ストーカー
「もう俺たちは終わるしかないよ」
竜星は理央に言った。
「嫌よ。私は別れたくない」
理央は大きく左右に首を振った。
「そんなこと言っても、お前は他の男とも遊んでいるようだし」
「でも、あれは遊びで、本気じゃないの」
「本気じゃないって言われても、俺からしたらどっちでも一緒だよ。とにかく俺はもうお前との付き合いに疲れた。これで終わりだよ。もう二度と連絡はしないでくれ」
竜星はそう言って理央を置いて帰った。
理央は泣いていたが、もうそういう姿に対しても、同情する気もなかった。
竜星と理央は付き合って一年だったが、以前からちょくちょく理央は他の男とも遊んでいた。それについて尋ねると、理央はいつも「ごめんなさい、出来心でつい……」と言うのだった。
竜星としては、その都度怒っていたのだが、反省しているようなので許してきた。
だが、もうそれも無理だった。
と言うのも、今回、理央がマッチングアプリで男を物色しているのを知ってしまった。
出来心どころか、積極的に相手を探していたのだ。
竜星は問い詰めたが、勝手に誰がアカウントを作っただけだと、すぐに分かるような嘘をついて逃れようとした。
竜星はあきれた。
すると、終いには理央はシクシクと泣きだすのだった。
これまで、そうなると許してきたが、今回はもう許す気はなかった。
竜星も理央もそれぞれ来年には三十歳になる。
竜星としては、もう遊びの恋愛ではなく、本気の相手を求めていた。
しかし、理央は違ったようだ。
竜星は理央を諦めて他を探すことにしたのだ。
そして「別れるのは受け入れるけど、最後に一回だけ会って欲しい」と理央に言われて、今日会ったのだが、受け入れるどころか、しつこく食い下がったのだ。
それで竜星ははっきりと言うしかなかった。
やっと終われた。
竜星としては理央と別れてホッとした。
気持ちが軽くなったのだ。
別れて初めて、理央との付き合いがこんなに心の負担になっていたのかとわかった。
数日後、理央から連絡があった。
どうしてる? 私寂しいわ。あなたも寂しいでしょう?
という内容だった。
竜星は目を疑った。あれほどきつく言ったのに、まったく反省の色がないようだ。
連絡をしてくるなと言ったはずだ。
竜星はそれだけを返した。
すると理央から、
もう、無理しなくてもいいのに。私に会いたいでしょう?
と頓珍漢な返信が来た。
竜星はバカバカしくなり、それは無視した。
翌日、また理央から連絡が来た。
今日、家に行ってもいい?
いいわけがなかった。
竜星はすぐに返信した。
ダメに決まってるだろ!
それに対しては理央から返信はなかった。
だが、翌日また連絡が来た。
いまなにしてるの?
竜星は無視した。
すると翌日、また理央から連絡が来た。
他に好きな人ができたの? それで別れたいなんて言ってるのね。
と、的外れのことを言ってくる。
竜星はそれに対して、
他に好きな人とか関係ない。お前のことが嫌いになったんだ。
と返した。
すると理央から、
嘘よ。私を嫌いになるなんておかしいわ。
無理にそんなこと言わなくてもいいのよ。
というような内容が届いた。
竜星はなんだか薄気味悪く感じた。それで、理央からのメッセージをブロックすることにした。
数日後、竜星が仕事を終えて帰宅すると、マンションの玄関の前に理央がいた。
「あ、お帰り。待ってたのよ」
と笑顔で言うのだった。
「ちょ、ちょっとどうして来たんだよ。お前とは別れたんだ」
「そんなに頑張ることないのよ。私と別れたいなんて嘘なんでしょう。私も悪かったわ。反省していまは他の男とは誰とも会ってないの」
「そんなことはもうどうでもいいよ。とにかくお前とは別れたんだ。帰ってくれ」
そう言って、竜星は理央を追い返した。
竜星は怖くなった。これがストーカーというものかと思った。
翌日、竜星は仲良くしている同僚にそのことを相談した。
「しかし、男の方がストーカーされた方が、女がストーカーされるよりもマシなんじゃないの?」
と気楽なことを言った。
「それは、確かに男のストーカーの方が怖いとは思うよ。でも、女のストーカーも怖いぞ。お前も実際にこんなことされたらわかるはずだよ」
「そんなもんかねぇ。まあ、確かに家に帰った時に別れた女がいたら嫌だろうけどな」
「嫌なんてもんじゃないよ。俺はもうまったくその気がないのに、相手はその気があるって思ってるんだぞ」
「お前がハッキリ言わないのが悪いんじゃないのか」
「俺はハッキリ言ったよ。でも、まったくダメなんだよ」
「でも、これがいつまでも続くってこともないだろうよ。だって、相手だって大変だぜ。連絡したり家に来たりさぁ」
「まあ、それは俺も思ってるよ。これを続けるなんてことはないとは思いたいけど、なんか不安なんだよなぁ」
その日、仕事を終えて帰ると、また理央がいた。
「お帰り。今日も仕事お疲れ様。お腹空いてると思って料理の材料を買ってきたの」
理央がそんなことを言う姿が、ますます怖かった。
「もう一度言うぞ。俺とお前は別れたんだ。俺はお前を好きではない。帰ってくれ」
「もう、そんなこと言ってもダメよ。竜星の本心を私はちゃんとわかってるんだから」
「うるさい。帰らないと警察を呼ぶぞ」
「わかったわ。そんなに言うのなら今日は帰るわ。これ、自分で料理して食べてね」
「いらないよ。持って帰ってくれ!」
竜星は理央の差し出したレジ袋を払うようにして家に入った。
それからも毎日のように理央は来た。
警察を呼ぶと言っても、まったく効果はなかった。そして、実際に警察を呼ぼうとするとあっさりと帰っていくので、逆にどうしようもなかった。
竜星は疲れ切っていた。仕事もままならなくなっている。
「おい、大丈夫か?」
同僚が心配してくれるが、どうにもならなかった。
「俺はどうしたらいいんだ」
「彼女、まだ来るのか?」
「ああ、そうだ。悪夢だよ」
「警察に相談したらどうだ?」
「実は相談したんだ。一応、被害届は受け取ってくれたけど、なんにもしてくれないんだよ」
「それなら、どうにもならないなぁ」
「はあ、これからどうなるのか……」
竜星はため息しか出なかった。
そして、その日家に帰ると、やはり理央が来ていた。
竜星はもうかける言葉もない。
手を振って追い払うようなしぐさだけをした。
「もう、わがまま言わないで。あなたのために私は頑張ってるのよ」
理央はますます見当違いのことを言うのだった。
竜星はそれを無視して、ドアを開け家の中へ入ろうとした時だった。
「キャアアア!」
理央が悲鳴を上げた。
何事かと思い、竜星が振り返ると、そこには巨大なガマ蛙がいた。マンションの廊下にギチギチに挟まるようにしているのだ。
いったいどこから来たのかわからないが、突然現れた。
「な、なんだ!」
竜星は驚いて腰が抜け、玄関口で倒れ込んだ。
すると、ガマ蛙は大きな口を開け、パクッと理央を頭から飲み込んだ。そして、すぐにペッと唾を吐くようにして吐き出した。
吐き出された理央がマンションの廊下に転がる。
竜星はその間、なにもできずにただ眺めているだけだった。
すると、ガマ蛙はそのままスーッと消えた。そして後には白い煙が残った。
「なんだったんだ、いまのは?」
竜星は呆然としていた。
「アハハハ、アハハハ」
理央の笑い声が聞こえてきた。
理央はガマの口の中にいったん飲み込まれたので、ガマの唾液で全身ぐっちょり濡れていた。
「アハハハハ、ああああ、ハハハハ」
理央の様子がおかしかった。
笑い声はほとんど奇声に変わっていた。
そして、奇声を発しながら、マンションの廊下を走り、そのままどこかへ消えてしまった。
竜星はなにが起こったのか理解ができず、頭の整理がつかなかった。
数日たった。
あれ以来、理央が来ることはなくなった。
噂によると、理央は気がおかしくなり精神病院に入院することになったそうだ。
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