第十三話 意味なくメロメロです


その日の放課後、図書室で本を読んでいた俺の前に、アメリア・フォン・レイヴァールがひっそりと現れた。

彼女は伯爵家の長女で、マルセルの幼馴染だが、普段は控えめで人前で話すことは少ない。


「アルヴィン様……少し、お話を伺いたくて」

声をかけてきた彼女は、どこか緊張した面持ちで、手に持った本をぎゅっと抱きしめていた。


「ん? 俺に何か用事か?」

俺は思わず姿勢を正す。アメリアの礼儀正しさと気品には、無意識にこちらも構えてしまうものがある。


彼女は一瞬だけ迷うように視線をさまよわせたあと、静かに座って俺を見つめた。

「……アルヴィン様は、マルセル様と親しくされていると伺いました。それで……その、少しご相談したいことがあって」


「マルセルと? ああ、最近よく模擬戦とかに誘われるけど……それがどうかしたのか?」

俺がそう尋ねると、彼女の顔が一瞬赤く染まり、すぐに俯いてしまった。


「実は……マルセル様にどう接すれば良いのか、わからなくて……」

「どう接する、って?」


彼女はしばらく言葉を探していたが、やがて思い切ったように話し始めた。

「子供のころから、マルセル様にはずっと護衛として支えていただきました。でも、最近は……護衛としてだけでなく、もっと個人的な関係を築きたいと考えるようになりまして……」


「えっと、それってつまり……」

俺が何か言おうとすると、彼女は慌てたように手を振った。


「いえ、そんな、ただの憧れかもしれません。でも、どうしても彼に気持ちを伝える勇気が持てなくて……」


(いや、これ、完全に恋の相談だろ!)


俺は内心焦りながら、なんとか冷静を装って答えた。

「それで、俺にどうしてほしいんだ?」


「アルヴィン様はマルセル様と仲が良いと伺いましたので……マルセル様がどういうことに気づきやすいのか、教えていただけないかと……」

彼女は恥ずかしそうに俯きながら言葉を続けた。


「私……護衛として接しているだけでは、彼にとってただの仕事相手としか思われないのではないかと、不安なんです」


彼女の切実な様子に、俺は思わず唸った。

「うーん、マルセルって案外、鈍感だからな……」


「やはり、そうなのですね……」

アメリアは小さくため息をつきながら、手元の本をぎゅっと握りしめた。


「でも、彼が鈍感なのは悪意があるわけじゃない。むしろ、彼なりにアメリアさんのことをすごく大事に思ってるんだと思うよ」

俺がそう言うと、彼女は驚いたように顔を上げた。


「そうでしょうか?

マルセル様が私を慕ってくれるなんて、あり得ないとしか……」

「うん。ただ、彼に気づかせるには、もっと直接的な行動が必要かもな」


俺は苦笑しながら言葉を続けた。

「例えば、今度の休日とかに、護衛じゃなくて普通に一緒に出かけるとかさ。いつもと違う雰囲気を見せれば、彼だって気づくかもしれない」


アメリアの顔が少し明るくなったように見えた。

「……それなら、少し勇気を出してみます」

「頑張ってみなよ。マルセルもお前さんの気持ちを知れば、きっと向き合ってくれるはずだからさ」


俺の言葉に、彼女は小さく頷いた。

「ありがとうございます、アルヴィン様。お話を聞いていただけて、本当に心が軽くなりました」


彼女の柔らかな笑顔に、俺もつい笑顔で返してしまう。

「ああ、どういたしまして。でも、俺のことは呼び捨てでいいよ。あんまり堅苦しいのは苦手だし」

俺がそう言うと、アメリアは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、やがて小さく頷いた。

「……わかりましたわ、アルヴィンさん……いえ、アルヴィン」


その控えめながらも勇気を振り絞った返事に、俺は少し嬉しくなった。

(まあ、そのうちマルセルも気づくかな……それが早いか遅いかだけの問題だろ)

そんなことを考えながら席を立とうとしたとき、不意に視線を感じて振り返る。


本棚の陰から、マルセルがこちらを見ていた。

その目には明らかに複雑な感情が宿っている。やがて彼は気まずそうに目をそらし、図書室を出ていった。


「あ、あの……マルセル様……」

アメリアが小さな声を漏らし、慌てて追いかけようとする素振りを見せたが、途中で立ち止まり、戸惑ったように俯いてしまった。


(……これじゃあダメだろ)


「俺が呼んでくるよ」

「え……でも……」

彼女が驚いた顔で俺を見つめる。俺は軽く手を振り、「大丈夫、大丈夫」と言いながら図書室を出てマルセルを追いかけた。


マルセルは人気のない中庭のベンチに腰を下ろしていた。その姿は、まるで自分の中で何かと闘っているように見える。表情は暗く沈んでいたが、その瞳にはどこか決意のようなものが宿っていた。



「マルセル」

俺が声をかけると、彼は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐにその驚きを隠し、覚悟を決めたように立ち上がった。


「アルヴィン……何か用か?」

その声は平静を装っていたが、微妙な緊張感が滲んでいる。


俺は彼の隣に腰を下ろし、単刀直入に切り出した。

「アメリア嬢が気になってここに来たんだろう?」


その問いに、マルセルは少し眉をひそめ、視線を地面に落とした。しばらくの沈黙の後、ぽつりと答えた。

「……ああ」


その返事に、俺は内心ため息をつきながらも、慎重に言葉を選んだ。

「お前、自分がどう見えてるか、わかってるのか?」


マルセルは俺の言葉を聞いて、一瞬顔をしかめたが、次の瞬間には手を挙げて制した。

「待て、アルヴィン。何も言うな……わかってるんだよ」


彼の声は低く、言葉に重みがあった。


「アメリアが、お前を慕ってるのは気づいてる……いや、あんな風に目を輝かせて話してるのを見て、気づかない奴なんていないさ」

彼は苦笑しながらそう言ったが、その表情はどこか寂しげだった。


「それでも俺には、素直に祝福することなんてできない」


俺はその言葉に、少し驚いた。マルセルは平静を装いながらも、確かに揺れているのがわかったからだ。


「護衛としてずっと一緒にいたんだ。俺の仕事はあいつを守ることだ。それだけでよかったはずだ」

彼はそう言いながら、握りしめた拳をゆっくりと開く。その仕草が、どれほどの迷いと葛藤を抱えているかを物語っていた。


「それに……」

彼は言葉を切り、視線を遠くに向けた。


「それに?」

俺が促すと、彼は少し苦笑し、目をそらした。


「俺みたいな鈍い奴が、あいつを幸せにできるとは思えないんだよ」


その言葉を聞いて、俺は思わず噴き出しそうになった。

(……いやいや、何だよこれ。両思いじゃないか!)


「それ、本気で言ってるのか?」

「当たり前だろ!」

マルセルがむっとした顔で言い返してくる。その真剣さが、逆におかしくて仕方なかった。


俺は肩をすくめながら、少し言葉を強めた。

「でもさ、アメリア嬢も同じことを思ってるぞ」


マルセルの表情が一瞬で固まる。


「『マルセル様が私を慕ってくれるなんて、あり得ない』ってな。あいつ、お前が幸せになるならそれでいいって、本気で思ってたぞ」


その言葉に、マルセルは信じられないような目をして俺を見つめた。

「……嘘だろ?」

「いや、マジだ。あいつ、自分の気持ちを押し殺して『マルセル様にはもっとふさわしい方がいる』とか、完全に片思いのテンプレみたいなこと言ってたぞ」


マルセルはしばらく俺を凝視したまま言葉を失っていたが、やがて震えるように息を吐いた。


「……本当に?」

その問いには、いつもの強気なマルセルらしからぬ、不安げな響きがあった。


「本当だ。お前がそう思ってるのと同じくらい、彼女もお前を想ってる」


俺の言葉に、マルセルはしばらく沈黙していたが、やがて何かを決意したように深く頷いた。


俺は苦笑しながら立ち上がり、手を差し出した。

「いいから行けよ。アメリア嬢がお前を待ってる」

「……でも、俺に何ができる?」

「アメリア嬢にとって、お前がそばにいることが何よりの幸せなんだよ。それだけだ」


「……そうか。なら、俺も逃げちゃダメだな」


しばらく逡巡していたマルセルだが、静かに立ち上がると、俺の手を握ってきた。

「ありがとう、アルヴィン……」

俺、アメリアに会ってくる」


ぐっと握り返してきたその手のひらは、さっきまでの迷いが嘘のように力強かった。俺は小さく笑いながら、手を振って彼を送り出した。


「お前、やっぱり俺にとって一番のライバルだな」

「……なんでそうなるんだよ」


(やれやれ、これで一件落着……かな?)



アメリアとマルセルの関係がひと段落し、ほっとしたのも束の間、学園内でアメリアの恋愛成功がささやかれるようになった。特に、彼女が「アルヴィンのおかげ」と何度か話したこともあり、気づけば「恋のキューピッド」として俺の名前が広がり始めていた。



昼休み、食堂の片隅で昼食を取っていると、またしても視線を感じた。

顔を上げると、一人の上級生の女性が、遠慮がちにこちらを見ていた。


「えっと……アルヴィンさん、少しよろしいでしょうか?」

控えめな声に、俺は「またか……」と心の中でため息をつきつつ、顔を向けた。


「ん? ああ、どうぞ。俺に何か用?」

その問いに、彼女――シャーロット・エドワーズは少し頬を赤らめながら席に着いた。


「実は……アルヴィンさんに、ご相談があって参りました」

彼女は少し緊張しながらも真剣な表情を浮かべている。俺はため息をつきながら、話を促した。


「相談って、どんな話?」

「その……」

彼女は少し言葉を詰まらせたあと、意を決したように言葉を続けた。


「私、好きな方がいるんです。でも、どうしても勇気が出なくて……アルヴィンさんにお力をお借りしたいんです」

「俺に?」


正直、恋愛相談に巻き込まれるのはもう慣れてきたが、やはり少し面倒だ。しかし、彼女の切実な表情を見ると断るわけにもいかない。


「それで、好きな人っていうのは?」

俺が尋ねると、彼女は少し躊躇したあと、ぽつりと名前を口にした。


「ロイ・ベネット様です……」

「ああ、ロイか……って、ロイ?」

俺は思わず確認する。シャーロットは少し戸惑いながらも、説明してくれた。

「えーと、レオンハルト様と良く一緒にいらっしゃる方で、不良っぽい雰囲気で怖がられることも多いですけど、実は優しい方なんです。

私みたいに目立たない人間にも、ちゃんと気を遣って話しかけてくれるし……

それに、とても頼りがいがあって……」


彼女の言葉を聞いて、俺は複雑な気持ちになった。

なるほど、入学初日に俺に絡んできた不良グループの一員か。

だが、よくよく思い返してみれば、他のメンバーほど荒っぽくはなく、少し浮いているような印象の生徒が居たような気がする。


「ふむ……でも、ロイって確か不良グループの――」

俺が言いかけると、シャーロットは慌てて首を振った。


「それが、最近ではあのグループに馴染んでいないみたいなんです。

本当は抜けたいけど、どうしていいかわからないって……私、そんなロイ様を見てると放っておけなくて……」


その言葉に、俺はロイへの印象が少し変わった。そして、彼女の真剣な想いを前にして、少しだけ心が動かされる。


「わかった、とりあえず話を聞いてみるよ」

俺がそう答えると、シャーロットは嬉しそうに笑顔を見せた。


「ありがとうございます!」



その日の放課後、ロイがよくいるという訓練場の隅に向かった。そこには、壁にもたれながらぼんやりしている彼の姿があった。


「よ、先輩」

俺が声をかけると、彼は驚いたように顔を上げた。


「アルヴィン? なんでお前がここに?」

彼は警戒するような目を向けてきたが、その視線にはどこか疲れたような色も感じられた。


「いや、ちょっと話があってな」

俺は適当に答えながら彼の隣に腰を下ろした。そして単刀直入に切り出す。


「先輩。あのグループにいるの、本当に楽しい?」


その問いに、ロイは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに視線を逸らした。


「別に……まあ、他に居場所がねえからだよ」


その言葉に、シャーロットの話が正しいことを確信した。


「でも、本当は抜けたいんだろ?」

俺がそう言うと、彼は少し肩をすくめて苦笑した。


「お前、何が言いてえんだよ?」

「あんたを気にしてるやつがいる。

シャーロット・エドワーズって知ってるだろ?」


その名前を出した瞬間、彼は明らかに動揺した様子を見せた。


「シャーロット……あの優しい子か?」

「そうだよ。その彼女があんたを気にしてる」


俺がそう告げると、彼は一瞬目を見開いたが、すぐに視線を落とした。


「冗談だろ……俺みたいなやつを?」


その声には、信じられないという気持ちと、自分を低く見るような思いが込められていた。


「冗談じゃないさ。

彼女はあんたがあのグループで浮いてるのも、抜けたいと思ってるのも、全部見抜いてる。

だから、彼女の気持ちを信じてみろよ」


俺の言葉に、ロイはしばらく黙り込んだあと、小さく頷いた。

「……わかったよ。シャーロットと話してみる」



翌日、シャーロットにロイが話すつもりだと伝えると、彼女は驚きつつも嬉しそうに頬を赤らめた。

「本当ですか……! でも、私、本当にうまく話せるでしょうか……」

「大丈夫だよ。お前の想いをちゃんと伝えれば、ロイもわかってくれるさ」


彼女の肩を軽く叩きながら、俺は心の中で次の展開を期待していた。


(これでまた一つ、人助けができたかな)


その後、ボコボコになったロイとシャーロットが、それでも二人ともうれしそうな顔で俺に礼を言いに来た。

ちなみにこの世界では恋愛を取り持つ存在を「月下の縁結び」と呼ぶ。どうやら、俺はまたしてもその役割を果たす羽目になったようだ。



二組ものカップル成立という噂は瞬く間に広がり、気づけば俺のもとに次々と恋の相談が舞い込むようになった。


最初は軽い冗談だと思っていたが、本気で相談に来る連中の目を見ると、どうにも断りきれない。そんなわけで、俺は毎日のように様々な恋の悩みに耳を傾ける羽目になっていた。


例えば……


エリック・ハワード。

二年先輩だが、いきなりやって来ると、挨拶もそこそこにこんなことを聞いてきた。

「アルヴィン君、相手は騎士団候補生なんだけど、どう接したらいい?」

「……女性候補生ですよね」

彼は当然と言った感じで肯く。

「えっと……訓練内容とか同じように試してみたらどうです?

共通の話題ができれば自然と仲良くなれると思うよ」

俺の結構適当なでっち上げ意見に対してエリックは真剣に頷き、さっそく訓練内容を調べて挑戦。

努力を重ねた彼を見た騎士団候補生が、その熱意に感銘を受け、なんだかんだで仲が進展したらしい。


そんな調子で次々と相談が舞い込み、俺は毎度毎度、適当にアドバイスするたびに感謝される。もちろん、俺に恋愛の専門知識なんてない。ただ、適当に思いついたことを言ってるだけなのに。

……無能アピールのつもりで回答したから、罰が当たったのか?


ある日、俺は食堂の机に突っ伏し、ぐったりしていた。次々と舞い込む恋の相談に疲れ切っていたのだ。そんな俺の前に、リヴィア、セリーナ、エルザの三人が現れた。


「レオンさん、最近とても人気みたいね」

セリーナが切り出した声は穏やかだが、その瞳にはどこか警戒心が漂っている。


「そうそう、恋の悩み相談が日課になるなんて、あなたって意外と頼られてるのね」

リヴィアが微笑むも、どこか挑発めいた口調だ。


「お兄様、本当にすごいです! でも、なんでそんなに相談されるんですか?」

エルザは無邪気に首を傾げつつも、リヴィアとセリーナをちらりと見やる。


「いや、俺だって聞きたいよ。なんでこうなってるんだか……」

「てか、なんでお兄様?」

「お嫌ですか?」

「いや、そんなことないよ。可愛い子にそんな風に言われたら、誰だって嬉しいに決まってるって」


俺の答えに、三人の視線がじわりと鋭くなった気がする。


「もしかして、アルヴィン様がその気にさせてるんじゃないですか?」

セリーナが少し険しい声で問いかける。レオンさんで無い呼びかけに、俺は慌てて顔を上げた。


「ちょ、ちょっと待て! 俺にそんなつもりはない!」


必死に否定する俺を見て、セリーナが小さくため息をついた。


「まあ、そうでしょうね。鈍感なアルヴィンのことだもの。

でも、そういうところが、皆に信頼される理由なのかもね」


リヴィアの言葉に、セリーナが少しむっとした表情を見せる。


「それでいいわけないでしょう?

レオンさんが周囲に振り回されてるだけじゃありませんか!」


エルザも負けじと明るく口を挟む。


「でも、そういうお兄様だから、皆さん相談しやすいんだと思います!」


三人が微妙に牽制し合いながら会話を続ける中、俺はひたすら机に突っ伏したままだった。


(……やっぱり、これどうにかしてくれないかな)


食堂に響く三人の声は、俺の疲労をますます増幅させていった。


だが、さらなる問題が待っていた。


「アルヴィン君。君が『月下の人』だね」


いきなり背後から声がかかり、顔を上げると、そこには学園の魔法講師の一人、ミルズ先生が立っていた。


「え、何の話ですか?」

俺が戸惑っていると、彼は少し居心地悪そうにしながら椅子を引き、俺の向かいに座った。


「実はね……いや、君には少し相談に乗ってもらいたい」

「先生が、俺に?」

「うむ。話せる相手がいなくてね。あ、三人はちょっと席を外してくれると嬉しいな」

リヴィア達三人が席を外して廊下のほうに行くと「私が、ある女性に好意を抱いていることは秘密なんだが……」と話し出す。


その言葉に、俺は頭を抱えた。

(先生まで恋の相談かよ……)


立ち去った所に、三人が戻ってきたので、「ちょっと個人的に相談に乗って欲しいって言われて」と答える。

「でも、お兄様、すごいです! 先生から頼りにされるなんて」

エルザも無邪気に笑うが、隣のリヴィアとセリーナは微妙に不機嫌そうだ。

「全く、アルヴィン様は余計なことに巻き込まれすぎです」

セリーナが冷たく言うと、リヴィアが口を挟む。

「でも、アルヴィンが優しいから頼られちゃうんじゃない?」

「いやいや、そんなことないだろ!」

俺は慌てて否定するが、彼女たちの視線はどこか鋭く、逃げ場がない。


(頼むから、もう勘弁してくれ……)


三人の間で火花が散る中、俺のぐったり具合は限界を迎えていた。


数日後、例の話がどういうわけかリリス、アニス、そしてフィオーレの耳に入っていた。


「アル君、先生の恋まで手助けしてるんだってね。今度はどんな月下の縁結びっぷりを見せたの?」

リリスが半笑いで、どこか楽しげに問いかけてくる。


「おい、さすがに先生までとなると責任重大だぞ。しくじるなよ!」

アニスはいつものように威勢のいい声だが、その目は好奇心に満ちている。


「でも……もし学園長に知られたら大変なことになるのでは?」

フィオーレが眉をひそめながら心配そうに口を挟む。


「え、流石にそこまでは知られてないだろう……」

俺がそう言いかけた瞬間――


「ふむ、そうとは限りませんね」


不意に厳かな声が響き、一同が驚いて振り向く。そこには学園長が立っていた。


「「「学園長!?」」」


リリス、アニス、フィオーレ、そして俺までが声を揃え、驚愕する。


学園長は静かに歩み寄りながら、厳しい視線を俺たちに向ける。


「アルヴィン君、話は聞いていますよ。ここは学園です。恋愛相談所ではありません」


鋭い一言に、俺たちは揃ってしゅんと肩を落とした。


「しかし……洞察力や観察力、そして的確な判断力は称賛に値するものですが、ここまで周囲に影響を与えるとは思いもしませんでしたね」


学園長の言葉は、厳しさの中にどこか感心の色が混じっている。だが、それでも最後にしっかりと釘を刺すのを忘れない。


「とはいえ、度を超してはいけません。恋愛に関する通達を出すつもりです。これ以上は学園の秩序に支障をきたしますからね」


そう言うと、学園長は静かにその場を後にした。その後ろ姿を見送りながら、俺たちはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。



学園長が去ったあと、リヴィアたちが疲れた表情で俺に向き直った。


「本当に……どうしてこうなるのかしらね?」

リヴィアがため息交じりに呟く。


「レオンさん、恋愛相談に答えるのはいいですけど……もう少し控えた方がいいのでは?」

セリーナがじとっとした目で俺を見てくる。


「お兄様、誰かの相談に乗るのも大事ですけど、ちゃんと自分の気持ちも考えないとダメですよ!」

エルザは少し拗ねたように頬を膨らませながら言う。


三人は顔を見合わせ、息を揃えて口を開いた。


「「「……鈍感すぎるんです!」」」


「えっ、俺のせい!?」


思わず叫んだ俺に、三人は揃ってため息をついた。

(いやいや、これ絶対俺のせいじゃないだろ……)

俺は内心でそう反論しつつも、三人の視線に完全に押されてしまった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る