第十二話 当人知らずにお見合いです
休日の午後、庭園で義弟のカインと妹のフィオーレがやってきた子供たちと遊ぶ様子をぼんやりと眺めていた。修道士たちが連れてきた見習いの子たちや、芸術家が自分の兄弟姉妹とかで、結構大所帯だ。
庭の大名庭園部分には芝生で開放感がある場所を作っており、そこで走り回っている。
大司教様なんて、「いきなり光を見た瞬間、神の御心を感じた」とか感動してたけど、日本三名園の一つに習っただけだったりする。
しかし別邸の庭園も、以前はただの寂れた空間だったが、今で俺よりも若い子供たちの声が響き渡り、明るい空気に包まれている。
二人は俺が学園に入学後は二週間に一度は必ず遊びに来るのだが、それに合せて平日は断っている印象派の連中や修道士や修道女と言った聖職者も、そのタイミングなら断らない(いや、断れない)と知っているので 、勝手知ったる他人の家とばかりにやってくるので、毎回結構な大所帯になる。
その度に庭師が手入れをしたり、来客用の食事や消耗品の購入が増えたりと、地元の経済にも微妙に良い影響を与えている。
さらに、別邸は主都からの距離が最適ではないものの、行商人たちにとって宿泊や休憩するのには許容できる位置にあり、整備状況も悪くないことから利用者が増えつつあった。地元商人たちは「行商ルートに便利な拠点が増えた」と喜んでおり、この経済効果は小さくない。俺としては「これはカインの功績だ」ということで押し通している。
そんな賑やかな午後に、義母が久しぶりに別邸を訪れた。普段義弟や妹が来るときは屋敷の外から見送るだけだったが、今日は直接足を運んできたらしい。
義母――リディア・エヴァンジェリン・フォン・ヴィンターハルトはいつものように、整ったメガネ姿と大人の色香を漂わせる落ち着いた雰囲気で現れた。その姿はまさに「出来る女上司」を地で行くもので、俺は内心で警戒心を強めた。最近、この人が俺に話を切り出すときは、大抵ロクでもない話が多い。
例えば、「主都で貴族子女の間に不思議な人気があるらしいわね」などと意味深な言葉を残しつつ、主都の貴族社交界に引っ張り出そうとしたり、「この別邸が良い評判を集めているらしいから、今度ここでお茶会を開くのはどうかしら」などと、まるで別邸のオーナーが俺であるかのように話を進めてきたりと、油断ならない。しかも彼女の提案は断りにくい妙な説得力があるので、余計に困るのだ。
そして最大の問題は……彼女が俺の好みのど真ん中ってとこだろう。眼鏡含めて。
今回もまた、何か厄介な話を持ち込んできたのではないか――そんな予感を抱きつつ、俺は義母に向き直った。
「アルヴィン、少し話があるの」
「また妙な話じゃないよね?」
軽く流すように言った俺に、義母は柔らかな笑みを浮かべながら告げた。
「お見合いの話が来たのよ。あなたに」
その言葉に、俺は内心「やっぱりロクでもない話だ!」と叫びつつも、外面だけはなんとか冷静を装った。
「俺にお見合い?……義母さん、俺はまだ学生だよ?」
「ええ、だから正式なお話というわけではないの。ただ、ある家から非常に興味を持たれていてね。先方がどうしてもあなたに会いたいそうなのよ」
義母は余裕たっぷりの笑みを浮かべながら説明を続けた。
「相手は侯爵家の令嬢よ。賢くて才気にあふれた娘だそうよ。それにね……その方、実はあなたのお母様の姪にあたるのよ」
「えっ……」
思わず固まる俺。つまり、俺とその侯爵家の令嬢は血縁上は遠い親戚ということだ。それを知った瞬間、なんだか妙に胸がドキドキし始める。そういえば俺の実母に似た雰囲気なのだろうか……そんなことを考える自分に気づき、思わず頭を振ってその考えを追い払った。
「アルヴィン、今のうちに良い縁を結んでおくのも悪くないと思わない?」
義母の穏やかな声が響く。俺は「いや、ちょっと待ってくれよ……」と、頭を抱えた。侯爵家だなんて、それだけでも面倒くさそうな話なのに、まさかの親戚筋。しかも、義母がこれほど推してくるからには、何か裏があるに違いない。
庭では、話を聞いていたカインが目を輝かせながら叫んだ。
「兄さん! ついに結婚か!すごいじゃないですか!」
その無邪気な反応に、フィオーレも瞳を輝かせて頷く。
「お兄様にお見合いなんて……どんな素敵な方なのかしら。すっごく気になるわ!」
「いやいや、まだ早いだろ?」
俺が慌てて否定すると、フィオーレは少し淋しそうに眉を下げた。
「でも……お兄様が結婚したら、私たちも安心して――」
そこで言葉を切るフィオーレ。
「安心して?」と俺が聞き返すと、カインが代わりに言葉を継いだ。
「そりゃあ、兄さんが幸せになれば、僕たちも……ね?」
フィオーレは照れたように顔を赤らめながら、そっと頷いた。
(なんだよ、その理由……俺の結婚が二人の背中を押すみたいな言い方するなよ)
俺は困惑しながらも、二人の複雑な笑顔を見て、少しだけ胸が痛くなった。
そんな俺を横目に、義母はなおも微笑みを絶やさず続ける。
「普通はね、確かにまだ早いと思うわ。でも、最近学園でもあなたの名前がよく出るそうね。注目されている今だからこそ、家同士の繋がりを意識するタイミングなのよ」
彼女の言葉は表向きもっともらしいが、どうにも腑に落ちない。俺は疑念を抱きながらも、その笑みの裏に隠された意図を探ろうとした。
「安心して、これは大事にはならないわ。ただ、あなたにも一度会ってほしい人がいるのよ。何も決める必要はないから」
「そんな話をしておいて、何も決めなくていいとか言われてもな……」
俺が渋い顔をすると、義母は少しだけ声を和らげてこう言った。
「私の言葉を信じて。彼女に会えばきっと分かるわ。血縁は遠いけれど、彼女はあなたと共に未来を歩める人だと思うの」
その言葉に、俺は妙な胸騒ぎを覚えた。どんな人なのか。会えばわかるという義母の自信に満ちた言葉に、どうしようもなく気になってしまう自分がいた。
そんなお見合いの話がリヴィア、セリーナ、エルザの三人に知れ渡るのは、案の定、あっという間だった。義母との会話を耳にしていたのかと疑うくらい、それぞれが不機嫌そうな顔をして俺に詰め寄ってきた。
「お見合いってどういうことなの?」
リヴィアがまっすぐ俺を睨みつけ、口火を切る。
「ちょっと、レオンさん。そんな大事な話、どうして私たちに隠してたんですか?」
セリーナも腕を組み、じっと俺を見据えている。
「アルヴィン様、説明してください。まさか結婚してどこかに行っちゃうんじゃないでしょうね?」
エルザまで微妙に拗ねたような表情で問い詰めてくる。
「いやいや、ちょっと待てよ!」
俺は慌てて手を振り、三人を落ち着かせようとする。
「お見合いって言っても、会えって言われて会うだけだ。ただそれだけ。何も決まってないし、俺にそんな気もない」
「本当にそれだけ?」
リヴィアは疑わしげに目を細める。
「もちろんさ。義母さんが勝手に進めてるだけで、俺はただ流されてるだけだよ」
俺が苦笑いで答えると、セリーナは少し頬を膨らませながらも、「それならいいですけど……」と小さく呟いた。
だが、三人の目つきは相変わらず鋭いままだった。
「どこの誰なの?
いつどこで会うの?」
リヴィアが更に詰め寄ってくる。
「いや、それは……」
俺は視線を泳がせる。相手が侯爵家の令嬢であることや、場所が貴族用レストランであることを言えば、絶対に面倒なことになる気がしてならなかった。
「まさか言えないって言うんじゃないでしょうね?」
セリーナが怪訝そうに問いかける。エルザもじっとこちらを見ている。
(逃げられそうにないな……)
観念した俺は、しぶしぶ日時と場所を伝えることにした。
そしてお見合い当日……
義母に言われた通り、首都にある貴族用レストランに向かった。貴族用と言っても、貴族御用達といったくらいの意味で、身なりさえしっかりしていれば、郷紳身分以上なら利用できる。さすがに本当の庶民は
古めかしい装飾が施された扉をくぐると、優雅な音楽が響き、貴族の趣味を凝らした装花が飾られた空間が広がる。上品な雰囲気だが、俺は居心地の悪さを感じずにはいられない。
案内役に席まで案内される途中――妙な視線を感じた。ちらりと見やると、帽子とマントで変装したリヴィア、セリーナ、エルザの三人が隅の席からこちらを覗いている。
(どう考えても目立つだろ、それ……)
彼女たちは俺の存在に気づいた様子で慌てて顔を引っ込める。どうやら探偵ごっこを楽しんでいるつもりらしい。
さらに目を凝らすと、別の席にはリリスとアニス、そしてフィオーレまでいるではないか。リリスは本を開いているが、視線は明らかにこちらを追っている。アニスは腕を組み、じっとこちらを見据えている。フィオーレは微笑みを浮かべながらも、しっかり俺を観察しているようだ。
(なんでこんなことになってるんだ……)
俺は軽く頭を抱えた。どうやら、今日のこの場は俺が想像していた以上に賑やかになりそうだった。
席に着いてしばらくすると、相手が現れた。
あっさりしたメイクに若々しい衣装を身にまとった、気品ある女性だった。その姿にはどこか義母、リディア・エヴァンジェリンの面影を感じさせるものがあったが、雰囲気が微妙に異なっている。彼女は明るい笑みを浮かべると、手を軽く挙げながらラフな仕草で着席した。
「やっとお会いできたわね!
今日はよろしくね、アルヴィンくん!」
その軽快な口調に一瞬圧倒されながら、俺はぎこちなく返事をした。
「え、あ、こちらこそ……よろしくお願いします」
彼女は俺の反応にクスクスと笑い、テーブルの上に肘をついて身を乗り出してきた。
「そんなに緊張しないでよ。私、こう見えてお見合いの場とか堅苦しいの苦手だから、気楽に話そうよ。
何か飲む?紅茶?蜂蜜水?」
その親しげな態度に俺は戸惑いつつも、なんとか話を合わせる。
「あ、じゃあ、紅茶を……」
「いいね!
じゃあ一緒に紅茶飲もう。実はここの紅茶、結構おいしいのよ。あなたのお義母様に教えてもらったの。
リディアさんって私の親戚になるから、子供の頃からよくしてもらったの。
あ、そういやリディアさんって呼んでる?」
「いや、普段は義母さんって……でも、名前で呼んだ方がいいのかな?」
俺がそう尋ねると、彼女は一瞬目を丸くした後、大きな声で楽しそうに笑った。
「いいじゃない!名前で呼んじゃえば!絶対喜ぶって!」
彼女の無邪気な笑顔につられて、俺も少し笑ってしまう。
「リディアさんってすごく美人で上品だけど、知的で頼りがいがあるでしょ?
でも、そこだけじゃないんだよね」
「……そこだけじゃない?」
俺が首をかしげると、彼女は楽しそうに身を乗り出してきた。
「そうそう。案外お茶目な一面もあるんだよ。例えばね――」
彼女は声をひそめるふりをしながら、微笑みを浮かべた。
「真面目な話してる時に紅茶のカップ倒したり、そのあとバレないように一生懸命拭いてる姿とか。あれがまた可愛いんだから!」
俺は目を瞬かせながら、思わず口を開いた。
「そんなこと、リディアさんが?」
「そうなの!そういうところがね、彼女の魅力なのよ。それがあの優雅な振る舞いの裏に隠れてるんだから、もうギャップ萌えってやつ?」
彼女が楽しげに笑いながら肩をすくめると、俺もつられて笑いそうになった。
「でも、あのリディアさんがそんなことするなんて想像できないな……」
「でしょ?だからこそいいのよ。完璧すぎないところが、人を惹きつけるの。だから、アルヴィンくんも名前で呼んであげてよ。それで少し距離を縮めれば、もっと楽しくなるよ!」
彼女が親しみを込めて言うので、少し気恥ずかしくなりながらも「そうなのかな……」とつぶやいてしまう。
「そういえば、リディアさんの従姉妹ってことだけど、何歳なんだろう?」
俺がふと尋ねると、彼女は一瞬驚いた表情を見せ、すぐに手を振って笑った。
「ちょっと!女の子に年齢を聞くなんて失礼じゃない?」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「ふふっ、冗談よ。でもまぁ、年上なのは確かかな。そんなに気にすることじゃないでしょ?年齢なんてただの数字なんだから!」
彼女の活発な口調に、俺は不思議と緊張が解けていくのを感じた。
「なんだろう、この話しやすさ……」
気づけば、堅苦しいお見合いというイメージは完全に消え去り、自然体で会話を楽しむ空気がそこに流れていた。
「リディアさんと言えばさ、あの人、本当に頼りになるよね。昔、私がちょっと落ち込んでたとき、すごく的確なアドバイスをくれたんだよ。それでね、もう大丈夫かなって思ったら、その後すぐに手紙で『あまり無理しないように。だけど、たまには無茶も必要よ?』って書かれててさ!」
アリシアが朗らかに話しながら身振り手振りを交える。
俺は思わず笑ってしまう。
「ああ、確かに。あの人、普段はしっかりしてるけど、たまにそういう抜けたこと言うよね。前も料理の話をしてて、『大さじ一杯』の感覚が人によって違うから自分で判断しなさいって言われたことがあってさ。結局、俺、全然味が決まらなくて、義弟のカインに笑われたよ」
「わかる!リディアさんって完璧そうに見えて、たまにそんな隙があるから余計に親しみやすいんだよね。それでいて、実際はすごく細やかに気を配ってるんだもん。ズルいよね、そういうところ」
「そうだな……頼りがいがあるのは確かだよ。まあ、俺からするとちょっと怖いときもあるけど」
二人してリディアに関するエピソードを笑いながら話し合っているうちに、自然と緊張がほぐれていった。アリシアの親しげで快活な話し方が、会話をどんどん楽しい方向へと引っ張ってくれる。俺は普段の義母を思い出しながら、なぜか安心感を覚えている自分に気づいた。
(なんだろう、この感じ……義母とは違うけど、でも妙に似てる……)
会話が弾む中で、アリシアはふと真剣な表情を見せた。
「そうだ、アルヴィンくんって、騎士団からもスカウトされてるって本当?」
「え?ええっと……まぁ、そんな話が少しだけ」
「やっぱりね!
リディアさんが『アルヴィンは本当にすごい子なのよ』って言ってたもの。それで興味が湧いちゃってさ。
だって、貴族の子弟でありながら、魔法の塔からも注目されるなんて滅多にないでしょ?」
彼女はまるで探偵のように俺をじっと見つめてきた。
「え、そんな大したことじゃ……」
「謙遜しないの!そういうの、ますます興味湧いちゃうから!」
アリシアの屈託のない笑顔に、俺は苦笑するしかなかった。
会話が穏やかに進む中、ふと周囲がざわつき始めた。ちらりと目をやると、変装したリヴィア、セリーナ、エルザの三人がこちらに向かって歩み寄ってきている。変装と言っても帽子やマントを被っている程度で、堂々とした様子でまったく隠れる気がない。
「ちょ、ちょっと待て……!」
俺は慌てて立ち上がりかけるが、すでに彼女たちは俺たちの席の近くまで来ていた。リヴィアが先頭に立ち、にっこりと微笑みながら、あまりにも自然に話しかけてくる。
「レオハルト様、こんなところでお会いするなんて偶然ですね」
その言葉に、俺は一瞬目を見開いたが、次の瞬間には心の中で叫んでいた。
(偶然なわけないだろ……!)
「そうそう、私たちもたまたま食事に来ただけですわ。気にしないでくださいね、アルヴィン様」
セリーナが優雅に微笑みながら続けるが、その目は明らかに俺を探るような鋭さを帯びていた。
「お兄様、お見合いなんて素敵ですね!」
エルザが小さく拍手をしながら無邪気な声を上げる。しかし、その無邪気さの裏に、何か意図があるような気がしてならない。
(全員普段と呼び方違うし……絶対何か企んでるだろ、これ……)
アリシアは最初こそ驚いた様子だったが、すぐに明るい笑顔を浮かべて三人を迎え入れた。
「まぁ、にぎやかね!でも、これでアルヴィンくんが皆に愛されてるってわかったわ。さっき私が言ったこと、やっぱり正解だったのね!」
その軽やかな言葉に、リヴィアたちは微妙に言葉を詰まらせた。リヴィアが「あ、ありがとうございます」と返事をする一方で、セリーナは少し口を開きかけて閉じる。エルザに至っては、にこやかに微笑んだまま様子を窺っている。
三人の間に漂う奇妙な空気を、俺はひしひしと感じていた。リヴィアは自分を貴族として堂々と振る舞いつつも、アリシアが持つ親しみやすさにどう対応すべきか迷っているようだったし、セリーナも同様だった。エルザに至っては無邪気なふりをしながらも、アリシアを一瞬観察する視線には警戒心が見て取れた。
アリシアはそれを気にした様子もなく、明るい口調で三人に話しかける。
「それにしても、こうして皆さんが集まると、アルヴィンくんが本当に大事にされてるのが伝わるわね。リディアさんの言ってた通り!」
「リディア様が……なんと?」
リヴィアが控えめに問いかける。アリシアは屈託のない笑みを浮かべながら続けた。
「ええ、アルヴィンくんは頼りがいがあるけど、たまに何かと不器用だから周りがフォローしてくれるって。ほら、リディアさんってそういうところ、すごく気が利くじゃない?
だけどたまーに、お茶目なところもあるのよね」
「お茶目……?」
セリーナが目を丸くする。
「うん、例えばね――」
アリシアはリディアが真面目な話をしている最中に思わず紅茶のカップを倒したエピソードを楽しそうに語り出し、三人もつい笑ってしまった。
リヴィアたちは俺たちと同じテーブルにつくと、アリシアを混ぜて会話を続けた。そのお陰か、俺たちの間にあったぎこちない空気が少しは和らいだ気がする。
「あ、そうそう、話の続き。
アルヴィンくんって、騎士団からだけで無く魔法の塔からもスカウトされてるって本当?」
ふと、アリシアが目を輝かせながら俺に尋ねた。まだ先ほどの話が気になっていたのだろうか。
「ええ……まぁ」
俺が歯切れ悪く答えると、彼女はまたも嬉しそうな顔になる。
「違うぞ、スカウトで無くレオハルトは既に近衛騎士団の小姓で、叙任もまもなくだ」
「なに言ってるんです。アル君は黄色の塔で魔法使いの弟子の称号を既に得てるんです」
「本人の意思を尊重しないと、彼は今後も偉大なる芸術の
いつの間にかリリスとアニス、そしてフィオーレまでもがそこにたっていた。
リリスは本を片手にしながらも鋭い視線でこちらを見つめ、アニスは腕を組みながら、フィオーレは愛らしい微笑みを浮かべていた。
「ちょっと待て、何であの人たちまで……!?」
俺が頭を抱えかけた瞬間、リリスが一歩前に出た。
「アル君に関する話題であれば、黄色の塔の魔術師である私にも当然関係があるかと」
アニスが軽く鼻を鳴らしながら続ける。
「そうだな。何せ、レオハルトはセイルバーグ流の未来を背負って立つ逸材だからな」
「皆さん……楽しそうで何よりですわね」
フィオーレがにこやかに締めくくる。
(お見合いどころじゃなくなってきたな……)
俺は再び深いため息をつきながら、どうにもならない状況を受け入れるしかなかった。
結局、お見合いと言うよりも知り合いの輪の中にアリシアが入ってきたと言う感じ。
カインの別邸開発成功と言う久々の無能ムーヴ成功以外、ここのところろくなことが無かったが、久々に良いことがあったと言える。
ただ……彼女は謎だ。
お見合いが終わり、何とも言えない疲労感を抱えたまま別邸に戻った。義弟のカインと妹のフィオーレが遊んでいる庭を横目に見ながら、居間で待っているという義母――いや、リディアさんのところへ足を運ぶ。
扉を開けると、そこにはすでにくつろいだ様子のリディアが紅茶を楽しんでいた。優雅にティーカップを傾けるその姿は、さっきアリシアが話していた「お茶目な一面」とは程遠いが、どこか妙に落ち着く雰囲気がある。
「お帰りなさい、アルヴィン。どうだったかしら?」
柔らかな微笑みを浮かべながら、リディアは問いかけてきた。
俺は椅子に腰を下ろし、頭を掻きながらため息をついた。
「まあ、一応終わりましたよ。でも、何なんですか、この騒動。アリシアさんはいい人でしたけど、リヴィアたちまで押しかけてきて、正直もうグッタリですよ……」
リディアは微笑みを浮かべたまま紅茶を置き、腕を組んで俺を見つめた。
「そう言いながらも、アリシアのこと気に入ったんでしょ?」
「いや、別にそういうわけじゃ――」と言いかけて、言葉を詰まらせる。リディアの目が鋭く光り、まるで俺の心の中を見透かしているかのようだった。
「ほら、図星じゃないの?」
くすりと笑う彼女の余裕たっぷりの態度に、俺は思わず反撃を試みる。
「それはいいとして、リディアさんもだいぶ楽しんでたんじゃないですか?
俺を巻き込んで、お見合いごっこで遊ぶのがそんなに面白いですか?」
すると、リディアは目を瞬かせて驚いたような表情を見せた。
「え……今、私のことなんて呼んだ?」
「あ、いや、その……リディアさんって呼びましたけど?」
俺が何気なく答えると、リディアは慌てたように身を乗り出し、小声で言った。
「ちょっと待って、それはさすがに……!せめて『リディア義母さん』にしておいてよ!」
「なんでですか?
アリシアさんにも勧められたんですよ、名前で呼ぶのが親しみやすくていいって。ほら、リディアさんもお茶目な一面があるって話だったし……
まさか、呼び捨てのほうが良かった?」
俺が肩をすくめながら言うと、リディアは一瞬目を見開き、その後額に手を当ててため息をついた。
「……全く、調子に乗って余計なことをしちゃったものね……」
その姿に思わず笑いが漏れた。普段の凛々しい姿からは想像もつかないが、確かに今のリディアはどこか「お茶目」と言われても納得できる雰囲気を漂わせていた。
それに、ほんとにアリシアにそっくりで、従姉妹どころか姉妹と言われても信じられる。
「まあ、いいわ。でも、リディアさん呼びはここだけにしてよね。他の人に聞かれたら、色々と面倒なことになるんだから」
「了解です、リディアさん」
俺がわざと軽い調子で返すと、彼女は睨むような視線を送ってきたが、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。
こうして、お見合いの報告は何とか無事(?)に終わったものの、俺の胸には妙な安堵感と疲労感が残ったのだった。
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