第九話 中間考査で四苦八苦です

「よし、今日は私の師匠に挨拶に行くぞ!」

放課後、アニスは突然現れ、力強くそう言って俺の手を引っ張り、歩き出した。彼女の勢いに圧倒され、俺はただ流されるままだった。

「えっ、ちょっと待って、アニス師匠! どういうことだ?」

俺が困惑して問いかけると、近くにいたリヴィアとセリーナが心配そうに駆け寄ってきた。

「アニス先生、一体何をするつもりです?」

リヴィアが眉をひそめて問いかけると、セリーナも同じく不安げに口を開いた。

「危険なことならやめてください!」

だがアニスは一瞥もくれず、軽くため息をつくと淡々と答えた。

「心配は無用だ。大事な用事だから、口出しは無用だ」

その冷静な返答に、リヴィアとセリーナは戸惑ったように立ち止まり、俺はますます状況が飲み込めないまま彼女に引きずられていった。


ゴーレム馬車の近くまで来ると、リリスが険しい顔で立ちはだかった。

「アニス、何事ですか?急にこんなことを——説明してください」

その声色には抑えきれない苛立ちが滲んでいたが、アニスは一瞬リリスに目を向けただけで、無表情に言い放つ。

「私は剣の鍛錬だけでは不十分だと考えている。他の武器の操作も身につけさせる必要がある」

リリスは一瞬言葉に詰まり、「でも、アル君は魔法が…」と控えめに口にしたが、アニスは首を振った。

「確かに、魔法があれば戦いの幅は広がる。だが、魔法だけに頼るわけにはいかない。それに、アル君が魔法を使えない場面もあるだろう」

「そ、それは…」

リリスがたじろぐと、アニスはさらに言葉を続けた。

「私一人で教えられる範囲には限界がある。だからこそ、師匠に直接指導をお願いするしかない」

リリスの顔に一瞬不安がよぎり、彼女は少し息を吐きながら「でも、急すぎます」と食い下がった。

しかし、アニスは動じず、まっすぐリリスを見据えた。

「リリス、これは私にとっても重要なことだ。中途半端な教えで戦場に送り出すわけにはいかない。それを理解してほしい」

アニスの決意に、リリスも渋々うなずくしかなかった。

俺はそのやり取りを見ながら、胸の奥がざわつくのを感じた。何かが変わろうとしている、そんな予感を抱きつつ、アニスの後を追いゴーレム馬車に乗り込んだ。

背後でリリスの視線がなおも心配そうに俺を見送っているのを感じながら。



馬車が森の中を滑るように進み、俺はアニスの指示通りにゴーレム馬車を右へ左へと操った。やがて目的地に到着し、俺は思わず息を飲む。予想以上に立派な建物が森の奥に佇んでいたのだ。周囲には木々がざわめき、森特有の冷たい風が肌を撫でる。その建物の前庭とも言える広場には、小柄だががっしりとした体つきの老人が鋭い眼差しをこちらに向けて立っていた。

「師匠、弟子を連れてきました」

アニスが一礼しながら言うと、彼は俺に視線を移して微笑んだ。


「ほう、お前がアニスが言っていた従者か」

その一歩一歩が、全く軸のぶれない熟練の動きを物語っていた。

瞬間、俺は彼が誰なのか理解した。伝説の武人、タオ・ハン・シェン、通称「タオ」。

彼は騎士としての技に飽き足らず、さまざまな流派を極めてきた達人であり、さらに伝説的な武道家「C・ノヴィ」からも謎めいた技術を学んだとされている。冗談のような軽妙さを備えながらも、その動きは実戦で真価を発揮する脅威そのものだった。まさかアニスの師匠がこの伝説の人物だったとは——。


緊張を押し殺し、俺は深く息を吸い込んでタオに向き合った。その様子を見て、アニスが静かに頭を下げる。

タオは俺に鋭い眼差しを向け、ゆっくりと微笑んだ。

「どれ、腕前を見せてもらおうか」

タオは言うや否や、軽やかに一歩踏み込み、両手を掲げると「まずは体術だ」と告げながら双掌底を俺に向けて放ってきた。その突きは鋭く、風を切って俺に迫る。咄嗟に身をかわしたものの、タオは即座に動きを変え、肘を絡め取ろうとする。次の瞬間、俺は体のバランスを崩され、タオの手が背中に滑り込んでくるのを感じた。

「このままでは押さえ込まれる!」

焦りを覚え、体勢を立て直そうと足を踏み込んだが、その瞬間タオは身を翻し、俺を惑わせるように柔道の肩引き込みの動作を取りながら一気に体勢を崩してきた。

さらにムエタイのように鋭い肘打ちが入り、隙を突いて柔道の絞め技……いや、プロレスの締め技に持ち込まれかける。

俺は懸命に抵抗し、何とか間合いを取ることに成功する。

タオの動きはまるで一つの舞のように派手だが、その中に冷徹な計算が見て取れる。柔道を基盤にしつつ、ムエタイの肘打ちやプロレスの関節技、さらに蟷螂拳の鋭い攻撃が絶妙に交錯し、相手の関節を巧みに捉えることに重点が置かれている。その動きには不思議な滑稽さすら漂っていたが、実際は「えげつない」としか言いようのない、徹底した実戦的な技だった。

「どうした?

型にとらわれず、自在に動けるか?」

タオが俺を試すように問いかける。俺は息を整え、視線を鋭く返す。

「師匠の技、一つ一つが想像以上です。しかし、俺もここで倒れるわけにはいきません!」

タオはにやりと笑うと、再び構え直した。「ならば、その覚悟を見せてみろ」

次の瞬間、俺は全力でタオに飛びかかり、激しい模擬戦が続いた。その戦いは、まさに魂を削るようなやり取りで、俺は全力を尽くしてもなお、タオの一歩先を行かれている気がした。それでも必死に食らいつく中、俺はその奥深い技術と経験に触れ、少しずつ成長している感覚を覚えた。タオは俺の呼吸が乱れているのを確認すると、微笑みを浮かべて構えを解いた。「なかなかやるではないか、アニスが褒めるだけのことはある。

……よし、これから儂のことは『老師』と呼べ」

肩で息をしながら、その言葉に驚きと達成感が混ざった気持ちを抱く俺を見て、アニスは嬉しそうに笑っていた。



「どうだ、師匠の技は凄かっただろう?

さあ、今度は私と手合わせする番だ!」

アニスが意気揚々とそう言うと、俺は思わず息を切らしながら片手を上げた。

「ま、待ってくれ……少し、休憩を……」

だが、俺の言葉を聞く気はないらしく、彼女はすでに構えの姿勢を取っている。俺が答える間もなく、アニスは拳を繰り出してきた。その動きはまるで猛獣のように鋭く、速度も常人のそれをはるかに超えている。

俺はアニスの剣士としての腕前が達人級だと言うことは知っていたが、まさか徒手格闘技まで使えるとは思っていなかったので、少し慌てた。

だがすぐに気を引き締めて応戦を始め、しばらくの間、息つく間もなくアニスの拳と蹴りを避け、受け流し続けた。

そのたびに、自分の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。彼女の動きは研ぎ澄まされ、攻撃の角度やタイミングが変幻自在だが、俺は徐々にその流れを読み取れるようになってきた。アニスの鋭い蹴りをかわすと同時に、こちらも素早く反撃に移り、手刀で距離を詰めていく。

やがて俺の動きがアニスの攻撃に追いつき、攻防のバランスが崩れ始めた。彼女の一瞬の隙を見極め、拳を放つと、今度は彼女が軽くステップを踏んで避けようとするが、そのタイミングを見越した俺は足技で追撃をかける。

「やるじゃないか!」

アニスが笑いながら声を上げる。

だが彼女もすぐに姿勢を立て直し、まるでこちらの手刀を誘うかのように再び前に出た。俺がその隙を突こうとすると、待っていたかのように彼女のカウンターが一瞬早く俺の手元を弾いた。彼女のカウンターは一撃で終わらず、そこからさらに間髪を入れず拳が振り下ろされ、俺はギリギリで体を捻り、かわす。再び距離を取りながらも、攻撃の一手一手がより鋭く、正確になっているのが互いに感じられた。

限界まで続いた攻防の末、ついに俺の拳とアニスの手刀が交差した瞬間、互いのバランスが崩れ、二人とも地面に倒れ込んだ。だが、倒れたとは言え、彼女が優勢だったのはあきらかだった。

息を荒くし、全身から汗が滲み出るほどの激闘だった。

しばらくして、先に立ち上がった俺が手を差し出すと、アニスは素直にその手を取って立ち上がった。少し息を整えた彼女が、満足そうな笑みを浮かべながら言う。

「次は私が負けるかもしれないな」

その言葉には、どこか嬉しそうな響きがあった。


呼吸を整えると、アニスが思いがけない目的を告げてきた。

「師匠、この弟子に、私が極められなかった技を仕込んでほしい」

「ん?」と老師が眉を上げると、アニスは続けた。

「騎士としては不要と言われ、ほんの一通りだけ教えられた多節武器や手裏剣術です」

「ほう、それを選ぶとはな」

「ええ。剣の技も光るものがあるけれど、一度教えただけの多節混で見事に戦ってみせたんです」

老師が俺を見つめる。その眼差しから俺の成長ぶりを感じ取り、思わず胸が高鳴った。

「なるほど。先程の動きから基礎ができていると思ったが、そこまで使いこなすとはな」

「来月までに仕込んでほしい」

「え?」アニスの言葉に、俺はつい間抜けな声を漏らした。アニスは不思議そうに「ん?」と首をかしげる。

「二ヶ月後に武術大会があるのを忘れたのか?」

「いや、知りませんけど?」

「何を言っているんだ。入園式で今後の予定としてしっかり連絡があっただろう」

「あっ……」

そうだ、完全に忘れていた。入学式で新入生代表の挨拶をしたインパクトで、頭からすっぽり抜け落ちていたけど、確かにそんな行事があった気がする。



アニスが鋭い眼差しで続ける。

「入学前の茶番を見ればわかる通り、他の生徒たちは鈍らばかりだ。ここで、彼らに本物の力を見せつけ、しっかり引き締める必要がある」

俺は「引き締める」という言葉に、なぜか一瞬の戸惑いを覚えた。まさか、俺にも何か大きな役割があるというのか?

しかし、ちょっと待てよ…。俺がここでうまく立ち回れば、少なくとも無能とまではいかずとも、「期待外れ」という評価を狙えるかもしれない。俺が目立つことなく、適度にがっかり感を与える、そんな計画が頭の中で形になり始める。

一方、アニスは厳しい表情で俺を見つめている。その目には、弟子としての成長を信じ、共に高みを目指そうという強い思いが宿っている。

アニスにとって、ここでの鍛錬は単に大会に出るための手段ではなく、真の強者としての覚悟と自覚を俺に持たせる試練だったのだろう。だが、俺はそんな彼女の期待を裏切る形で、どうすれば不本意な結果を残せるかばかりを考えている。

「目立たないことを信条にしてきたし、ここは奇抜な多節武器で、見事に自爆してみせるのが得策だろう」と心中でつぶやく。

老師から不安定で風変わりな武器を教わり、わざとミスを重ねることで、「なんだ、あいつ、大したことないな」と周囲に思わせられるかもしれない。

決意が固まると、俺は大きく息を吸い込み、意を決して口を開いた。

「老師、ぜひご指導、よろしくお願いします!」

老師が微笑み、厳しさと温かみが入り交じる目で俺を見据えた。

「ほう、厳しいが、本当に覚悟はできているのだな?」

その言葉に俺は少し身が引き締まる。

自分で決めたこととはいえ、老師の指導は並大抵では済まないだろう。覚悟はしているつもりだが、彼の期待を真正面から受け止めるには、俺の心のどこかに「がっかりしてもらおう」という後ろめたさが少し残る。

だが、計画通りやるしかない。

決意を固めた顔で老師を見返し、今度こそ、無事に「失敗」を演じきれるように自分に言い聞かせた。



さて、武術大会についてだが、その実態はどちらかと言えば運動会に近いものだ。本来、新入生は体験参加的な立ち位置にあるはずなのだが、アニスが妙に張り切っているせいで、俺も本気で臨まざるを得ない状況になっている。それに、なぜかリリスも乗り気だ。理由を尋ねてみたら、どうやらこの武術大会は魔法の使用も認められているかららしい。


中間考査──それは、武術大会を前に控える学業の一大イベントで、武術と同様に学問への熱意を試される場だ。

「田舎の百姓でも、年貢を納めるのと同様に定積分ができるような世界から来たと」とか言うと絶対驚かれるだろうが……冷静に考えると、結構とんでもない国に生まれてるんだよなぁ、転生前の俺って。

それはさておき、実際のところ地方の国立大学に入れる程度の学力はある(ただし、卒業したかどうかは怪しいが)からこの程度の試験内容は楽勝だと思っていた……のだが、ここで「無能アピール」をしてみようと考えた。

まず、試験科目は『国際共通語』『会計解析(要は計算能力)』『魔法に関する理論』の3つ。歴史や地理があれば「苦手科目アピール」が楽だったのだが、今回はそうもいかない。試験内容は読み書きそろばんのような基礎とは違い、専門知識を問われるものが多い。


試験前の休日。リヴィア、セリーナ、エルザの三人が俺の家に来て、一緒に勉強をしていた。エルザが「久々に庭を見て精神統一したい」と言い出したのがきっかけで、セリーナが「自分だけあなたの家に行ったことがない」と興味を示したため、ぜひ来てみたいと熱望したのだ。王女様が俺の家に来るなんて大丈夫かと内心思ったけれど、庭園のおかげで聖職者や芸術家が訪れることも少なくなく、それなりに警備も整っている。護衛付きでの移動なら許可も下りるだろうと判断した。

それでも、セリーナは頬を膨らませながら「ゴーレム馬車に乗ってみたかったです」と少しだけ不満そうだ。


三人が俺の家の静かな書斎で勉強していると、試験範囲が膨大で不安になり、つい口を開いた。

「無理だ、こんなに範囲が広いんじゃ、手も足も出ないよ」とぼやくと、リヴィアがため息をつきながら、俺を見つめてきた。

「あなた、本当に自信が無いの? 旧街道で測量とかもしてたでしょ?」と、呆れたような顔で尋ねてくる。

「いや、本当だって。領地経営の会計なんて普段やらないし。魔法理論もリリス先生がいないから適当にやろうと思ったら、かえって目立ちすぎたしさ。それに、国際共通語も……実は外国語って苦手なんだよ」

セリーナが口元をゆるめてニヤリと笑い、「だ・か・ら」とゆっくり言葉を区切りながら、「無能なフリをしても無駄なんですよ、レオンさん。自信なさそうに見せても、どうせ注目されるんだから」と、最近使い始めた俺の愛称を使って、軽くからかってくる。

「いや、だから本当にそんなことないって!」と否定するものの、セリーナの言葉には何とも言えない説得力がある。少し肩をすくめながら、「それに、男友達いないから余計に気が抜けないし…」とぼやいてみた。

「男友達?」エルザが首をかしげて不思議そうに問いかける。

「ああ、なんかこう……気軽に雑談できる男友達がいればなと思ってさ。こうやって女の子と話していると、どうしても構えちゃうんだよね。グダグダとくだらない話をできる相手がいれば、少しは試験の不安も和らぎそうな気がするんだけど」

三人は顔を見合わせ、少しだけ意外そうに微笑んだ。

「いや、笑うけどさ。義母さんなんて、『もう女の子を呼ぶなんて……やはり最初は私が教えるべきかしら』なんて、何だかよくわからない心配をしてるくらいなんだよ」


そう言った瞬間、扉が勢いよく開き、「お兄様!」と元気な声が響いた。ふと、「そういえば遊びに来るって言ってたな」と思い出しながら、入り口を見ると妹が輝かしい笑顔で立っていた。最近、彼女は「悪役令嬢」っぷりに磨きがかかってきた感じがするし、隣には少し気弱そうな義弟も控えている。

「よく来たね」と俺が言うと、三人の視線が妹と義弟に注がれ、なぜか微妙な表情を浮かべている。

セリーナがそっと俺に耳打ちして、「意外と家族関係も賑やかなんですね。ちょっと羨ましい」と微笑んだ。



試験当日は「朝早く登校して前日の復習」がセオリーなのだが、俺はその流れをスルー。

試験開始直前に教室に入り、特に何をするわけでもなくぼんやりと席に座っておいた。

そして、中間考査が開始された。

試験内容は初日に会計解析と魔法理論、二日目に国際共通語である。国際共通語は、読み書きとあわせて会話の実践があるみたい。

なので二日目は声に出して文章を読んだり単語を覚えようとしている生徒が多いのだが、俺のように何もせずぼーっとしている生徒もいた


最初は計算能力の問題

試験では、領地経営に必要な会計知識が問われた。

簡単な算数の延長だが、少し複雑な計算が要求されていた。領地経営に必要なスキルとはいえ、会計や簿記は普段やらない俺にとっては馴染みがなく、遠い分野だ。

とはいえ、白紙で提出すれば目立ってしまう。そこで高校で習った代数を応用して、無難に解答を作成することにした。

しかし解答の過程で、つい連立二元二次方程式を使ってしまう。

「微積分じゃあるまいし、連立方程式くらい普通だろ?」と考えていたが、ふと巡回中の講師が怪訝そうな顔でこちらを見ていることに気づいた。その視線を受けて、「あれ? もしかしてこの世界じゃ、これが異常なのか?」と不安がよぎる。

どうやら、この世界では連立方程式の概念自体が存在していないようだ。以前から微積分や幾何の発展が遅れているのは魔法の存在が影響しているのかと思っていたが、代数分野までここまで遅れているとは……

封建社会ってことで江戸時代日本レベルを無意識で期待していたことに気づいたが、そこまで達していないと今更気づいても後の祭り。異質すぎる俺の計算方法が逆に目立ってしまった結果、『全問正解だが、回答方法が不可解なので減点』ということで、妙な形で「無能アピール」をしたことになったが、正直、理解者ゼロというのは中々つらい。


次は魔法理論についての問題

計算問題をなんとか無難に終わらせ、次は魔法理論の問題だ。今回の試験監督にリリスがいないため、手を抜いても大丈夫だろうと思い、簡単に済ませるつもりだった。彼女がいれば「手を抜くな」と厳しく叱られただろうが、今は省エネモードでいこうと思う。試験内容は『魔力と体力の関係』についてで、「魔力は体力を回復させる」などの基礎知識が出題されていた。

だが、無意識に普段リリスやその兄弟弟子、それに大師匠から教わっている新しい理論を基に解答してしまった。具体的には、「体力と魔力は直接関係はない。ただし、体力が高い人間はタフネスもあるため、限界ギリギリまで魔力を使える。結果として体力がある人は魔力が多いように誤解されるが、実際には適切な体力があることで魔法を使用出来る範囲が引き上げられているにすぎない」といった内容をまとめ、極力簡単な言葉で記載した。

この「体力と魔力の無関係性」については、リリスの属する黄色の塔学派が提唱している最新の研究であり、学園で教えられている旧説とは異なる。黄色の塔は、弱小だったという身もふたもない理由はさておき、元々肉体フィジカルを鍛えることも重視して魔法師団にも参戦したりと微妙に体育会系なノリがあるだけに、説得力もある。

そのため、回答内容が高度すぎて講師陣には全く理解されず、減点される羽目になってしまった。

講師から「なぜそんな難解な理論を?」と質問攻めにされたが、リリスが誇らしげに微笑んで『アル君は黄色の塔の新進気鋭の弟子だからね』と告げることで、皆納得していた。解せぬ……

結果として、俺の「無能アピール」はテストの点数は低いので、一応成功とは言えるのだが……「さすが我が弟子」と褒められてしまった。


そして迎えた最後の『国際共通語』の試験

試験内容は、古代帝国語という現代でいえばラテン語や漢文に相当する難解な言語が出題されたのだが……

どう見ても聞いても、前世で習い覚えた日本語そのもの。仮名交じりの漢字にアルファベットやカタカナ語、行間まできっちり出来ていて、読めないのは空気くらいのもの。

ふと、設問には少し不自然な文章が混ざっていることに気づき、思わず「この表現は不適切では?」と指摘してしまった。いわゆる『弖爾乎波が合わない』と言うやつだ。外国人がよくやるミスとも言える。

すると、講師が「どうしてこの表現の違和感に気づいたのか?」と興味津々に尋ねてきた。古代帝国語は宗教的・文化的に重要な文書にしか使われず、一般人にはほとんど読めない言語らしい。リリスでさえ単語を理解できる程度と後で知ったが、その場では「一応、黄色の塔で少し学んでいたので」と答えておいた。

講師が何か考え込む様子だったが「では、どうすれば良いと思うのかね」と聞いてきたので「ここは『で』では無く『に』とするほうが自然だと思います」と答えるとそれ以上の質問はなく、再び試験の監査に戻った。

ただ、このやり取りに時間を取られ、結果的に全問回答できず半分程度しか回答出来なかったので、結果としては「無能アピール」もなんとか成功した形だ。



試験後、なぜか講師たちがわざわざ俺の住む別邸を訪れ、持参した本を広げては「この解釈はどうか?」と熱心に尋ねてくるようになった。さらに、別邸に遊びに来ていた美術派の連中や聖職者たちとも打ち解け、学問談義に花を咲かせることに。

俺としては「無能アピール」で目立たないようにしたかったのだが、講師陣からは「知識の裏に謎を秘めた学生」としてますます注目されてしまい、結局異色の存在として見られてしまっている。


……今回は「無能アピール成功」ってことでいいよね? ね?

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