第八話 どっちもこっちも八方塞がりです
学園が始まると、俺は頭を抱えた。どうやって無能アピールをするか――これが俺の日々の課題になっていた。下手なことをすれば、剣術の師匠であるアニスや、魔法の師匠であるリリスに烈火のごとく怒られるのは目に見えている。しかも、美術もそうだ。フィオーレの期待を裏切るわけにはいかないし、下手に手を抜けばすぐに見抜かれる。
「レオハルト、またそんな難しい顔をしてどうした?」
振り返ると、剣術場の入口に立っていたのはアニス師匠だった。彼女は鋭い眼光でこちらを見つめ、いつものように腕を組んでいる。その姿勢は戦場の剣士そのもので、一瞬にして場の空気を引き締めてしまう。俺は心の中でため息をつきつつ、苦笑いを浮かべた。
「いや、なんでもないよ、アニス師匠。ただ、最近剣の振りがどうも冴えない気がしてさ」
言い訳じみた答えを返すと、アニスは眉をさらにひそめ、鋭さを増した目でこちらを見据える。
「冴えない、だと?
また手を抜くつもりか?
私が君の一挙一動を見逃すとでも思っているのか?
少しでも手を抜けば、その場で見破って叩き直してやるからな。
レオハルト、お前は私の弟子だ。その名に恥じる振る舞いをすることは、絶対に許されない」
その声には厳しさだけでなく、どこか揺るぎない期待が込められていた。俺は無能を装うためにわざと技を鈍らせるなど、彼女の目の前でやるのは危険すぎる。アニスの鍛錬を受ける者として、俺はそれほどの重圧を感じていた。
「わかってますって、アニス師匠。ただ、この間使った武器、あれが案外手になじんで……どうにかうまく取り入れられないかなって思ったんです」
言葉を続けると、アニスの顔に一瞬複雑な表情が浮かんだ。彼女は短い沈黙の後、小さくため息をついて答えた。
「あの珍しい武器のことか。
……多節剣も相当だが、それよりもあんな奇妙な武器をよくも使いこなすものだ。
騎士団でもお前が話題になっていたぞ。
だが、なあレオハルト、確かに我が流派に伝わる武器ではあるが、そればかりに頼るのはどうだ?
剣術の基礎をさらに磨くことも忘れるな」
その言葉には、心の底からの本音が滲んでいた。アニスは俺が奇妙な武器を使いこなして見せることを誇りに思ってくれている一方で、伝統的な剣術をさらに極めてほしいという願いもあったのだ。
「わかってます、師匠。でも、剣だけで戦うには限界もあるし……」
そう言いながらも、心の中では別の思いが渦巻いていた。実際には無能を装い、義弟に家督を譲るための手段としてわざと苦戦してみせるつもりだった。今から考えると、ちょとどころで無く甘い考えだ。下手すれば野党に逆に狩られていた可能性もあるのだから。
しかし、その奇妙な武器を使いこなせてしまうことで、計画は裏目に出てしまいそうだった。
アニスは俺の迷いを察知したかのように目を細める。彼女が何を考えているのかはわからないが、その目にはどこか温かな光が宿っていた。
その日の午後、魔法の塔でリリスに会った。
魔法の研究をしている時の彼女は冷静で落ち着きがあり、まるで知識そのものが人の姿をしているかのようだ。
「アル君、集中して。魔法制御の基本は心を穏やかにすることよ」と言う彼女の声には、いつもの落ち着きがあったが、その中に鋭さもある。
俺は一瞬気を抜きかけて、魔力の制御をわざと揺らしてみた。すると――
「何をしているの、アル君?
今日の君はどうも落ち着きが足りないようね。
……また、何か狙ってるでしょう」
リリスはじっと俺を見つめた。目には小さな光が宿っていて、そこに誤魔化しは通用しない。
「すみません、リリス師匠。少し考え事をしていて」
そう言って俯くと、リリスはため息をつき、優しく言葉を続けた。
「何か悩みがあるなら、私に話してもいいのよ。あなたが本当に全力を出さない限り、家督を継ぐという未来は自分で切り開けないわ」
彼女の言葉には、俺が抱える秘密――義弟に家督を譲りたいという思い――を見透かしているような気がした。
しかし、これ以上の追及を避けるためにも、魔術の制御に難がある振りをしておくのは効果的だと思った。
そうだ、魔術の理論は俺の強みではあるが、それゆえに制御に課題があると思わせることは無理ではない。
厳密には無能とは言えないが、義弟の功績と比べれば「大したことはない」と周囲に思わせることができるはずだ。
目的は単純に無能と思われることではなく、義弟に家督を継がせるための布石――それを成し遂げるためには、慎重な演技が必要だった。
次の日の午後、俺は久々に黄色の塔へ足を運ぶことになった。
それは剣術訓練を終え、昼食を取ろうと食堂に向かっていた時のこと。
リリスが不意に現れた。
「アル君、昼から暇よね?」
彼女はその問いを挨拶代わりに投げかけた。
「え?」と、思わず間の抜けた声を出す俺に、リリスは微笑を浮かべて手を引いた。
その動きに驚きつつも、彼女の勢いに押されて流される。
「ちょ、ちょっとリリス先生、これから昼食を――」
俺が言いかけた瞬間、彼女は俺の言葉を遮るように首を振り、意志の強い瞳で見つめてきた。
「昼食は後でいいわ。それよりも、今日は師匠が呼んでるの」
「大師匠が?」
一緒に訓練を受けていたリヴィアが困惑した表情でこちらを見ていたが、リリスは軽く手を振り挨拶代わりに応えると、そのまま俺を引きずるようにしてゴーレム馬車へ向かった。
「師匠、本当に急ぎの用事なんですか?」
黄色の等関係だと理解して俺がもう一度尋ねると、リリスは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「さあ、乗って。午後の時間は無駄にできないわよ、アル君」
道中、突然現れたセリーナに出くわすと、リリスは「ごめん、急いでるの」と言いながら笑顔でちらりと威圧感を漂わせた。
セリーナはびっくりした表情で、それ以上言葉を発することはなかった。
俺は馬車の御者席に座り、まだ心の整理がつかないままリリスを乗せてゴーレム馬車を発進させた。
「黄色の塔へ、急いでね」と、リリスは後ろから声をかけた。その声には、静かだが確かな興奮が混じっていた。
塔の中は静寂が支配しており、彼女の佇まいは知識そのものが形を持って立っているかのようだった。彼女は研究に没頭しているときも冷静で、まるで時間さえも忘れているかのようだ。
「アル君、集中して。魔法制御の基本は心を穏やかにすることよ」と、リリスが静かな声で言った。
その声には優しさがありながらも、鋭い意志が宿っていた。
俺はわざと魔力の流れを乱してみる。刹那の揺らぎに、リリスの眉が一瞬だけひそまった。
「何をしているの、アル君?」
彼女の声が冷たく鋭くなる。
「今日の君はどうも落ち着きが足りないようね……また何か企んでいるのでしょう?」
その眼差しには、見透かされているような感覚があった。リリスは決して派手に叱ることはしないが、その目に宿る小さな光は真実を探り当てるかのようだった。
「すみません、リリス師匠。少し考え事をしていて……」
俺が目を伏せると、リリスはため息をつき、少し柔らかい表情を見せた。
「アル君、何か悩んでいるなら私に話してもいいのよ。実力を出し切らない限り、本当に未来を切り開くことはできないわ。家督を継ぐかどうかも、自分で決めることが必要なの」
その言葉には、俺の胸の奥に隠している願い――義弟に家督を譲りたいという思い――を見透かされているような気がした。しかし、今はそれを明かすつもりはなかった。むしろ、魔術の制御が苦手だというふりをしておく方が、俺の計画には都合が良かった。
「分かりました。もっと気をつけます」と軽く頭を下げると、リリスは再び冷静な顔に戻ったが、その視線には疑念が残っていた。
そこに、大師匠の足音が響いてくる。黄色の塔の頂点に立つ彼は、実践と理論をともに重んじる厳格な人物だ。
「待たせてすまなかった。
リリス、アルヴィンの調子はどうだ?
彼は理論はすでに完成している。もっと実戦を積ませるべきだと前から言っているはずだが」
そう言って、ソファーにゆったりと腰を落とす。
大師匠の声は低く、重みがある。彼の言葉には確固たる信念が感じられる。
「ええ、師匠。アル君も分かっています。ただ、心の安定が先です。制御に課題を残したまま実戦に臨むのは危険ですから」
リリスの声は冷静だが、その中に見え隠れするのは弟子を守りつつ、鍛えるための師匠としての誇り。
「それも一理あるが、制御ばかりに頼っていては、真の力は引き出せんぞ。アルヴィン、次の訓練では私が指揮を取る。実戦の準備をしろ」
「師匠自ら指導してもらえるなんて、滅多に無いんだから。だから今日は急いで来たの」
俺の胸がざわつく。制御の苦手さを理由に無能を演じ続けるつもりだったが、大師匠の言葉はそれを許さないかのようだった。
「……はい、大師匠」
頭を下げながらも、胸中で悩む。義弟に家督を譲るためには、この場で下手に出る必要があった。しかし、目の前の二人は、まるで俺の小細工を見破っているかのようだった。
リリスの目が一瞬、心配そうにこちらを見つめている気がした。そしてその視線の奥には、何かを期待するような色も混ざっていた。
「そんなに緊張するな。
そうだ、お前の制御に問題があると聞いていたが、一度見せてもらおうか」と言って立ち上がる。
「え?」
不意打ちの提案に俺は戸惑った。
だが、その瞬間、大師匠はなんの前触れもなく詠唱なしで魔法を発動させた。魔方陣が空間に浮かぶと同時に空気が一瞬震え、光の矢が俺へと向かって飛んできた。
「ッ!」
思わず反射的に身を引き、手の中で魔力が渦を巻く。
俺は無意識に制御のための手順を踏まず、魔力をそのまま直接解放した。光の矢は俺の放った障壁に阻まれ、消えていった。
「ほう、やはりな」
大師匠は目を細めて笑い、顎を撫でた。リリスは驚いた顔をしていたが、すぐにその表情は誇り高い笑みに変わった。
「アル君、あれほど制御が苦手だと思っていたけれど、いざとなるとできるじゃないの。剣術での変わった武器の扱いに慣れていたおかげかしら?」
リリスは皮肉めいた冗談を交えて、俺を見つめる。
そうだ、アニスの下で南京玉すだれ風の多節棍や、奇妙な多節剣を扱っていたおかげで、常識の枠を超えた反応力を身につけていたことに気がついた。
「まさか、無能のフリをしようとしても、思わず本気を出してしまうとはね……」
俺は内心苦笑しつつも、リリスと大師匠の視線にさらされていた。
「さて、これで問題ないことが分かったな」
大師匠は満足げに頷くと、ゆっくりと腰を下ろした。その風格は揺るぎなく、ただの魔法使いというより、時を経て磨かれた智の象徴だった。
リリスが眉をひそめ、一歩前に出る。
「それにしても、師匠。さっきのは何ですか? 起動詠唱をまるでキャンセルしたかのように見えましたけど」
俺も思わず口を挟む。
「確かに。そんな技術、僕も聞いたことがないです」
リリスはさらに鋭く続ける。
「師匠、まさか私にも教えずにこっそり使っていたなんて…どうしてですか?」
彼女の声には、普段の冷静さの中に少しの不満が混じっていた。ツンとした態度で問いかける姿は、どこか可愛らしささえ感じさせた。
大師匠はそれを聞いて、朗らかに笑い声をあげた。
「ははは、焦ることはない。これはな、ちょっとした小技じゃよ」
俺は目を見開いた。
「小技?」
大師匠は顎をさすりながら説明を始める。
「起動詠唱をキャンセルしたのではなく、事前に詠唱を済ませておいて、瞬時に発動させたのじゃ。
言わば、詠唱の『蓄積』と言える」
「何ですかそれ。
そんなの聞いたこともない
……ずるいですよ」
リリスが少し頬を膨らませ、不満げに口をとがらせた。その仕草に大師匠は微笑を深める。
「お主らはまだ若い。修行を積めば、こうした細かな技術も身に付けられる。
リリス、お前ならもう少し研究を続ければ、この技も自分で見つけるじゃろうて」
「師匠、それはもしかして遠回しに、『もっと実戦経験を積め』ってことですか?」
リリスは目を細めて、大師匠を見つめる。
「その通りじゃ。実戦こそが真の学びを与える。アルも、その一環として今日の試しに付き合ってもらったんじゃからな」
俺は大師匠の意図にようやく気付いた。単なる訓練ではなく、俺の実力を引き出すための一手だったのだ。
上手く話をそらしたつもりが、逆に自分が見抜かれていたのだと感じ、内心の戸惑いと大師匠の底知れぬ深さに感嘆せざるを得なかった。
ついに、俺が無能アピールをしっかりと決める機会が巡ってきた。入園式だ。入学式ではなく「入園式」と呼んでいるが、特に深い理由はないらしい。そんな入園式には、学園長の祝辞や在校生代表による歓迎の言葉、新入生代表の抱負といった、退屈になりそうな行事が目白押しだ。
「ここで居眠りでもしてみせれば、無能アピールも完璧だな」と心の中で密かに笑みを浮かべる。だが、その計画は一瞬で崩れ去った。
「アルヴィン君が新入生代表に選ばれたことをお知らせするわね」と突然現れたのはフィオーレだった。
学園長の代理として、学生にいろいろなことを伝達する係になっているらしい。確かに印象派でも一種のスポークスマンとして活躍していたから、妥当な役割と言える。
彼女は淡々とした口調ながら、その眼差しは鋭く、容赦ない。俺は一瞬、言葉を失った。
「え、代表ですか?」
驚きの声が漏れた俺に、フィオーレは少し微笑んで言った。
「そうよ、あなたが適任だという評価されたの。
特に例の襲撃を撃退した件で、誰も反対しなくなったはよ。
しっかり頼むわね」
そのやりとりを遠巻きに見ていたリヴィアが口元を抑えて微笑む。
「さすがアルヴィンね。やっぱり選ばれると思っていたわ」
セレーナは少し笑みを浮かべて、肩をすくめた。
「ふふっ、アルヴィンさんが代表なら安心ね。期待してるわ」
エルザは優しい眼差しで俺を見つめながら、言葉を添えた。
「私も信じているわ。アルヴィン様ならしっかりやり遂げられる」
彼女たちの反応に、俺は内心でため息をついた。――逆に考えるんだ、代表スピーチで失敗すればいいんだ、と。少なくとも、この場で無能アピールを実行するための新たな計画を練らなければならないのは確実だった。
そして迎えた入園式当日。時間を勘違いしていた俺は、急いで会場へ向かおうと魔法の起動詠唱を唱えて……周囲の騒騒しさがまだ朝食前のそれであり、まだ時間が余っているだと気づいた。どうやら、意外と緊張しているらしい。
この世界では入園式は単なるオリエンテーションではなく、地方領主の子弟に王室への忠誠心を育てるための重要な儀式でもある。そのため、学園長が国王の名代として荘厳な祝辞を読み上げ、式は始まった。特に今回の入園式は、庶子とはいえ王女であるセリーナが入学することもあり、例年より一層華やかなものだった。
次は、俺の番――新入生代表としての決意表明だ。本来ならセリーナがこの役目を務めるはずだったが、先日の暴漢撃退騒ぎでなぜか俺にお鉢が回ってきたのだ。しかも「セリーナ王女からの推薦」と言われれば、断ることなどできるはずもない。
壇上に向かう直前、セリーナが微笑みながら俺に囁いた。
「アル、あなたなら大丈夫。いつもみんなを助けてくれるように、今日もきっと素晴らしいスピーチができるはずよ」
「え、いや……俺はむしろ――」と否定しようとすると、隣のエルザが口を挟んだ。
「緊張してるの? あなたが失敗するなんて、私には想像もできないわ。だから、安心して」
内心で顔を引きつらせつつ、「そう、ありがとう」と返したが、心の中では無能アピールが失敗に終わりそうな不安が募るばかりだった。
その時、リヴィアが近寄ってくるとクスッと笑って言った。「でも、アルなら謙虚なスピーチよりも、堂々としたもののほうが似合うかもね。見ているみんなを驚かせるような、そんなスピーチを期待してるわ」
思わず苦笑しつつ、「それはどうかな……」と曖昧に答えたが、確かに堂々とした作戦を実行するしかないと自分に言い聞かせた。
壇上に上がる直前、リリスが真剣な表情で近寄ってきた。
「アル君、失敗を恐れる必要はないわ。心を整えて、あなたらしい言葉を選びなさい」
「師匠……そう言われると余計にプレッシャーが……」と心の中でぼやきつつ、リリスの視線に込められた期待を感じ取った。
すると、リリスが大師匠からのお祝いだよと続ける。
「アル、全てが計画通りにいかなくても、それが試練というものだ。だけど、あなたのスピーチが新入生にとって良い刺激になるのを私は知っている。
師匠の言葉よ」
「さすがにハードル高すぎません?」と目を丸くしながら問いかけたが、リリスはそのまま笑って肩を叩いた。「高い目標を越えたときに、真の成長があるのよ」
それを聞いていたアニスが少し笑いながら、「緊張するなら深呼吸をしてみな。失敗しても、何か面白いことが起きるかもしれないし」と軽口をたたいて励ました。
壇上でスピーチを開始しようとしたその瞬間、俺は彼女たちの期待に応えなければならないと感じつつも、どうにか計画通りに無能アピールを成功させたいという葛藤を抱えていた。深く息を吸い込んで緊張を解こうとしながら、会場全体を見渡す。心臓が高鳴る中、何かが吹っ切れたような感覚が体の中を走り抜けた。
(よし、これで大丈夫だ)
覚悟を決めると、俺は声を張り上げた。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」と、響き渡る声が広場全体にこだまする。
だが、その瞬間、得体の知れない違和感が脳裏を走った。魔素の奇妙なうねりが空間を支配し、まるで世界そのものがざわめいているかのような感覚。周囲に漂う魔力の波動は、リリスや大師匠ですら気づいていないようだ。魔法発動体の持ち込みが禁じられているはずのこの式典会場で、一体なぜ?
俺の言葉が詰まると、講師や新入生たちは一瞬、「緊張しているのか」と勘違いしたらしい。しかし、俺の視線は壇上に浮かび上がる淡い光の輪に釘付けだった。
「来た——!」
突如講堂の中心に巨大な魔法陣が出現し、冷気をまとった氷の刃が獰猛な勢いで、台上へと襲いかかってきた。霧のような霰と石礫のような鋭い雹が激しく打ち寄せる。鋭い風切り音が耳を裂き、会場中に悲鳴と驚きの声が響き渡る。
反射的に体が動いた。
全身から見えない魔力が走り、床に浮かび上がった魔法陣を電光のような光が駆け巡った。次の瞬間、轟音と共に眩い蒸気を伴った湯が床から勢いよく噴き出した。まるで間欠泉のように舞い上がった湯柱は天井まで届き、空中で広がって厚く重なった湯のカーテンを作り出す。
氷の嵐がその熱に触れると、一瞬にして砕け散り、蒸気の雲へと変わっていった。会場は白い霧で覆われ、煌めく水滴が太陽の光を反射して虹色に輝き、まるで幻想的な光景が広がる中、俺は無意識に自分の手を見下ろした。
「……なんだ、これは」
「……アル君、それって……」
慌てて駆け寄ってきたリリスとアニスの姿が、蒸気の中でぼんやりと見えた。アニスは険しい顔で状況を見つめ、周囲を警戒している。
リリスはその一方で、驚きの表情から次第にふくれっ面に変わっていった。
「ずるい、アル君。いつの間に、師匠の蓄積魔法を習得したの?」
リリスの声には少しの嫉妬と意外が混じっている。俺はふてくされる彼女を可愛いと思いながらも、この状況をどう収めるべきか悩んでいた。
「暢気なものだな、襲撃者がどこにいるかわからないのに」
「さすがに魔法での襲撃はもう無いだろうから安心よ。
……襲撃の目的が多すぎるんで、絞り込めないのはキツいけど」
やってきた学園長の言葉に「なるほど」とうなずくアニスとリリス。
納得すると同時に、言いよどむという単純な方法で無能アピール出来ることに気づくという、妙に間の抜けた思考に沈む俺だった。
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