第一話 これが始まりの一つです
俺が自分の転生に気づいた頃の話だ。
今でこそ侯爵家の嫡男として「無能アピール」を意図的に繰り返しているが、覚醒する前は、何とかして庶子である自分を認めてもらおうと必死だった。しかし、どれだけ努力しても、血統という絶対的な壁が存在するという冷酷な現実に気づくことなく、ただもがいていた。その頃の記憶はあるものの、まるで他人事のように感じる。
転機となったのは、義弟カインと妹フィオナの前で行われた剣術の稽古だった。
その日の講師は、近衛騎士団の精鋭であり、学園の剣術師範も兼ねている女性剣士、アリアだった。彼女は女性ながらもその腕前で認められ、剣術師範の職に就いている。どうやら我が家のライバルであるシュタインベルク家の影響を受けているらしく、俺を相手に遠慮なく挑んできた。彼女は女性としては大柄な体躯に加え、男性用の大剣を軽々と操る。その一方で、赤茶の短髪が揺れるたびにたわわな胸も揺れるのだが、俺は視線をできるだけ剣に集中させた。
「さあ、どうした?
貴族のご嫡男ならもっと実力見せてみろよ!」
杭とまごうほど巨大で重い木剣を腰に構えると、アリアはわざと挑発的に声を上げ、挑んでくる。
「……ええ、まあ、そのうちに」
こちらが仕方なく構えると、彼女は薄く笑いながら更に鋭い一撃を放ってきた。
その刹那、突然俺は過去の記憶が鮮明に甦り、自分が転生者であったことを思い出した。
気がつけば、木剣が俺の顔面目がけて猛然と迫っていた。反射的に左手で小ぶりな木剣を持ち上げ、相手の木剣を流れるように受け流していた。この動きは、転生前に学んでいた剣道のものだ。段を取る寸前までやっていたおかげで、体が勝手に動いたらしい。
その瞬間、アリアの挑発的だった表情が驚きに変わった。
「ほう…まさか、ここまで動けるとはな」と、さっきまで挑発とは異なる色を帯びた声が漏れた。
彼女はすぐに表情を引き締め、鋭い眼差しで俺を見据える。
「さすがは侯爵家の嫡男だな。やるじゃないか」と称賛の言葉が漏れるが、アリアの攻撃は止まらない。
次の瞬間、彼女は木剣を勢いよく突き出し、俺に襲いかかってきた。
その動きは、明らかに変わっていた。これまでの一撃一撃が重い大ぶりの動きから、大きな木剣を無駄がない小さな動きで素早く繰り出す動きに。それでいて要所要所で重い一撃を加えてくる、剣道に近い動きだった。
俺は紙一重で避けるが、その動きにアリアは驚きつつも一層の熱を込めた連撃を仕掛けてくる。
「庶子や末弟であれば、今からでも騎士団に入団させて、小姓(ペイジ)として鍛えたいくらいだ。
いや、まだ間に合うか?」
賛辞として放たれたその言葉に、覚醒した記憶を再構築していた俺は、はっとし、心の中で驚いた。
「注意をそらすな!」
罵声と同時に、杭打ちのごとく鋭い突きが放たれる。
必死で受け流しながら、内心では冷や汗を流していた。
「無能アピール」どころか、本気でやられる寸前だ。
とはいえ、何か動きが先ほどまでの殺意じみたものから明らかに変わっていた。
「そうだ、その動きだ。私の小姓ならこの程度は捌いてもらわねば困る。
だが、いつまで守勢に回っている」
その一言とともに、素早い動きで振り下ろされる。それを
さすがにこれはやばい!
そう感じた瞬間、義弟カインと妹フィオナの護衛役であるイケメン騎士が稽古場に飛び込んで来て、木剣をはじく。
「アリア殿、さすがにやり過ぎでは?」
その声にアリアははっとして木剣を逆手に持って背中側に収め、背筋を正して謝罪の礼を示す。
「申し訳ありません。
……つい本気になってしまいました。
しかし、油断していたとはいえ、あの一撃を避けるとは。見事なものです。さすが、侯爵家の長男ですね」
その言葉に、覚醒したばかりの記憶を整理していた俺は内心で驚いた。先ほどの言葉と会わせれば、俺が嫡男でありながらも「庶子」として扱われていることを暗に示す意図が込められていることに気がついたからだ。剣術を褒めているのは確かだが、同時に侯爵家の立場と庶子であることを皮肉交じりに強調していたのだ。むしろ、本気で小姓として入団させる気なのかも知れないと思わせるのだが、それは勘違いだろうなぁ。
義父は微笑んで「いや、さすがに侯爵家の長男を騎士団入りさせるわけにはいかないだろう」と取りなす一方で、義母リディアは怒りを露わにし、「もし怪我でもしたらどうするつもりですか!」と詰め寄る。アリアは「いや、その…死なない程度には」と困惑した表情で謝罪を繰り返していた。
ふと、義弟カインと妹フィオナが尊敬の眼差しでこちらを見つめているのに気づいた。
「お兄様、あのすごい勢いの一撃をかわすなんて、本当にすごいです!」と感心するフィオナ。
「兄さん、普段は冗談ばかりだけど、やっぱり本当に強かったんだ!僕の憧れだよ!」と目を輝かせるカイン。
俺は内心で「違う、ただの反射だ!」と叫びたかったが、言葉が出なかった。そして、彼らの視線とアリアの皮肉が重なり、自分が「庶子」として見なされている現実を、改めて痛感するのだった。
だが、アリアはそれで終わりにしようとはしなかった。
「どうだ、レオハルト。ミドルネームを使い分ければ、名誉騎士団と我が騎士団の両方に所属できるぞ。これでお前は私の小姓だ!」
「いやいや…侯爵家の子息を小姓にするなんて、ただの実績稼ぎじゃないですか」と、俺は思わず突っ込む。
どうやら彼女が「庶子だから小姓に出来る」と考えてると思ったのは、俺の勘違いでは無かったらしい。本気で小姓にするための道を探していたみたいだ。
「構わん。学園のぼんくらどもに剣技を教えても無駄だと嘆いていたところだしな」とアリアは鼻で笑った。
理不尽すぎる話だ。しかし、冷静に考えれば、庶子とはいえ侯爵の息子である俺が「名前だけの無能小姓」と噂される可能性もあり、かえって「無能アピール」に役立つのではないかと気づいた。結局、アリアの属する近衛騎士団にしぶしぶ付き合うことにしたのだが――
初めて近衛師団の教練場に参加する日、俺は案の定、道に迷ってしまった。
予想通りではあるものの、やはり初めてで緊張していたのだろ。
王宮の近くに設けられた教練所へ向かうつもりだったが、複雑な路地に入り込んでしまい、周囲には見慣れない建物ばかりが立ち並んでいた。
「これは……困ったな」
俺がため息をついていると、ふとした瞬間、路地の角から同年代の少女が現れた。彼女はきらびやかな衣装を纏っており、室内にもかかわらずかぶっている大きなつばの帽子の下で、少し困ったような表情を浮かべていた。
「ごめんなさい、ここは王宮に行く道で合っていますか?」
彼女の声は澄んでいて、どこか威厳すら感じられたが、その瞳には不安の色が見え隠れしていた。
多分初めて来た貴族の子女が、両親か護衛から離れてしまったのだろう。
「いや、実は僕も道に迷ってしまって……でも、一緒に探してみましょうか?」
俺はできる限り優しく笑いかけた。少女は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに小さく頷いた。
ちょっと不安そうな彼女を元気づけようと、俺は自分の冒険談としてこの間の剣術訓練や暴漢から女性を助けた話をしてあげると、目をキラキラさせながら食い入るようにして聞き入っていた。
二人で話しながらしばらく歩いていると、大人の話し声が遠くから聞こえてきた。王宮の衛兵らしき人たちが見えると、少女の顔がぱっと明るくなった。
「よかった……助かったわ」
少女はほっと息をつき、俺を見つめた。
「ありがとう。あなたのおかげで無事にたどり着けたわ」
俺たちに気づいたらしい衛兵が、こちらにガチャガチャ鎧の音を立てながらやって来る。
「いえ、大したことじゃないですよ。お役に立てて何よりです」
そのとき遠くから『レオハルト!』と呼ぶ声が聞こえてきた。
俺が軽く礼をして別れを告げようとしたその時、少女は一瞬何かを考えるように目を細めた後、小さく微笑んだ。
「またお会いしましょうね」
彼女の言葉が耳に残る。
アリアは俺を騎士団の面々に紹介する際、あえて侯爵家の嫡男であることは伏せ、「剣を教えに行った貴族の子弟が有能だったので弟子として育てるため、小姓見習いとして鍛えているのだ」と説明した。
……アリアだから、単に気づいてないだけな可能性が高そうだ。
そして、さらに付け加えた。
「学園に入ると同時に正式に小姓とし、その後、叙任するつもりだ。だから、手を抜かず鍛え上げてもらいたい」
団員たちはアリアの厳然たる様子にうなずきつつも、若干の驚きが混じった視線で俺を見つめている。
多分下級貴族の子弟だと思われているのだろうけど『あのアリアが弟子を取った、それも貴族だって!』みたいな感じだろう。
「ほら、レオハルト。今日からお前もここで訓練だ。小姓といえど、実力が伴わねばならんからな。まずは模擬戦から始めるぞ!」
そう言うや否や、彼女は容赦なく俺を模擬戦に引っ張り出し、周りには「近衛騎士団の新人候補」として騒がれ始めてしまう。
「どうだ、我が騎士団に加わることになった才能ある小姓を鍛えるのは実に素晴らしいことだろう?これで私の流派が絶えることはない!安心して後を任せられるぞ!」
模擬戦が終わると、そのたびにアリアは誇らしげに胸を張る。
次第に団員たちの中でも俺が「アリア様お気に入りの新人小姓」という半ば勘違いの称号を得てしまい、近衛騎士団での立場がどんどん強引に固められていくのだった。
剣ではあれだったが、魔法なら。
そんな俺の思いを無視して、思わぬ形で俺の前世の知識が波紋を広げてしまったのだ。
ある日、義父エドモンドの依頼で、俺は首都にある彼と昵懇の商会へ挨拶に行くことになった。商会の取引に関する報告を受け、領地の発展に役立つ話も聞けたので、用事は順調に終わり、帰路に着こうとしていた。その時、ちょっとした騒ぎを目にした。
目の前には、黒いローブを羽織った女性が数人の不良に絡まれていた。近づくと、彼らは女性に向かって罵声を浴びせ、魔法使いであることを理由に嫌がらせをしているようだった。ため息をつきながら俺は足を止め、彼らの前に立ちはだかる。
「おい、そろそろその辺にしておけよ。魔女に絡むのは命知らずのやることだぞ?」
「はっ、何だこのガキは? 貴族ぶった口利きやがって!」
不良の一人がうさん臭そうに俺を睨むと、ほかの連中も薄笑いを浮かべてにじり寄ってきた。
「仕方ないな…」
その言葉を最後に、不良たちが俺に殴りかかってきた。俺は瞬時に旅行用の杖を構え、流れるように動き始める。最初の一人が拳を振りかぶるやいなや、その腕を杖で下から払い、反動でよろめいた不良の顎を狙って杖を突き上げた。鋭い音とともに奴は吹っ飛び、地面に倒れ込む。
「この野郎!」
次の不良が背後から襲いかかってくるが、振り返りざまに杖を脇腹に叩き込み、その勢いのまま杖を背中に回して背後から飛び掛かった奴の顔面を正確に狙う。杖がゴツンと響き、不良は鼻血を噴きながら倒れた。
「おい、本物の貴族なんかじゃねぇのか?」
不良たちが俺の身分に気づいたのか、どこか焦りを見せ始めた。しかしこちらは動じず、表情一つ変えずに彼らをじっと睨み返した。
「貴族とか関係ないだろ。お前ら、何度でも懲らしめてやるさ」
冷や汗を浮かべた不良たちは、慌てて背を向け、逃げ出していく。その様子を確認して杖を下ろすと、助けた女性の方に視線を向けた。
黒いローブの隙間からは銀髪がこぼれ落ち、その下の鋭い紫色の瞳が俺をじっと見つめていた。彼女は微笑むでもなく、不思議な表情で俺を観察するように眺めている。
「……気に入ったわ。あなた、名前は?」
その鋭い視線に一瞬たじろぎながらも、俺は少し気取って肩をすくめた。
「アルヴィンだ。あんたは?」
彼女はふっと口元に薄い笑みを浮かべ、自己紹介の代わりにこう言った。
「ごめんなさい、ありがとう、助かったわ。
まさか街中で魔法をぶっ放す訳にもいかないから。
ところであなた、ただの領主の息子じゃないみたいね?」
助けた女性は黒いローブから美しい銀髪を覗かせ、鋭い紫色の瞳でこちらを見つめていた。
彼女の名はリリス・グレンヴィル。後で知ったことだが、彼女は王都でも有名な実力派の魔女で、特に魔法理論の専門家として一目置かれる存在だった。
「後悔しないでね。これからあなた、私の教え子になるのだから」と、俺を品定めするようにリリスが言った。
その後、彼女と会話を交わしているうちに、俺が侯爵家の嫡男でありながら、魔法の知識がほとんどないことを知ったリリスは、「興味深いわね」と妙に感心したらしい。そして、途中で合流した義父と義母に対して、彼女から熱心に「彼に魔法を教えてあげる」と申し出があり、ちょうど侯爵家の後継者に一流の素養を身につけさせるための一環として、魔法の基礎を教える講師を探していたところだったので、渋る義母の反対を押し切って、押しかけ師匠の彼女から魔法を学ぶことになったのだ。
リリスは当初、俺に対して魔法の基礎を教えるつもりだったようだが、俺が持つ異世界の数学や物理学の知識に触れるにつれ、その指導内容も変わっていった。
ある日、リリスが授業中に説明していた魔方陣の効率化に関する話に対して、俺が黄金比やフィボナッチ数列を応用できるのではないかと提案したことが、大きな転機となった。
「先生、魔力の集まり方をただの円形じゃなくて、黄金比やフィボナッチ数列に基づいて配置すれば、もっと自然にエネルギーが循環するんじゃないでしょうか?」
彼女は最初、ぽかんとした顔でこちらを見つめていたが、やがて興味を抱いたようで、軽く頷きながら言った。
「面白い発想ね。黄金比とフィボナッチ数列を魔方陣に応用するなんて聞いたことがないけれど……なるほど、確かにその理屈は合いそうだわ」
試しに黄金比を取り入れて魔方陣を描くと、これまでのものよりも魔力の流れが格段にスムーズになった。
彼女も驚いたようで、「これは新しい発見になるかもしれないわね……」と感心していた。
リリスはすぐに俺を連れ、そのアイデアを自身の師匠である大魔道士へと持ち込んだ。なんだかんだで意外と行動力がある。
だからと言って、俺まで『黄色の塔』と呼ばれる、彼女の属する派閥の塔に連れて行く必要は無かったと思うんだ。
彼女の師匠は最初「そんな理論で魔力が増幅するわけがない」と否定的だった。しかし、なんだかんだで前世だと科学者として名をなしたに違いないだけの知識と教養を持った人間だけあって、否定するにも実際に試して見る必要があると言う実証主義的発想に基づき、まずは試してみることに。
そして実際に試してみた結果、予想以上の効果が現れ、師匠も驚愕。
「これからは儂のことを、リリスの師匠だから大師匠と呼ぶがよい」と大はしゃぎするほどだ。
もともとその魔方陣の強化法は、魔法学会の機密技術として秘匿されるべきものだったが、思いがけない革新性と効果の高さから、「これを魔法学会に公開することで、魔術全体の発展に貢献できる」と判断し、異例の公開が行われることになった。
その発見をもとに、魔女と大師匠は魔法学会でも一躍注目され、二人とも学会のTOPクラスの地位に躍進していったのだ。
そして今では、人数こそ厳選しすぎて少ないものの、『黄色い塔』は魔法界隈でも一二を争う大派閥となっている。
そして今、リリスは俺のことを「私たちの派閥の新星」と勝手に位置付け、誰にでも「アル君は私の弟子みたいなものよ、まだ年齢の問題で正式じゃ無いだけで」と言いふらしている。
さらに、大師匠も自分の派閥にいずれ正式に加わるものと信じて疑っておらず、他の講師や師匠筋の魔道士にまで「アルヴィンくんは孫弟子みたいなものだ」と自慢して回っているらしい。
俺自身、魔法の世界にそこまで深入りするつもりはなかったんだが……気づけばすでに「魔法学会のホープ」として、周囲から妙な注目を集める羽目になってしまっていた。
……ところで、俺のことアイデアの玉手箱みたいにおもってませんよね?
だが学園入学前、リリスやその師匠から基礎をたたき込まれていたとはいえ、実際の魔法の実践となると全く別物だった。魔法には物理法則に反する部分が多く、どうしても「こんな不合理なことができるわけがない!」と頭が現実的な考えに引きずられてしまう。結果、魔法実践の成績は散々だった。
ある日、リリスが実践授業として基礎的な火球の魔法を教えてくれることになった。だが、俺は「火球なんて、燃料も酸素も足りないだろ」と考えてしまい、魔法陣の詠唱に集中しきれず、出てきたのはしけた火花だけ。隣で見ていたリリスは「そんなに理屈を考えない!」と少し呆れたように笑ったが、教えの甲斐なく、俺はどうしても現実の理屈で考える癖が抜けなかった。
また別の日には、魔力を込めて風の刃を放つ練習中、風速や角度を考えすぎたせいで、肝心の魔法が発動せず「風すら起きない」という結果に終わってしまった。傍で見守っていたリリスの師匠も「お前のような賢い子が、どうしてこんな基本ができないんだ」と首を傾げ、リリスまで肩をすくめる始末。
「アル君って理論には強いけど、どうも実践で苦手が出るタイプみたいね」とリリスが言うと、俺はただ「そういうことじゃないんだよ……」と心の中で呟くしかなかった。
周囲は俺を「文武両道の天才」だと噂し、義弟カインや妹フィオナもますます俺に敬意を抱いているようだが、実のところは手に負えないくらいの理論バカだということは、師匠達しか知らない。
一方で、義父ギュンターと義母リディアの態度にも微妙な変化が現れ始めていた。義父ギュンターは、俺が剣術の講師を圧倒した場面を目にして、表向きには称賛してくれたものの、その眼差しにはどこか疑念の色が浮かんでいた。彼にとって、亡き兄レオハルトの息子である俺は「余所者」のような存在なのだろう。実際、ギュンターの本心としては、彼の息子であるカインこそが侯爵家を継ぐべきだと考えているに違いない。
義母リディアの思いはさらに複雑だった。
彼女はかつてレオハルトを知っていると言っていたが、じっさいはもっと深く知っていたらしい。俺の中にその面影や才能を垣間見るたび、微妙な表情を浮かべることが増えた。彼女は複雑な思いを抱えながらも、内心では実の息子カインのことが気になって仕方ないのだろう。
カインとフィオナもまた、俺が義父母にどう見られているのかに気づいている節があるが、二人はむしろそれをあまり意識していないようだった。最近、リリスが遊びに来るたび、彼女が首都で不良を叩きのめした話などに興味津々で耳を傾け、まるで俺が「兄」としてどれだけ強くて頼もしいかを誇らしげに見つめてくるのだ。特にカインは、内心俺を超えることを目標にしているようで、その眼差しには決意が宿っていた。
それにしてもカインとフィオナは互いに意識していないふりをしているが、微妙にお互いを気にかけている。
たとえばカインが、フィオナの好物をさりげなく用意していたり、フィオナが話題の本を読むたびにカインも興味があるかのように話を合わせたりしているのだが、二人ともそれが無意識のうちだというのが微笑ましい。お互いを思いやりながらもその気持ちに気づかないあたり、どこかじれったい二人だ。
そんな中、ある日、義母リディアがふと俺に声をかけてきた。
「アルヴィン、あなた……本当に無理はしていないのね?」
彼女の問いかけには優しさがこもっていたが、その裏には複雑な思いが隠されていたのだろう。俺は「いや、むしろ無理をして無能になりたいんだよ」と心でつぶやきつつ、ただ微笑んで頷くだけに留めた。
こうして俺の目標はより明確になった。評判は「無能な嫡男」、このままでいこう。
そして、将来的には家督をカインとフィオナというお似合いの二人に譲り、俺はただ彼らをサポートする存在でありたいのだ。
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