侯爵家に転生したけど、無能な方の長男でした
製本業者
第0話 無能な方の嫡男でした
俺は、侯爵家の嫡男らしい——だが、その事実にどうしても実感が湧かない。
というのも、俺はこの世界に転生してきたからだ。しかも、その特典と呼べるものは、「侯爵家の嫡男」という立場だけ。それ以外には何の能力も、特別な才能もない。無敵スキルもなければ、チート知識もない。ただ、前世の俺を覚えているというだけだ。
そんな俺だが、実はこの「嫡男」という肩書きすら、まったく実態にそぐわないものだ。実のところ、俺は父さんの兄、つまり俺の本当の父親の庶子だ。だが、本当の父親は早く亡くなった。その後、父さん(叔父)が、侯爵家の長男として家を継いだことで、俺はなんとなく嫡男という立場に据えられたというわけだ。
俺は侯爵家の嫡男らしい。しかし、その肩書きに見合う何かがあるかというと、特にない。ただの転生者であり、それ以外の特典もチートもなし。転生者として目覚めたとき、俺はすでにこの家の「長男」として存在していた。だが、その事実にはやや裏がある。実は、俺の本当の父親は、父さんの兄、つまり俺の叔父にあたる人だった。
俺がまだ幼かった頃、本当の父親は亡くなり、叔父である今の父さんが侯爵家を継いだ。そして、自然な流れで俺がその跡継ぎになったわけだ。だが、母さん(祖母)は庶民出身で、父さんとの結婚は一族内で相当揉めたらしい。だから、俺が嫡男として立場を持っていることも、ある意味では一族の中では微妙な位置づけだ。
そんな状況にいる俺だが、嫡男でありながら、どこか「庶子」の意識をぬぐえずにいる。特に、義母やその実の息子であるカインを見ていると、余計にその思いが強くなる。義弟のカインはとにかく優秀だ。頭のキレも抜群だし、領地経営に関しても天才的なセンスがある。義母が実の息子を溺愛するのは当然だろう。義弟としてのカインに対する嫉妬はないけれど、俺が「嫡男」として扱われることにどうしても違和感があるのだ。
しかも、俺に対する義母の態度は厳しい。義母は義弟には甘々で、妹フィオナにも溺愛状態なのに、俺には冷たい視線を送ることが多い。まぁ、立場を考えれば当然のことだ。俺がただの庶子だということを、本人はおそらく隠そうとしているのだろうが、周囲の視線からはそれがにじみ出ているのを俺は感じている。
「俺が嫡男だって? 笑わせるな」なんて思う日もあるが、それでもこうして侯爵家に身を置いている以上、どうやってこの状況をやり過ごすかが俺の課題だ。そして、俺が選んだ道は——そう、「無能アピール」だ。
とはいえ、この道が正解かどうかは、俺にもまだわからない。
ただ義弟のカインは頭もキレるし、領地経営の才能もある。だから、母さん(義母ね)が実の息子を可愛がるのも当然だよな。
しかも、俺にはやたら厳しいのに、妹には驚くほど甘くて、溺愛状態。妹は実父の正妻との子らしいので、母親が違っている可能性が高いので、厳しく育てずとも嫁ぎ先は引き手あまた……いや、カインとくっつけたいのかも知れない。
けっ、なんだそれ。
彼はエドモンド義父(父さん)とリディア義母(母さん)の間に生まれた正真正銘の長男であり、俺とは違って正当な嫡男だ。頭も切れるし、領地経営のセンスも非の打ち所がない。どんな問題も冷静に分析して、最適解を見つけ出す才能の持ち主で、周囲からの信頼も厚い。俺が後を継ぐなんて、冗談にすらならない。実際、カインに任せた方が絶対うまくいく。転生者の俺だからこそ分かるけど、彼こそ侯爵家の未来を担うべき人材だ。
そして俺の血には庶民の血が混じっている。社交界や家名の格式を考えると、正当な血筋であるカインが後を継ぐ方が都合がいいに決まってる。
それにしてもカインは本当に「できる」奴だ。俺が持っている異世界知識や前世での経験を使って勉強しても、彼の勉強ペースには全然追いつけない。こっちが小細工して無能を装っても、彼が毎回フォローしてくれるから「どうしてそこまで気を遣ってくれるのか」と内心思ってしまうほどだ。しかも、彼は本当に俺のことを兄として尊敬してくれているらしい。どんな時でも「兄さん」と慕ってくれて、その真っ直ぐな視線には少しだけ照れくさくなる。
ある時も、領地の収支報告をまとめてくれると言っていたカインが、普段通り完璧なレポートを仕上げてきたんだが……。その最後のページに、誤って「領民に感謝の品を贈る計画:
まあ、微笑ましかった以上になんでこんな間違いしたのか謎すぎて、思わず笑ってしまったものだ。
真面目で完璧なカインにも、時々こんなうっかりした一面がある。普段の冷静沈着な彼のギャップに思わず笑ってしまったが、彼は照れくさそうにしていた。それでも、こうした小さな失敗も、彼の人間らしい一面であり、兄として少し誇らしくもある。
今の時点でルックスもすでに抜群だし、このまま成長すれば将来は絶対に義父以上にモテまくること間違いなしだ。
けっ。まったく。
妹のフィオナは、とにかくめちゃくちゃ可愛い。外見はクールで少しきつい顔立ちをしているから、周りからはよく「冷たい」「近寄りがたい」と言われるが、実際のところは全然そんなことはない。むしろ、俺が思うに、そのギャップが彼女の最大の魅力だ。普段は冷静で落ち着いているけど、笑ったときの無邪気な表情は破壊力抜群で、こっちまでつられて笑顔になってしまう。
ただ、その冷たく見える雰囲気が少し「悪役令嬢」っぽいのは事実だ。たとえば、社交の場では一流の貴婦人として振る舞っているのだが、裏では少し毒舌だったりする。そのうちの一つを挙げると、ある晩餐会で、フィオナは相手領主の息子に妙に絡まれたことがあった。フィオナはにっこり微笑んで、「あら、あなたの家には一度うかがわなければならないわね。どれほどのお屋敷か、興味があるもの」とさらりと言っていたけど、後で俺に「ただの成金屋敷でしょ?」とポツリ。まるで冷水をかけるように、さりげなく言ってのけたあたりが、彼女らしい一面だ。
そんなフィオナだから、表ではまるで悪役令嬢のように振る舞っても、俺やカインの前ではまるで別人。特に俺に対しては、よく小言を言うし、時には鋭いツッコミも入れてくる。だが、その一方で、いつも俺の無能アピールに対しても気遣いを見せてくれる優しさも持っているんだ。
確かに、彼女の冷たそうな外見は「悪役令嬢」っぽく見えるかもしれない。だが、もし彼女が義弟のカインと結ばれたら、全てうまくいくだろう。カインは優秀で、彼女を支えるのにぴったりだし、彼らがくっついてくれたら俺の役割なんてほぼ消えてなくなる。つまり、俺が適当にサポートして「無能ポジション」に徹すれば、最悪のシナリオ——断罪なんてことにもならないはずだ。
けど、ほんと皮肉なものだよな。俺が「無能」で「悪名高い」方が、周囲にとってはむしろ都合がいいなんてさ。
けっ。ほんとに。
だけど、困ったことに二人とも何だかんだで俺になついてくるんだ。俺がこんな「無能な兄貴」をやっているのに、どうしてこう素直で可愛いんだよ、お前ら。ほんと、つらいよな。
たとえば、以前の話だ。フィオナがまだ小さかった頃、泣きじゃくりながら俺の部屋に駆け込んできたことがあった。大切にしていた人形が壊れたらしい。俺はそんなに器用な方じゃないけど、一生懸命に糸と針で直してやった。その時のフィオナの涙目の笑顔、今でも忘れられない。
「お兄ちゃん、ありがとう……大好き!」
その一言が、どれほど俺の胸に刺さったか。今でも彼女は俺を頼りにしてくる。クールな態度は見せるけど、困った時は必ず俺のところに来るんだよな。
カインもまた同じだ。彼が体調を崩した時、たまたま俺が近くにいて看病したことがあった。夜遅くまで彼の部屋にこもって薬を作ってやったり、冷えたタオルを交換したり。翌朝、カインはちょっと照れくさそうに微笑んで、「ありがとう、兄さん。助かったよ」と言ってきた。その時の信頼の眼差しが今でも忘れられない。
彼は俺を超える才能を持っているけど、どこかで俺を兄として慕ってくれているんだろう。
そんな二人を見ていると、俺が「無能」なままでいられない気もするけど……やっぱり、つらたんだよな。
けっ。マジで。
特に……最近一番悩んでいるのはリディア母さんのことだ。正直、彼女は俺の義母なんだけど、なんていうか……妙に俺の好みに合致してるんだよな。
言い直そう。無茶苦茶好みのど真ん中で、直球で三球三振させられています。
転生前の俺、割と年上好きだったんだ。しかも、リディア母さんって、まさにその理想を体現しているというか。厳しいところもあるけど、それが逆に魅力的に感じてしまう。美しい金髪をきちんとまとめたアップスタイルや、冷静で気品のある態度……正直、俺、かなり惹かれてるかもしれない。……あと、眼鏡もポイント高い。
唯一の弱点たる胸囲装甲も、着痩せしてる部分を差し引けば、逆にアピールポイントたり得るかも。
でも、義母に恋愛感情を抱くってどうなんだ? いや、血が繋がっていないとはいえ、倫理的にアウトだろ。
しかも、彼女の本当の気持ちなんて分からない。リディア母さんが俺に厳しく接するのも、やっぱり俺が「庶子」だからかもしれないし。彼女は正当な血統のカインを本当に誇りに思っているんだろう。
だけど、時々、リディア母さんに叱られると、妙に懐かしい感覚がするんだよな。何か昔から知っているような感覚……でも、その理由はわからない。表向きは冷たくて距離を置かれている気がするけど、実はどこかで俺を気にかけてくれているような気もする。
……まあ、きっと思い込みだよな。所詮、俺は庶子なんだし。
けっ。ならよいんだけど。
でも、決めた。
「無能を演じれば、誰も俺に期待しない」
だから俺は、無能を演じることに専念する。
無能を装えば、俺が家督を継ぐなんて話は出てこないし、カインを後継者にする道も開ける。俺は積極的に目立つつもりはないし、むしろ影に回ってカインを支えることが俺の役割だと思っている。カインこそがこの家を継ぐべき人間だし、俺が余計なことをしない方がうまくいくんだ。
もちろん、これは最初から考えていたことだ。俺は元々、この世界に来た時から「控えめに生きる」ことが一番だと思っていた。前世でも特に何かを成し遂げたわけじゃないし、普通に生きてきたんだから、ここでも同じだ。無理に背伸びする必要なんてない。
だから俺、無能を晒して家督をカインに譲ることにするよ。彼が侯爵家を継ぐ方が、みんな幸せになれるはずだ。
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