第四話 四角のカンバスが印象的です

「兄上のことは尊敬してるけど、最近振り回されっぱなしだな……今度は何を頼まれるんだろう?」

部屋の中からカインがフィオナに小声で囁いているのが聞こえる。

フィオナは笑いながらカインに囁く。

「でも、それが兄上じゃない?

私たちを信頼してくれているんだと思うわ。それに、カインがうまくフォローしてくれるから私は安心して見ていられるの」

カインは照れくさそうに、だが楽しそうに答える。

「確かにそうだな。でも、事前に教えてくれるともっと助かるんだけど」


その会話を耳にしながら、俺は内心で苦笑い。

なんだかんだ言って二人には振り回してばかりで申し訳ない気持ちがありつつも、どこかほほえましい気分にもなった。二人は俺を尊敬してくれているようだが、なんだかんだで仲が進展している様子が見て取れる。

コホンとわざとらしい咳払いをすると、ノックして部屋に入る。

「少し遅れたようで、すまなかった」

カインが俺のほうを向き直り、少し冗談めかした声で言ってきた。

「兄さん、今日は何を計画されているんですか?

準備が必要なことでなければ助かりますけど」

俺はその言葉に軽く笑いながら答えた。

「まぁ、そんなに心配するな。今日はちょっと別な話だ。お前たちにも楽しんでもらえると思う」

そして、俺は胸を張って、堂々と宣言した。

「美術ってのはな、センスがすべてだ!」

俺はカインとフィオナを前に、わざと得意げに言い放った。内心では、これは「無能アピール」の絶好のチャンスだと思っていた。美術なんて全くわからないし、適当に高価そうなものを選べば、周囲は俺が無能だと確信するだろうと考えていたのだ。

「今日は特別に美術商を呼んでやった。俺の美術センスを思い知れ!」と、自信満々に続けた。

カインは微妙な表情を浮かべていたが、いつものように黙って頷いている。フィオナは少し興味がありそうな様子で、じっと俺を見守っている。

やがて美術商が登場し、彼が持ってきたのは、由緒正しい高価な肖像画や風景画の数々。彼は熱心に作品の来歴や作者について説明してくれるが、正直どれも俺にはピンとこない。これは「無能アピール」にうってつけだ、と内心ほくそ笑みながら、俺はじっと眺めていた。

だが、そんな俺の思惑をよそに、カインは真剣な表情で作品を一枚一枚見つめ、フィオナも時折カインに意見を交わしながら、楽しそうに作品を選び始めた。

「お兄様、これなんかどうかしら?」とフィオナが言うと、カインはすぐに応じた。

「うん、確かに。色合いもいいし、館のホールに飾るにはぴったりだと思う」

二人が真剣に話し合っているのを見て、俺は内心焦り始めた。これは無能アピールの場だったはずが、いつの間にか二人が真剣に作品を選び始めてしまったじゃないか。

「違う、違うんだ……これは、失敗させたかったんだ!」と心の中で叫びながらも、二人のまっすぐな眼差しと信頼し合う姿を見て、俺は何も言えなくなってしまった。


そう美術商が持ってきたのは、どれも由緒正しく高価な肖像画や風景画だった。彼は熱心に作品の来歴や作者について説明してくるが、正直どれもピンとこない。これなら「無能アピール」として適当に選んでおけば、俺が美術にまるでセンスがないと皆に思わせられるかもしれない……そんな淡い期待を抱きながら作品を眺めていた。

だが、そんな俺の思惑を一気に覆すかのように、一枚の絵が俺の視界に飛び込んできた。

「あれは……なんだ?」

それは他の絵とはまったく違っていた。ざっくりとした大胆な筆使いと、目を引く鮮やかな色彩。

印象派だ!

この時代ではまだ知られていないかもしれないが、俺にはその力強さと情熱が確かに見えた。細かく描き込まれた肖像画や風景画とは一線を画すその斬新なタッチに、心が不思議と引かれていく。

美術なんて全然わからないはずなのに、この絵だけは特別なものを感じた。

美術商は俺がその絵に目を留めたことに気づき、一瞬たじろいだ。あからさまに動揺した様子で説明を始める。

「そちらは……少々粗雑な作品でして。

実は、現在の美術界に不満を持つ一部の画家がこっそり紛れ込ませたもののようです。

若気の至りというか……正直、ゴミが混じってしまったようなものかと……」

「ゴミ、だと?」

俺は思わず繰り返した。

美術商はさらに慌てて続ける。

「はい、そうです。こちらの絵は、正式な展示には適さないと考えておりまして……

最初は外しておくべきだったのですが、どうやら間違って混入してしまったようでして。

お見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ございません。

どうか他の、もっと価値のある作品をご覧いただければと思います」

俺は美術商の言葉をぼんやりと聞き流しながらも、その絵から目を離せなかった。

画商は明らかにその一枚を無視してくれとばかりに話を流そうとする。しかし、俺はなぜかその絵に心を奪われていた。大胆な筆使いと鮮やかな色彩。その一枚だけが、他のどれとも違って見えた。俺は無意識にその絵の前に歩み寄り、じっと見つめた。

確かに、他の作品と比べれば技術的に未熟に見えるかもしれない。しかし、その大胆さとエネルギーが感じられる絵には、他のどの作品にもない強烈な魅力があった。

「ゴミだと言うが……俺はこの絵が気に入った。これを買う」

美術商は驚いた表情を浮かべた。

「で、ですが……」

美術商がうろたえる中、カインが少し心配そうに「本当に大丈夫ですか?」と心配そうに上目遣いでたずねてくる。

だが、俺は毅然とした声で言った。

「センスはすべてだと言っただろう。俺の直感に従うまでさ」

こうして俺は、他のどれでもなく、この一風変わった絵を選んだ。もしかしたら、またしても無能扱いされるだろうと内心で期待しつつも、少しだけ胸の中に奇妙な誇りが芽生えていた。

「いや、この絵……いいじゃないか。」

俺はそう言い放った。

「えっ!?兄上、それは……本当に大丈夫ですか?」

カインが困惑した表情で、止めにかかる。いつも冷静な彼が珍しく戸惑っている。フィオナも、驚いた顔で俺を見つめた。

「そうです、お兄様。もっと綺麗で伝統ある絵がたくさんありますよ?その……少し乱雑な感じが……」

「いいんだ、これで」

俺は強気に言い切った。

「この絵には、なんか……引かれるものがあるんだよ」

「引かれる……ですか?」

カインは少し驚きつつも、すぐに真剣な顔でその絵を見つめたが、しばらくして首を傾げた。

「うーん、兄上がそこまで仰るなら……でも、僕にはまだ何かがわからないな」

「私も、ちょっと不思議な気はするけど……」

フィオナも絵を見つめながら、眉を寄せている。二人とも、俺が何を感じ取っているのか理解しきれないようだ。

美術商は再び焦り出し、「あの……実は、こちらの作品はほとんど評価されていないものですし、正直申しまして、ゴミ扱いと言っても過言ではないかと……」と必死に言い訳を始めたが、俺は意に介さなかった。

「この粗雑な感じがいいんだよ。感じないか?

生命力が溢れてる。これを買うぞ。」

俺の言葉に、カインとフィオナは顔を見合わせた。尊敬してくれていることは感じるが、二人とも「本当にこれでいいのか?」という不安そうな空気が漂っている。

「兄上は……やっぱり先を見据えているんですね」

カインが苦笑しながら言う。

「僕にはまだその凄さがわからないけど、兄上がそうおっしゃるなら、それがきっと正解なんでしょうね」

「そうよ、カイン。お兄様の選んだものがきっと正しいのよ。私たちも信じましょう」

フィオナはカインを優しく見つめて微笑んだ。二人の間には、自然と信頼と絆が深まっているようだった。

「ゴミか……それじゃあ、俺が買うしかないだろうな。俺みたいな天才にこそふさわしい」

俺はニヤリと笑い、内心で完璧な「無能アピール」のチャンスが訪れたと確信していた。

「ですが、兄上!」

カインがもう一度止めようとするが、俺は軽く手を振って制した。

「お前たちにはわからんかもしれんが、この絵には独特の魅力があるんだよ。まあ、センスってやつだな」

ますます得意げに俺は宣言する。これでカインもフィオナも、俺の「センス」を感じ取ってくれるだろう……いや、感じ取れなくていい。むしろそのほうが俺の無能さを際立たせるはずだ。

「……ほんとうに兄上はお目が高い」

カインがようやく諦めたように呟き、フィオナも困惑したまま頷いている。どうやら二人ともまだ理解していない様子だが、それでいい。彼らにはまだこのセンスの深さが分からないだけなんだ。

「それに、もっと同じような作品が欲しい。追加で注文できるか?」

俺は興奮しながら美術商に尋ねた。

「え、ええ、まあ……もちろんですが、こういった作品は非常に珍しいものでして……数が限られておりますが……」

美術商はまだ動揺を隠しきれず、冷や汗をかきながら答える。

「いいから、もっと持ってこい。俺の館をこれらで埋め尽くしてやる!」

俺は満足げに言い放つ。これで俺の館がこれら「ゴミ作品」で埋め尽くされるのを想像すると、笑いがこみ上げてくる。

カインもフィオナも、呆然として俺の言葉を聞いているが、俺は彼らの反応を意に介さない。これで、俺がどれほど無能かを周囲にアピールできたに違いない。これ以上の無能さはないだろう。自信満々にゴミを買い漁る侯爵家の嫡男。世間は俺の無能ぶりに驚愕するだろうとほくそ笑んだ。

ふとカインが、ため息混じりにぼそっと言う。「兄上、僕たちにはまだその価値が分からないかもしれませんが……兄上の選択が正しいのでしょうね。僕もその価値をいつか理解できるように、もっと学ばねばなりませんね」

「ええ、私も……さすがお兄様、やっぱり目が高いわ……」

フィオナも、まだ理解しきれないながらも、どこか尊敬の眼差しを俺に向けている。

「そうだ、いつかお前たちもわかるさ。俺はセンスがいいんだ。これは時間が解決してくれる」

俺はますます得意気に語り、二人の呆れた表情に気づかないふりをする。


しばらくして、この「ゴミ絵」を義母が見かけた日、義母はその前で静かに立ち止まり、絵をじっと見つめ、何か言いたげな表情を浮かべていた。

「これを選んだのは誰?」

義母がじっと絵を見つめながら、誰にともなくつぶやいた。

俺が選んだことを聞いて、彼女は少し驚いた様子を見せる。次に、何とも言えない困惑した表情が現れる。

「どうしてこの素晴らしさがわかるの?

……父親譲りの感性なのかしら?

それとも……まさか貴方もしかして転生者?」と、義母がぽつりとつぶやく。

俺はその声を聞いてギクリとしたが、すぐに義母の独り言だと気づいた。彼女はしばらく絵を見つめた後、そっとその場を離れていった。

義母は、俺の背中を見ながら悩むように呟いていたが、俺にはそれが聞こえなかった。俺はただ、このときばかりは自分の「無能アピール」が正解だったのかもしれないと、妙な満足感に浸っていた。


美術商が去った後、しばらくは静かな時間が流れた。俺が買い集めた「ゴミ絵」と評される作品たちは、次々と館に運び込まれ、その奇妙な空間を満たしていた。カインやフィオナは、その都度感嘆や戸惑いを見せていたが、彼らは次第にその「美術館」の存在を受け入れ始めた。


そんなある日、領内で進めていた旧街道の整備が完了したという報告が届いた。もともとこの計画は、俺の父が長年にわたり取り組んできたものだったが、結果を出す前に中断されていた。それを俺が引き継ぎ、改良を加えて遂行したという経緯がある。

カインがやってきて、いつものように敬意を持ちながらも、どこか困ったような表情を浮かべていた。「兄上、旧街道の整備が無事に終わったそうです。辺境伯様からも使者が来ており、直接ご報告を受けることになっております」

俺は少し驚きながらも頷いた。辺境伯――家同士も競合する相手だが、それ以上に実父とはライバルとも言える存在で、長い間対立してきた人物だ。

彼が俺に会いに来るとは思わなかったが、何か大事な話があるのだろう。

邸内の広間に現れた辺境伯は、威圧感がありながらも、どこか親しみ深い雰囲気を漂わせていた。彼は静かに俺を見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「侯爵の息子よ、旧街道の整備について、報告は聞いている。素晴らしい仕事を成し遂げたな」

彼の言葉には、かつての敵対的な態度は影を潜め、むしろ俺を認めるかのような響きがあった。

「父の計画を引き継いだだけです」と俺は謙遜して答えたが、辺境伯は首を振った。

「いや、お前の父にはできなかったことを、お前がやり遂げた。見事だ。それに、噂によれば、農地の復興もお前の指導で成功したとか。腐った魚を使った肥料の話は、驚いたが見事なものだ」

辺境伯の口調には感心が込められており、彼の目は鋭くも温かいものを感じさせた。

俺は少し居心地の悪さを感じつつも、そのまま話を受け止めた。

「まあ、カインやフィオナ、そして農民たちが頑張ってくれたおかげです」

辺境伯は大きくうなずいて、そしてぎょっと目を見開いた。

「でだ。

お前がいきなり、変な絵を大量に買い集めてるって話を聞いたが、一体どういうつもりなんだ?」

彼の真剣な顔つきに、一瞬言葉を失ったが、すぐに「変な絵」という言葉にピンときた。あの「無能アピール」のために買い集めた絵のことだ。

「変な絵?

別に、ちょっと気に入っただけだよ。まぁ、正直言えば俺にはセンスがないんでしょうけど、だからといって気に入ったんだから仕方ない」

俺は軽く肩をすくめて答えた。ローガンがその程度のことでわざわざ訪れるなんて、少し面倒だなと思いながら。

「ふむ、それにしても妙な話だ。

おまえの父も母も、領地こそ気にしていたが文芸には疎かった。

興味が湧いたので、その絵を画壇に持ち込んでみることにした」

彼は静かにそう言った。

「えっ、ちょ、待てよ!」

俺は慌てて声を上げた。「あれはただ俺が無能アピールを――」と言いかけた瞬間、辺境伯は「無能アピール?」と眉をひそめ、首を傾げたまま振り返ることなく去っていった。

「ちょっと、何してんだよ……」

俺は呆然とその背中を見送るしかなかった。

「兄上、本当に大丈夫ですか……?」

隣で心配そうに見つめるカインが声をかけてきた。その声には、困惑と不安が入り混じっている。

「……なんとかなるだろう……たぶん。」

俺は自信なさげに答えたものの、心の中では不安が渦巻いていた。辺境伯があの絵を画壇に持ち込むなんて、思ってもいなかった展開だ。そもそも、あれは「無能」を印象づけるための道具だったというのに、それが美術界に持ち込まれるなど、想像すらしていなかった。


カインはまだ不安そうに俺の顔を見ていたが、どうしようもないというのはお互い分かっている。何が起こるか、今はただ待つしかない。



数日後、信じられない報告が届いた。ローガン辺境伯が画壇に持ち込んだ俺の絵が、予想外の大絶賛を受けたというのだ。


「なんという革新だ!」「この色彩の鮮やかさ、時代を超えた表現だ!」と、画壇の連中が次々に褒め称え、挙げ句の果てに「侯爵家の嫡男には先見の明がある」と評価まで高まってしまった。


「な、なんでそうなるんだ……?」

俺は頭を抱えた。無能を演じるつもりが、逆に天才扱いされるという最悪の展開だ。


その後、再びローガン辺境伯が、女性を伴ってやってきた。一人は領主の娘、俺が密かに“ドジョウ様”と呼んでいるリヴィア・アルステッド嬢。そして、もう一人はまったく面識のない女性だった。


「やはりお前は、あいつの息子だな」

ローガン辺境伯はそう言って満足そうに俺の肩を軽く叩いた。

「どういうことですか?」

不意を突かれた俺は、辺境伯を見上げた。

「お前の父、ダリウスもそうだった。無自覚にとんでもないことをやってのける、天性の才があったのだよ」

ローガンは懐かしそうに笑い、語り始めた。

「例えば、あの北の辺境の戦いだ。侯爵家の領地に侵略者が迫っていた時、父君は軍議中に居眠りをしていたんだ」

「は?父上が軍議中に居眠りを?」

驚きを隠せない俺に、リヴィアが横からおどけた調子で口を挟んできた。

「へえ、そんなことあったんだ……なんか目の前にも似たようなことをやらかしそうな人がいる気がするんだけど」

彼女の視線と笑みは俺に向けられたものだった。

ローガンは笑いを抑えながら続けた。

「ああ、皆は呆れていた。だが、会議が終わった後、父君はぽつりと『侵略者の動きはこうなるから、あっちの砦に兵を集めた方がいい』と言い残して立ち去った。誰も本気にしなかったが、その助言が的中し、侵略者を撃退できたんだ。何も考えていないように見えて、全てを見透かしているような男だった」

「まさか……」

俺は絶句した。父親がそんな逸話を持っていたとは思いもしなかった。何だよ、これじゃまるで天才主人公じゃないか。実の父親にそんな側面があったとは、衝撃だ。

「それだけじゃない」

辺境伯はさらに話を続けた。「彼は領地に新しい作物を導入したときも、農民たちを集めて適当に選んだ種が後に大収穫をもたらしたことがあった。知識がなくとも、勘だけで成功する――それが彼の不思議なところだった。まるで天から何かを与えられているような、自覚のない天才だ」

辺境伯の目は真剣そのものだった。

「じゃあ、一緒だ」

リヴィアも、大きくうなずいた。

「あの絵を見抜いたのも、ただの偶然ではない。無意識のうちに本質を見ているんだよ」

「俺が天才? そんなはずない、俺はただの無能だ!」

そう否定すると、リヴィアが鋭い笑みを浮かべた。

「無能?

以前言ってたわよね、結果が全てだって。じゃあ、結果はどうだったのかしら?」

彼女の挑発的な視線に言葉が詰まる。

そのとき、辺境伯の背後に控えていた女性が一歩前に出て、静かに口を開いた。「……ご存じないかと思いますが、あの絵を紛れ込ませたのは私です」

空気が一瞬で張り詰めた。彼女の告白は、俺をさらに混乱に陥れた。


彼女――名をフィオーレと名乗ったが、少女と呼ぶ方が似合うような若さがあった――は静かに続けた。

かつて彼女は、「瞬間の美」を表現するための作品を持ち込み、商人に「ゴミ」扱いされた経験があった。

「こんなもの、目の肥えた貴族に見せられない」とまで言われたという。しかし彼女は諦めきれなかった。

彼女は『あるものをあるように』ではなく、『感じたものを感じたように』描くことを目指すグループに所属していたのだ。

一縷の望みを抱き、侯爵家からの依頼に対して作品を紛れ込ませた。それは、天才として名の知られた侯爵家ならば、芸術方面でも才能を発揮してくれる可能性を信じて。

そしてそれを俺が選んだのだという。

「画壇に私たちの絵を持ち込んだ後、辺境伯様に呼ばれて、事実を伝えました」

「で、その天才と是非会いたいってことで、連れてきた」と伯爵はカラカラと笑う。

その話を聞き、俺は慌てて言った。

「いや、その天才って父の事でしょ。

父とは逆に、俺が無能すぎて、たまたま選んだだけなんです!」

辺境伯は満足げに微笑んで、俺を見据えた。

「尤も……そのまま無自覚でいてくれた方が、周囲も楽だろうな」

そう言い残し、彼は笑いながら立ち去った。



「兄上、本当にすごいんですね……」

カインが真剣な表情でつぶやく。

「うん……お兄様、尊敬するよ。」

フィオナも感心した様子だ。

俺は「違うんだ!」と叫びたかったが、彼らの信じる目に何も言えなくなった。


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