第5話 女王様
「どこへ行く気?」と由香は病室を出ていこうとする隆行の腕をつかんだ。
「俺はあんたたちとこれ以上関わるつもりはない。帰らせてもらう」と隆行。
「何が気に入らないの?」と由香。「由美が受け取った離婚の慰謝料はすごい額だったのよ。あなたが由美と再婚すれば、その財産を好きにできるわ。」
「あんたたちの家族になるつもりはない」と隆行。「前の結婚でうんざりしてるんだ。」
「あの時のようにはならないわ」と由香。「あなたのことを大切にすると約束するから。」
「そんな言葉が信用できないんだよ」と隆行。
「気に入らなかったら、また離婚してもいいわ」と由香。「それから、結婚してくれたらすぐに由香の財産の半分をあなたの名義にしてもいい。」
「なぜそこまで俺にこだわるんだ」と隆行。「他にも解決方法があるだろ。」
「他の解決方法って」と由香。「どんな?」
「由美を薬漬けにして動けないようにしておけばいいだろう」と隆行。
「わたしたちを何だと思ってるの?」と由香。「悪魔じゃないのよ。」
「悪魔じゃなけりゃなんだよ」と隆行。
「ひどい言い草ね」と由香。「説明するわ。もう少し事情があるのよ。」
「やはりか」と隆行。
「入って」と由香が病室の外に向かって言った。
スーツ姿で黒縁の眼鏡をかけた背の高い女性がドアを開けて入ってきた。
「絵里子!」と隆行。
「秋田絵里子は偽名よ」と由香。「本名は坂本寛子、父が秘書に産ませた子供なの。つまり、由美と私の腹違いの妹。」
絵里子は隆行の隣に立って、隆行の右腕を抱えた。「嘘をついて、ごめんなさい」と寛子。
「なぜそんなことを」と隆行。
「由香姉さんに頼まれたの、様子を見て来いって」と寛子。
「なぜ身内にそんなことをさせるんだ」と隆行。
「身内でなければできないでしょ。あなたはうちの会社と家庭の事情を知っていたから、野放しにできなかったの」と由香。「だけど予定より寛子があなたに深入りしすぎて計算が狂ったのよ。」
「隆行さん、私本気よ」と寛子は言って、隆行の腕をぎゅっとつかんだ。「どこにも行かないで。」
「なぜ本当のことを言ってくれなかったんだ」と隆行。
「ごめんなさい」と寛子。「私、あなたとの関係を壊したくなかったの。」
「寛子が私に交渉に来たのよ」と由香。「あなたとの仲を認めろって。」
「こんな女に認められなくってもいいだろう」と隆行は寛子に言った。
「寛子は父に認知されていなかったのよ」と由香。「だからあなたが由美の夫だったときも紹介されてなかった。かわいそうでしょ。」
「だが、俺が由美と再婚してもいいのか?」と隆行。
「いいのよ。そのほうが都合がいいの」と由香。
「どういうことなんだ?」と隆行。
「できちゃったの」と寛子。
「何だって!」と隆行。
「あなたは私たちの身内になるしかないっていうことよ」と由香。「あなたが由美と再婚して寛子の子供を認知してくれれば、すべて丸く収まるわ。」
「ひどい解決策だ」と隆行。
「唯一の解決策よ」と由香。
「だが俺は誰も信じられないよ」と隆行。「だれも俺のことなんて好きじゃないんだろ?」
「この期に及んでまだそんな戯言を言うの?」と由香。
隆行の後ろから沙奈が抱きついた。「お父さん、わたしはお父さんのことが大好きです!」
「俺のこと、嫌っていただろう」と隆行。
「お父さんと暮らしていたときが一番幸せでした」と沙奈。「本当です!」
「その子、私があなたに会いに行くって聞いて、自分でついてきたのよ」と由香。
「なぜだ?」と隆行。
「わからないの?あなただけよ、この子を娘として育てたのは」と由香。
「実の父親はそんなにひどい男だったのか?」と隆行。
「そうよ。一回目の離婚のときは新しい妻との生活に邪魔になるからって追い出されて、出戻り婚の後は由美と一緒に虐待されていたの」と由香。「こう見えて苦労してるのよ。」
「だが俺は……」と隆行。
「泣いてるわよ、この子」と由香。
「わかっている」と隆行。「だが、ひどい茶番だ……。」
「まだ不満があるのかしら?」と由香。
「いや、不満はないが……」と隆行。
「君が由美と結婚して川田家を継いでくれるというのなら、私の財産をすべて君に託す。すぐに法的な効力のある文書の作成を約束する」と康夫は隆行の目を見て言った。
由香が隆行の正面から顔を近づけて言った。「私も約束するわ。あなたのために何でもする。秘書でもメイドでも愛人でも奴隷でも何でも構わないわ。」
「もう、わかったよ」と隆行はうつむいて言った。
由香は由美に向き合い、「これでよろしいでしょうか、女王様」と言って仰々しく頭を下げた。
「交渉は成立よ。ご苦労だったわね、由香姉さん。これからもよろしく頼むわ」と由美は真顔で言った。
川田家の三姉妹 G3M @G3M
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