第4話 病室
隆行は由佳に促されて病室に入った。一人部屋のベットに由美が上半身を起こしていた。ベット脇には由美の両親がいた。
隆行が入ると、病室にいた三人が隆行を見た。
由美は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに冷たい表情になった。
「何の用?」と由美に言われて、隆行は戸惑って立ち止まった。何の心の準備もできていない。後ろから入ってきた由香に腕を組まれて引きずられるようにして由美の前に立った。
「いつから姉さんと隆行はそんなに仲良くなったのかしら」と由美。
「あなたが死ぬなら、私がこの人と結婚することにしたの」と由香。
「本当なの?」と由美は隆行のほうを見た。
「そんなわけないだろう」と隆行。「こんな蛇みたいな冷血女と結婚するぐらいなら俺が死ぬ。」
「冗談よ」と由香。「私だってお断りよ。」
由美がくすりと笑った。「改めて聞くけど、それで何の用?」
「せっかく貢物を持って参上したのですから、もう少し情けをかけてくださいまし、女王様」と由香。
「貢物って、隆行のこと?」と由美。「失礼よ。」
「ご無礼をお許しください、女王様」と由香。「お気に召さないようでしたら、持ち帰ります。」
「隆行は物じゃないって言ってるのよ」と由美。
「私にとっては、取引の道具よ」と由香。
「取引なんてしないわ」と由美。
「あなた、目が覚めてから初めてしゃべってくれたじゃない。それだけでもこの男を連れてきた価値はあるわ」と由香。
「そんな由佳姉さんが大嫌いよ!」と由美。
「私はきれいごとが嫌いなの」と由香。「あなたみたいに、いやなことから顔を背けて生きる人間も嫌いよ。」
「なんですって!」と由美。「姉さんは隆行と私を騙したのよ。犯罪よ!」
「騙されたのは、あなただけよ」と由香。「この人はすべて分かってたから。」
「被害者っていう意味よ!」と由美。
「この人は私に騙されたから出て行ったんじゃないわよ」と由香。「あなたの愚かさに愛想を尽かせて出て行ったのよ。」
「責任転嫁よ!いいわけよ!全部姉さんが仕組んだことじゃない!」と由美。
「あなたがこの人を信じていたら出ていかなかったはずよ」と由香。
「騙しておいて、何よその言い草!」と由美。
「あんな茶番に騙されるなんて思ってなかったから、こっちがびっくりしたわ」と由香。「美咲の下手なウソ泣きを本気にしてたなんて笑っちゃうわよ。」
「ひどいわ」と由美がつぶやいた。
「そもそもこのヘタレ男が女子中学生なんて襲うわけないじゃない」と由香。「それに、この人が必死で身の潔白を説明していたのを、あなたが全部否定したのよ。何をいまさら被害者ぶってるの?」
「姉さんは自分が悪いとはちっとも思ってないのね」と由美。「てっきり謝るために来たのだと思ったわ。私を貶めるために来たのなら帰って!」
「私はあなたに謝りに来たんじゃないわ。さっきも言った通り、交渉に来たのよ」と由香。
「交渉は決裂よ。もう帰って!」と由美。
「隆行を連れて帰るわよ」と由香。「それでもいいの?」
「隆行は物じゃないわ」と由美。「私が頼めばここにいてくれる。」
「そうかしら。試してみる?」と由香。「賭けてもいいけど、この人は私がいなければ気まずくなって三十秒で帰るわ。」
「そうかしら」と由美。
「ええ、この人はあなたのことをまだ許してないわ。それどころかあなたの気持ちを今でも疑ってる」と由香。「その上、連れ子の沙奈を毒蜘蛛みたいに嫌ってるのよ。戻ってくると思って?」
「私は誠心誠意謝るわ。命の限り隆行に尽くすわ」と由美。
「でも戻ってこないわ」と由香。「もう、新しい生活を始めてるわよ。新しい愛人と。」
「え、うそ」と由美は隆行の顔を見た。隆行は顔を背けた。
「ようやく状況を理解していただけたでしょうか、女王様」と由香。「わたくしめに任せていただければ、元通りに戻して差し上げますわ。」
「なぜそんなことができるの?」と由美。
「交渉に応じてくだされば、お教えいたします、わが女王様」と由香。
「何が望みよ」と由美。
「わが社のCEOに就任してくださいまし」と由香。
「私に経営なんてできるわけないでしょ」と由美。
「あなたの元夫に裁量させればよいのです」と由香。「私たちも手足となって働きますゆえ、ご安心くださいまし。そうですわよね、お父様、お母様。」
「ああ、もちろんだ」と康夫。「なにも異存はない。どんなことでも協力すると約束する。」
「いかがでしょうか、女王様?」と由香。
「そう。でも隆行はどうなるの?」と由美。
「ご心配なく。愛人とはすでに話はついております」と由香。
「なんだって!」と隆行。「何をしたんだ。」
「隆行さんの再婚の邪魔をしないでほしいとお願いしただけですわ」と由香。
「そんな勝手な」と隆行。
「結婚するつもりなど、元からないお付き合いなのでしょう」と由香。「お気楽で体だけのお付き合いなのだから、願ったりかなったりではないですか。」
「金での解決なのか?」と隆行。
「お金は誠意としてお支払するだけです」と由香。「あくまでも知人同士の思いやりです。」
「知人同士だって?」と隆行。
「秋田絵里子は私の古い知り合いですわ」と由香。
「あんたが仕込んだのか」と隆行。
「あんな優秀な人材があなたの個人事務所の求人に応募してくるわけないでしょ」と由香。「気になったから様子を見に行かせたのよ。」
「だが、俺は本気だったのに」と隆行。
「彼女も本気になってたみたいよ」と由香。「あなたと別れたくないって、ちょっとあんたのこと見直したわ。」
「俺のことをもてあそびやがって」と隆行。
「彼女とは別れないでいてあげて」と由香。
「そんなわけにはいかないだろう」と隆行。
「女王様は寛大よ。あなたに一人や二人愛人がいたとしても気にもしないわ」と由香。「そうでしょ、女王様。」
「私の人生は隆行のものよ」と由美。「隆行が望むなら何も問題ないわ。それよりも、さっきから女王様ってなによ、やめてほしいわ。」
「あなたは立場が変わったのよ」と由香。「女王様に生まれ変わったと思ってちょうどいいくらいよ。」
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