第3話 説得

「あなたも知ってるはずだけど、由美の最初の夫は父が経営する会社の取引先の社長の息子だったのよ」と由佳。「その岡山家のドラ息子にどうしてもって言い寄られて。由美は嫌がってたけど、父は大事な取引先だからって説得したの。」


「その話は聞いたことがある」と隆行。


「だけど八年ほどで他に女ができて、由美は沙奈と岡山家を追い出されて離婚した」と由佳。「それから由美はしばらく家に引きこもってたわ。だけど次第に外に出られるようになって、ある日あなたを連れてきた。」


「なるほど」と隆行。


「あなたは由美の大学時代の同級生だったって聞いたわ」と由佳。


「ああ、そうだよ」と隆行。


「でも付き合うほど親しくなかったはずよ」と由佳。


「ああ、由美は美人で賢くて、その上お嬢様だ。俺には高根の花だったよ」と隆行。


「やっぱり。それなら最初の離婚の後、どこで知り合ったの?」と由佳。


「同窓会だ」と隆行。


「あなた、同窓会に行かなさそうな性格だけど」と由佳。


「ああ、普段なら面倒くさくて行かないよ。だけどその時は無理やり連れていかれた。どうしてもってな。そこで由美の隣に座らされた」と隆行。「その次の日には家に連れていかれたよ。婚約者だって。」


「知らなかったわ」と由佳。


「うぶだったよ。地獄が待っているとも知らないで」と隆行。


「私たちはあなたが資産目当てのプレイボーイだと思い込んでたから」と由佳。「いやがらせをして追い出そうとしたのよ。」


「知ってるよ」と隆行。「だが、あのとき、俺と結婚しないとすれば、由美はどうすればよかったんだ?」


「しばらくおとなしく独身で過ごすか、私たちの共通の人間関係の中で結婚相手を探せばよかったのよ」と由佳。「私たちは皆そうしているわ。」


「だが、そんなお付き合いで由美はひどい目に合ってる」と隆行。「独身でいれば、またいつ誰と結婚させられるかわからない。だから自分の好きな相手を探して結婚しようとした。」


「そうね」と由佳。「今なら分かるわ。」


「今更だな」と隆行。


「あの頃は私たちも必死だったのよ」と由佳。「うちの会社の経営が不安定だったから。そのうえ得体のしれない男が家の中に入り込んできたら警戒して当然じゃない。」


「それならなんで俺たちを別の家に住まわせなかったんだ?」と隆行。


「由美をあなたから取り戻すためよ」と由佳。


「別のあてがあったのか?」と隆行。


「ええ、会社の有望な若手がいたの」と由佳。「再婚相手にはうってつけだったから。」


「なるほど。だから、由美は俺との結婚を急いだのだろう」と隆行。


「そうでしょうね」と由佳。


「ひどい連中だな、あんたらは」と隆行。


「それがどうしたの?」と由佳。


「あんたが結婚すればよかったんじゃないか、その有望な若手と」と隆行。


「したわ。今、私は渡辺っていう苗字なの」と由佳。


「それはおめでたいな」と隆行。


「めでたくもないわ」と由佳。「今は仮面夫婦よ。別居中なの。」


「あんたの話はもう十分だ」と隆行。「由美の話の続きを頼む。」


「そうね」と由佳。「あなたが由美に嫌われるように罠を仕組んだわ。」


「あれか?」と隆行。


「そうよ。あなたに幼女凌辱の容疑がかかるようにしたわ」と由佳。「沙奈の友達に仕込んだのよ。」


「美咲の暴行事件は嘘だったの!」と沙奈が初めて声をあげた。


「そうよ。中学生の山口美咲にうその証言をさせて、証拠も捏造したの。もちろん美咲の両親も買収したわ」と由佳。「由美と沙奈がこの人を嫌うように。」


「筋書き通りに事が運んで、おれは由美に追い出された」と隆行。「起訴されないだけましだと思えってな。」


「そんな……」と沙奈。


「ひどい話だ。もう聞きたくないよ。帰っていいか?」と隆行。


「まだ終わってないわ」と由佳。「あなたと離婚した由美にまた岡山家のドラ息子が近づいてきたわ。さすがに由美は嫌がってたけど、沙奈に親切にして取り入ったのよ。元の仲良し家族に戻ろうってね。」


「何が目的だったんだ?」と隆行。


「景気が悪かったから、経営統合して乗り切ろうっていう話を持ち掛けられたの」と由佳。


「食い物にされるだけだろう」と隆行。


「何もしないで潰れるよりましだわ」と由佳。


「それで、由美はまた貢物になったわけか」と隆行。


「まあ、そういうことね」と由佳。「由美は逆らおうとしたけど、私たちが逃がさなかった。従うしかなくなって、出戻り再婚したわ。結局、由美は自分では何もできないのよ。」


「よくそんなひどいことができるな」と隆行。「あんたの妹だろう。」


「あの子だけ好きに生きるなんて許せないわ」と由佳。「大事に育てられたのだから、それなりに役目を果たしてもらうのは当然よ。」


「それで自殺か?」と隆行。


「そうよ」と由佳。「例のドラ息子はサディストらしいから、由美はずいぶんかわいがられたみたいよ。」


「よく平気でそんなことが言えるな」と隆行。


「私は婉曲な言い方なんてしないの」と由佳。


「それで無事に離婚か?」と隆行。


「まさか。あの家の連中がその程度で由美を手放すわけないでしょ」と由佳。「スキャンダルよ。」


「スキャンダル?」と隆行。


「知らないの?ラブリー天使っていう少女売春の顧客リストにドラ息子の名前があったのよ」と由佳。


「もみ消されただろ」と隆行。「少なくとも世間一般では。」


「そのあと粉飾決算事件があって、使途不明金を株主から追及されたのよ」と由佳。


「踏んだり蹴ったりだな」と隆行。


「そうよ」と由佳。「それも四方八方にお金をばらまいてうやむやにしたわ。だけど私たちはそろそろ頃合いだと思って提携を解消したの。ついでに由美も引き取ったわ。虐待の証拠を十分に集めてたっぷりと財産分与をいただいた。由美にも助けてあげたことで恩を売った。」


「神も仏もない世界だな」と隆行。「それじゃあなぜ、由美はまた自殺をしたんだ?」


「山口美咲と両親がばらしちゃったのよ」と由佳。


「罪悪感に耐えかねたのか?」と隆行。


「まさか」と由佳。「あの人たちはただのたかりよ。甘い蜜をすいたいだけ。だけど出戻った由美が久しぶりに美咲と母親に会ったとき、あなたの暴行のことを謝ったのよ。そうしたら、今更蒸し返すねって文句を言われた。」


「連中にすれば口裏を合わせただけだからな」と隆行。


「傷ものにして御免なさいと言ったらしいけど、それで両親が怒ってしまったらしいのよ」と由佳。「傷ものになってないことはあんたも知ってるだろうって。」


「なるほど」と隆行。


「さすがに由美も何かおかしいと気が付いて、美咲と両親を問い詰めたのよ。そして事実に気が付いた。由美とあなたが嵌められて離婚したってことに」と由佳。


「だが、時すでに遅しだな」と隆行。


「そうね」と由佳。「それで、遺書を書いて自殺したのよ。」


「遺書?」と隆行。


「そうよ、今回は衝動的な自殺じゃなかったのよ」と由佳。


「ああ、そうなのか」と隆行。


「興味がなさそうね」と由佳。


「ああ、全く興味がない」と隆行。「というか、関わりたくないね。内容は言わなくていいよ。」


「そうはいかないわ」と由佳。「今日は遺書の話をしに来たのよ。」


「俺のことが書かれていたのか?」と隆行。


「そうよ」と由佳。「あなたに申し訳がないって」


「それなら、気にするなって言ってやってくれ。」と隆行。「今、俺はもう十分楽しく暮らしてるってな。」


「それから、資産のすべてをあなたに譲るって書いてるわ」と由佳。


「何だって?」と隆行。「そうか、それであんたたちが血相変えて俺に会いに来たのか。」


「そうよ」と由佳。


「なるほどね」と隆行。「ようやく合点がいったよ。」


「困るのよ。これじゃあ」と由佳。


「そうだろうな」と隆行。「だが俺は、あんたたちに関わるのは御免だ。幸い、由美は生きてるんだ。俺が相続することはない。せいぜい、由美と仲良くするんだな。」


「そうはいかないわ」と由佳。「あの子にへそを曲げられたら困るのよ。それに、今のままでは、また自殺するわ。」


「そんなことは俺の知ったことじゃない」と隆行。


「由美の病室に来てくれるだけでいいのよ」と由佳。


「嫌なものは嫌だ」と隆行。


「それ相応のお礼はするわ」と由佳。「来てくれなければ、いつまでも付きまとうわよ。」

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