第2話 待ち伏せ
隆行は夕方、近所のスーパーに総菜を買いに部屋を出た。アパートの階段を降りたところで、左右の両側から腕をつかまれた。元妻由美の姉の由香と由美の連れ子の沙奈だった。待ち伏せしてたらしい。
「話を聞いてくれないかしら?」と由香。由香は神経質な女で、いつも冷たい表情をしている。隆行のそばに近づいたことすらなかった。もちろん隆行に触れるのは初めてのことだった。隆行は怪訝そうな顔をした。
「そこのファミリーレストランでいいか?」と隆行。
「ええ、ありがとう」と由香。
「手を放してくれないか?」と隆行。由香と沙奈は握っていた隆行の腕から両手を離した。
三人はドリンクバーを注文した。
「私がとってくるわ」と由香。「何を飲むの?」
断るのはめんどくさい。「コーヒーをお願いします」と隆行は丁寧に言った。
由香と沙奈は飲み物を取りに行った。
コーヒーが隆行の前に置かれた。皿に砂糖とミルクがのせられている。
「ありがとうございます」と隆行はブラックのままコーヒーをひとすすりしてカップを置き、「それでどのようなご用件でしょうか」といった。
「ずいぶん他人行儀ね」と由香。
「あなたと話をするのは初めてだと思います」と隆行。
「由美と三人で話したことが何度かあったでしょう?」と由香。
「俺は会話に入ってませんよ」と隆行。
「そうだったかしら」と由香。
少し間があって、「それで、何のご用ですか?」と隆行。
「知ってると思うけど、あなたが由美と離婚してしばらく後に、あの子は前の夫とよりを戻して再婚したわ」と由佳。「だけど結婚生活がうまくいかなくて離婚しようとした。ところが夫が強く反対して話し合いが進まなかった。そのあと自殺未遂をしたの。」
「いつのことですか?」と隆行。
「半年前のことよ」と由香。「そのあと、夫の実家でごたごたがあってどさくさ紛れに離婚したの。」
「なら、めでたしめでたしで問題は解決したはずだ」と隆行。
「ええ、私たちはそう思っていたわ」と由香。
「何かあったのか?」と隆行。
「由美はしばらくおとなしくしていたのだけれど、三日前に突然自殺したの。幸い未遂だったわ」と由香。「今思えば、離婚後の半年間で身の回りの整理をしていたのね。」
「なるほど」と隆行。「気の毒だけど、俺には関係ない話だ。」
「そうね」と由香。「お願いだけど、由美の見舞いに来てもらえないかしら。」
「断る」と隆行。
「即答なのね」と由香。
隆行は返事をしなかった。しばらく間が空いて、「話は終わりか?俺はもう帰るよ」と隆行は席を立とうとした。
「待って。今のは概要、というか前置きよ」と由香。「もう少し詳しい話をするわ。」
「なぜ勿体つける?」と隆行。
「あなたはダラダラ話をされるのが嫌いでしょ」と由香。「それに、今の話は外の人向けの内容よ。」
「俺は関係ないだろ。」と隆行。
「あるわよ」と由香。「由美が初めてあなたを家につれてきたとき、あなたは家の資産目当ての人だと思ったわ。」
「そうか」と隆行。
「それまで、自称起業家とか女たらしが多かったから」と由香。「だから、あなたに由美に近づいてほしくなかった。それであなたのことを、資産目当てで由美を寝とった男って吹き込んだの。ごめんなさい。この子は悪くないのよ。」
「こいつはもう、名実ともに他人だ」と隆行は沙奈をちらりと見て言った。
三年間見ない間に、沙奈は背の高いすらりとした美人に育っていた。ふわふわした薄い色の髪で背中を覆っている。左右に分けた前髪の下から、ぱっちりとした大きな目につぶらな瞳をキラキラさせている。何もかもが隆行とは違っていた。似ても似つかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます