コーヒーに愛をひとさじ
ブラックコーヒーが好きです。とっさについた嘘がいつしか真となり、幸福にした。
お店の前で箒を掃いているきみを見たのが始まり。神聖な儀式のように映したわたしの視線を感じたのか、きみは「コーヒーはお好きですか?」と問いかけた。恥ずかしいことに、その瞬間にようやく立て看板があることどころかそのお店がカフェであることに気づいた。きみを見ていたなんて言えなくてゆっくりと頷くと、きみは微笑んで店内に案内する。ありとあらゆるコーヒー豆が並び、貼られた札に書かれた文字は見たことのないようなものばかりだ。どんな味が好みかと問われ、とっさにブラックコーヒーが好きだと答えた。本当はミルクも砂糖も入れないと好きじゃないくせに。きみはいくつかオススメの銘柄を挙げて、よくわからないから言いやすい銘柄を答えた。
足を運ぶたびに違う銘柄を注文する。酸味が強いものや苦味が強いもの、それぞれ違った味わいがあることに気づき、思ったよりもブラックコーヒーも悪くないと思ったある日、いつものようにカフェを訪ねればきみの姿がない。今日はお休みなのかと思いながらいつものように飲んだことのない銘柄を注文して、席に着いて運ばれてきたそれを一口含むとあまりの苦さに咳き込んだ。それを見た店員さんが慌ててスプーンで何かを掬った後、小皿にスプーンごと乗せ、その中身をコーヒーに入れてかき混ぜる。どうぞ、と促されてもう一度一口含むと、いつものように美味しかった。
カフェの扉を開けていつものようにまだ飲んだことのない銘柄を注文する。席に着いてカウンターの向こうの様子を伺っていると、きみはスプーンで何かを掬ってコーヒーに混ぜていた。なるほど。初めて注文したときからわたしの嘘は暴かれていて、コーヒーに対する愛をひとさじ掬っていたらしい。
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