名も知らぬカップルよ
金曜日の二十二時台の電車は飲み会帰りの社会人で溢れていた。同じく飲み会帰りのきみとわたしが偶然同じ車両に乗り合わせたのは幸運と言えよう。吊り革につかまって一緒に揺られていると、ふと前に座っている男女が目に入る。大学生のカップルだろうか。片方がもう片方の肩に頭を預け、スマートフォンを見ながら笑って何かを話している。ほどなく二人は電車を降りていき、空いたスペースに腰掛ける。わたしたちにもあんな時代があったっけ? と聞くと、きみは「さあ?」と興味なさげに答えた後、通勤鞄から取り出した本に目を落とした。わたしはただただ窓の外を眺めるだけだ。
一駅二駅と駅名標が変わりゆく間にわたしたちに会話はなく、最寄り駅の電車を降りてからもそれはしばらく続いた。改札をくぐると「夕飯どうする?」とようやくきみは尋ねてきて、どうしようかと話しているうちに駅から少し離れて人気がなくなる。わたしたちの話し声とわたしのパンプスの足音だけが静寂の中で聞こえるようになったとき、コツンときみの手の甲に当たった。「あ、ごめん」スッと手を引こうとしたそのとき、再度手の甲が当たり、そのまま包み込まれる。きみはなんてことないような顔をして会話を続けるだけ。それが当たり前だと言わんばかりに。
どうやら今日は名も知らぬカップルに感謝する夜らしい。
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