【13:依頼の結果】

 レフノールとリディアは、連れ立って村の酒場へ向かった。

 客は相変わらず多くない――非番であっても、日が暮れる前から呑んでいるような者は分遣隊にはいないようだ。

 村人たちもご同様、といったところだろう。


「邪魔するよ」


 一昨日と同じように一声かけて、一昨日と同じように空いたままの扉をくぐる。

 違うのは、銀髪の少尉が同行しているところだけだ。


「や、中尉」


 一昨日と同じようにレフノールに視線を向けたアーデライドが、おや、という表情になる。


「そちらは?」


 短く尋ねたのはコンラートだ。


「ノールブルムの砦に出張っていたうちの少尉だ。

 君たちへの紹介がてら同席してもらった。

 メイオール少尉。今のところここの副長――代理だな、俺と同じく」


 軽く紹介して、リディアに向き直る。


「メイオール少尉、こちらが妖魔どもの捜索を依頼した冒険者の面々だ。

 そちらの戦士がアーデライド、魔術師がコンラート、神官のリオンに斥候のヴェロニカ。

 一応俺が依頼人ということになっているが、軍の人間というわけでなし、上下がどうこうというような堅苦しいことは考えなくていい。

 まあ、君の基準で失礼がないようにしてくれればそれで構わない」


 よろしく、少尉、と冒険者たちが口々に挨拶を寄越した。

 リディアも多少のぎこちなさはあるものの、無難に接している。


「ああ、彼女の上官として一言いっておくが、まだ新任だからな。

 君らあまり悪いことを教えないでくれよ、俺と違って将来有望なんだ」


 冗談めかしてレフノールが言うと、冒険者たちがどっと笑った。


「そこをきちんと正しい方へ指導するのが中尉のお役目でしょう」


 笑いながらコンラートが言う。


「そうだよ、俺の仕事だからこそ妙なことを教えるなと言ってるんだ」


 レフノールの返答に、冒険者たちがまた笑う。


「まあ、じゃあ早速、仕事の話に戻ろうか。

 まずは無事戻ってくれて何よりだ。

 で、首尾はどんなものだね?」


「貰ったものに相応の結果は出した、と思うよ、中尉」


 仕事の話に切り替えたレフノールに、応じたのはアーデライドだった。


「いいじゃないか、報告を聞こう」


「簡単に言うと、小規模な妖魔の集団がいた。

 西に半日強の行程だ。詳しくは――」


「あたし?」


 アーデライドが向けた視線の先に、ヴェロニカがいる。頼む、とアーデライドが頷いた。


「じゃあ説明するね。これが地図」


 言いながら、ヴェロニカがテーブルに地図を広げた。


「ここがラーゼン、この線がアルムダール川。

 位置としては、ラーゼンから西に半日ちょっと。

 南西から北東方向に流れてる小さな川があって、そのほとりに妖魔がたむろしてた。

 だいたい50かそこら。洞窟とか家とかじゃなくてテントだったから、定住してるわけじゃないと思う。テントが7、ひとつのテントあたり、妖魔の数が5から8ってとこね。

 宿営地――まあ、宿営地って言っちゃうけど、そんな雰囲気だったよ。その宿営地の見取り図がこれ」


 小さな川のほとりにやや開けた場所があり、そこにテントが並んでいるようだ。


「よくここまで見られたものだ」


「コボルド相手ならそう大変な話でもないかな。

 あいつら犬みたいな面してるけど、べつに鼻が利くわけでもないからね」


「魔狼は?

 狼ならば耳も鼻も利きそうですが」


 口を挟んだリディアに、ヴェロニカがへえ、という表情になった。


「距離と風向きを考えておけば、まあ、ね。

 今回は魔狼がいることは解ってたから、こっちもその辺警戒できたんだ」


 リディアが納得の表情で頷く。


「どう見る、メイオール少尉?」


 おそらく、冒険者たちの見立てに間違いはないだろう、と考えながら、レフノールは敢えてリディアに話を振った。


「はい」


 答えて、リディアは地図に視線を落とした。

 妖魔どもの宿営地の位置、そして砦があるあたりに指を滑らせ、口元だけで何かを呟いている。

 そうして考えをまとめたリディアが、ややあって口を開いた。


「――おそらく、彼らの見立てのとおりだと思います。

 人間や他の妖魔の集落への襲撃、あるいは狩猟を繰り返しながら移動する集団で、たまたま進路の近傍にこの村があった、ということでしょう」


「なぜそう考える?」


「より大規模な集団の一部であれば、もう少し統制が効いているはずです。こちらに警戒心を抱かせるような不用意な襲撃行動はしないでしょう。

 また、大集団の一部で、本格的な襲撃を考えているのなら、少なくとも既に準備のために動いているはずですが、彼らの報告の限り、そういった様子はありません。

 であれば、移動の途上と見るのが妥当です」


「なるほど、理屈は通るな」


「ありがとうございます」


 にこりと笑ってリディアが頷く。


「しかし、疑問もあります。妖魔どもがどこから来たのか、そして先遣隊の偵察に引っ掛からなかった理由も」


「それはある程度説明がつくのじゃないかな。

 発見された位置の西、あるいは北西には、都市や村落はない。

 移動してきたのはそちらからだろう。先遣隊の偵察にかからなかったこととも矛盾しない」


「――仰るとおりです、中尉」


 もう一度地図に視線を落としたリディアが応じた。


「我々がそうであるように、妖魔も、偵察にはその集団の中でも機動力や索敵能力の高い者を使うのだろう。魔狼に騎乗することで機動力を高め、魔狼そのものの鋭敏な知覚でもって捜索能力を補う。

 つまり、妖魔どもは近くに手頃な獲物がないか探していて、この村へ来た、ということだろうな」


「そして補給物資が集積されているのを発見し、奇襲で制圧できると踏んで襲撃した……?」


「そういうことだろう。

 襲撃は大筋で成功し、我々は物資を焼かれ、戦死者を出したものの、妖魔は予想外の反撃を受けて撤退した。妖魔どもは、攻勢においては果敢に、あるいは無謀に戦うことができるが、守勢に回ると脆いと聞く」


「奴らが何をしていたか、どこから来たか、というあたりはあれだね、コンラートの見立てと同じだね」


 黙ってやり取りを聞いていたアーデライドが口を挟んだ。


「現場を見てきた者と意見が一致したようで何よりだ」


「ま、数も数だったし、討伐報酬は諦めた。

 今回はそれが目的というわけでもないし」


 レフノールの心づもりと依頼の内容を汲んだ、というところだろう。

 あくまでも偵察が主眼だから、危険を冒す意味がないと考えたようだ。


「うん、十分だ。

 君たちは依頼を果たしてくれた」


 妖魔どもの宿営地の位置と規模が解ってさえいれば、掃討は砦の先遣隊に任せることができる。

 それこそが目的だったのだから、依頼は十分に達成されたと言っていい。

 銀貨の入った小袋をテーブルに置き、レフノールがアーデライドに手を差し伸べる。

 にやりと笑ったアーデライドが手を握り返した。


「ありがとう、中尉。

 またいい仕事を回してほしいな」


「機会があれば是非そうさせてくれ。

 もう一つの依頼、バストーク商会への届け物もよろしく頼む――書状はこれだ」


 折って封をした書状を取り出してアーデライドに手渡す。


「任せて。

 先方になにか伝言はある?」


「いや、伝えるべきことは書状に書いた。

 まあ、レフノールが父上と兄上によろしく言っていた、とでも伝えてくれればいいよ」


「伝えるよ。

 急ぐんだよね?」


「ああ、早めに届けてほしい。見合う報酬のはずだ」


「アンバレスまでは輜重の戻りに便乗させて貰うけど、構わないよね?」


「それでいい。もともとの護衛依頼もその約束だったからな。

 アンバレスに戻る連中には話を通しておくよ。明日の朝には発つ予定だから、そのつもりで」


「わかった。

 そういうわけだ、皆、今日はほどほどにしておこう」


 最後の一言はレフノールではなく、仲間たちに向けてのものだった。レフノールとしては、羽目を外して潰れる気がないことがわかればそれでさしたる問題はない。

 それじゃ、と言い置いて、レフノールが席を立つ。リディアが後に続いた。



※ ※ ※ ※ ※



「どう思う」


 村の道を天幕へ向けて歩きながら、レフノールはリディアに尋ねた。


「彼らですか?

 なんといいますか、冒険者というのはもう少し――」


「柄の悪い連中だと思っていた?」


「……はい」


 まあそれはそうだろう、とレフノールは心の中で頷いた。

 冒険者に対する世評の平均値は、ごろつき同然の連中、といったところだ。


「冒険者にも色々いるということだな。

 正直なところ、付き合ってみなければわからない部分もある。彼らは『当たり』の部類だ」


「ああではない人たちもいる、ということですか」


「軍の人間にも色々といるだろう。

 グライスナー少佐のような方もいれば、前任の大尉のような方もいる」


「それは」


 リディアの表情は、苦笑してよいものかどうか迷っている、という風情だった。


「まあ、そういうことだ。

 彼らは誠実に仕事をしてくれる。腕もいい。俺たちにとってはそれで十分だ」


「はい」


「彼らはアンバレスを拠点に仕事をしているらしい。

 俺はともかく、君がまた仕事を依頼する機会はあるかもしれない。

 顔と名前を憶えておいて損はないだろう」


「中尉はなぜ、彼らを雇おうと?」


「ああ、俺の家は商家だからな。

 隊商の護衛やら何やらで冒険者を雇うことは少なくなかった」


「世の中の評判ほどに悪くはないと御存知だった、ということですか?」


「まあそうだな。

 無論、父が煮え湯を呑まされたこともないわけじゃないが、そういう連中は早晩冒険者の世界からも弾き出される。

 余程切羽詰まっているか、余程頭が悪いかでなければ、なかなかそういうことはない」


「冒険者稼業を続けたいなら、あまり無体なことはできない、と?」


「質の悪い肉を売る肉屋は評判を悪くして客が寄り付かなくなるし、建物に手を抜く大工は仕事を貰えなくなる。それと同じ話だよ」


 ああ、と納得の表情でリディアが頷く。


「そのあたりはこちらも同様だがね。

 何のかんのと理由をつけて値切ろうとする依頼人の仕事は、引き受け手がいなくなるものだ」


「それは――そうでしょうね」


「君がそのうち冒険者なり傭兵なりに依頼をするときには、そのあたりを覚えておくといい。

 まあ、君なら心配は無用だろうが」


「はい、覚えておきます、中尉」

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