【7:冒険者たち】
領主の館を辞したレフノールが向かったのは、村の広場だった。
正確には、広場の片隅にある酒場兼宿屋――この村で唯一の宿屋である。
客を招き入れるように、入口の扉は開け放たれていた。
まだ日が落ちるか落ちないかというあたりだが、既に幾人か客がいるらしく、話し声が聞こえてくる。
邪魔するよ、と声をかけて、レフノールは開け放たれたままの扉をくぐった。
「お、中尉」
反応したのは先客のうちの一人だった。レフノールにとっては見知らぬ顔ではない。
この村まで俺を乗せてきた車列、その護衛に雇った4人組の冒険者のまとめ役、アーデライドという名の女戦士だ。
癖の強い赤毛に引き締まった身体つきの長身――レフノールよりも頭半分ほど、背が高い。
仕事のときは片手半剣に盾、身体の要所を覆う胸甲つきの鎧といういで立ちだったが、無論今はくつろいだ格好になっている。
カウンターの奥で立ち働く亭主が、軍の人間が何の用か、と警戒の色を露わにしていた。
「そう構えないでくれご主人、なにもここで戦争しようってんじゃないんだ。
彼らにエールを1杯ずつ、あとこれで適当に何か」
言いながら、レフノールは、銅貨を3枚ばかりカウンターに置く。
エールとつまみの代金としては十二分な額のはずだった。冒険者たちから歓声と拍手が上がる。
「旦那は何を?」
一転して笑みを浮かべながら亭主が尋ねた。
「ああ、残念ながらまだ職務中なんだ――赤い顔でいい匂いをさせながら部下のところへは戻れないだろう?」
「確かに」
亭主が笑う。
レフノールとしても正直なところ、酒を呑んでしまいたい気分ではあったが、戦死者まで出したあとの部下のところへ酔った姿など晒せるはずがなかった。
「君たちがまだ村にいてくれて何よりだった。
少々頼みごとがあるんだが、聞いて貰えるかな?」
冒険者たちに話しかける。
「奢られちまったら聞かざるを得ないねえ」
軽口を叩きながら椅子を勧めてくれたのはアーデライドだった。
悪いね、と応じて、レフノールは椅子に腰を下ろす。
「頼みごとは2つある。
ひとつはこの村の近辺の偵察。昼間に妖魔どもの襲撃があったという話は聞いているか?」
「聞いたよ、村の連中からも、ここの親父さんからも」
「その襲撃でここに駐屯してた輜重隊に損害が出てね。
妖魔どもは押し返したが、いつまた次があるかわからない。
まあ、頭を潰したという話だから、そうそう立て続けには来ないだろうが」
「妖魔どもは1匹見たら50はいると思え、ってね」
短く切りそろえられた黒髪をかき上げながら、斥候役のヴェロニカが混ぜ返した。
好奇心の強そうな灰色の瞳が目立つやや幼い顔立ちを、短く切りそろえた黒髪が縁取っている。
細身で小柄、目方などレフノールの半分ほどしかないのではないかと思わせる身体つきだ。
「そう。今、どれだけの数がどこにいるかも掴めていない。
そこで君たちの出番というわけだ」
「索敵と殲滅、ってやつ?いや、50だとさすがに」
「殲滅までは求めないよ。それと、50はどうかな。襲ってきたのは10と少々だそうだが。
ああそれで、君たちに頼みたいのはあくまでも偵察だ。無論、片付けられるならその方が助かる」
「見つけて報せればよい、と?」
魔術師のコンラートが、落ち着いた口調で念を押した。
濃褐色のローブに杖という、いかにもな魔術師の恰好だ。細身だが背は高い。
鳶色の短い髪の下で、どこか斜に世の中を眺めているような焦茶の目がレフノールをじっと見つめている。
「まさに」
レフノールは短くそう応じた。
車列の護衛に兵を付けてもらえず、やむなくといった形で雇った4人組だったが、この話の通りやすさは拾い物と言えた。
「悪くない話なんじゃないですか」
黙ってやり取りを聞いていた神官のリオンが口を挟む。
短い付き合いだったが、レフノールの見るところ、4人の中で一番の常識人がこのリオンだった。
枯草色の髪に藤色の瞳、きめの細かい肌に整った顔立ちという絵に描いたような美男子で、さらに奇跡を行使できるという完璧超人なのだが、それをひけらかすでもなく控え目に一行と世間の間を取り持っている。
そうだね、とリオンの言葉に相槌を打ったアーデライドが、確認したいんだけど、とレフノールに視線を向けた。
「期限は?
それと、報酬」
「もっともな疑問だ。
期限は明後日の夕方まで。
最長で1日かけて妖魔どもが残した足跡を追い、掴んだ状況を戻って報告してほしい。
俺以外でも報告を理解できるように、地図かなにかを用意しておいてくれ。
報酬は銀貨で5枚、君たちの報告に対して支払う。前金として1枚、後金で残りの4枚。
妖魔を討伐してくれれば割増――ギルドの討伐賞金と同額を払うよ」
「わかった、請けるよ」
4人で視線を交わし、代表してアーデライドが答えた。
「助かるよ」
毎度、と応じたアーデライドが右手を差し出す。
「気が早いな。もう片方の話も聞いてくれ」
「そうだったね、もう片方っていうのは?」
アーデライドが手を引っ込める。
「まあ、もう片方は大した話じゃない。
王都のバストーク商会に1通、急ぎで手紙を届けてもらいたい。
路銀はこっち持ち――とは言っても、アンバレスまでの路銀はさきの護衛の分があるから、その先の分だな。手紙は明後日の夕方、報告を受けるときに渡す。
こっちの報酬は銀貨で2枚、届け先で受け取ってくれ」
「届け物ですか」
「どっちにしてもアンバレスまでは戻るから、半分ついでみたいなもんでしょ」
コンラートとヴェロニカが応じる。
王都から北に離れた都市のアンバレスには、第2軍団が駐留している。
そこから更に北へ向かう車列の護衛に、レフノールは4人を雇ったのだった。
届け物の報酬は決して高いものではないが、特段危険を冒さねばならない話でもなく、ヴェロニカの言うように半分ついでの依頼でもある。
「戻ってすぐに別の仕事があるとも限りませんし、いいんじゃないですか?」
リオンが言い、
「ではそういうことで、もう片方も」
アーデライドが結論づけた。
「ありがとう。
バストーク商会は王都の港湾区、プラティア街だ」
応じたレフノールに、ヴェロニカが別の疑問を差し挟んだ。
「詳しくは知らないけど、港湾区のバストーク商会って、たしか結構な大店よね。
後金なのはべつに構わないけど、間違いなく払ってもらえるの?」
「問題ないよ。あそこの会頭はミハイル・アルバロフ。俺の親父殿だ」
なるほどね、とヴェロニカが頷く。
「中尉さん、案外いいところのお坊ちゃんってこと?」
「そうは見えないだろうがね。
爵位も家業も継がない金上げ貴族の三男坊なんて、こんなものさ」
軽口とともに、レフノールが肩をすくめる。
「別にどこの誰でも我々は気にしませんよ。
金払いのいい依頼人はいつだって歓迎ですからね」
あけすけな口調でコンラートが言い、コンラート、とリオンが小声でたしなめる。
「構わないよ。こういのはお互い率直なほうがいい」
話を区切って立ち上がったレフノールが、前金の入った小さな革袋をテーブルに置く。
「まずは捜索の件、よろしく頼む。
無事に戻って報告してくれ。後金はそのときに」
「ちょっと待って、その襲撃があったっていう場所まで案内お願いしていい?」
出ていこうとしたレフノールを、ヴェロニカが呼び止めた。
「村の北の牧草地だ。案内は構わないが、理由を聞かせて貰っても?」
「まだ暗くなりきってないし、足跡が新しいうちに解ることだけでも、と思ってさ」
どうする、と視線を送ったレフノールに、アーデライドが黙って頷いた。
好きにさせてやってくれ、ということであるらしい。
「では頼む。休んでいたのに済まないね」
「これも仕事のうちだよ、中尉さん」
じゃあ彼女が戻ったあとになにか追加で、とレフノールはカウンターに銅貨を置いた。
※ ※ ※ ※ ※
「中尉さん、わかってるなあって思うよね」
宿屋を出た村の広場を並んで歩きながら、ヴェロニカが言う。
追加で出した銅貨のことを言っていた。
「そういうものかな。
まあ、せっかく早目に仕事に手を付けてくれるのに、戻って冷めたつまみじゃあ申し訳ないだろう?」
「――そういうところがさ」
「熱心に仕事をしてくれる相手には、ちょっとした親切があってもいいだろうとは思ってる」
「コンラートの台詞じゃないけど、金払いのいい依頼人はいつだって歓迎。
そういう相手にはいいところを見せないと、っていうのはあるんだよね、あたしも」
「お互い様か」
思わず小さな笑いが出た。
「君らのような小回りの利く連中は、軍にはいなくてね。
傭兵の領分とも少々違う。こちらの事情に合わせて仕事をしてくれるなら、俺としても歓迎だよ。
つまり俺にとっても、『金払いのいい依頼人』である意味はあるわけさ」
「利害の一致、ってやつ?」
「まあそうだ。
俺は誠意と熱意の入った仕事の成果を受け取る、君らは成果に応分の報酬を受け取る。
お互いに満足のいく、いい取引じゃないか?」
軽口半分の会話をするうちに、ふたりは牧草地に着いた。
レフノールが兵に声をかけてベイラムを呼ばせ、駆け寄ってきたベイラムにヴェロニカを紹介する。
「こちらが冒険者のヴェロニカ嬢。
俺から、襲撃してきた妖魔の捜索を依頼した。
そういうわけだから、彼女がしばらくこの周辺を調査する。天幕の中にでも入らない限りは好きに調査して貰ってくれ」
「自分はデュナン曹長であります」
「よろしく、デュナン曹長。
妖魔どもがどのあたりから引き揚げたか、でなければどのあたりから出てきたか、案内して貰える?」
ヴェロニカの言葉に、よろしいですか、とベイラムがレフノールへと視線を送った。
「誰か兵に案内――いや、貴官自身の方がいいな。案内を頼む。俺も同行する」
「はっ」
敬礼したベイラムが、こちらです、と先に立って歩きだした。
案内とは言っても、大した距離ではない。ほどなく、牧草地の端、疎林の際にたどり着く。
「このあたりです。逃げたのは確か、あちらの方で」
足を止めたベイラムが、林の奥を指し示す。
「ふぅん……お、足跡。隠す気ないみたいね」
ほらここ、とヴェロニカが指さした先に、獣の足跡がいくつも重なっていた。
「頭を潰したんだっけ?
慌ててたのかな。来た足跡と逃げた足跡が重なってる。別の方向に引っ張るような知恵も働かなかったんだろうね。これなら多分、追いかけられるよ」
なるほど、と屈みこみ、地面に顔を近づけてヴェロニカが指したあたりを検分したベイラムが唸る。
「言われてみればたしかに、反対方向の足跡が重なっておりますな。
相当注意せねばわかりませんが……」
「そのあたりは経験の差という奴だろう」
レフノールとしては、雇った相手の実力のほどを、解りやすい形で確認したことになる。
「ありがとう、明日はここから追えば大丈夫だと思う。
あとはあれだね、来たのは12か13かそこらで、たぶん全員が襲撃に参加してた。
騎乗してない奴はいない――獣以外の足跡がないからね。妖魔って聞いたけど、種類は解る?」
「コボルドだよ。魔狼に騎乗していたそうだ」
「じゃあ、コボルドの、ライダー種の集団じゃないかな」
人間の兵士に歩兵と騎兵があり、それぞれの兵種でも練度の差があるように、妖魔にも様々な種類がいる。
歩兵がおり、弓兵がおり、また例えば今回のように騎兵もいて、人間はそれらを便宜的に別種として呼び分けている。
「そろそろ暗くなるし、今日はこのあたりかな。
明日は朝からここ通って追跡。最大で1日行程って話だから、往復考えても明後日の夕方には戻るよ」
「わかった。仲間によろしく伝えてくれ、期待している、と」
それじゃ、と村の広場へ向けて去るヴェロニカを、レフノールとベイラムが見送った。
「あれが中尉殿の仰る手ですか」
「そうだ。彼らが来てくれていたのは偶然だが、なかなかのものだと思う」
「なかなかどころか、大した手際ですな」
「何か見つけたならば、報告に戻ってくれることになっている。
俺は明日の朝からノールブルムへ出るが、貴様はここで残る連中をまとめていてくれ。
急を要する報告があれば、俺と後方の他に領主殿の館へも一報を入れろ」
「了解しました、中尉殿」
「現場での細かい判断は任せる」
「ありがたくあります、中尉殿」
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