【5:ささやかな葬儀】

 あれこれと数字をいじり、必要な物資の量をまとめているうちに、1刻は過ぎた。

 レフノールがベイラムに呼ばれて天幕から出ると、葬儀の支度が整ったということだった。


 兵を呼ばせて葬列を作り、3人の戦死者の遺体を墓地へ運ぶ。

 村外れの墓地の周囲には、幾本かの糸杉が植えられていた。

 糸杉も墓地そのものも、手入れが行き届いた様子だった。

 村人の手によるものか、クロードが清めているのか、おそらくはその両方なのだろう。


 墓地の片隅、新たに掘られた墓穴の傍で、老司祭がレフノールたちを待っていた。

 着替えたのだろう、正式な祭服姿になっている。

 レフノールの目礼に、老司祭も黙って礼を返した。


 レフノールが傍らに立つベイラムに頷く。ベイラムは兵たちに短く命令を飛ばし、布で包まれた戦死者の遺体を掘られた穴の底へ安置させた。

 一通りの支度が整ったところで、ベイラムが兵たちに整列を命じた。全員が整列して姿勢を正すのを確かめて、レフノールは兵たちの前に進み出る。


「諸君を率いた分遣隊長と副長、そして諸君の戦友は、故国のために戦い、そして命を落とした」


 整列した兵たちを前にして、レフノールは話し始めた。


「まことに残念と言うほかない。

 任務半ばにして逝った彼ら――ファン・エイク大尉、カレル中尉、エリオット一等卒の眠りを安んじるには、諸君が戦友の任務を引き継ぎ、果たさねばならない」


 ――まるで詐欺師のようだ。


 レフノールは心底、自分が嫌になった。

 この兵たちは上官の不正を知らない。

 そしてレフノールはもっともらしい言葉で当の上官の死を飾り立て、兵たちを任務に向かわせようとしている。

 方便とはいえ気分のよいものではなかった。


「小官も、分遣隊長と副長に代わり、諸君とともに任務を果たすつもりだ。

 諸君もどうか協力してほしい。だが今はただ、ともに祈ろう。彼らの魂の安らかならんことを」


 それ以上言葉を飾る気にもなれず、強引に話にまとめをつけて、レフノールは司祭に視線を送り、一礼した。

 老司祭が頷いて一歩前へ進み出る。


「道半ばにして命を落とされた方々の魂の安らかならんことを」


 柔らかく落ち着いた、しかしよく通る声だった。


「もとより争いは神の好まれるところではありませんが、何かを守らねばならぬときに戦うことを、神は否定されません。

 わたくしたちを守るためにこそ、この方々は命を落とされたことと思います。

 守られて残された者が戦って命を落とした方々に対してできることはふたつしかありません――祈ること、忘れないこと。そのふたつだけです。

 ですから、皆様もともにお祈りください」


 穏やかな表情で老司祭は言った。

 それは、多くの村人たちを送ってきたのだろう彼女にしか、たどり着けない境地であるのかもしれなかった。


「我らを育みたまう大地の母よ、我らを導きたまう天の父よ、あなたたちの子らを、あなたたちの腕の中へお返しいたします。

 彼らはあなたたちの腕の中から出でて人の子として生まれ、あなたたちの恵みと導きを得て生きたものであるがゆえに」


 それは言ってみればお決まりの、葬儀のときには必ず唱えられる祈りの一節ではあった。

 そうであるのに、落ち着いた柔らかい声は聞き流すことを許さず、心に沁み入って聞く者の背筋を伸ばさせる。


「どうか、われらが母よ、あなたの子らの身体を、その腕で包み、安らかに眠らせられんことを。

 どうか、われらが父よ、あなたの子らの魂を、その腕もて高く天へと昇らせられんことを。

 ふたたびあなたたちの子として生を得るその日まで、しばしの休息をお与えくださいますように」


 一言ずつはっきりと区切るような祈りの言葉に、幾人かの兵たちが唱和した。

 隊長と副長の行状を知るレフノールでさえ厳粛な気分にさせるものが、そこにはあった。


 祈りが終わると、老司祭は足下に置いていたちいさな籠を取り上げた。

 秋の野花が入ったそれを兵のひとりに渡し、どうぞ、と促す。

 兵たちは籠から花を取り、墓穴の底へ投じた。

 上官の遺体に敬礼を送り、同僚の遺体には小声でなにかを語りかける。


 レフノールは、少し離れた場所からそれを黙って眺めていた。

 戦友との別れを、上官という立場で邪魔したくなかった。


 しばらくすると、兵たちの別れが済んだと見たのだろう、ベイラムがレフノールに視線を送って小さく頷いた。


「埋葬しろ」


 レフノールが短く命じた。

 老司祭が小さな香炉で香を焚き、祈りの言葉をささげる中、兵たちが上官と戦友の遺体の上に土をかけてゆく。

 墓穴は見る間に土で埋まり、老司祭が土盛りの上に小さな花束を置いて、葬儀は終わった。


「敬礼!」


 太い声でベイラムが号令を飛ばす。

 ベイラム自身とレフノールを含む全員が、真新しい墓標に敬礼した。

 レフノールが手を下ろすと、兵たちがそれに倣う。


「よろしい、みな戻れ。

 既に達した命令以外の課業は免除。

 今日はみなよく働いてくれた。明日からもよろしく頼む」


 レフノールの言葉に、兵たちがもう一度敬礼した。

 頷いて答礼し、レフノールは宿営地へ戻る兵たちを見送る。


「ありがとうございました、エマン司祭」


 兵たちが離れたところでレフノールは老司祭にそう言い、頭を下げた。


「いいえ、こういったことこそわたくしの役目ですから」


「兵たちもいくらか落ち着いたようです。

 戦友を亡くしたのですから動揺は致し方ありませんが、それが続くのもよくありません」


「わたくしとしては、もう少々、時間をかけて落ち着いた方が良いようにも思えますが」


「……たしかに、いささか焦りすぎているのかもしれません」


 司祭の立場ではそういう結論になるのだろう。

 指揮官であるレフノールの立場からすれば、次の襲撃がいつあるかも解らない中、部隊の士気をどう保つか、というところが気にかかるところだった。

 実際問題として、戦友の死から立ち直れずにいる兵は容易に次の死者の列に並んでしまうものであるし、そしてその事実は更なる悪影響を部隊の士気と戦力に及ぼすものでもある。それは、指揮官としてどうしても避けたい負の連鎖だ。


「部隊を預かる方のお立場としては、そうもありましょう」


 にこりと笑った老司祭が言う。立場が違うゆえに考え方の異なるレフノールを責めるでもない自然体だった。


 ――なるほどこれが品の良さや年齢ゆえの落ち着きというやつか。


 自分には当分持ちえないものなのだろう、と考えながら、老司祭と並んだレフノールは、村の小道を歩いていった。

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