第5話 秘された真相
天城と飛龍が動き出す数時間前。
じき日が暮れる頃のとある屋敷を、秋町 査夜が訪ねていた。
査夜「すみません、少しお時間いいですか?木崎
門前で花瓶を飾っていた、着物で着飾った女性である。
彼女は西日屋の暴行事件の被害者、木崎 礼奈の妹だった。
査夜は中に招き入れられ、居間で出された茶を飲みながら話を続ける。
査夜「十七年前の事件の事は、まだ覚えていらっしゃる事でしょう」
礼香「姉の話はやめてください。もう聞きたくもありません」
査夜「・・・何かあったのですか?」
礼香「・・・しばらく前、貴方のように話を聞きに来た者がいたのです。その後少し、面倒事になってしまって・・・」
査夜「・・・お父上の件ですか」
礼香「知っているんですか?・・・そう言えば探偵と仰っていましたね・・・」
査夜「私が知る限りお父上・・・
礼香「それとはまた違うのですが・・・」
査夜「・・・あるいは、オカルトな思想に傾倒し、呪いや怨霊、鬼神に関する物や資料を集め始めた、ですか?」
礼香「・・・!どうしてそれを?」
居間の奥に目を向ける。
透明な空のケースと怪しげな壺、お札のような物が置かれている。
査夜「実は私は探偵業と同時に、霊媒師もやっていまして。知人に何人か、寺院や神社、教会の関係者がいるんです。あのケースの中には、曰くの付いた古い日本人形が置かれていましたね?
査夜「お父上は今は?」
礼香「・・・他界しました。半年前、服毒自殺で」
査夜「それは・・・」
彼女の姉、礼奈と同じ自殺方法である。
礼香「その後から変な事が起こり始めたんです。風呂場に見覚えのない模様があったり、変えたばかりの電灯が切れたり、写真に見知らぬ人が写り込んだり・・・貴方が言ったようにお祓いをして貰った事で、改善はされたのですが・・・未だに夜、誰かに見られているような感じがするのです」
査夜「気のせいですね、それは。私が見たところ、この屋敷は既に清浄な空気で満ちています。あまり気を詰めない事です、誰も貴女を恨みも、憎みもしていませんよ」
礼香「・・・どうでしょう。姉は私が嫌いでした。父も母も、姉より私を気にかけていましたから。そんな父が姉の件で酷く取り乱し、別人のようになったのは・・・当時はかなりショックでした」
査夜「・・・」
礼香「じき日が暮れます。そろそろお帰りになられた方が宜しいでしょう、この辺りは暗くなりますから」
査夜「ええ。最後に一つお尋ねしたいのですが」
礼香「何でしょう」
査夜「ある人物が、礼奈さんの話を聞きに来たとおっしゃっていましたね。その人物について少し話していただけますか」
礼香「・・・そうですね・・・随分前の事なので、あまり覚えていないのですが」
礼香「髪を結った、礼儀正しい殿方でした。不思議な香のような匂いを纏っており、耳を傾けさせるような声をしていました。父が仕事の関係で知り合ったそうです」
話を終え、暗くなり始めた外に出る。
門をくぐる寸前、査夜は庭先と縁側の方を覗く。
彼女の瞳には、小さな鬼火のような光が映っていた。
査夜「・・・ああは言ったが確かに霊は漂っている。だがアレは事件とは関係無いな、ただの浮遊霊だ。神経質な奴は気付くかもしれないが、人に積極的に危害を加える物では無い。元を断つつもりで来てみたが、とっくに引き払われた後・・・と言った所か」
帰り道を歩きながら、査夜は情報を整理する。
査夜「事件の元凶は父親、木崎 幽助で間違いないだろう・・・自ら命を断つ事で、怨念を霊として解き放ち、西日屋で事件を起こしていた。動機も復讐心で説明が付く。しかし不可解だ・・・彼はどうやってそんな術理を身に付けた?あの屋敷には微かな霊気以外に、術を使った形跡は無かった。誰かから教わった可能性が高いだろうが・・・」
査夜「・・・まぁ良い。天城と飛龍がうまくやっていれば、今回の事件はカタが着く。私は後始末の手配をしておくかな」
彼女が二人の援護に向かう事は無い。
駆けつけるくらいなら、初めから人には任せないのだ。
実働隊としては、彼女より天城と飛龍の方が優れている・・・
少なくとも査夜はそのように、二人に大きな信頼を寄せていた。
そして事実は彼女の思惑通りに運んだ。
西日屋の怪は退治され、後には曰くの付いた廃墟が一棟。
後日、査夜が手配した
少し澱んでいた空気も晴れ、霊が寄り着く事も無くなるだろう。
人の噂も七十五日、いずれは再び宿屋として栄える日が来るかもしれない。
それも全て、失踪した宿屋の主人次第ではあるが。
とある水曜日の平日、桜美咲高校二年五組の午前休み。
「あれ、
「今日休みだってよー。なぁ
飛龍はクラスメイトでもある天城について、
この日何度目かの質問に答える。
飛龍「僕も聞いていないんだよね、電話しても出てくれないし」
「アイツが体調悪くするの、想像つかないけどなぁ」
「ズル休みかぁー?」
飛龍「アイツがズル休みは無いって。あんなでも気持ち悪いくらい真面目だし。でも僕にも何も言わないとなると・・・」
「「なると・・・?」」
飛龍「寝坊かもね」
噂の天城は、布団で目覚まし時計をセットしていなかった事を後悔していた・・・
などと言うような事もなく、日差しに照らされながら歩いていた。
誰がどう見ても完璧に起きている。
彼は正真正銘ズル休みを使い、とある場所を目指していた。
前日事務所で聞いていた、査夜の言葉を思い出す。
査夜「居場所は突き止めたが・・・私が行けば警戒されるからなぁ。お前達、代わりに行って来てくれんか?」
飛龍「はぁ?暴行の容疑者でしょ?子供だけで行かせるなんて正気?」
天城「無罪放免でも危険人物の可能性はあるのに。本当にアンタ元警察か?」
査夜「冗談を間に受けるな!そもそも、話を聞きに行く理由も無い。もう事件は解決したんだから、藪から蛇を出す必要は無いさ」
天城「そう言う割に、住所は教えるんだ?」
査夜「危ない場所は知っておかないとな。それにもしも事態が収束せず、怪奇現象が続くようなら、残された最後の容疑者は宿の主人だ。知っておいて損は無い」
飛龍「・・・宿の主人って、どんな人なの?」
査夜「以前話した時の所感だが・・・自分を律せていない印象があった。受け答えも日常生活も不自然では無いが、時々考えるより先に手が出るようでな?私も一度ブッ叩かれそうになったよ、ありゃ酷いもんだ」
天城「・・・尚更近付くのは危険だな」
査夜「だろう?だからまぁ、必要があって接触するなら気を付けた方がいい。下手な怪異よりも、生きてる人間の方が厄介だからな」
・・・
天城「・・・ここか」
小さな民家。
人が住んでいるのかどうか、数秒判断に迷う程度の荒れ具合。
天城は無防備に開けっぱなしにされた門を見て、
呼び鈴も鳴らさず敷地へと踏み入った。
天城「・・・
縁側に腰掛ける、初老の男性に問いかける。
彼が“西日屋”の元主人、件の暴行事件で容疑者とされた男である。
金剛「・・・おや、これは珍しいな・・・ウチに老人会の見回り以外で、お客さんが来るなんてなァ・・・」
朝だと言うのに、彼は疲れ果てた様子で座り込んでいた。
勝手に入った天城を見ても、穏やかにその姿を眺めるのみである。
金剛「この時間は、学校があるんじゃないのかねぇ?」
天城「サボって来ました。貴方と話す方が、重要だと思ったので」
金剛「・・・そうかい。んまぁ、座りな。今は茶は出せないけどな」
天城「何かあったんですか?」
金剛「火傷してなァ、しばらく火を使うなって止められちった」
彼は水脹れのできた腕を見せる。
干し柿程の大きさだろうか、痛々しく腫れ上がっていた。
天城「・・・西日屋の事件について、話してくれませんか。言い辛い事でも構いません。決して誰かに話したり、頭ごなしにしたりもしません」
金剛「・・・子供に聞かせる話じゃねぇよ・・・」
天城「酒でも買って来ましょうか?」
金剛「やめれぇ!今時未成年に酒売る店があるか。しょうがねえ、少し待ってろ」
彼は家の中へと入って行く。
そしてしばらくすると、一升瓶と小さな升を持って戻って来た。
少し濁った日本酒を注ぐと、それを勢いよく飲み干した。
金剛「・・・飲むか?」
天城「飲んでもいいけど・・・俺は酔わないんだ」
金剛「はは、素行不良だなボウズ。まぁ、俺よかマシだろうがな・・・」
既に少し顔が赤い。どうやら酒にはあまり強くはないらしい。
しかし口車が軽くなっても、彼が暴れたり、
天城に手を出したりする様子は無かった。
見ている限り金剛は、暴行など働きそうには無かった。
金剛「・・・十七年も前なのか、あの時の俺はどうかしていた・・・泊まりに来た女に手をだすなんざ、宿屋失格だ・・・まして二十は年下、情けねえ話だ・・・」
金剛「俺はよく覚えてんだ、泊まりに来た奴の事は全員な。飯が美味いと言ってくれたサラリーマンも、湯が熱すぎるとか抜かした若造も、必要以上に感謝して来た団体の旅行客も」
金剛「あの頃は充実していたさ。だから今も、働かずにのうのうと過ごせてる。それを台無しにしちまったのは、他の誰でも無い俺だ」
天城「・・・つまり貴方は、容疑者ではなく犯人だと」
金剛「ああ。俺がやった。衝動に負けて罪を・・・あの娘を犯した。だってのに・・・何で俺は・・・」
彼は再び酒を呷る。
典型的な物だが、人間というのはやはり、
受け入れ難き現実に直面すると、何かに酔いたくなるのだろう。
天城「裁判の事は聞いています。史上最も不可解な無罪判決の事も」
金剛「・・・俺は逃げる気は無かった。罪を受け入れる・・・裁きを受ける気でいた。容疑だって認めてた・・・ホント、意味分かんねぇよ・・・!」
瓶の中身が消えて行く。
男は益々酔って行く。
さながら懺悔するかのように、彼は言葉を垂れ流す。
金剛「あの事件で俺が裁かれていりゃあ、あの娘も自殺を踏み留まったかも分からねえ。俺はあの娘の魂に傷を付けて、命まで奪っちまったんだ!」
自らの膝に顔を埋めている。
泣き上戸と言う癖だが、天城は初めて見る物だった。
しかし天城の関心は、初見の奇行をすり抜けて、
金剛という老人のより本質的な所へと向いていた。
金剛「・・・?どうした?」
天城は立ち上がると、金剛の前で彼を見下ろした。
天城「・・・変だ。アンタ、二人いるように見える」
金剛「な・・・何ぃ、言ってるんだ?」
天城「輪郭がブレる・・・感じる気配が二つある。アンタの中に、アンタじゃない他の誰かがいる」
その発言には、酔っ払っていた金剛も首を傾げた。
天城「足を見せてくれる?」
金剛「・・・足ィ?野郎の足なんて見て何になるんだ・・・」
裾をまくると、毛むくじゃらの脛が現れた。
天城はそれを見て何かを悟り、置いていた楽器ケースに手を伸ばす。
天城「気のせいじゃ無い。金剛さん、貴方は何かに取り憑かれてる。俺はそう言うの見えないしよく分からないんだけど・・・貴方の中には魂が二つあるんだ」
金剛「・・・そりゃ一体・・・」
天城「ふいに手が動いたり、思っていたのと違う事をしてしまったり、やたらと衝動的になったりする事は無い?」
金剛「・・・・・あるけど」
天城「貴方を支配しているのは、貴方一人の意識じゃない。二重人格・・・とも少し違うような気がするけど、それを取り除ければ・・・何かが変わるかもしれない」
刀を帯の脇に刺し、庭の広い場所に出る。
天城「思い当たる節があるんでしょ?何か話してよ、金剛さん」
金剛「・・・」
彼は十七年前の出来事を思い出しながら、
天城に迷いのある言葉を告げた。
金剛「・・・あの娘を一目見た時、俺の中で何かが狂った。女に飢えてた訳じゃ無い。感じた事の無い、腹の中で血が沸騰するみてえな感覚がして、俺は行動の収集が付かなくなっちまった」
深夜の宿屋。
マスターキーで部屋に押し入り、
眠ろうとした女を襲う。
悲鳴を封じ込め、衝動のままに肌を重ねる。
理性が支配を取り戻したのは、行為が終わった後だった。
金剛「・・・最中、俺は何度も自分を止めようとしたが・・・止められなかった。全ての感覚が、酒飲んでる時より朧げで、全然楽しくも気持ち良くも無かった。お前さんに言わせりゃそれも、取り憑かれていたって事なのか?」
天城「・・・それは分からない。貴方が有罪だと知るのは、今は貴方しかいない」
金剛「・・・そうだな」
庭に日差しが差し込む。
秋の少し傾いた、正午を告げる正南の光。
吹き付ける風が止んだ頃、
老いた咎人は、抜刀した少年に背を向けて座り込んでいた。
天城「言っておくけど・・・貴方のそれは多分、生まれつきだ。生まれた時から混ざっている。だから・・・どうなるか分からない」
天城「一度混ざった絵の具の色は、何をどうしても戻らない。諸共流して、新しい色を着けるしか無い。貴方の中の何かを祓って貴方にどんな影響が出るか、俺には計り知れない」
金剛「構わねえ、やってくれ。どうせ老い先短いんだ、介錯してくれるような身内も、俺にはいねえからな」
返事を聞き届け、天城はもう一歩踏み寄る。
男の後頭部左右で、八の字を切るように振り、
刃の無い鉄の塊をその背中に静かに当てる。
金剛は目を見開いた。
何か変わった様子は無いが、彼にできるのはこれだけだ。
酒瓶はとうに空で満たされ、天城の刀は鞘に収まる。
数刻の昼の宴会は、空腹と共に開きとなった。
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