第3話 覗き込む影
佳苗「へぇ、結構本格的に調べてるのね。今までどれくらいの事件があったの?」
天城「小学生の頃に初めて、数えると軽く二十件はあるかな。外の街にもよく行く」
花壇で天城が佳苗に対し、アルバムを見せて注意を引く一方、
飛龍は帰るフリをして裏手に周り、風呂場の物と思わしき窓際に向かった。
換気のためか、鉄格子付きの窓が空いている。
飛龍「特にそれらしい模様は無いな・・・霊気も感じない」
見えない角度に何かある可能性も残されている。
しかしこれ以上は、住居に侵入しなければ確認ができない事。
飛龍は諦め、携帯を取り出して天城に連絡を入れた。
天城「・・・飛龍は帰ったか・・・」
佳苗「そう言えば、どうして和服なの?」
天城「小さい頃からずっと着ているから、洋服だと落ち着かないんです。視線はとっくに慣れましたし」
佳苗「怪事件を追ってるって言ってたけど、何でそんな事をしているの?危なくない?」
天城「成り行きで関わる事になって・・・危ないかどうかは、俺にはちょっとよく分からないかも。俺は見えるわけじゃ無いし」
佳苗「ふーん・・・」
天城「すんなり信じるんですね、幽霊とか呪いとか、そう言うオカルトな話」
佳苗「そりゃまぁ、そう言う目にあったばかりだし・・・」
天城「・・・?歩いていたら倒れたんでしょう?不思議な事件だけど、怪異が関わってるかどうかはまだ・・・」
彼女は自分の腕で、自分の体を締め付ける。
佳苗「・・・警察の人には言ってなかったんだけどね、倒れる直前に見えたのよ。大きな黒い、猿と犬が混ざったみたいな影が」
天城「・・・どうして黙ってたの?」
佳苗「それが・・・忘れてたのよ、ついさっきまで。ぼんやりする中見えた物だし、幻覚って線もあるけど・・・なんだか不気味だわ」
天城「・・・念の為、お祓いに行く事を勧めます。良くない物が見えた人には、良くない事が起こりやすいですから」
佳苗「ええ。もう行くの?」
天城「はい。お時間を取らせてすみません、話してくれてありがとう。それじゃ」
佳苗「あ・・・気をつけてねー!」
藤田家を後にした天城は、付近の公園で飛龍と落ち合った。
佳苗が祖父と共に倒れ、怪異の影を見たと言う場所である。
飛龍「何だって?あの人がここで?」
天城「ああ。怪異の姿を見たらしい。何かいるか?」
飛龍「・・・いや、何も。一ヶ月前の事だし、昼間からいる方が珍しいし」
天城「そうか。そっちの成果は?」
飛龍「見える範囲には何も無かったよ、西日屋との関係性は分からないままだね」
天城「でも元気そうで良かった。まだ霊障の影響が続いてたら面倒だったし」
飛龍「どうする?今日はもう帰る?」
天城「そうしよう、外にいても暑いだけだ」
飛龍「そっか、じゃあね。また明日・・・あれ、明日って休日?」
天城「ああ。まぁ何かあれば事務所だな。それともどこかに行く?」
飛龍「やめておこう、まだ事件は解決してないし。報告はこっちでメールしとくよ」
天城と飛龍がそれぞれ帰ってしばらく後。
夕焼けの空の下、花の咲く民家で佳苗は日常に戻っていた。
夕食の準備。
米を研いで炊飯器に仕込み、
値引きされていた鶏肉をボウルで漬け込み味を染み込ませる。
これまで幾度となく繰り返して来た慣れた動作だが、
手の動きには迷うような無駄があり、
彼女の眉は葉の淵の尺取虫のように歪んでいた。
佳苗「・・・はぁー、ダメ。暑い、先に風呂だわ」
鶏肉に触れた手を入念に洗い、彼女は既に準備していた風呂場に向かう。
脱衣所で服を脱ぎ、洗濯機へと無造作に放り込み、浴室の扉を開く。
佳苗「・・・ふぅ、秋だってのに変に汗出るわね・・・あら?」
滑らかなで若々しい体を、温めのシャワーで流している最中。
彼女は湯船の内側に、奇妙な汚れを発見した。
佳苗「何かしらこれ・・・擦っても消えない、こんな汚れさっきはあったっけ_」
寝起きの重い瞼が乗ったかのような目玉模様。
それと全く同じ物が、彼女が目を離した鏡の中で、
ビッシリと、浴室の壁を多い尽くしていた。
瞳は次々に開き、暗闇から覗く猫のように、彼女の姿を凝視していた。
翌日。月曜の休日、午前中。
天城と飛龍は再び事務所に呼び出されていた。
査夜「来たか、まぁ座れ。文旦も食え」
天城「遠出って言ってた割に、もう調べ終わったのか?」
査夜「ああ。例の容疑者は見つかったし、そのオマケで新たに分かった事もある。どうやらこの事件、思ってたよりも大事らしい」
天城「と言うと?」
査夜「その前に、これまでの私の推理を話しておこう。ほら食え、カビるだろ」
彼女は果物ナイフで文旦を開き、皿に持って二人の方に差し出す。
デスク傍に置かれた段ボールには、まだ2ダース弱の余りが入っていた。
査夜「私はこの怪異を、宿の主人か、例の事件の被害者の霊が起こしている物と考え、それに基づいて調査していた。正体として有力視していたのは後者、木崎 礼奈の霊だ」
飛龍「木崎 礼奈・・・それって、あの免許証の置き忘れの人じゃ?」
査夜「ああ。彼女が事件の被害者だった。念のために調べて来たんだぞ?」
査夜「・・・霊も元々人間だ、意味のない行動はしない。死後現世に影響を与えるとなるとそれだけ強い目的意識が必要になる。彼女が犯人である場合、犯人の傾向からその動機も見えて来ると思った」
天城「暴行事件の容疑者である宿屋の主人、それと重なる町中の男を目の敵にしていると言う事か」
査夜「ああ。そう思っていた・・・」
飛龍「・・・勿体ぶってないで、続き話してよ。否定材料が見つかったんでしょ?」
査夜「可愛げの無い奴・・・まぁその通りだ」
査夜「お前が見つけて来たこの免許証、女湯に置いてあったんだろう?そしてその奥に強力な霊がいたと。恐らくその霊が・・・木崎 礼奈本人だ」
天城「・・・となると、彼女が元凶であった場合、事件は既に解決していないとおかしい」
査夜「ああ。だから彼女は事件の軸じゃ無い。別の誰かが持ち物を使い、彼女をあの温泉宿に縛ったんだ」
飛龍「・・・何でそんな事を?」
査夜「それが分かっていれば調べ物は不要だよ、明日例の容疑者に会いに行く。お前達も来るか?」
天城「学校なんだけど」
査夜「・・・そうか、そうだったな」
飛龍「で、今はどんな仮説を立ててるの?」
査夜「そうねぇ、彼女を縛った者が元凶とするなら、免許証を入手できて死後の霊に呪いも掛けられる立ち位置と力を持った人間に限られる・・・この時点で、容疑者はかなり絞られる。普通ならな」
天城「身内って事か・・・普通ならってどう言う意味だ」
査夜「金持ちなんだよ。大家族で人が多いから、誰が首謀者か推理できない。まぁ、当たりを付けて調べるしか無いさ」
天城「思ってたより大事って言ってたのは、調べ物が多いって意味」
査夜「ああいや・・・そうじゃない」
査夜「分かるか?これは単なる心霊事件じゃない。生きている人間による呪いが、街全体を巻き込んで人に危害を加えている。尋常では無い状況だ、裏目を引かないためには慎重に動く必要がある。飛龍、灰原さんにこれを届けてくれ」
飛龍「封筒?何これ」
査夜「お布施だよ。何かあった時、頼れる人間は多い方がいい」
天城「話は以上?・・・なら、そろそろ一旦帰らせてもらうね」
数日後、学校の帰り道。
街の南部の“
二人は放課後の活動時間を奪われたく無いのでどこにも属していない。
授業が終わってなお騒々しい校舎を後に、天城と飛龍は帰路に着く。
飛龍「あれ、パトカー・・・」
けたたましいサイレンを鳴らしながら、
白黒と赤ランプの車が大通りから脇道に消えた。
飛龍「あの道、例の被害者の家があった場所じゃない?藤田 佳苗さんだっけ」
天城「そうだな。別に珍しくも無いけど・・・気になるな」
二人は好奇心に従い、橙色の花を咲かせる民家へと寄り道する事にした。
向かった先は警官達と三台の警邏車により封鎖されている。
黄色い立ち入り禁止テープの外には、先日の警官が立っていた。
飛龍「すみません、何かあったんですか?」
警官A「ん?お前達は・・・日曜の小僧共か。あまり見ない方が良いぞ」
覗き込んだ先の花壇は、赤黒い液体で汚れていた。
橙色の美しい花が咲いていた場所は、二色の色でグロテスクに彩られている。
天城「・・・血?」
警官A「まだ何があったのか、調べている最中だ。変な事になってるって通報で来てみればこの始末、重要参考人も行方不明になっちまった」
飛龍「・・・佳苗さんが消えたって事ですか?」
警官A「・・・って、何で部外者に情報を漏らさにゃならん!お前達あっち行った、捜査の邪魔だ!」
天城「今分かってる事、全部話してくれないの?警察は頼りないから、任せてたら安心できないんだけど」
飛龍「ちょっと天城・・・!」
警官A「口の悪いガキだな、立ち去らねぇと補導だぞ」
査夜「_ああ、お前達は早く帰るんだ。宿題も終わっていないだろう?」
天城と飛龍の背後から、とても聞き覚えのある声が話しかけて来た。
秋町 査夜、詠園市では知る人ぞ知る探偵である。
警官A「・・・また首を突っ込みに来たのか、秋町探偵?」
査夜「何があったか、今分かる範囲で教えてくれるか?
竹林「・・・ああ、分かった分かった。お前なら良い、一応関係者だしな」
査夜「天城、飛龍、戻って文旦でも食べていなさい」
飛龍「えぇ?もう食べ飽きたん_」
文句を言おうとした飛龍の手を引き、天城が言葉を遮った。
天城「了解、無くなってても文句言わないでね」
飛龍「ちょ、引っ張らないで天城・・・」
査夜「少しは残しておけよー!」
竹林「・・・あの二人、お前の身内だったのか」
二人が帰った事を確認すると、竹林は査夜を連れて家屋に入った。
竹林「通報があったのは昼頃だ。玄関が開きっぱなしで、表の花壇が血まみれになっているとな。アレが血かどうかは分からないが、家主の姿は確認されていない。他に変わった事と言えば・・・」
風呂場で水が溢れかえっている。
蛇口から止めどなく、湯船に冷水が流れ込んでいるのだ。
査夜「・・・開いているのは湯の蛇口だな、最初から水だったのか?」
竹林「ああ。ボイラータンクが空になったんだろう、かなり長時間この状態で放置されていた事になる。現場保存のために触れない。家主が戻って来た時、メーターを見て泡吹かなけりゃ良いが」
査夜「・・・綺麗な風呂場だ、病的な程に汚れが無い。他には何も無しか?」
竹林「ああ、何も無い。彼女が勤めてるらしい大学に問い合わせてみたが、元々休日を取っていたらしくてな。出掛けてるのか攫われたのか、判断もできない状況だ」
査夜「・・・一足遅かったか、悪手を打ってしまったらしい」
竹林「あん?」
査夜「こっちの話だ、気にするな」
先に帰った天城は、事務所で文旦を次々に剥いていた。
飛龍「こんなに剥いておいて、食べないの?」
天城「食べる。一気に食べる。だから先に剥く」
飛龍「お腹壊すよ・・・」
天城「・・・さっきの査夜さんの発言は、事務所に行って待機してろの意味だ。いつでも動けるようしっかり食べておかないと」
飛龍「・・・君って本当、常在戦場だよねぇ」
軽く1ダースを果肉剥き出しの状態にした後、
天城はまるで3日断食した後のような勢いで文旦を貪った。
飛龍は本当に飽きていたので、手を出さず彼をじっと見守った。
天城「・・・ふぅ、もう一個行っておくか」
飛龍「よく食べるねホント・・・」
天城「お茶欲しいな・・・飛龍、淹れてくれる?」
飛龍「僕が淹れるの?まぁたまには良いか。下手だけど許してね?」
天城「上手いも下手もないでしょ、注ぐだけだぞ・・・」
下手と言いつつも慣れた手付きで茶を入れると、
飛龍は二つの湯呑みに香りの良い湯を注いだ。
天城「・・・不味い」
飛龍「ひどい言い草だな、だから言っただろ?」
天城「どうやったらこうなるんだ。渋みが強すぎでしょ、出涸らし?」
飛龍「今後一切僕を厨房に立たせないように。料理は君の仕事だよ」
天城「・・・誰か来た」
表から人が入ってくる音がした。
査夜が急いだ様子で戻って来たのだ。
査夜「お前達、今夜は動けるか?」
天城「
飛龍「宿題から目を背ければね」
査夜「時間はあっただろ・・・って、本当に文旦をひたすら食べてたのか。事態が悪化した、例の被害者女性は怪異に攫われた可能性が高い。今行き先のアタリをつけている所だが、十中八九あの温泉宿だろう。今夜もう一度行くぞ」
天城「・・・少し焦ってる?」
査夜「ああ、大焦りだ。何せ今までとは違うからな」
夜。
自宅として住み着いている日本家屋を飛び出し、天城は街を駆けていた。
飛龍もまた同様に、影を踏み越え宿に急ぐ。
天城「・・・」
思い出すのは昼間、査夜が何かの支度をしながら話していた事。
この事態に至った事に対する考察と、急がなければならない理由である。
・・・
査夜「お前達が言っていた話では、彼女は公園で襲われた時、しばらく正確な記憶を思い出せずにいた。これは人間が本能的に持つ防衛機能、忘れる事で穢れと縁を断つ、ごく自然な反応だ」
査夜「怪異や霊にまつわる記憶は、時と共に忘れられる。お前達のように日常的に触れ続けていたり、よほど強烈な体験をしたわけでも無い限り、眠ってる時の夢と同じで関連する記憶はボヤけていく」
天城「なら何で今になって彼女は?」
査夜「おそらくお前が見せた西日屋の写真だ、怪異は写り込んでいなくても、写真にはその魂が宿る。普通の人間には無害でも、一度触れられていた彼女は、それを見た事で再び縁を結んでしまったんだ」
査夜「以前はすぐ傍に彼女の祖父という、怪異にとってより重要な獲物がいたおかげで、連れて行かれるのは彼一人で済んだ。でも今は違う、今度の標的は彼女だ」
天城「・・・!あの写真、清めたんじゃ無かったのか?」
飛龍「その筈だけど・・・」
査夜「恐らくこの間お前達が西日屋に行った時、取り憑かれていたんだろう。気付かなくても無理はない、元々痕跡を隠す事に優れた怪異だ、お前達の落ち度じゃない」
二人「「・・・」」
査夜「話を戻すぞ。今までの被害者は、確認できている限り全員が成人男性だった。だから私も単純な復讐心がトリガーになっていると踏んでいた。だが、今回は標的に女性が選ばれた。これが意味する所は一つ」
査夜「“変身”だ。今までとは怪異の性質が変わったんだ。これも推理だが、女湯にいた強めの霊、アレがストッパーの役割も果たしていたんだろう。あるいは今までの事件をそちらが起こしていたが、倒された事でサボってた元凶が動き出したか。どっちでも良い」
査夜「間違いないのは、放っておけば増長する。今の時点で強力な霊だ、これ以上力が強くなれば我々でも祓えなくなる可能性がある。可及的速やかに排除するぞ」
天城「でも、彼女が西日屋と関係があったかどうかの確証は無いぞ?」
査夜「私は警察じゃないんだ。状況証拠でも動くには十分なのさ。もし間違いだとしても、何も起こらず杞憂で済む!」
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