第2話 去らない霊気
西日屋の怪を払った翌る日。
天城と飛龍は、ある事務所の一室で寛いでいた。
飛龍「ボムある?」
天城「もうちょい・・・溜まった」
方やソファに寝そべりながら、
方や窓枠に腰掛けながらゲーム機を弄っている。
部屋には一貫性の無い様々な雑貨を並べた棚が複数、
大量の書類をファイル分けして収納した本棚が一つ、
そして紙と文具がこれでもかと散らかった作業机が二つ。
うち一つに置かれているのは、天城と飛龍が持ち込んだ学校の宿題である。
「悪いね、待たせたよ」
焦茶色の髪をした、左右で少し目の色の違う女性。
この部屋の、ひいては“秋町探偵事務所”の主である。
天城「
査夜「表で昔の知り合いに捕まってね、余ってるからと押し付けられた」
彼女は文旦を詰め込んだ段ボール箱をテーブルに置き、
自分のデスクを整頓し始めた。
飛龍「・・・いてっ!」
査夜「これ、窓枠に座るな。そっちも、終わった宿題をほっぽり出すな、無くすぞ」
天城と飛龍は顔を見合わせ、ゲームを中断して片付けを始めた。
三人がそれぞれ散らかした後始末を終えた後、土産の文旦を開いて食べる。
査夜「例の宿、調べ終わったんだっけ?詳しく報告してくれるかな」
天城「外には殆んど霊気が漏れていなかったけど、中はかなりの数がいた。ロビーと男湯に多分被害者の霊が多数、女湯に強めのが1、他は何も」
飛龍「一応廊下にもいる事にはいたけど、天城が見落とす程度のだけだったね。面白かったのが扉の仕掛けでさぁ、閉じると別の群が開くんだけど、全部閉じたら入り口の扉も開いたんだ」
査夜「心霊スポットを面白がるんじゃない。と言うか、閉じ込められたのか?」
飛龍「うん。仕掛けを解いた後ロビーに霊が出て来たから、アレの仕業かな」
査夜「お前の目は、潜んでる霊も見抜けない節穴だったのか?」
飛龍「・・・霊は壁を通り抜けるし、床にでも潜られたら気配は分かっても見えない、透視みたいな超能力じゃ無いんだし」
査夜「・・・まぁ、後で詳しく聞く。もっと分かりやすく説明できるよう、纏めておいてくれると助かる」
飛龍「あ、そう言えば・・・脱衣所でこんな物を見つけたんだ。古い免許証みたい」
査夜「・・・本当に古いな。閉館する前の忘れ物か・・・ん?」
天城「知ってる人か?」
査夜「・・・見覚えがあるな、これも後で調べておこう。とりあえず、今の時点で対応しておきたい怪異は対応できただろう。ちゃんと祓えていればだけどな」
飛龍「・・・霊なら天城が確かに祓ったよ?何か他にあるの?」
査夜「さっきの話の続きだよ。ロビーの霊は、仕掛けを破るまでは現れなかったんだろう?」
天城「うん、気配も無かった気がする。出て来てもそれほど強く無かったから、隠れていたら気づかないのも無理は無い」
飛龍「僕を擁護しているのか知らないけど、気付かなかったのは君もだよ」
査夜「気配も何も無いのに、力だけが作用する、普通の霊にできる芸当では無いよ」
天城「・・・そうだな、ロビーの扉は強い力で閉ざされていた。部屋の鍵がおかしくなったのは、部屋の中を霊が彷徨っていたからだろうけど・・・」
査夜「ああ。鍵が開くと中の霊は別室に逃げ、鍵の掛かった部屋に隠れる。遊んでいたんだろう、なら悪意の霊じゃ無い。お前は被害者の霊だと思っただろうが、恐らくそれらは誘き寄せられただけの浮遊霊だよ」
飛龍「じゃあ一体・・・」
査夜「・・・恐らくあの建物には、まだ強力な霊が住み着いている。鍵が開いて外に出られたのは、浮遊霊達が祓われて気付いたんだろう、そこの古刀の力にな」
彼女は天城の楽器ケースを指差した。
中には彼が使う日本刀が仕舞われている。
飛龍「それはつまり・・・怪異が自分にとって脅威になる物を、建物から排除したって事?」
査夜「ああ。意識のハッキリした賢い霊だろう。力の程が分かったから、自分のテリトリーから出て行って貰ったんだ」
天城「・・・なら確認に行かないと。本命が隠れてるなら、祓わなきゃ被害が続く」
飛龍「あの女湯の霊より強いとなると・・・それなりに準備した方が良いかな」
査夜「やめておきな。追い出された以上、今から行ってもお前達では入れない。せめて時間を置いてからにした方が良い。それよりも、今はこっちだ」
彼女がパソコンを叩くと、プリンターが動き出した。
印刷された物を、傍にいた飛龍が拾い上げる。
飛龍「地図?」
査夜「そ。西日屋が閉鎖された原因が、とある事件による物だって話はしたね?思い出したって訳じゃ無いけど、少し閃いたから調査を手伝って欲しい」
天城「聞き込みか何か?あまり遠くへは行けないけど」
査夜「遠いのはこっちでやるから、近場のを頼むよ。その前に・・・件の事件の詳細、少し話しておこうか」
査夜「今から十六年ほど前、西日屋で暴行事件が発生した。被害者は・・・当時街に住んでいた女性。事件後家族と共に遠くへ引っ越していた」
査夜「容疑者とされたのが、当時の西日屋の主人でね。売上が落ちるのも自然な事さ。裁判も結構な騒動になったよ、最高裁までもつれ込む程にね」
天城「そんなに・・・何で?」
査夜「被害者が金持ちだったから・・・と言う冗談はさておき。証拠からして彼が容疑者である事は間違いないにも関わらず、彼の無罪を証明する物証も同時に見つかったんだ。とても奇妙な事件だったよ、相反する証拠が共在していた」
飛龍「どんな証拠だったの?」
査夜「・・・被害者の体内に残された、犯人の体液だ。遺伝子鑑定が行われたが、容疑者の物とは一致しなかった。何度調べ直しても、別人の物だったのさ」
天城「有罪を確定するはずの検査が、無罪を示してしまった・・・って事か」
査夜「共犯者の物では無いかと言う指摘もあったが、被害者の証言を含めて、それを示す証拠は無かった。部屋の中にいたのは宿の主人と被害者だけだった」
査夜「有罪を示していたのは、部屋に残された主人の持ち物と指紋。どちらも宿の主人であるなら、部屋を手入れする際に落として行ったとも考えられる。一方無罪を示す証拠の方は、間違ってそこにある筈が無い、犯人と犯行の痕跡だ。どちらが強いかは明白だった」
査夜「・・・裁判所は彼を無罪放免とした。疑わしきは罰せずの精神でね」
食べ終わった文旦の皮を捨て、彼女は外出の準備を始めた。
早速調査に向かうつもりらしい。
査夜「・・・その後しばらくして、被害者は自殺した。容疑者だった宿屋の主人、彼にもう一度話を聞きたいが、居場所を突き止めるのが先になる。まぁ、そっちは私がやるとして・・・」
査夜「お前達は、直近の方の被害者を訪ねてみてくれ。さっきの地図に住所がある、それとこれを」
彼女は思い出したかのようにキーボードを叩いた。
プリンターがもう一枚、誰かの顔写真を印刷し始める。
飛龍「この人がその?」
天城「尋ねるって言っても、被害者は全員死んでるんでしょ?墓参りでもするの?」
査夜「いや、一人生き残りがいる。当時の状況を聞いて来い、警察は相手にしていないだろうからな。出て行く時は鍵を閉めろよ。ああそれと・・・」
天城「?」
ソファの少年に詰め寄り、念押しするように言う。
査夜「くれぐれも、自分の状況をそのまま話すなよ?お前達の活動は、一般的には野次馬と何も変わらないからな」
部屋を去る主人を、彼はバツが悪そうに見送った。
天城「・・・そんなにマズい事か?」
飛龍「前回は物分かりの良い人で助かったけど、危うく君のせいで追い返される所だったんだよ?“幽霊を見たって聞いたから話してくれ”なんて、面白半分に聞きに来たヤンチャ高校生だと思われちゃうって」
天城「だからお寺の名前まで出して、一からちゃんと事情を話したんじゃないか。そうまでされて分からないのは、むしろ向こうの問題だろ」
飛龍「口喧嘩じゃ無いんだよ、僕らは情報を引き出さなきゃいけない。賢く無い、偏屈家の口も開かせなきゃダメなワケ。賢いなら分かるでしょ?」
天城「そうまでして聞くべき情報?霊を探し出して斬れば良いだけでしょ・・・ちょ、分かった、分かったから!輪ゴムを飛ばすな!」
天城と飛龍は、寂れた路地の事務所に鍵を掛け、
査夜から教えられた住所へ向かう。
天城は刀やその他道具の入った楽器ケースを背負い、
飛龍は荷物を持たず、携帯電話をいじりながら天城を案内する。
天城「被害者は女の人で・・・一緒にいたお爺さんがやられたのか」
飛龍「霊障なのかショックで倒れちゃったのか微妙だね・・・」
天城「・・・それにしても、気になってた事があるんだけど良いか?」
飛龍「何?」
天城「今回の霊は、事前の予想通りあの温泉宿に縛られていた。まだ何か潜んでいるらしいけど、外に霊気が無い以上、引き篭って空間に居座るタイプだろう。でも、実際の被害は宿の外はおろか、街全体に及んでいる。こんな事、今までは無かった」
飛龍「そうだね・・・特徴の一致する一連の事件のうち、宿と直接関係あると分かっているのは片手で数えられる程だ。それらは確かに“西日屋”の周囲で起きていたけど・・・他のはよく似た別件って事もあるのかも」
天城「まぁ浮遊霊が引き寄せられていたから、俺達に感じ取れないだけで、外にも出るタイプの怪異って可能性もある。でも、可能性はそれだけじゃ無い」
飛龍「・・・呪術だって言いたいの?」
天城「幽霊がいるくらいなんだ、生きてる人の悪意って可能性もあるだろ」
飛龍「確かにそうだけど、肉体を持つ人間は、五感に縛られ霊的な知覚を得にくい。これだけ大規模な事件を起こせるとなると、生半可な霊媒師じゃ無いだろうね」
天城「・・・まぁ正直、俺はそう言う力のある人間がいるって事、霊の存在含めて未だに実感が無いんだけど」
飛龍「見えないからかい?」
天城「触れないからだよ」
天城「どんな物も斬る時は、多少なりとも手応えがある。でも霊にはそれが全く無い。飛龍は見えてるかもしれないけど、俺からすれば霊を斬るのは、ただの素振りと変わらない。やった後であの冷たい水を被ったような感覚が消えるだけで、最中は何の感触も無い」
飛龍「それもこれも、相手が見えてれば違うだろうに。何で僕には見える物が、君には見えないのさ」
天城「俺に聞くなよ・・・」
飛龍「と言うか、見えない物をよくあそこまで正確に断ち切れるよね。どうやってるの?」
天城「何となく気配を感じるから、それが一番強い場所でちょい大袈裟に刀を振るだけだ。この刀はそういう怪異を一撃で祓えるらしいし、力も太刀筋も適当で良い。何なら、触れるだけでも行けるんじゃ無いかな」
話しながら歩いた先に、オレンジ色の花が咲く、小さな一軒家が見えた。
天城「キバナコスモスに・・・マリーゴールドか。秋が来たんだなぁ・・・」
飛龍「風流に浸ってないで、ほらアレ。多分例の被害者じゃない?」
二十代後半と思われる女性が、警官らしき男性二人と話している。
どうやら件の事件について聞きたいのは天城達だけでは無いようだ。
警官A「ん?どうした小僧、何見てる」
飛龍「気にしないで!あの人に用があるだけです、話が終わるまで待ちますね」
警官A「そうか、すぐに終わる」
天城「・・・確かに急いではいないけど・・・」
飛龍「邪魔したら公務執行妨害、だよ」
話している被害者の女性は、名前を
祖父母と共に花屋を営みながら、植物学者として大学で講師を務めている。
佳苗「ですから、私は嘘は言っていません!祖父が気分が悪いと言うから、少し公園で休んでいたら、急に私も頭痛がして・・・そこからは覚えていないんです」
警官B「ですが監視カメラでは、お二人が倒れるまで他に誰も公園にいませんでした。お二人の飲み物や持ち物には、毒物の痕跡も無かった。これでは何が原因かも分からない」
佳苗「だから!・・・もう良いわ、これ以上話せる事はありません」
警官A「事件当日の事をもっと思い出してください、家を出る前に普段とは違う事をしませんでしたか?」
佳苗「していません、買い物のために普段通り支度して・・・違った事と言えば、それこそ祖父が着いて来た事くらいです・・・そう言えば変でしたね」
警官A「何がですか?」
佳苗「着いて来た理由です。水回りが気になるからって、漂白剤を買いに行こうとか言い出して・・・普段は掃除も死んだ祖母か私に任せきりで、言われてもやらない人なのに」
飛龍「ちょ・・・ちょっと良いですか?」
警官A「何だ君は?」
困り顔の警官達を差し置き、飛龍が女性に質問を続ける。
飛龍「出かける前、水回りを気にし始めたって言うのは?」
佳苗「な、何・・・?この子達はその、お手伝いか何かですか?」
警官B「いや、貴女に用があるそうです。知り合いじゃ無いんですか?」
飛龍「僕達はええと・・・有志で怪奇事件を追っていて、変な事になってるって聞いたからちょっと話を聞きに来たんですけど・・・」
佳苗「・・・何よ、人の喪中に興味本位で話を聞きに来たの?」
飛龍「ああいえ、その・・・学校の課題です、今の詠園(よみぞの)について調べて、記事にしろって言う・・・」
佳苗「課題かぁ・・・それなら協力したいけど、ナマモノを取り扱うのは褒められた事じゃ無いわ、デマが広がったら責任取れるの?やめておきなさい」
飛龍「ええっと・・・」
飛龍は天城に助けを求めた。
天城「ほらな?こうなるから最初から正直に全部話した方が良いんだ。生きてる人間を騙すのは、国語のテストとは違うんだよ」
飛龍「・・・今のは僕がマズかっただけだ」
天城「俺がやっても同じだったよ」
楽器ケースを開き、中身を取り出す。
この箱に入っている物は、妖怪対峙の古刀だけではない。
取り出されたのは西日屋の写真である。
佳苗「・・・?何、この写真がどうかしたの?」
天城「今は閉店した温泉宿です。行った事はありますか?佳苗さんだけじゃなくて、お爺さんも」
佳苗「さぁ・・・私はどうか分からないけど、祖父はもしかしたらあるかも。ずっとこの街に住んでるみたいだし」
警官A「西日屋と言えば懐かしいな・・・」
警官B「ああ。そう言えばあの時もアンタと捜査したな」
天城「となると、宿の主と知り合いだったかもしれませんね」
佳苗「そうね。ホテルとかから飾り付けの花の注文が来る事もあるし」
天城「もしかしたら、注文書に宿の名前があるかも・・・聞きたいのはこの宿、細波通りの方にあるんですけど、最近その辺に立ち寄ったりしませんでしたか?」
佳苗「北区の方はあんまり行かないけど、祖父はよく神社に行っていたから。もしかしたらフラっと立ち寄ったかもね」
話し込む天城と佳苗を見ていた警官が、楽器ケースの中身に眼を向ける。
当然彼の刃物のような視線は、静かに置かれた日本刀に向いた。
警官A「・・・ん?おい小僧、これは何だ!」
警官B「日本刀・・・鍵も無しに無造作に持ち運ぶなど軽犯罪法、場合によっては銃刀法にも触れるぞ。何のために持ち歩いているんだ?」
飛龍「あ、大丈夫。刀身を見てみてください」
警官A「ん、何だ?・・・刃が無いな、指も切れない」
警官B「小道具か何かか?これなら確かに違法では無いな。重いがただの模造刀だ」
警官A「・・・あー、疲れたなァ?今日はもう十分だろ、一旦戻るぞ」
警官B「また何かあったら来ますので、その時もよろしく」
佳苗「もう話す事はありませんってば・・・もう」
天城「あ、そう言えば・・・さっきの話の続きですけど」
飛龍「お爺さんが水回りを気にしていたって言うのは、漂白剤を求めただけでしたか?」
佳苗「もう一ヶ月前だからよく覚えていないのだけど・・・確か、風呂にどれだけ流しても消えない汚れがあって、気持ち悪い・・・みたいな事を言っていたわね。私は見なかったのだけど」
天城「それ、まだあるんですか?」
佳苗「無いわ。事件の後普通にお風呂に入ったけど無かったし」
飛龍「・・・」
天城と飛龍は耳を寄せ合い、彼女には聞こえないよう話し合う。
天城「どうだろう、お前の目なら何か見えるかな」
飛龍「かもね、死ぬ直前の人間は霊感が強くなる。僕が風呂場を覗きに行くから、その間注意を引いといてくれる?」
天城「覗きは犯罪なんじゃじゃないのか?」
飛龍「誰もいないし大丈夫でしょ」
数秒の話し合いの後、二人は佳苗に向き直る。
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