第9話:遭遇
朧月:「第9話:遭遇」を4000字以内で執筆してください。
この話からアルト視点に戻ります。
久しぶりに何もせずブラブラと歩いていると幼少期からちょっかいをかけてくる同い年の男と遭遇する。
彼は暴力は振るわないがとにかく口が悪く、言い返せないのをいいことにひどい言葉をなげかけてくる。
最後に、偶然その現場を見ていた妹が「やっぱり何も変わってない」と再認識して、一人その場を去る。
☆----☆
アルトは、久しぶりに何もせず、ただぼんやりと町の通りを歩いていた。
最近は魔法の練習に熱中していたが、今日はふと気が緩み、外をぶらついてみようと思い立った。
空は快晴で、太陽が暖かく降り注いでいた。
静かで穏やかな午後だった。
「……何も考えずに歩くのも、たまには悪くないな……」
彼は軽く息を吐きながら、町の人々が行き交う様子を眺めていた。
子供たちが駆け回り、商人たちはにぎやかに商品を宣伝している。
そんな光景をただ見ているだけで、少しだけ心が安らぐ。
だが、その平和なひとときは長くは続かなかった。
通りの向こうから、見覚えのある顔が近づいてくるのに気づいた。
「あ……」
アルトは思わず立ち止まった。
その男、ジークは幼少期から彼にちょっかいをかけてくる、同い年の知り合いだった。
とはいえ、友人というわけでもなく、ただアルトをからかうのが好きな男だ。
ジークは体格もよく、いつも自信満々で、自分の優位を誇示するような態度をとってくる。
暴力を振るうわけではないが、その口の悪さは有名で、アルトにとっては避けたい相手の一人だった。
「よぉ、アルトじゃないか。 相変わらずぼんやり歩いてるな。 お前、何か目的でもあんのか?」
ジークはニヤリと笑いながら近づいてきた。
その声には皮肉がたっぷりと含まれていて、アルトは思わず下を向いてしまった。
言い返す言葉が見つからない。
いつもそうだ。
ジークがこうして挑発的な言葉をかけてくるたび、アルトはただ黙って受け流すしかなかった。
「……いや、別に……」
アルトがようやく絞り出した言葉は、弱々しく、ジークにとっては格好の餌食だった。
「別に? そうだろうな。 お前、昔から何もしてないもんな。 今だって、こうしてただブラブラしてるだけだろ? やっぱり、お前は何も変わってないな」
ジークはアルトを見下ろしながら、嫌味たっぷりに言い放つ。
その言葉は、まるでナイフのようにアルトの胸に突き刺さる。
彼は何も言い返せず、ただ拳をぎゅっと握りしめた。
ジークの言うことは、間違っていない。
自分が今まで何も成し遂げてこなかったことは、事実だ。
「なあ、アルト。 お前ってさ、ほんとに何かやってるのか? なんかさ、ただ生きてるだけって感じだよな。 家でだって何も手伝わないんだろ? 親もきっと呆れてるだろうな、そんな役立たずの息子じゃ」
ジークの言葉はどんどん酷くなっていく。
アルトの心に突き刺さる言葉の数々に、彼はただ立ち尽くすしかなかった。
自分には、何も言い返せるだけの力がない。
何を言われても、その通りだとしか思えなかったからだ。
「お前、何考えてんだ? まあ、何も考えてないか。 いつもそうだよな、ぼーっとして、誰かに助けてもらうのを待ってるだけだもんな」
ジークの声はどこか楽しげだ。
アルトが反論できないのを分かっていて、わざと意地の悪いことを言ってくる。
アルトは何とかして、この場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、足がすくんで動けなかった。
その時、ふと視線を感じて振り返ると、少し離れたところに妹のミアが立っていた。
彼女は無表情で、じっとこちらを見ていた。
「……ミア……」
アルトは、彼女がこの場面を見ていることに気づき、言葉を失った。
ジークが自分を罵倒する様子を、妹に見られてしまったことが、ひどく恥ずかしく感じた。
だが、ミアの顔には、期待していたような同情や助け舟の表情は一切なかった。
「ははっ、何だ? まさか妹の前で恥をかくとは思ってなかったか? まあ、お前みたいなやつが誰かに見られるのも、ちょうどいいんじゃないか」
ジークは笑いながら、さらに挑発するような口調で言い放った。
アルトはますます何も言えなくなった。
ミアは何も言わずにこちらを見ているだけで、その無言の視線がアルトの胸に重くのしかかった。
彼女は、まるで何かを確認するかのように、冷静に兄の姿を見つめていた。
「じゃあな、アルト。 お前はこれからもその調子で、何もできずにぼーっとしてるのがお似合いだぜ」
そう言って、ジークは満足そうに笑いながら去っていった。
アルトはその場に立ち尽くしたまま、何も言えずにいた。
心の中で、何度も自分を責める声が響いていた。
自分はやっぱり何も変わっていない。
魔法の練習をしていると言っても、こんな時に何も言い返せない自分がいる。
何も変わっていないどころか、ますます無力感が増していくばかりだった。
ふと、ミアの視線を感じた。
彼女は冷静な顔のまま、アルトをじっと見つめていた。
何か言ってくれるのかと思ったが、彼女はただ淡々とした表情を浮かべているだけだった。
そして、口を開くことなく、ゆっくりとその場を去っていった。
「……ミア……」
アルトは彼女の名前を呼んだが、彼女は振り返ることもなく、静かに歩き去った。
ミアの心の中には、彼女なりの答えが浮かんでいた。
やっぱり、お兄ちゃんは何も変わってない。
そう、彼女は再認識したのだ。
兄が何かに挑戦しているような素振りは見せても、結局こうして誰かに言い返すこともできず、ただ立ち尽くすだけの姿が、彼女にとっては何よりの証拠だった。
(何も変わらないんだよ、お兄ちゃんは……)
ミアはそんな思いを抱きながら、足早に家へと向かって歩いていった。
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アルトは、一人その場に取り残された。
心の中で何かが崩れ落ちるような感覚に襲われながら、ただ静かに俯いていた。
周囲の喧騒が遠くに感じられ、まるで自分だけがその場から取り残されたような、深い孤独感が胸に広がっていく。
「……やっぱり、僕は何も変わってない……」
彼はそう呟くと、ゆっくりと歩き出した。
☆----☆
お読みいただきありがとうございます!
視線を感じた→「……ミア……」→視線を感じた→「……ミア……」
……なんやねん!!!!
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