第5話:発現

 朧月:「第5話:発現」を4000字以内で執筆してください。

 父親と話してから一月後、魔道具を使わないで初めて魔法を発現することができたが、それはとても小さく弱々しい光の魔法だった。



 ☆----☆


 父親との話から一ヶ月が経った。

 アルトはあの日の会話が頭の片隅にずっと残っているのを感じながらも、日々の生活に追われていた。

 父親の「自分の足で立つ」という言葉は、アルトにとって重く響いていたが、何をすべきかは依然として不透明だった。


 セリアの助言に従い、彼は魔法の訓練を続けていた。

 毎日、魔導具を使いながら魔力を感じ取り、それを操作することに集中していた。

 初めて魔導具を通じて光の魔法を発現させたときの喜びは大きかったが、父親との会話を経て、それだけでは十分ではないと感じていた。

 魔導具に頼らず、自分の力だけで魔法を使いたい——それが今のアルトの目標だった。


 しかし、それは簡単なことではなかった。

 魔導具があるときは比較的スムーズに魔力を扱えるようになったが、素手で魔法を発現させようとすると、いつも何かが引っかかるような感覚に襲われた。

 魔力は感じ取れているのに、それが形を成す前に消えてしまうのだ。


「セリア、どうして僕は魔導具なしでは魔法をうまく使えないんだろう?」


 アルトは夕方の裏庭で、またしても失敗に終わった魔法の練習の後、セリアに尋ねた。

 彼の額には汗がにじんでいたが、それ以上に心の中での焦りが彼を苦しめていた。


 セリアはふわりと浮かび、いつもの冷静な口調で答えた。


『あなたの中にある魔力は、まだ完全に制御されていないからです。 魔導具はその制御を助ける役割を果たしているため、あなたが自分の力だけで魔法を発現させるのは困難です。 しかし、確実に進歩しています。焦らずに続けてください』


「進歩……してるのかな……」


 アルトはうつむき、握りしめた手を見つめた。

 毎日の訓練の中で少しずつ魔力を感じる力は増してきたが、それが具体的な形として現れる瞬間はまだ訪れていない。

 彼はいつも途中で力が消えてしまうような感覚に苛まれ、その度に自分の無力さを痛感していた。


『進歩は目に見えるものだけではありません。 内面的な成長もまた、重要です』


 セリアは優しくも毅然とした口調で続けた。


『あなたが感じているのは、魔力を形にするための最後の壁です。 それを越えるには、あなた自身の内なる力を信じることが大切です』


「自分の力を信じる、か……」


 アルトは静かに呟いた。

 父親との会話が再び脳裏をよぎる。

 自分で考え、自分で決断して生きていくこと。

 それが父親の言葉の意味であり、セリアの言う「自分を信じる」ことに繋がるのかもしれない。

 だが、それがどれほど難しいことか、アルトには痛いほどわかっていた。



 ----


 そしてある日、いつものように裏庭で魔法の練習をしていたアルトは、ふと自分が変わり始めていることに気がついた。

 魔導具を使わずに、ただ自分の手の中で魔力を感じようとするたびに、以前よりも魔力の流れがはっきりと感じられるようになってきたのだ。


「……今日は、何か違うかもしれない」


 胸の中に広がるわずかな予感に従い、アルトは目を閉じ、深呼吸をした。

 冷静に、そして集中して、自分の内側にある魔力を探る。

 以前よりも確かな力が、胸の奥で脈打つのを感じた。

 アルトはその魔力をゆっくりと手のひらに集めるように意識を集中させた。


(光よ、現れろ……!)


 心の中で強く念じた瞬間、彼の手のひらからわずかに光が漏れた。

 それはとても小さく、弱々しい光だったが、確かにアルト自身の力で発現したものだった。

 驚きと喜びが彼の胸に湧き上がる。


「や、やった……! 魔導具なしで……!」


 手のひらで輝く光を見つめながら、アルトは初めて自分の力で魔法を使えたことに感動していた。

 これまで何度も失敗してきたが、ついにその壁を越えたのだ。


 セリアが静かに彼に近づき、優しく微笑んだ。


『おめでとう、アルト。 これがあなたの力です。 まだ小さな一歩ですが、確実にあなたは進んでいます』


「でも……こんな小さな光じゃ、何の役にも立たないよ……」


 アルトは嬉しい反面、その光があまりにも小さく、か弱いものであることに気づいていた。

 こんな程度の力では、この先の厳しい世界で何もできないのではないかという不安が頭をもたげた。


『小さな光も、やがては大きな炎になる可能性を秘めています』


 セリアの声には確信があった。


『今のあなたはまだ、その力を完全に引き出せていないだけです。 しかし、今のあなたが成し遂げたこの一歩こそが、未来への大きな前進です。 これを土台に、さらに力を蓄えていけばいいのです』


 アルトはセリアの言葉に少しだけ励まされたが、それでも完全に不安が消えるわけではなかった。

 それでも、彼は自分が変わり始めていることを実感し、それがわずかでも前進だと思うことにした。



 ----


 その夜、アルトは久しぶりに父親と顔を合わせた。

 夕食後、妹は早々に自分の部屋に引き上げ、家には父親とアルトの二人だけが残った。

 父親は静かに机に座り、何かを考えているようだった。


 アルトは少し躊躇したが、自分が魔法を使えるようになったことを話そうか迷っていた。

 これまで何もできなかった自分が、初めて何かを成し遂げたことを、父親に伝えたいという気持ちがあったからだ。

 しかし、果たしてそれが父親にとってどう受け取られるのか、怖かった。


「父さん、ちょっといいかな……」


 思い切って口を開くと、父親はゆっくりと顔を上げた。

 その表情はいつものように無表情で、何を考えているのか分からない。


「何だ?」


 その言葉に、アルトは少し緊張したが、意を決して続けた。


「僕、少しだけ魔法が使えるようになったんだ。 まだ小さな光の魔法だけど、自分の力で発現させることができたんだ」


 父親はしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。


「そうか……それは良かったな」


 その言葉にアルトは少し驚いた。

 父親の反応は予想していたよりも柔らかかった。


「ただ、魔法が使えるからって、それがすぐに役に立つわけじゃない。 お前はその力をどう使うか、これから考えていかなきゃならない。 今のままじゃ、まだ何も始まっていないんだ」


 父親の言葉は厳しいが、どこか期待を含んでいるようにも聞こえた。

 アルトはその言葉を噛みしめ、静かに頷いた。


「僕も、まだ始まったばかりだって分かってる。 でも、少しずつでも前に進んでいこうと思うんだ。 自分の力を信じてみるよ……」


 アルトの言葉に、父親は一瞬だけ目を細めたが、それ以上は何も言わなかった。

 だが、その沈黙の中には、確かなものが感じられた。

 父親もまた、アルトの成長を見守っているのだと。


「そうか。 それなら、しっかりやれ」


 その短い言葉に、アルトは胸の中に小さな灯火を感じた。

 それはまだ小さく、弱々しいものかもしれないが、確かに自分の中で燃え始めた炎だった。



 ----


 その夜、アルトはベッドに横たわりながら、手のひらに小さな光を再び発現させた。

 それはかすかで、今にも消えそうな弱々しい光だったが、それでも確かに自分の力で作り出したものだ。


「少しずつ……進んでいくんだ」


 彼はそう自分に言い聞かせながら、その光が消えるまでじっと見つめ続けた。



 ☆----☆


 お読みいただきありがとうございます!


 指示には入れていませんでしたが、最後にアルトから父親に報告をするシーンが入っていたのはちょっとビックリしました。

 このシーンがないとフワッと終わる感じになっていたと思うので、良い展開だったなと思いました!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る